第39話 白と緑
ペンドラは黒い4本の巨大な剣を生み出して、中にいるゼータビーストが逃げられないようにと氷塊ごと持ち上げていた。そんな氷に包まれたビーストへ余裕そうな笑みを浮かべる。
「さて…年貢の納め時ぞ!!」
ペンドラはそう言って虚空から巨大な筒のようなものを取り出す。直径で3mはあろうほどの巨大な白い筒をギュッと片手で握ると、彼女はそれをブンブンと振り回す。同時に、その筒の先から赤みのある光の刃が放たれた。
彼女が手にしているのは『巨人の剣』と呼ばれる世界脅威の一つから発掘されたアーティファクトと呼ばれる武器だ。その剣先は使用者の能力に応じて切れ味と大きさが変わる。常人では持ち上げることすら敵わない装備であり、持ち上げたところで、その剣先を生じさせることができるかどうかという代物だ。
「…これが…巨人の剣」
レイズも伝聞で聞いたことがある。騎士王が持つアーティファクトの一つである巨人の剣の最大性能をペンドラが発揮できると、そして、実際に目の前で巨人の剣から長大な光の刃を発生させていた。
「焼き切れ!!!ベルガドロンド!!!」
ペンドラは愛着のある武器に名前をつけることで有名だ。巨人の剣には「ベルガドロンド」と名付けている。彼女が振るった巨人の剣は、その光が発する熱により、氷塊を上からじわじわと焼き切っていく。
「ぎゃっうぅううう!!!」
ナマズのようなビーストの体躯は左右で開いたままであり、その半分程度までしかくっ付いていない。しかし、完全に治るのを待ってはいられないと、そのまま氷の中を泳いでいき、身動きのできないセレナとニールへ迫る。
「…!」
「…!!!」
セレナは眉を顰めている程度だが、ニールは明らかに顔が引き攣っていた。このままでは迫り来るナマズのようなビーストに殺されてしまうからだ。
「ここまで焼き切れば!!貴様ならば動けるであろう!!」
ペンドラが叫ぶと同時に、氷の中でナマズのようなビーストが上下左右に切り裂かれると、その体躯を四分割する。
「っ!?」
「うぉおおおお!!!」
同時に、セレナとニールごと閉じ込めていた氷塊はガラガラと崩れていき、同時にドサリとニールが地面へ着地する。
「いつつつ…すげぇっす!!姉さん方!!」
ニールが空を見上げると、そこには四分割にされたナマズのビーストと対峙しているレイズ達の姿があった。
「…お礼は言わないわよ」
「恩義を感じる知性のないやつだな」
「別に、アンタの力がなくたって抜けられたわ」
「ほう…強がりを良いおるな…わっ!みたいな顔をしておったのは誰だったかのう?」
「勝手なこと言わないでほしいわね」
「2人とも!!」
目の前で何とか再生しようとしているナマズのようなビースト
このままセレナとペンドラが喧嘩していては、ビーストの逃亡を許してしまう。
「うむ…まずは葬るとするかのう」
「待ちなさい!私の獲物よ?」
「いつからそうと決まったのだ?」
「最初からよ!」
「ほざけ!あれは妾の獲物ぞ!」
「喧嘩はダメだってば!!」
今にも喧嘩を始めそうな2人へレイズは仲裁に入る。
「仕方ないわね…もう!」
「うむ…レイズ様の怒りを買うわけにはいかん…不本意だが…」
そう言ってセレナとペンドラは互いの剣を振り下ろすと、ナマズのようなビーストは細切れに切り裂かれ、それぞれの部位の魔力係数が著しく低くなったため、サラサラと粒子化して消え去っていく。
ーーーーーーーーー
「…まさか神龍を従えていらっしゃるとは…流石はレイズ様でございますぞ!」
ペンドラは沼地に降り立ったスーツを見ると、キラキラとした視線をレイズへ向けていた。スーツは等級にすればイオタビーストに匹敵する存在であり、ゼータを優に超える戦闘力を有していた。つまり、セレナやペンドラよりも強く、レイズの仲間の中では1番に強い存在だ。
そして、そんなスーツの出現に、沼地の村の人々は頭を垂れて祈りを捧げている。
「…そもそも、スーツを呼べば大丈夫だったわよね」
沼地を支配していたゼータビーストを倒したのは、そうでもしなければ沼地の村人達が真に自分達を信用してくれないと考えていたからだ。しかし、スーツの姿を見てあの調子であれば、ゼータビーストを放っておいても問題なかったかもしれない。
