第18話 終わりの始まり
第18話『終わりの始まり』
街にあるギルド
その建物の前には人集りができていた。
すでに日も暮れて夜になったと言うのに、人が集まっている理由は、建物の前に上位ガンマビーストである翼竜の亡き骸を乗せた馬車が停車しているからだ。
「おいおい…翼竜だぞ」
「この辺じゃ出ねぇやつだよな?」
「上位ランクの冒険者か?」
「こんな辺境にか?」
「森での騒ぎを聞きつけたのかも…」
ざわざわとする人々の多くは好奇心で集まっていた。
翼竜自体が物珍しいのもあるが、それを討伐した冒険者達を一目みようと人が集まっている。
「ありゃ、高く売れそうだな」
「おい…下手なことはやめとけ」
「あん?」
中には、何かおこぼれに預かれないかと模索しているものもいるだろう。
しかし、その馬車へ近づこうとするものはいない。
「ほれ…あいつ…」
「う、めっちゃ強そうだな」
「ああ、あれでぶった斬られてもしらねぇぞ」
馬車の傍には人の背丈の倍はあろうかという大きさの大剣を背負った屈強な男が立っているからだ。
黄色い髪をライオンのように生やしており、眼光は鋭く、左目から左頬の中間までに深い傷痕がある。
筋骨隆々でありゴリラと見紛うほどだ。
そんな暴力的な雰囲気のある男性がギロリと睨みを効かせているため、馬車はおろかギルドにも迂闊に誰も近寄れない様子だ。
ーー建物の中から外を覗くのは老齢の男性だ。
傍には2人のギルド女性職員がおり、彼がギルドの責任者でろうことは人目で察することができる。
恰幅が良く、腹は出ていても微かに腕や足に筋肉が見えることから、昔の財産は微かに面影を残していた。
「おいおい…ど偉いもん持ち込んでくれたなぁ」
彼は窓から屋内へと視線を移す。
ギルドの建物内部はガラリとしており、いつものような賑わいを見せていない。
どうやら人払いされているようだ。
老齢の男性は、近くのテーブルに座る男女へ目線を配る。
そこには真っ赤な髪をした女性騎士ルージュ
細目で口元を布で覆っている暗殺者風の男性ダーク
白髭を長く蓄えた老人マヨル
3人の男女が座っていた。
ルージュは白い鎧に身を包み、背中には薔薇の紋章が刻まれていた。
右手の甲には「薔薇」の紋章がある。
ダークは全身が黒装束に包まれている。
眼光は鋭く鷹のようであった。黒い髪をオールバックにしており、右手の甲には「短剣」の紋章が刻まれている。
マヨルは三角帽子が似合う魔術師風の老齢の男性だ。
杖を椅子に立てかけており、右手の甲には「猪」が刻まれていた。
「安心しろ。ここで売る気はない」
ダークは、老齢の男性が商談を先に始めようとする気配を察し、無駄話にならないように釘を刺していた。
話の脈略が飛んでいるのはそのせいだろう。
「…おいおい、話ぐらいはさせてくれんか?」
「ほっほっほ!残念じゃが、金には困っておらんのでな!」
そういってマヨルはルージュを見つめる。
すると、女性騎士ルージュは言葉を紡ぎ始める。
「ああ、あのビーストは我らの武器や防具の素材とする。売る気はない」
ルージュがそう告げると、老齢の男性は諦めたように息を吐く。
商談に入る余地がないと思ったのだろう。
「はぁ…やれやれ、よっと」
老齢の男性が席につくと、ルージュが本題を促す。
「で、我らを呼びつけた理由を聞かせてもらおうか」
「本部の指示ってことはじゃ、ど偉い案件なのじゃろ?」
「ああ、近くにビーストの巣窟になっている森がある」
「…ヨクラルバの森だな」
「おっと、流石はお姫様、こんな辺境の地名をよくご存知で」
お姫様という言葉にルージュはピクリと眉を動かす。
どうやら禁句のようだ。
反応したのは彼女だけではなく、付き添いのダークも過剰に反応する。
「っ!」
剣呑な雰囲気を醸し出すダーク
そんな彼の背後にスッと立つのは黒い肌の体格の良い男性だ。
名前はサリルであり、ベイトと同じランクBの冒険者である。
「やめろ」
「…何をだ?」
「腰にある剣から手を離せ」
「…」
サリルの言葉にダークは目を細める。
しかし、彼からルージュへ視線を移すサリル
「…危ない奴だ。どうしてこんな奴を連れている?」
「腕が立つからだ。それ以外に理由などあるか?」
ルージュは淡々と答える。
自分の部下がまさにギルドの責任者へ刃を向けようとしているのにも関わらず、その無機質な反応にサリルは眉を顰める。
