表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロの紋章  作者: 魚介類
第3章 救世の零厳王
194/244

第35話 契約書の研究


 

 この世界がプラスとマイナスの二つの世界に分かれていることは、公にされてはいないが、賢人達の間では常識となりつつあった。

 そして、別世界が存在するという結論に至ったのは、まったく別の研究が元である。



 とある学者は『契約書』の特性について疑問を感じる。それは誰もが当たり前だと感じており、違和感すら抱かないことであった。

 しかし、彼の契約書に対する違和感が、巡り巡って『異世界論』へと繋がり、やがて今の世界情勢を招くこととなっていた…



 『契約書』は精霊と契約したものであれば、誰もが目にするであろう自分のステータスが書かれている青く透明なパネルのことである。


 契約書に記載されている内容は、自分のものしか見ることができず、他人の契約書を見ることはできない。

 

 目の前に確かに表示されている青く透明なパネルを、目の前にいる別の誰かに見せようとしても、契約者である自分自身でなければパネルそのものが見えないのだ。


 同時に、自分も、相手の青く透明なパネルを視認することができない。


 互いに互いの契約書が間違いなく存在しているのにも関わらず、契約書は自分のものしか見ることができない。




 とある学者は自分の契約書しか確認することができない現象に違和感を抱いていた。「なぜ、確かに存在しているのに、自分のものしか見えないのだろう」と疑問を抱いたのである。


 こうして自分の眼で青く透明なパネルを視認できているのに、目の前の相手にはまるで見えないのはなぜだろうか。

 

 相手は相手で青く透明なパネルが浮かんでいると虚空を指差しているのだが、私には相手の青く透明なパネルがまるで見えない。



 なぜだ。

 なぜだろう。


 そうだ。



 この疑問の答えは二つある。



 一つは世界中の人間が私に嘘をついていることだ。

 私だけが契約書を持ち、その契約書を皆が見えないと嘘を付いている。

 さらに、世界中の人間は、自分達も自分の契約書を持っていると私に嘘をついている。


 元々、嘘で存在しないのだから、相手の契約書が私に見えるはずがなかったのだ。



 …この考え方は暴論が過ぎるだろう。



 世界中の人間が結託し、まるで面識のない私を騙そうとすると考えるのは、悪魔にでも取り憑かれているかのような思考だ。

 しかし、それでもと、私はこの考えを拭い去ることが段々とできなくなっていた。

 

 研究にのめり込めばのめり込むほど、出口の見えない迷路を彷徨うような気持ちになり、世界中の人間が私に嘘をついているのではないかという疑念が膨らんでくる。

 

 それほど、この研究は成果が見えないものであった。


 



 やがて、私はもう一つの答えに辿り着く。

 これが2つ目だ。


 それは、人間を構成する3つ目の要素が存在することだ。


 人間は肉体と魂の2つの要素でできていると言われている。しかし、それでは説明のできない事象がまだまだ存在しており、この契約書の件も同じではないかという仮説だ。

 

 つまり、肉体や魂とは別のナニカが存在すると仮定したのだ。



 肉体でも魂でも視認できないのであれば、この契約書は別のナニカで視認しているのではないかと考えたのだ。


 そのナニカの特性によって、自分は自分の契約書しか見ることができず。他人のものを見ることができないと考えた。


 この答えにたどり着くには、私1人の力では無理であっただろう。



 賢者ガガーランが私の研究に興味を示してくれた。

 いや、彼の好奇心を興味と表現するには過小かもしれない。


 彼は私以上に狂気的なほど研究に打ち込んでくれたのだ。もはや研究よりも信仰と呼んだ方がしっくりくるぐらいであろう。



 賢者ガガーランの協力のおかげで、契約書は肉体的な制限、魔法的な制限が施されて他人が見ることを禁じているわけではないことを証明することができた。 


 つまり、自分の契約書は自分しか見ることができないのは、何かの制限が施されているわけではないと突き止めることができたのだ。


 肉体や魂は神の意思なのか、何者かの制限を受けている。決められた範囲でしか成長できないように上限が設けられているのだ。


 本来であれば、精霊の力を借りなくとも魔法を使えるように人間は進化していた。

 この魔法の発動に精霊の力が必要なことを、我々は「神の制限」と呼んでいるのだ。

 

 しかし、他人の契約書を覗けないことは、神の制限などに合致するものではなかった。

 元から、人間の性質として、そういう理であることを突き止めることができた。



 

 そして、肉体と魂に加わる3つ目の要素として「アドレス」と呼ばれる概念を突き止めることに成功した。


 このアドレスの存在によって、私は私の契約書しか見ることができないと答えを得るに至った。



 納得してしまった。

 私は狂気的な好奇心を満たすことに成功した。

 ゴールしてしまったのだ。



 3つ目の要素であるアドレスとは具体的にナニカ

 その疑問に対してガガーランはさらなる好奇心を燃やし、狂気的な信仰に身を費やしている。


 しかし、私はもう満足した。

 納得してしまったのだ。


 契約書がそれぞれに存在し、アドレスという概念によって、自分は自分の契約書しか視認することができないと理解してしまった。


 それで十分と感じてしまっている。





 …意図したことではないが、私の研究の続きによって、世界の仕組みが段々と解き明かされつつあるようだ。


 ガガーランから異世界論の研究チームへ誘われているが、もはや、私に研究者として矜持はない。


 納得してしまった存在に好奇心は存在せず、好奇心がないものを学者や研究者と呼んでいいはずがない。


 だから、後は託そう。






ーーーーーーーーーーーーーー




 セレナの世界の歴史や科学史において、「彼」の名を知らぬ者はいないであろう。それと同じぐらいの常識として、他人の契約書を覗き込むことはできないという概念が定着していた。


