第42話 斬
「…っ!」
レイズは魔法を放つ。光と風の複合魔法であり、風を光で包んで縄状にしていた。すぐにグルグルと風の縄がゴブリンを縛り上げようとするが…
「これしき!」
全身に力を入れただけでレイズの魔法を吹き飛ばすゴブリンマン
しかし、わずかな隙は生まれたと、レイズはニールへ叫ぶ。
「ニール!!!」
「師匠!?」
「ニールは2人を連れて逃げて!!」
「しかし!?」
「いいから行って!」
レイズが懸命にニールへ叫ぶと、即座に彼は気絶しているセレナとペンドラを回収するために走り出す。
「っ!?」
しかし、そんなニールを止めるべく、彼が走る先にパッとゴブリンマンが現れる。彼はレイズの目の前から急に姿を消しており、まるで瞬間移動するかのようにニールと行く手を阻む。ゴブリンマンに瞬間移動を可能とするスキルがあるのか、はたまた目に見えないほどの素早さで動けるかは分からない。
「悪は逃さんぞ!」
「勝手に俺を悪者にするんじゃねぇ!」
ニールはゴブリンマンへ吐き捨てるように言うと、すぐにカーブを描いて駆け続けてセレナではなくペンドラのところへと向かう。
「悪が逃げる手伝いをするとは…貴様も悪だな!」
ゴブリンマンはそんなニールの元へ飛びかかろうとするが…
「む?」
「行かせない!!」
ゴブリンマンの背中にはレイズがまとわりつく。両腕に自分の両腕を絡めて拘束しようとしていた。そして、気付かぬうちに接近を許したことで、レイズへいつの間にと表情を険しくさせるゴブリンマン
「ニール!!早く!」
「は、はいっす!!」
ニールはペンドラを担ぐと、すぐにセレナのところまで駆けていく。
「むぅ!?なぜだ!!なぜ振り解けない!?」
ゴブリンマンは渾身の力でレイズを振り解いている。腕や足、時には後頭部まで活用し、たしかにレイズを振り解いている筈だ。しかし、手応えはあっても、現にレイズは自分にしがみついたままである。
レイズは振り解かれた瞬間、一瞬だけオメガビーストへ変身すると、すぐにゴブリンマンへとまとわりつく。それを何度も繰り返していた。流石のゴブリンマンもオメガビーストの時間を超越する速さは捉えきれない。
「確かにお前の頭部は砕いた筈だ!?」
ゴブリンマンの言葉通り、レイズの頭部が簡単に砕けるほどの力で彼はレイズを拳で打ち付けている。しかし、いくらゴブリンマンであろうとも、オメガビーストのレイズへダメージを与えられるはずがない。
「師匠!やっちゃってください!!」
ニールはセレナも回収すると、そのまま森が残っている方向へと駆けていく。師匠であるレイズが本気を出すには自分達が邪魔になると彼は考えていた。過程は間違っているが結論は正しいようだ。
とはいえ、レイズはゴブリンマンを倒すつもりはない。
「話をしましょう!!」
「悪との交渉には応じない!」
「僕達は…人への被害を止めに来たんです!」
「ならば、その手を離せ!俺を阻むな!」
「話を聞いてください!あなたが無闇にビーストを倒せば、大勢の人が苦しんだり悲しんだりすることになります!」
「ふざけるな!俺は正義だ!」
「…人への被害を防ぐために戦っているんですよね!?」
「その通りだ!!」
「それが正義なんですよね!?」
「無論だ!!」
「なら、僕達も一緒です!僕達だって正義ですよ!」
「勝手を言うな!!」
「勝手なのはあなたです!みんなのこと、少しは関心を向けてください!」
「何だと!?」
「誰もが正しくあろうと行動しているんです!それをまるで自分だけが正しいみたいに…自分の中で勝手に結論を出すのはダメです!」
「悪の戯言!!…ふんぬ!!」
「っ!?」
レイズの腕からスルリとゴブリンマンが抜けて出ると、彼はまるで液体になったみたいに地面へスルスルと染み込んでいく。
「っ!?」
レイズはゴブリンマンの姿を見失う。
「どこ!?」
レイズが辺りを見渡すが、そこにゴブリンマンの気配はない。
「…っ!?これは!?」
レイズはゴブリンマンと名乗る存在のスキルに見覚えがあった。ペンドラが所持している『変身』だ。しかし、彼の放った『変身』は更に段階が高いもののように感じる。
周囲を見渡して気配を探るが、どこにもゴブリンマン、いや、スライムマンの姿はない様子だ。
「…っ!?」
周囲が静かになったからなのか、音とは無関係に、気配の通りが良くなる。レイズはニール達が逃げた方向から嫌な気配を感じた。
「これは…!?…アバター!?」
