第21話 零厳譚の一節
岩の台座ではなく、木を積み重ねて作った台の上にセレナが座っていた。その隣に立つのはレイズだ。
そして、彼らが部屋を見渡すと、そこには平伏している荒野の村の人々の姿があった。
「…へへー!」
と言わんばかりの様子で頭を垂れている村長
そんな彼女を困ったように見つめるのはセレナだ。
「ね、居心地が悪いから降りても良いかしら?」
目の前で数十人はいるであろう村民達が、子供達も含めて一斉に平伏している。
そんな光景を台座の上から見下ろしていて、セレナは居心地が良いと感じるタイプではないようだ。
「だ、ダメでございますぞ!!我らと同じ地へ降り立つなど!!女神様のなさることではございませんぞ!」
村長はそんなセレナへ手を震わせながら告げる。
村長の背後にいる村人達も顔を左右に振っていたり、困ったような表情を浮かべている。
そんな光景を前にして、セレナはため息を吐くと話を始める。
「えっと…このまま、ここで暮らしていたら、その内、ビーストに殺されることになるわ」
セレナの単刀直入な物言いに、村人達の間に騒めきが起こる。
それはセレナの言葉を疑っているというよりも、恐怖に近い反応だ。
彼女の言葉を疑うものはいない。
村人達は一斉にセレナへ祈るように叫び始める。
「女神様!!私達を救ってくだされ!!」
「お願いしますじゃ!!」
「ああー!!どうか…どうか!!」
勝手なことを言ってと口に出そうになるセレナ
レイズとセレナは、先ほどまで村人の手によって生贄にされそうになっていた。
しかし、セレナがイビルイーグルを倒したことで、彼らの反応は一転し、セレナを女神と呼ぶようになった。
なかなかない手のひら返しだ。
「助けたいのはやまやまなのですが…皆さんに提案があります」
レイズがセレナの代わりに皆へ告げると、村人の視線がレイズへ集中する。
「天使様!提案とは?」
村長がレイズを天使と呼ぶと、レイズはどこか痒いものを感じるが、それを押し殺して話を続ける。
「ここから引っ越してほしいのです」
レイズが告げると、村人達は顔を見合わせ始める。
「…我らはゼロの紋章を持つ人間…受け入れてくれる場所などありませんぞ」
村長はそう悲しそうに告げると、その背後にいる村人達も頷いたり、俯いたり、涙するものもいた。
こんな辺鄙な場所で暮らさなければならない理由は、まさしく右手に刻まれている「0」の紋章が原因だろう。
フロンティアラインの外にまで彼らを迫害するものは来ない。ビーストよりも迫害を恐れて、彼らはビーストの縄張りで生活を営むことにしているのだ。
「…私の住う天上の世界に…安息の地はあるわ」
セレナが何処となく照れながら言う。
急に女神らしく振る舞いを始めるセレナの意図を汲んでレイズは黙って見守ることにした。
「安息の地でございますか!?」
「そうだ…貴方達が望めば…そこで暮らすことを認めよう」
セレナはスッと立ち上がると、何のポーズか右手を突き出し、左手を腰にあて、顔を少し上にあげる。
「…ああ…あああ!!何と…何と…」
「「ううううぅう」」
「「あああぁぁぁ」」
セレナの言葉に村人達は号泣を始める。誰も提案を拒むことはしないだろうとレイズとセレナは考えていた。
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男衆達はテントを畳み、女衆は荷物をまとめ、子供達はそれらの手伝いをしている。
この調子であれば、もう1時間もしないで引っ越しの準備は整いそうであった。
そんな景色の傍で、セレナは村長と話をしていた。
「…この辺りにも集落がありますじゃ」
村長はそう言って地面に地図を描く。フロンティアラインの向こう側にまで迫害を受けているゼロの紋章を持つ人々はおり、この村から少し離れた場所にも同様の集落があるようだ。
「ありがとう」
「いえ!!とんでもありませんぞ!!」
お礼を告げるセレナへ村長は頭を深々と下げる。そして、そんなセレナと村長のところへ、兄妹がやってくる。
「どうして助けてくれたの?」
女の子が男の子の後ろに隠れながらセレナへ尋ねる。そんな女の子へ微笑みながら、セレナは彼女と目線を合わせるためにしゃがみ込む。
子供ながらに、自分の兄が身代わりとしてセレナ達を生贄にしようとしたことを察しているようだ。
それにも関わらず、なぜ助けてくれたのか疑問に思っていた。
「それはね…うーん…お姉さん達がヒーローだからよ」
