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ゼロの紋章  作者: 魚介類
第3章 救世の零厳王
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第28話 翠玉



 短い草が一面に生茂る夜の草原

 その一角で薪を囲うのはレイズとスドクだ。



「…今更だけど」

「何だよ?」


「キミの名前は何て言うの?」

「あん?俺はスドクだ」



「…スドクは、どうして、僕を殺そうとしたの?」


「…灰色病って知ってるか?」




 スドクは薪を光の宿らない瞳で見つめながら呟くようにレイズへ語りかける。

 彼の言葉にレイズは無言で頷く。



 灰色病は、その名前の通り、だんだんと皮膚が灰色に変化していき、石のように硬くなってしまう症状だ。

 やがて、体内の主要機関が動かなくなってしまい、死にいたる病気であった。



「その灰色病によ、俺のおっかぁがかかってやがる」

「…」



 灰色病は死を待つだけの難病だ。

 レイズは、スドクへ何と声をかけていいのか分からず、言葉を紡ぐことができないでいた。



「…やめろ。同情なんて要らねえ」


 スドクは、そんなレイズの表情から何かを察し、不機嫌そうに言い放つ。



「お母さんの病気のことは分かったよ…でも、それで、どうして僕を殺そうとすることになるの?」

「…灰色病はな、難病だけどよ、治せないわけじゃないんだ」


「え?」

「ビーストから採取できる貴重な素材があれば、それを媒体にして、魔法で治せる…らしい」

「初耳だ…」



 灰色病は、今の人間の魔法治療では治せないとされている病だ。

 それはオメガビーストの圧倒的な魔力を持ってしても治せないものであり、力の大きさではなく、使い方が求められるものであった。



「お前を殺せば…おっかぁを助けてやるって…そう依頼された」

「…そっか」



 レイズはスドクの言葉に頷く。

 しかし、殺されてやるつもりは一切なさそうだ。



「いくらお人好しそうなアンタでも、俺のおっかぁのために死んでくれたりはしねぇよな」

「酷い言い草だね」



 レイズは呆れたように笑うと続ける。




「…もしかしたらだけど」

「あん?」


「…セレナなら治せるかも」

「俺の話を聞いてなかったか?治すにはな、ビーストの貴重な素材がいるんだ!」



「…翠玉って知ってる?」

「おう!まさにそれだ!ランクSの冒険者達にでも頼まなきゃよ!入手できねぇ素材だぜ!」



「…こういう運、持ってるよね。僕もセレナも…」





ーーーーーーーーーーー




「嘘だろ…おっかぁ!!!」

「待って!!」



 レイズの目の前には、草原に設置されたテントの数々があった。

 まるで遊牧民族のような集落の中には、そこで暮らす人々を模したように作られた石像が何体も置かれていた。


 そんな光景を前にして、スドクは勢いよく飛び出していくが、彼の肩を掴んで止めるのはレイズだ。




「離せっ!」



 レイズの手を肩を振って振り解こうとするスドク

 しかし、レイズの手の力は強く、彼が本気でスドクを行かせないようにしていると分かる。



「…セレナ」



 レイズは集落の中にある石像の中、とある女性を模したものに目が釘付けとなる。

 その石像は、まさしくセレナに瓜二つであった。



 セレナの石像の手は、何か丸いものを掴んでいたような形跡があった。

 その表情はドヤ顔に近い笑顔であり、きっと彼女が誰かを偉そうに救おうとしていたのだろう。



「…セレナ」



 レイズは足を集落に踏み入れる。



「おい!」



 すると、今度はスドクがレイズを止めようとする。

 しかし、彼の力でレイズを制止できるはずもなく…



「…セレナ!!」



 レイズは集落の中、セレナの石像のところまで駆けようと、集落へ足を踏み入れた瞬間だ。




「ぎゃぁぁうらぁるぅべぇたぁあ!!」



 集落の地面から灰色の長い蛇が飛び出してくる。

 カラカラとマラカスを鳴らすような鳴き声を響かせつつ、その黄色く鋭い眼光をレイズへ向ける。




「…っ!」



 レイズは自分の足がすくわれたような感覚がすると、そのまま前のめりに倒れ掛かる。

 転倒を防ぐために、本能的に顔の前に迫る地面へ向けて手を突き出すと、その手の先端が灰色に変わって行くのを刹那の間に確認する。

 同時に、自分の足が何かにすくわれたのではなく、灰色病に犯されていたことも確認した。




「…このぐらい!!」



 レイズは一瞬だけオメガビーストへ変身する。

 そのことで、一気に耐性を得ることに成功し、灰色病になっていた手足はパッと元へと戻る。




「がっぁぁつ!」


 変身から戻ったレイズを凄まじい頭痛が襲う。

 しかし、今は苦痛に悶えている場合ではないと、グッと奥歯を噛み締めて痛みを堪える。



「うぁぁ!!」


 体勢を立て直したレイズは、右手に風の魔力を込めて、地中から飛び出してきた蛇へ狙いを定める。



「ぎゃぁぁう!?」


 レイズが無事なことに驚きを隠せず、硬直している蛇のビースト



「発動!ウインド・スライサー!!」



 レイズが右手を振り払うと同時に、彼の手に宿っていた風の魔力が刃へと姿を変えて、蛇のビーストへ向かっていく。



