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ゼロの紋章  作者: 魚介類
第3章 救世の零厳王
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第29話 難病と難題




「…兄貴、どうしてくれんですかい?」



 スドクは鋭い視線をレイズへ向ける。

 レイズとスドクの前から、すでに冒険者達は逃げ果せており、彼らが集落を焼き払うために神殿騎士を連れてくるのは時間の問題であった。



「…神殿騎士のことは何とかするよ」

「何とか!?ふざけないでください!相手は教会ですぜ!?」



 スドクはレイズの言動に無責任さを感じて憤りを露わにする。


「焼き払わないでください!ってお願いでもするんですかい!?」

「それでやめてくれるならありがたいけど」


「やめるわけねぇですぜ!!」

「…そうだよね」



「馬鹿にしてんのか!?あん!?」

「馬鹿になんてしてないよ」


「ふざけんじゃねぇ!!」


 スドクはレイズへ大声で叫ぶ。

 しかし、そんな彼へレイズは真剣な表情で告げる。



「ふざけてない」

「っ!」


「僕もセレナの命が掛かっている。ふざけてなんてない」


「…なら、どうしてですかい!?」

「何が?」


「どうして、あいつらを行かせたんです!?」

「…あの人達が悪ことしたわけじゃないよ」


「兄貴を差別してましたぜ!ゼロ紋だとか言って!!それに…それに!俺達がこんなところで暮らさなきゃならねぇのも!あいつらがいるからですぜ!!」



 少年は拳を震わせながら目に涙を浮かべて叫ぶ。

 レイズが察するに、この子だけはゼロの紋章ではないが、彼の家族や集落の人々はゼロの紋章を持っているのだろう。

 迫害を避ける意図でもなければ、フロンティアラインの外側で生活しようなどとは考えないからだ。




「それでも…それでも、殺してしまったら取り返しがつかないよ」

「兄貴っ!」





「…ね、スドク」

「…へい」


「まずは翠玉を集めてみんなを助けよう。それで、みんなが無事に復活できれば、この村を焼き払うなんて考えをあらためるよ」

「…あいつらが戻ってくるまでに、翠玉を集めて…ここを監視してやがるビーストも倒さなきゃなんねぇですぜ!?」


「…やるしかないよ」

「やったところでですぜ!俺たちはゼロ紋だ!!教会に見つかったら無事じゃすまねぇ!逃げなきゃならんのです!」


「…」


「兄貴は普通のゼロ紋じゃねぇですから!分からんのかもしれませんけど!!この世界でゼロ紋ってのは、本当に生きて行くのが辛いんですぜ!?」

「…よく知ってるよ」


「いんや!兄貴は分かってませんぜ!!俺達は!おっかぁは!!それこそ、理不尽に殺されるかもしんねぇ!!そんな世界ですぜ!」



 スドクの目からは涙が溢れ始めていた。

 この歳で、どれだけの地獄を見てきたのか、想像もしたくないぐらいである。




「…分かった」



 レイズは覚悟を決める。

 セレナとスドク達を守るため、彼は棚から落ちてきた権力すら使うことにした。




「何が分かったんですかい!?」

「先に神殿騎士の対応をするよ」


「先に?」

「うん、神殿騎士を止めてみるよ」


「何を言ってるんですかい!?神殿騎士を止める!?俺らの話なんざ聞いてくれませんぜ!?」

「…大丈夫、きっと」



 レイズはどこか確信がある様子でスドクへ告げる。

 彼は何一つ説明しようとしないのだが、どこか真実味のようなものをスドクは感じていた。

 そもそも、レイズが只者ではないと彼は考えてもいる。



「…兄貴、教会に知り合いでもいるんすか?」

「そんなところかな」



 レイズは頬を指で掻きながら言うと、スドクは目を細める。



「相手は神殿騎士ですぜ…止めるなら、それこそ聖騎士にでも知り合いがいなきゃ無理ですぜ?」

「あははは」

「何で笑うんですかい?」



「…スドクはここでお留守番していてくれるかな?」

「そりゃ、構いませんけど…」



 スドクはどこか不安そうに草原を見渡す。

 いつ、神殿騎士や冒険者、それにビーストがやってくるか分からないからだろう。



「…護衛は置いていくよ」

「はい、マスター、承知しました」



「うおっ!!」



 スドクは、目の前に緑の髪をした絶世の美女が急に現れたことに尻餅をつく。



「彼女はスーツ」

「スーツ…さん…?」


「はい、スドク様、お会いできて光栄です」


 スーツは無表情のままスドクへ告げると、スッと彼へ手を差し伸べる。

 その手を掴んだスドクは、そのままスーツに手を引かれて立ち上がる。



「じゃ、すぐに戻ってくるから」

「はい、いってらっしゃいませ、マスター」

「あ、え…おっ!?」



 テレポートで移動したレイズは、スドクの目の前からパッと姿を消してしまう。




「…ここ、魔力不安定なんだけど、テレポートして大丈夫か!?」

「はい、スドク様、ご心配には及びません」

「何でだよ!?」


「マスターですから」


「な、ナニモンなんだよ…兄貴はいったい…」




ーーーーーーーーーーーーー




「…ぜぇぜぇ」

「やっと…ついたぜ」

「お、おい!早く行くぞ!」



 剣を携えた冒険者ザッツ

 その隣には、杖を持った男性と斧を背負った男性がいる。


 そして、彼らの前には、砂漠の集落にある教会があった。