「ヒーロー?」
ヒーローという言葉に聞き覚えのない女の子は首をかしげる。彼女は兄である男の子を見るのだが、彼も聞き覚えがないようだ。
「ヒーローって…すごいの?」
「そう、みんなを助けて笑顔を守るのが仕事なの!」
セレナはそう言ってポーズを決める。
何のポーズだかわからないが、女の子と男の子は目をキラキラとさせてセレナを見ていた。
「わぁ!!」
「俺も大きくなったらヒーローやりたい!」
「でも、ヒーローは強くなきゃダメよ!悪に…自分の心の中にいる悪に打ち勝てるぐらいじゃないとダメ!」
セレナがそう語ると、兄妹はごくりと喉を鳴らす。
「でもね…妹を一生懸命になって守ろうとしたお兄ちゃんなら…きっと成れるわ!」
そんなセレナと子供達を遠くに見つめているレイズの傍にはメイド服の緑の髪の女性が降り立つ。
「マスター、お待たせしました」
無機質な女性の声が緑の髪のメイドから響く。
「ごめんね。スーツ、こんなところにまで呼び出してしまって」
「マスターの御用命とあらば、どのような場所であっても馳せ参じます」
「はははは…」
相変わらずの忠誠心に渇いた笑声をあげるレイズへ、スーツは「そういえば」ととある装置を渡す。
「こちらをドクターよりマスターへ渡すようにと言われておりました」
スーツが取り出したのは黒いチップだ。手のひらにちょこんと乗るぐらいのサイズである。
「これは?」
と、レイズが尋ねる前に、その黒いチップはレイズへの手から体内へ吸収されていく。
「っ!?」
「アナライズ装置です。パワードスーツに備わっていた機能を分離させて、今のレイズ様のスーツへ移行させました」
「アナライズ…」
「はい、これでアナライズしたビーストの持つスキルをスーツへ記録できます。オメガビーストでは小回りが効かないことが多いでしょうから、変身しなくとも強い状態で戦えるようにとドクターからの配慮です」
レイズは自身の契約書を覗く。
アナライズ装置をスーツから受け取ったことで、吸収していたスキルも戻ってきているようだ。
「そっか、ありがとうと伝えておいて」
「かしこまりました」
「それじゃ…そろそろ準備も済んできたし…お願いするね」
「はい、では、あちらの方々から運んでまいります」
「うん」
スーツはレイズから話を聞いていた。
人間の人達を里で預かってもらえないかとの申し出をスーツを経由して里の村長とドクターへ確認していた。
ドクターは関心がなさそうに「好きにしロ」と言っていたようだが、里の村長は「レイズ様のお願いであれば、それぐらい」と快諾していたそうだ。
そもそも、里には人手が足りていない。
機械化が進んでいるため、魔法が使えなくても仕事は腐るほどある。
里の住人からすれば、レイズの願いでなくとも嬉しい依頼であったようだ。
そして、問題となるのが里までどうやって村人を運ぶかだが、それはスーツが神龍であることにより解決する。
「では…」
スーツは女性の姿から龍の姿へと変身する。
イビルイーグルが小さく見えるほどの龍が大空を覆い始めると、荒野の村人達は驚愕して慄いていた。
「…じゃ、スーツ!みんなをお願いね!」
「承知しました。マスター」
スーツは準備を終えたであろう村人から、風魔法を巧みに使って空へ舞いあげると、その巨大な背中へ乗せていく。一気には運びきれないため、何往復かはするようだ。
第一陣を乗せたスーツはパッと姿を消すと、おそらく上空を飛翔して、グレイグッドの森にある古代遺跡へと向かったのであろう。
「…あれが天使様の御使いなのですね!!」
「え?」
そんなスーツを見送るレイズの背後から村長が目を潤わせながらやってくる。
「あれは伝承に名高い神龍様ですな!!」
「んだ!初めて見たど!!」
「教会のシンボルになっちゅうやつじゃ!!」
「んだんだ!!」
スーツの姿は緑の細長い龍だ。
天使のような翼を対になって6枚生やしており、言われてみれば、教会のシンボルの一つとされる神龍の姿にそっくりであった。
「本当の神様はセレナ様だったんだなー!」
「んだ!!神龍様を仕えるレイズ様を仕えてんだからよ!セレナ様が最高神様ってこった!!」
村人達が再び歓喜に湧くと、そんな光景に頭痛を覚えるレイズ
「…収拾つかなくなりそう」
「これで良いと思うわ」
「え?」
「里の人、ビーストばかりだもの。私が女神様だって信じてもらわないと、里で暮らしてくれないわよ?」
「…それもそうだね」