 攻撃を受けた。

 そう蛇のビーストが気付いた時には、額に「ε」と刻まれた頭部は宙を舞っていた。




「…すげぇ」



 スドクは、一瞬の攻防で、イプシロンビーストを討伐していたレイズへキラキラとした目を向けていた。





ーーーーーーーーーーーー




「こいつぁ!バジリスクですぜ!」

「あ、うん…」



 スドクはまるで子分のような態度でレイズへ告げる。

 彼が慣れた手つきで捌いているのは、レイズが倒した蛇のビーストである。


 分厚い皮はしっかりと綺麗に肉から剥がされており、今は綺麗に畳まれている。

 肉は可食部とそうでない部分で綺麗に分けられており、2人分と考えれば、しばらく食料に困ることはなさそうな量はあった。


 そして、スドクは、残った内臓を綺麗に捌いていた。




「あ…くそ!」


 スドクは蛇のビーストの解体を終えると悪態をついた。



「翠玉…ねぇか!」



 レイズはガッカリとしているスドクへ、ハッとした様子で尋ねる。




「…その翠玉があれば、みんなを助けられるの?」

「へい!翠玉さえありゃ、治癒魔法の発動自体は単純ですぜ!」



 スドクの言葉に、レイズはセレナを助ける希望を見出していた。

 簡単な魔法で良いのならば、ドクターにでも聞けば分かるだろう。

 

 やはり、問題は「翠玉」だ。




「どうして、集落ごと灰色病に…」

「…ビーストの親分が来たんですぜ」


「親分?」

「へい、もっと奥の方を取り仕切ってやがる奴です…そいつがこの村の庇護を申し出てきやがりました」


「庇護…ここも…そうなの?」



 レイズは直前の荒野の村のことを思い出していた。

 ビーストからビーストに村を守ってもらうために、定期的に生贄を要求されていた村だ。



「他は知りませんが…助けてやる代わりに、生贄を寄越せって言ってきやがりました!」

「断ったんだね」

「もちろんですぜ!」



 レイズは村の光景を見渡す。

 これがビーストの仕業であれば、「守る」にはどう考えても該当しない光景であろう。



「族長のおっかぁが断ったら、奴の部下が、俺のおっかぁを灰色病にかけやがったんですぜ!」



 スドクはギュッと拳を硬く握りながら言う。



「…そのビーストの討伐と、翠玉を集めないと…だね」

「兄貴っ!」


「…その呼び方、やめてほしいな…」

「へい!兄貴っ!」




 スドクはニカッと満面の笑みをレイズへ向けながら頷く。

 そんな彼にため息をつくレイズ




「…ん?」

「あれ?誰か来やがりましたぜ」



 レイズとスドクがハッとすると、草原の向こう側から馬に乗った3人の冒険者達の姿が見えた。




「お、人がいるぜ」

「あー!やっと休憩できるぜ!」

「フロンティアラインがここまで過酷だとわな…」




 冒険者達が集落の外で馬から降りると、そのまま笑顔でレイズとスドクのところまでやってくる。

 

 斧を背負った大柄な男性

 剣を腰に携えた細身の男性

 杖を持ったローブの男性だ。



「やー!こんにちは!」

「あ、こんにちは!」



 3人のリーダーらしき剣を携えた人物がレイズへ笑顔で挨拶する。

 レイズも反射的に笑顔で挨拶を返すのだが…




「おい…ザッツ…」



 杖を持ったローブの男性が、剣を携えた男性をザッツと呼ぶ。




「ん?」

「その金髪、ゼロ紋だぜ」

「あ?」


 ザッツの表情が強ばり、彼の隣にいる斧を背負った男性も眉間に皺が寄る。



「マジかよ!」



 冒険者達はレイズがゼロの紋章を持つと気付くと険悪な表情を彼へ向け始めた。



「ってことはだ。この村もよ、ゼロ紋の村じゃねぇか?」


 斧を背負った男性が集落の中を除く、すると彼の表情が凍りついた。




「…っ!」



「ん?ベロン、どうし…」



 斧を背負った男性の表情の異変に気付いたザッツが、彼と同じ景色を覗く。



「灰色病…やべぇ!!逃げんぞ!!」

「お、ま、待て!!」


「あ…あぁぁああ!!」



 3人の冒険者はなりふり構わず逃げようとする。

 そんな彼らへスドクが魔力のこもった腕を振るう。



「スドク!?」

「…っ!兄貴!?」



 スドクが明らかな殺意を持って魔法を冒険者達へ放とうとしていた。

 それを慌てて止めるのはレイズだ。



「何てことをしようとしているの!?」

「あのまま逃がしたら!!あいつら!教会から神殿騎士を呼んできやがりますぜ!」


「神殿騎士!?」

「そうですぜ!!俺の村を!!おっかぁを!焼き払うつもりですぜ!!」


「…何でそんなことを!?」

「兄貴!!灰色病は伝染しますぜ!!」


「…伝染!?」


「へい!難病で、伝染するとなりゃ、焼き払う!当然ですぜ!…だけど、このまま黙って焼き払われてたまりますか!!」



 スドクはレイズから強引に腕を振り解くと、素早く、炎の玉を逃げる冒険者達の背中へ向けて放つ。

 ランクA以上の冒険者であろう彼らだが、今は逃げることに必死だ。

 そんな彼らが相手ならば、スドクの魔法でも致命傷となろう。



「ダメだよ!」



 レイズは素早く風の刃を放ち、スドクの放った火の玉をかき消す。





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