 しかし、レイズはドクターから受け取った装置によって、他人の「契約書」を覗き込んでいるのだ。


 これはセレナの世界の価値観で言えば「神に等しい振る舞い」であった。

 そもそも、レイズは「神の制限」を無視して魔法を行使できているのだ。


 今更と言われれば今更かもしれないが、彼女の心中に秘めた驚愕をレイズが察することは難しいだろう。



 そんな驚愕を胸に秘めて、セレナは空を見上げる。こちらの準備を待っていましたと言わんばかりに、空一面を支配している無数の黒く巨大な剣は降り注ぎ始める。



 まだまだ距離はあるにも関わらず、空から降り注ぐ無数の巨大な黒い剣が切り裂く空気の音は、無数に混じり合い、無数に絡み合い、轟音となってレイズ達へ響き渡る。



「…っ」


 思わず耳を塞ぎたくなるのうな音量だ。

 地面は揺れ、遠くの背の高い草がざわめいているのがわかる。

 そんな中、セレナは平然と空を見上げており、巨大な剣の隙間から、その発動者であるペンドラの位置を特定しようとしているのだ。


 レイズとセレナが先制攻撃に入れないのは、ニールが邪魔だったこともあるが、当のペンドラの位置をしっかりと把握できていないことも要因であった。



「…見つからない」



 レイズもセレナと一緒に彼女の気配を探っていた。しかし、ペンドラの気配は曖昧なままであり、その尻尾は一向に掴める気がしない。

 

 そんな時だ。

 レイズに電流が走る。



「変身…そうか!?」



 レイズはペンドラのスキル欄に『変身適正・上』と記載されているのに気付く。つまり、彼女は上空で姿を変えて気配を撹乱しているようだ。



「変身!?」

「そうだよ!セレナ!ペンドラさんは人じゃない何かに変身しているんだよ!」


 レイズの言葉にハッとなったセレナ

 すでに、目の前にまで黒い剣は無数に迫っているため、ペンドラの気配を探るよりも、目の前の剣への対処が必要だ。

 しかし、ここは阿吽の呼吸でレイズとセレナは役割分担を果たす。




「バースト・ストーム!!!」


 レイズは再び両手を空へと突き出すと、光の暴風を生み出した。ウネウネと光の暴風が黒い剣の集合体へ喰らい付いていく。その隙に、セレナはペンドラの気配を探知しようと空を見上げ続けていた。



「っ!?」



 レイズの放った光の暴風は、ペンドラの黒く巨大な剣を飲み込んでいくのだが、そのたびに、レイズの魔法が弱まっていくのを感じる。



「まだまだ!!」



 レイズは2発目の『バースト・ストーム』を放つ。



「まだまだまだ!!!」



 レイズは3発目の『バースト・ストーム』を放つ。人間の姿のまま最上位を超える超位魔法を連発するレイズは、いわば3重魔法を発動しているような状態だ。



「ぐぅ…っ」


 レイズは全身から激痛を感じる。オメガビーストであれば屁でもないが、人間の状態であるレイズが3重魔法の負荷に耐えられないようだ。

 しかし、ここまでやらないと、無数の黒く巨大な剣に対処することは難しい。



「ぐぅぅおおおおっおおお!!」



 ニールが見ているかもしれないことと、相手がペンドラであることを理由に、レイズはオメガビーストへ変身することは避けていた。そもそも、相手は遊びのつもりであり、殺意がないのだから、手加減のできないオメガビーストへ変身するのも気が引けていた。



 全身から悲鳴が聞こえながらもレイズは3つの光の暴風で黒く巨大な剣を防いでいると、セレナがキッと表情を険しくさせた。



「…見つけたわ!!」



 セレナはそう言って更に上空へと舞い上がる…のではなく。



「そこね!!」



 セレナは地面を見つめる。2人の位置では地面に何もいないように見えるのだが、セレナにはハッキリとペンドラの気配を感じ取れていた。


 迷わず、セレナは地上へ向かって剣を振り下ろすと、その剣筋に応じて黄色い剣閃が飛ぶ。




「…やるではないか!!」



 黄色い剣閃の先には、小さな赤い蛙がいた。その蛙からは女性の声が響くと、ポンっと軽い音を立ててペンドラへと変身した。

 彼女が手刀を振るうと、セレナの放った黄色い剣閃はパッとかき消されてしまう。




「さて…ここからが本番だのう!」



 そう言って、相手がレイズとセレナだと分からないペンドラは、楽しそうな笑みを浮かべるのであった。



 






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