第17話 嫉妬
第17話『嫉妬』
「ふぅーーー!!すっごく美味しかったわ!」
焚き木を囲うレイズ達
セレナは満足そうに告げると、勢いよく背後へ倒れ、草原に自分の体を沈める。
満腹と言った様子でありお腹を嬉しそうにさすっていた。
セレナはドレスのような格好をやめて、レイズと同じボロボロの衣類を纏っていた。
まるでどこかのお姫様が貧乏人の格好をしているような上品さと貧困さがチグハグに混ざっているような印象だ。
すでにボロボロとはいえ、地面を背につけてしまえば余計に汚れる。
せっせと片付けをしているレイズが気付くと、彼女へ注意する。
「セレナ!背中が汚れるよ!」
「はいはい」
セレナはやれやれと言った具合で起き上がる。
しかし、レイズの追及は終わらない。
「それに、ほら!口が汚れてる!」
「もう!口煩いわね!レイズは!」
レイズから渡された布を受け取るセレナ
そう言いながらも、口元の汚れは気になるのか素直に拭いていた。
「それに、ボーッとしていないで片付けを手伝ってよ!」
レイズは焚き木を消しながら炭を確保していた。
やることはまだまだありそうな気配だ。
「少しゆっくりさせなさいよ!」
「ダメだよ、すぐに暗くなるから、先に片づけしないと!」
「暗くならないようにしなさいよ!」
「無茶言わないでよ!もう!ほら!変なことを言ってないで!片付け!片付け!」
「もう!あれこれ煩いんだから!ねー!ペロちゃん!」
「にゃー!」
頷き合うセレナとペロ
すっかり2人は意気投合していた。
ややサボり癖のある2人が意気投合してしまえば多数決で負ける。
「もう!ペロまで!」
レイズはどこか危機感を募らせながら2人を眺めていた。
そして、ペロの口元も汚れていることに気付くと、スッと布を取り出す。
「にゃう…」
レイズはペロの口元を拭う。
勢いよく食べたのか、ペロの口元も汚れていた。
「にゃー!」
「美味しかったと言ってくれるのは嬉しいけど、暗くなると片付けが大変になるよ!」
「もう!分かったわよ!少しは余韻に浸りたかったのに!」
「にゃー!」
「さ、ほら!ペロは炭を拾って、セレナは食器を片付ける!」
「はーい!」
「にゃう!」
レイズ達は片付けを終えると、テントのある丘の上を目指して草原を進む。
その頃には、周囲は薄らと暗くなり始めていた。
「さぁー!今日は早く寝て!明日は森へ行くわよ!」
歩きながら両手をあげて体を伸ばすセレナ
そんな彼女へレイズが忠告する。
「セレナ、森は冒険者じゃないと立ち入り禁止だよ」
少し大事になっていた。
どうやらゴブリン種を統率している存在がいるようだ。
小規模な軍隊を形成するおそれがあり、街には緊張が走っている。
ゴブリン自体はアルファビーストであり、単体では脅威にならない。
しかし、集団となれば話は別だ、
ビーストの中には徒党を組むものもおり、単体では脅威にならなくとも、集団となれば段違いの存在がいる。
ゴブリンも同様だ。
軍隊ともなれば合計の脅威はデルタやイプシロンに匹敵するかもしれない。
そんなことを梅雨知らず、セレナは呑気に家造りを考えていた。
それどころか、自分の力を誇示するために、その森の主と思しきゴブリン種の王に勝負を挑むつもりのようだ。
「大丈夫よ!私も冒険者だから!」
「でも、危ないってことだよ。しばらく、やめておこうよ」
「嫌よ!レイズに私の実力を見せつけてやるわ!」
いくら騒ぎを知らないとはいえ、まるで子供のような無謀さを見せるセレナ
レイズは思わずため息が溢れる。
「はぁ…」
「何よ!?」
「別に…」
「ちょっと!言いたいことがあるならハッキリしなさいよ!」
「…明日、森に行く前にギルドへ寄ろう」」
「え、何で?」
「許可証がいるんだよ。それにマスターへ報告しないと」
「報告?森のあの冒険者のこと?」
「ううん、そっちは終わったから別件、森が静かだったでしょ、その原因が分からないから、僕からも話を聞きたいそうだよ」
「原因?私だって言えば?」
「…」
レイズは怪訝な瞳をセレナへ向ける。
すると、セレナは「ふん」と鼻を鳴らす。
「良いわ!その目、明日には羨望に変わるから!」
「…」
言葉で言っても聞かないなら、行動で示すしかないとセレナは腹を括る。
丘の上が見えてくると、レイズ達が暮らすテントが映る。
レイズは思わず呟いた。
「家か…」
「…どうしたの?」
感慨深そうに家と呟くレイズに気になったセレナは尋ねる。
しかし、レイズは言い難い様子で黙っていた。
「…」