 周囲がテントのような建物にもかかわらず、教会だけは白い石材で建てられており、どこか街並みから浮いている印象があった。



 そんな教会の白い扉を開いて中へ入室するザッツ達




「…っ!?」

「お、お前は!?」



 ザッツ達が教会に入ると、そこは礼拝室のような造りになっていた。

 真っ赤な絨毯が奥まで続いており、その絨毯を挟むように椅子が列をなしていた。

 そして、絨毯の先にはステンドグラスから差し込む光に当てられた緑の龍の石像が置かれており、その石像の前にはレイズの姿があった。




「…先ほどは、驚かせてしまってすいません」



 レイズは入ってきたザッツ達へそう言って頭を下げる。

 しかし…



「そいつはゼロ紋だ!!」

「ああ!何で教会に堂々といやがる!?」



 ザッツ達はレイズへ指を突きつけながら叫ぶ。

 彼の周囲には神殿騎士の姿があり、近くには信者や教会関係者の姿もある。



「お、おい!」


 しかし、教会内にいる人々がレイズをつまみ出そうとすらしない。

 彼がゼロの紋章を持っていることに、とうに気付いているはずだ。




「何をしてんだ!?そいつはゼロ紋だぜ!?」

「それによ!灰色病に犯された村にいたやつだ!!」



 ザッツ達の言葉に耳を貸す素振りを見せない神殿騎士達

 彼らの様子がおかしいことに、ザッツ達は怪訝な顔をし始めていた。



「…おい」

「洗脳されてんのか?」

「待て…誰がそんなことすんだ。あいつはゼロ紋だぜ」

「だが…様子がおかし過ぎるだろ」




「…静粛に」


「「っ!?」」



 透き通るような声が奥から聞こえる。

 その声のする方向へ目を向けると同時に、ザッツ達は素早く膝を折り、首を垂れる。



「敬虔なる信徒よ…よくいらっしゃいましたね」


 そう言って柔和な笑みをザッツ達へ向けるのはミリアだ。




「…ミリア様!?」

「ま、まさか…」

「本物…」



 あまりの神々しさを前に、ミリアが本物かどうか判断する前に、彼らは跪くことを選択していた。

 本能が理解しているのだろう。


 彼女が本物の聖女ミリアであることを。





「…こちらの方はレイズ・アン・デッド様です」


「「っ!?」」



 ザッツ達は「レイズ」の名前を聞いてビクリと肩を震わせる。

 "零厳王"の名前を知らないほど、彼らは無知な冒険者ではなかった。




「ま、まさか…」

「も、申し訳ございません!かの聖騎士とは知らず…とんだご無礼を!」

「お許しください!」



 ザッツ達は全身を震わせながら許しを乞い始める。



「あ、えっと…まったく怒っていないので…その、大丈夫です」



 レイズは居心地が悪そうに頭を掻きながら告げる。

 すると、ミリアが両手を開きながら、目に涙を浮かべてザッツ達へ言い放つ。




「…レイズ様の寛大なお心に感謝を」


「「ありがとうございます!!レイズ様!!!」」



 ザッツ達の態度を前に、満足そうに笑うミリア




「はい、その感謝の気持ちを大切にしてください」


「「はい!!」」



「…」



 レイズはドッと疲れを感じながらも、素早く本題を切り出して、この居心地の悪い空気を払拭したかった。




「それで、あの集落の件ですが、僕に一任してほしいのです」


「レイズ様のお心のままにいたしましょう」

「ありがとうございます。ミリア様」


「全てはレイズ様の意思のもとであることが、世界のあるべき姿なのです」

「あははは…」



「そ、それで…俺達は何をすれば良いですか?」


 ザッツがおそるおそるレイズへ尋ねる。



「村を助けるので、焼き払ったりしないように、手を出さないようにしてもらえればそれだけで大丈夫です」



「は、はい!」


 ザッツは勢いよく返事するが、仲間の杖を持った男性がそれでもと口を挟む。



「恐れながらレイズ様!」

「どうしました?」


「はい!あの村は…ご存知の通り灰色病に冒されております!」

「…病気の件も僕に任せてほしいです」


「…恐れながら!レイズ様!具体的な対処方法だけでもお教え願います!」

「お、おい!スロス!」

「やめろ…おい」



 杖を持った男性を止めようとする2人の仲間だが、彼らの制止を振り切ってでも、スロスと呼ばれた男性はレイズへ問いかけを続ける。



「どうか!」



 彼は彼なりの正義感があるのだろう。

 病気を蔓延させたくないという思いそのものは正しいのかもしれない。

 

 ただ手段が相容れないだけだ。

 そもそも、病気を蔓延させないようにするには、手段として、集落を焼き払うほかにない。そう考えているからこそ、スロスはレイズへ具体的な対処法を確認しようとしていた。




「…翠玉のことは聞いたことありますよね」

「もちろんです!」



「その翠玉を…量産します」



「「へ?」」



「灰色病が難病であるからこそ、村を焼き払う選択肢しかないんですよね」

「そ、それは…そうですが」


「もし、灰色病が簡単に治せるようになれば…村を焼き払う必要もなくなります」

「か、簡単に仰いますが…翠玉の精製は、何人もの賢人達が挑みましたが、ことごとく失敗しています!」



 灰色病に冒された村を好き好んで焼き払ってきたわけではない。

 そうすることしかできなかったからだ。


 灰色病を治そうと誰も挑戦しなかったわけではなかった。





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