レイズはツカサの言葉を思い出す。自分からセレナを遠ざけてはいけないという趣旨の内容だ。
遠くから嫌な気配を感じた彼は風魔法で身を浮かび上がらせると、すぐにセレナとペンドラを担いだニールの元へ飛んでいく。アバターからセレナを守るために。
しかし…
「逃さんぞ!」
「っ!?」
空を舞うレイズの足にグルグルと緑の粘着性の液体が絡みつく。まるでゴキブリホイホイに絡まったようにレイズを地面から離さない様子だ。
「かかったな!!」
「離してください!」
「逃さぬと言った!」
「がかぁ!」
「む!?」
緑の液体が絡まった箇所から焼ける音と煙が立ち昇る。どうやら猛毒があるようだ。
「毒に耐性を持つか…」
「ぐ!?」
レイズは腰のベルトへ手を当てようとするが、彼は戸惑いを見せていた。
理由は二つある。ゴブリンマンを倒すには一瞬ではなく数秒は時間を要するだろう。そこまで長い時間を変身した場合、また激しい頭痛に襲われて動けなくなる可能性があった。遠くに感じる嫌な気配に対処するには、変身の反動とも呼べる頭痛は大きなリスクである。
もう一つは、レイズが対峙しているゴブリンマンがただのビーストではないと感じているからだ。まるで人間のように話し、感情を持っている。
「離して…ください!!」
「そう頼まれて離してやると思うのか!?」
「敵が…来ています!」
「む!?」
「大勢の人を殺そうとする…悪が来ていますよ!?」
「戯言を…!?いや…これは!?」
ーーーーーーーー
「嘘だろ…おい!」
ニールはセレナとペンドラを担いだまま立ち止まる。少しでもゴブリンマンから離れることが彼の最大の使命であるにも関わらず、立ち止まるという愚行を見せたのは、彼の目の前に脅威があるからだ。
白い絶望
アバターと呼ばれ、目的は不明だが、世界各地で暴れ回っている存在だ。間違いなく世界の敵とも呼べる存在である。
それがニールの目の前に姿を現していた。
「やっほー!」
「お前は!?」
ニールは少し乱暴に方から2人を下ろすと、槍を構えて矛先をアバターへ向ける。
「いきなりだなー!」
「何の用事だ!?」
ニールが叫ぶと道化師のような白い影は、笑いながらセレナを指差す。
「そのお姫様を貰いに来ました!」
「何だと!?」
ニールは槍を握る力を強める。相手はゼータビースト以上の脅威だ。ニールだけで敵う相手ではない。それでも…
「悪いが…黙って見過ごすことはできえねぇ!!」
「わー!邪魔草!」
不機嫌そうに白い影が吐き捨てると、周囲に空気が凍りついたかと錯覚するほどの殺気が放たれる。まるで極寒の中を裸で放り出されたような気がするニール
「うぅ…がかぁぁぁぁぁ!!」
思わず震えそうになる心を叫んで奮い立たせるニールは、槍を構え直すと、ギロリとピエロを睨む。
「あー!うざい!」
そんなニールを面倒そうに手を振り払いながらピエロが歩み寄ってくる。
「さっさと殺してお姫様を持ち帰ろうー!」
ピエロはそう言って手刀をニールへ放とうとするが。
「ん?…」
ピエロは空中から何かの気配が降りてくることを感じると、その場からバックステップしてニールから距離を離す。
「っ!?」
「…とう!」
ピエロが感じた気配はゴブリンマンだ。彼はニールの前で着地すると、両腕をグルリと一回転させて叫ぶ。
「な…何で?」
「そこまでだ!」
「ん?何?君?」
「貴様はビーストの親玉だな!」
「当たらずとも遠からずって感じ?」
「言い訳無用!お前は俺が成敗する!!」
「勝手なやつだなー!人の話をまるで聞かないもん!」
ピエロはそう言って自身を煙で包み込む。
「ドロン!」
「む!?」
「消えた!?」
ピエロはニールとゴブリンマンの目の前から煙と共に姿を消す。
「ばぁー!!」
「…そこだ!!ゴブリンパンチ!!」
「へ?」
急にゴブリンマンの背後で姿を現すピエロ
その腹部にはゴブリンマンの拳が突き刺さる。
「嘘でしょ?何…こいつ?」
ピエロはその言葉を最後にポンっと風船が割れるような音と主に消え去ってく。
「何だったんだ?」
「…本体ではないな」
ニールは呆然とピエロが消えた虚空を眺めている。ゴブリンマンは手応えから、仕留めきれていないと考えていた。しかし、邪悪な気配が消え去ったのもまた事実、ならばと…
「さて…」
ゴブリンマンはピエロの脅威が去ったことを確認すると、その視線をニールの奥にいるセレナとペンドラへ向ける。
「次は貴様らだ!!」