「言いたいことがあるならハッキリする!」
「…セレナは家に帰らなくて大丈夫なの?」
「あら、レイズにしては踏み込んだ質問ね」
「…ごめん」
「そうね。私、帰る家なんてないもの」
レイズの質問に対して、どこか嬉しそうに答えるセレナ
疎いレイズには分からないが、彼に関心を持ってもらえたことがセレナは嬉しいようだ。
「え、家がないの?」
「家どころか父も母も、家族もいないから、ずっと、気ままに旅をしてきたわ!」
天涯孤独であることを明るい笑顔で話すセレナ
彼女にとって悲しいことでも何でもない様子だ。
ここまで話したところでレイズ達はテントへ着く。
すぐに焚き木に火をつけると、3人は囲うように座る。
「…セレナはさびしくないの?」
「何がよ?」
「家族がいなくて」
「うん、最初からいないからね。あまり気にしたことなかったわ」
「そっか」
「で、レイズは?見たところ1人でずっと暮らしているみたいだけど、お父さんとお母さんはいないの?」
「…うん、ちょっとあってね」
「そっか…記憶がないんだものね」
レイズ達の空気が微かに重くなる。
暗い話題にしてしまったレイズは少し後悔していた。
「レイズこそ寂しくないの?」
「うん、ずっとペロが居てくれたから」
レイズはそう言って微笑みながら隣に座っているペロの頭を撫でる。
嬉しそうに目を細めて受け入れるペロ
「にゃー!」
「あーもう!ペロちゃんかわいい!」
「にゃうにゃう!」
ペロをモフモフし始めるセレナ
そんな彼女へレイズは質問を続ける。
「旅はもう良いの?」
「レイズに裸を見られなければ、旅を続ける予定だったんだけどね」
「不可抗力だよ!」
「ええ、知ってるわよ」
「…でも、ごめんね」
レイズはセレナへ旅の理由はあえて問わなかった。
まだ聞いても答えてくれるような気がしなかったからだ。
「ふふふ、私、意外と今の暮らしが気に入ったわ!」
「セレナ?」
「だから、ありがとう!レイズ!」
「…うん」
満面の笑みでお礼を告げるセレナ
レイズもどこか嬉しそうに頷いた。
少し照れ臭そうにセレナが言葉を紡ぐ。
「もう…寂しくないもの…」
しかし、小声すぎてレイズは聞き取れなかったようだ。
「セレナ?」
「ううん、何でもない!」
セレナは少してれくさそうに笑う。
そんな彼女へペロは嬉しそうに鳴いた。
「にゃー!」
「そうだね。確かにセレナが来てから賑やかになったね」
「にゃう!」
「ペロちゃん!本当にかわいいわ…もふもふ!」
「にゃうにゃう!」
ペロを再び撫で回すセレナ
しかし、彼女の腕がピタリと止まる。
その視線はどこか遠くを見つめていた。
「あれ?何かしら?」
「ん?どうしたの?」
「にゃう?」
「あれ…」
セレナが街道の方向を指さす。
丘の下を指し示しているようだ。
そこは暗闇の中でも薄らと光っており、どうやら草原を歩く人々の灯が光を放っているようだ。
薄灯の下には、真っ赤な鱗の翼竜を乗せた馬車が街道を進む光景が映っていた。
「すごい、上位のガンマビーストだよ!」
レイズはキラキラと目を輝かせながら街道を進む馬車を見る。
そこに乗っている翼竜はすでに絶命していた。
しかし、その額に刻まれた「γ」の刻印は淡い光を放ち続けている。
アルファやベータ級であれば、同クラス内の上下の差は小さい。
しかし、ガンマ級からは上下の差が大きく出るようになる。
そこで「上位のガンマビースト」、「下位のガンマビースト」と冒険者内で等級を分けることになっていた。
セレナが倒したオーガは変動型であり、実力の変化に応じてベータ級かガンマ級に分かれるタイプだ。
しかし、高くても下位のガンマビーストという扱いである。
それに対して、馬車に乗せられている翼竜は、龍種の末席に位置するビーストだ。
同じ等級でも、オーガとは比べ物にならないほどの驚異性のあるビーストである。
「あの人達が倒したのかな!?」
「うーん、そうね。それなりに強そうだわ」
レイズ達の前には、馬車を引く4人の冒険者の姿があった。
「あれ…あの子…」
レイズは4人の中、特に真っ赤な髪をした女性に目を引かれていた。
遠目ながらに綺麗な女性であることは分かる。
しかし、レイズは彼女の美貌が気になったのではない。
むむむむ?
どこかで見たような…
遠過ぎて分からないな。
側からは、レイズは惹かれるように赤い髪の女性を見つめているように見える。
記憶が蘇りそうになっていただけであったのだが、隣にいるセレナが、そんなレイズの視線を誤解する。
「へぇ…ふーん…」
「ん?」