「危険なことには変わりないし、いずれにせよ倒す予定だったからね」
「それもそうね」
次々と、沼地の村人達を背中へ乗せていくスーツを遠目に見つめるレイズとセレナへ、ペンドラが歩み寄ってくる。
「レイズ様!そういえばですぞ!」
少しプンプンした様子のペンドラは言い放つ。
「どうして妾を置いて行ったのですかな!?」
「あー…えっと…」
レイズはオメガビーストへ変身してビースト騒動を解決しようとしていた。とは素直に言えない。どうしようか困っているレイズへセレナが割り込む。
「何よ!?不満なわけ?」
「当たり前であろう!こんなちんちくりんをお供に連れて行くのであれば!妾も一緒に行きたかったですぞ!」
「誰がちんちくりんよ!」
「お主以外におろうか!?」
「ちんちくりんはアンタでしょ!?貧乳!?」
セレナはペンドラの胸を指差しながら言うと、顔を真っ赤にして激昂するペンドラ
「なっ!?お、お主!!」
「アンタのおっぱいと同じで、脳みそまで小さいみたいね!」
「貴様!!良かろう!ここで白黒つけてやろうではないか!!」
ペンドラはすぐに金色の剣を抜き放つと、セレナも応じるようにひまわりのような剣を抜く。
「臨むところよ!」
再び喧嘩を始めそうな2人を慌てて止めるレイズは、剣を構え合う2人の間へ割り込む。
「喧嘩はやめて!」
「…っ!」
「むう!…このちんちくりんだけズルいのですぞ!!」
ペンドラから見てレイズの後ろにいるセレナへ剣先へ向ける。まるで子供のように駄々をこねていた。
「何よ!?そもそも、アンタだってカナンやミリアを置いてきたみたいなもんでしょ!?」
「む?」
「カナンやミリアを置いてきたのは一緒でしょ!?」
「うむ!その通りだ!」
「開き直らないで!カナンにどうして置いて行ったのだと聞かれたら、どう答えるつもりなのよ!?」
「レイズ様の隣が一番楽しいからだと答えるぞ!」
ペンドラは当たり前だと言わんばかりに両腕を組みながら言い放つ。
「…」
「ね、そんな理由なのに、レイズへ置いて行った理由を聞くのかしら?」
「そうだぞ!妾を置いて行くなどやめてほしいのだ!」
ペンドラが仔犬のような表情でレイズへ告げる。まるで捨てられそうな哀れな瞳に…
「分かったよ。ペンドラ、一緒に行こう」
「はいですぞ!!!」
「もう…甘いんだから!」
「ペンドラがいた方が助かるし」
「…それはそうだけど」
「それはそうとレイズ様!」
「どうしたの?」
「はっ!例のビーストの位置が分かりましたぞ!」
ーーーーーーーー
「おい…何が起きてやがる?」
暗い洞窟の中で吐き捨てるように告げるのは荒くれ者のようなシルエットの白い影だ。
「ぎゃう…」
「あん?ゴブリン?…例のやつか」
「ぎゃぅあぅラァ」
「異様に強い…やっぱり変異種か…だが、何でビーストばかり狙いやがる」
「ぎゃぁぁう!!」
「…まぁ、いいさ…まずは」
白い影は地面の石ころを蹴り上げる。
凄まじい速度で飛翔する小石は、目の前にいたビーストの頭部を粉砕する。
「使えねぇゴミは処分だな」
そう言ってどかっと座り込む白い影
しかし、その影は視線をすぐに洞窟の入り口へと向ける。
「あん?」
「おい!!お前がパウンサーだな!?」
小さなゴブリンが視界に入ると同時に、生意気にもアバターである自分へビーストが指を向けてくる。
「あん!?てめぇ!!誰に指を向けてやがる!?」
「俺は…正義のヒーロー!ゴブリンマンだ!覚悟しろ!!アバター!!」
「てめぇ…噂のゴブリンか…」
「悪を倒して世界に平和を取り戻す!!んー!ゴブリンマンだ!!」
変なポーズを決めるゴブリン
その額には「α」と刻まれており、その風貌もただのゴブリンだ。緑色の肌をした人間の子供のように見える。
しかし、低位のビーストが人の言葉を流暢に話しているのが気になった。
だが、そんなことなどどうでも良いと言わんばかりに、パウンサーと呼ばれるアバターは拳を振るう。
「さぁ!覚悟しろ!悪!!」
「覚悟するのは…てめぇの方だぜ…」