「ほっほっほ!ルージュ様にはよく懐いておるからのう!」
マヨルもどこかズレた言葉を吐いた。
サリルは「こいつら癖があるな」と少し疲れを覚える。
「お前ら…こいつが殺気を放っているのを止めようとしないのか?」
呆れるようなサリルへダークは怪訝な顔で言う。
「止める?そいつがルージュ様を挑発した。だから、殺そうとした。何かおかしいか?」
「…その辺のゴロツキの方がまだ行儀はいいな」
サリルはまるで爆弾のようなダークを見ながらボヤいていた。
一触即発の雰囲気に先が思いやられているようだ。
しかし、そんな彼の悩みをルージュが払拭する。
「…夜も遅い。いちいち話が脱線するのも時間の無駄だ。ダーク、お前は大人しくしていろ」
「はっ!」
ルージュがそう言うと、ダークから殺気めいたものが消えて無くなる。
その素直さは、まさしく忠犬といった具合だ。
「おい、サリル、お前も離してやれ」
「はい、マスター」
サリルはマスターの指示に従い彼の腕から手を離す。
老齢の男性はギルドマスターであったようだ。
2人の様子を確認したルージュは、ギルドマスターである老齢の男性をギロリと睨む。
「茶番はやめて、さっさと要件を教えろ」
「はて?」
ルージュの言葉にマスターは首を傾げる。
まさしく狸
そんな印象だ。
「ええ、マスター、彼女の言葉には私も同感です。今はこんなことをしている時間の余裕はありませんよ」
「はて?茶番とは?」
「…見え透いた挑発に、私が乗るとでも?」
「難癖つけて翼竜を買い叩こうとしているのが見え見えですよ」
ルージュとサリルの2人の言葉に「やれやれ」と肩をすくめたマスターはようやく諦めたようだ。
「さて」と言葉を紡ぎ始めた。
「国家依頼だ」
そう手短に言葉を放ったマスター
しかし、"国家依頼"という単語にルージュ達は背筋を伸ばす。
背後で聞いているサリルの額からは汗が滴る。
「…よく聞け、ヨクラルバの森にな、昔、ブルーライト鉱石が採れる鉱山があったんだ。で、そこに上位のビーストが巣食っている」
「そのビーストを我らに倒してほしいと。そういうことだな?」
「ああ…そう陛下から依頼が出ている」
「…対象は?」
「おそらく等級は上位のガンマビーストだろうな」
「詳しく教えてくれ」
「…手短に伝えるぞ。まず、対象は上位ガンマビースト、種類はゴブリンキングと推定、オーガやゴブリンを抱えている。ゴブリンの数は100近い」
「なるほど、対象はゴブリンキングか」
「むう、厄介じゃのう…森で相手にするならば翼竜の方がマシじゃ…じゃがのう、上位のガンマビーストぐらい、街総出ならば倒せんことはないじゃろ」
「その程度で国が動くはずない」
「ああ、私も同感だ。本題は別だろ?」
「ああ…そうだ。そのビーストを倒してほしいってのも国からの依頼だがな。ま、本題は別にある」
そうマスターが告げるとサリルへ視線を送る。
ここからはサリルが説明しろという視線であった。
「俺が、そのビーストの調査のために森へ入った」
「それで?」
「…森がやけに静かだった」
サリルの言葉にルージュやマヨルの表情が凍りつく。
ダークだけは武者振るいするように全身を震わせていた。
「静かだった?」
「…ああ、廃坑までそれなりに深く森を進むことになるが、その間、ビーストにまったく遭遇しなかった」
「…何と」
「たまたまではないのじゃな?」
「俺だけなら、まぁ、たまたまだと思うが…」
「お前だけではないのだな」
「ああ、他の同僚も同じだ。まったくビーストに出会わなかった奴らもいる」
サリルの言葉にマヨルが目を細めながら重ねて尋ねる。
「まさか、デルタ級が潜んでおると?」
「可能性はある」
そんな2人にルージュが口を挟む。
「いや、待て…サリルと言ったか?」
「ああ…」
「その言い方だとビーストに出会った奴らもいるのだろ?」
「そうだ。今、深手を追って休んでいる。森から完全にビーストが消えたわけじゃないようだ」
「…妙なだ」
「うむ、そうですな」
ルージュとマヨルは眉を顰める。
デルタ級の出現にしてはビーストが完全に逃げ去っていないのが不思議なようだ。
「…どうだ?お前らが呼ばれた理由、分かってもらえたか?」
マスターがニヤリと嫌味な笑顔を向ける。
しかし、そんな彼へルージュは笑う。
「ああ…面白くなってきたな」