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ゼロの紋章  作者: 魚介類
第3章 救世の零厳王
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第36話 グロンワーム



「わわわわ!!!マジもんだ!!!」


 ニールは遠目に映るレイズとセレナがペンドラと対峙している姿を覗き込む。邪魔だと言われて飛ばされてきているため、そこへ踏み入ろうとはせず、こうして離れた場所で観戦しているのであった。


 そんな彼が遠目に見つめる先では、レイズが空から降り注ぐ無数の黒く巨大な剣を光と風魔法で防ぎながら、地上ではセレナとペンドラが剣を交えていた。




 セレナは1本の剣を2本の刀へ分裂させたり、2本の刀を1本の剣へ合体させたりと、曲芸のような戦い方だ。その動きが早く、一撃一撃が重いこともあるが、武器がコロコロと姿を変えて迫る動きを読むのは相当に難しいと、遠目ながらニールは感じていた。

 しかし、彼の感想とは裏腹に、ペンドラは終始笑顔でセレナの剣を対応する。ひらひらと舞いながら、セレナの剣技を避け続けている。時折、ペンドラが手刀を振り払い、セレナの刃とペンドラの手が打ち合うと、甲高い音が空気を揺らす。



「すげぇ…」


 そんなセレナとペンドラの打ち合いを遠目に見ながら、ニールはまるで子供のような笑顔を見せていた。武芸を志すもの極地同士の戦いが、こうして現実のものになっているのだから、彼の反応は無理もないのかもしれない。




「…ん?」



 しかし、そんなニールはハッとする。目の前のセレナとペンドラの打ち合いに夢中となっていたため、ギリギリまで気付くことができなかったのだが、どうやら近くに人がいるようだ。



「魔力を感じない…ゼロ紋か!?」


 ニールはそう言って、魔力以外で感じ取れる人の気配を察知する。足音や動いた時の空気の揺れ、そして…




「こ、こっちだぁ!」

「すんげぇ…音だな!!」


「ビーストが来たんだか!?」

「守護獣様はどうしただか!?」



 ニールの耳に響くのは大きな声で話をしながら向かってくる人々の声だ。どうやら、レイズ達が話していた沼地で暮らす人達のようだ。



「…おーい!!!危ねぇから向こうへ行ってろ!!!」



 ニールは迂闊に進むと、レイズ達の戦闘に巻き込まれると注意を促す。



「ん!?人の声がするど!?」

「こっちだ!!」


「待ってろ!!今、行くかんな!!」



「だから!!来るなって言ってんだよ!!」


 ニールがそう叫ぶが、人の気配は段々と近付いてくる。



「あーもう!!!おーい!!だから!来るな…」



 ニールは少し苛立ちながら沼地の人々へ叫ぶ。しかし、そんな彼がハッとすると、人の気配にビーストが紛れていることに気付く。



「っ!」


 ニールは勢いよくぬかるんだ地面を蹴り上げると、そのまま宙を舞い上がる。そして、眼下を覗くと、背の高い草の合間に葉っぱ一枚の男衆が農具を構えながら進んでいる姿を発見する。地上からでは具体的な位置を把握するのが難しいため、視認できるように飛び上がったようだ。



「おーい!!!こっちだぞ!!!」



 ニールは空中で叫ぶ。それは沼地の人々への呼びかけではなく…




「ぎゃぁぅらぁるべぇたぁぁあああ!!!」



 沼地の人々の少し後ろの地面が爆ぜると、底からミミズのようなビーストが姿を現す。その額には「Δ」と紋章が刻まれており、中々に厄介な相手のようだ。





「グロンワームか!!!」


 ニールの方が美味しそうだと判断したビーストは、沼地の人々には目をくれず、空を舞うニールへとその長大な体躯を伸ばしていく。

 対するニールもただで食われてやる道理はないとばかりに、赤い槍をブンブンと振り回して応戦しようとしていた。



「…上位のデルタか、やるっきゃねぇな!!」


 弱い心を奮い立たせるために彼は叫ぶと、何もない地面を蹴りあげて、更に高く舞い上がる。いわゆる2段ジャンプという技だ。そんな彼の下を通り過ぎるミミズの体躯は、そのまま沼地へと放物線を描いて降下していく。どうやら、沼地から飛び抜けることはできるが、空を飛ぶことまではできないようだ。

 しかし、それはニールも同じである。彼へかかっていたレイズの風魔法はとっくに切れており、それがなければニールは空を飛ぶことができない。せいぜい、3段ジャンプができる程度であった。


 つまり、ニールはミミズが潜む地面に、どこかで着地しなければならない。そのため、残り1回のジャンプの機会は損なえば、間違いなくビーストに喰われることとなる。



「ちげぇ!!そんな後ろ向きな考えじゃダメだ!!」


 そう言ってニールは降下していくミミズのビーストへ向かって槍を構えながら急降下する。着地を心配する必要などなくせば良いのだと考えたのだ。



「うぉおおおりゃぁぁぁぁぁ!!!」


 槍に渾身の力を込めて急降下するのだが、そんなニールへ向かって後ろの部分を尻尾のように振るうグロンワーム


「読んでる…ぜ!!」



 ニールはここで3段目のジャンプを発動させて飛び上がると、グロンワームが振り払った体躯を避ける。そして、すぐに急降下して、グロンワームの体躯のちょうど中間ぐらいの位置へ槍を突き刺した。



「ぎゃぁぅ!!!」



 グロンワームは痛みに咆哮すると、すぐにウネウネと体を揺らしながら、槍を捻り込もうとしているニールを振り落とそうとする。



「よっしゃ!!!段数リセット!!」と心の中で叫びながら、ニールは再び3段ジャンプができるようになったと直感する。グロンワームの体躯に着地したことで、回数がリセットされたようだ。



「さーて!!ここからだぜ!!ミミズ野郎!!」


 グロンワームがオスかメスかはわからないのだが、ニールはそう言うと槍に込める力を増していく。



「ぎゃぁぁぁぅううう!!」



 グロンワームが体を揺らしたこともあってか、ビーストは元々予定していた着地点よりも大幅にズレた場所へ落下していた。



「…おいおい!!」



 グロンワームが落ちようとしている先には、先程の葉っぱ一枚の沼地の男衆達がいた。彼らはデルタビーストの出現に腰を抜かしているようであり、中には尻餅をついたまま震えているものまでいる。



「退け!!早く!!逃げろ!!!」



 ニールがそう叫ぶが、沼地の人々は震えて動けないようだ。そして、グロンワームも彼らの存在に気づいている。彼らへ向かって落下すれば、自ずとニールは自分から離れて彼らを救おうとする筈だと。



「ぐぅ…クソォガァぁァァア!!!」



 ニールは槍をグロンワームから引っこ抜くと、すぐにグロンワームから飛び降りる。降下するビーストよりも素早い速度で彼が降下しているのは「2段目」のジャンプを使用しているからだ。



「…っ!」



 ニールが地面に着地すると、すぐに空を見上げる。彼の背中には沼地の村の人々の姿があった。彼がその場を退いてしまえば、間違いなくグロンワームは彼らを食してしまうだろう。


 元々のニールであれば、ゼロ紋の彼らなど放っておいただろう。赤の他人が死のうが自業自得だと、この世界は弱肉強食の世界だと考えているからだ。そして、その考え方はこの世界を占めるものであり、見殺しにしたニールの行いを他人が仮に知ったとしても、誰も彼を咎めることはしないだろう。ましてや、相手はゼロの紋章を持つ人間だ。


 しかし、そんな考え方をしているニールが、それでも彼らを救うために命を賭けるのは、彼の覚悟が影響しているからだ。


 まるで知らない自分を当たり前のように助けていたレイズ

 彼を師匠と呼ぶニールが、彼のようになりたいと考えるニールが、ここで沼地の人々を見捨ててしまえば、追いかける背中から遠ざかってしまうような気がしたのだ。



「おっしゃーーー!!!来やがれ!!!」



 ニールは迫り来るグロンワームへ震える心と足を黙らせるために叫ぶ。迫るビーストと自分の手にしている槍の大きさは段違いだ。例えるならば、大型トラックをフォークで止めるような面積比である。それでもとニールは槍に力を込める。ここでビーストを止めなければ、自分だけでなく、背後の人々の人生もそこで終わってしまう。



「はん!!すげぇや!!師匠!!!」



 ニールはここで初めて他人の命の重さを肩で背負う。1人で生きていた彼が初めて他人の命の責任を感じていた。人を助ける強さを持つのは、本当の意味で、この重さを持ち上げられるようになることだと、ニールは実感した。

 ここで自分が倒れてしまえば、他人の命もそこで終わる。その感覚はゾッとするような、とても冷たく重い感覚であった。そんな感覚をレイズは笑いながらこなしているのだ。



「うぉおおおおお!!!!俺の渾身の一撃!!!喰らいやがれ!!!ミミズ野郎!!!」



 大きな口を開けて迫り来るグロンビーストへ向けて、ニールは槍をピンボールで球を弾くように構えると、その矛先を解き放つ。

 ニールから赤い閃光が放たれると同時に、甲高い音が周囲の空気を激しく揺らす。



 ピタリとグロンビーストが静止する。

 まるでニールの槍によって持ち上げられているように止まっているのだ。ニールの放った槍はグロンワームの勢いを完全に殺していた。



「…ぐふっ」



 ニールは口から血を吐き出すと、続けて彼の目からダラダラと血が流れていく。魔法の2重発動の反動であった。ニールは「槍術適正」と「3段ジャンプ」を同時に発動させた勢いで槍を放っていたのだ。


 その効果はあったのか、ニールの槍の先にいるグロンビーストはグラリとなると、そのまま横に倒れていく。ぬかるんだ地面の泥を雨のように降らせながら、デルタビーストは息絶えていた。




「…が…っ」


 思わず達成感で膝を地面へつけそうになるニール

 しかし、レイズはこんな時でも笑顔を向けるだろうと、彼は倒れることをせず、全身から感じる激痛を堪えて、口角を上げる。



「…けっ!気絶してやがる」



 ニールが渾身の笑顔を背後へ振り撒くと、そこには失禁して気を失っている沼地の人々の光景があった。



「マジかよ」



 そんな光景にではなく、その奥の景色にニールは絶望する。

 沼地が蠢くように盛り上がったり下がったりを繰り返している。まるで地面が波打っているようにニール達へ迫ってきているのだ。そして、波打つ地面の隙間から覗けるのは無数のグロンワームである。




 …ニールの視界の奥には、先ほど倒したグロンワームが群で押し寄せていたのだ。



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