第20話 荒野の村の慣わし
「…お主らが、この子らを救ってくれたのだな」
シワだらけの老齢の女性、その瞼までシワと一体化しているように見える。そんな目を薄っすらと開けてレイズとセレナを見つめる。
「…ええ、私が倒したわ!」
セレナが両手を腰に当てながら堂々と胸を張っていう。その度胸は相変わらずすごいと隣でレイズは感じていた。そんな2人へ…
「何てことをしただ!!」
「ふざけおってからに!!」
「そんな戯言を信じると思っただか!?」
老齢の女性の背後にいる男性達は一斉に怒号を響かせる。まさか、子供を助けて怒られると思っていなかったレイズとセレナは、その表情が凍りついたように固まらせる。
「へ?」
「え?」
「この子らはのう…贄とするために、神木の枝を背負わせて放浪させておったのじゃ」
老齢の女性はそうレイズとセレナへ告げると、兄弟の背中をそれぞれ両手で押す。
「っ!」
「…うぇぇええん!」
背中を村長に押されて泣き始めてしまう小さな女の子を、兄である男の子が抱きしめる。そんな兄妹を他所に、レイズとセレナは老齢の女性を怪訝な顔で見つめる。
「この子達を…贄に?」
「そうじゃ…」
老齢の女性はまるで睨むようにレイズを見つめる。そんな彼女に代わり、背後の男性達が大声で言う。
「お前らがダークイーグルを倒したなんて嘘は通じんぞ!」
「余計なことをしおってからに!!」
「余所者が勝手なことをしおって!」
「待ってください!!話を…」
罵声に対して慌てて反応するレイズの顔の前に右手をスッと出すセレナ
「え?」
「言っても無駄よ」
「へ?」
レイズはセレナに言われてハッとする。気付けば自分達の周囲を大勢の村人が囲っていた。彼らは石器時代を思わせるような石斧や石槍を細腕で握りしめており、何を考えているのかは聞かずとも把握できよう。
「私達を、その贄にするつもりかしら?」
セレナが周囲を見渡した後で、目の前の老齢の女性ではなく、俯いている男の子へ言う。
「…」
「うぇええん…」
男の子はセレナの言葉にギュッと妹を抱きしめて答える。彼は、命の恩人とも呼べるセレナ達を犠牲に、自分達が生贄にならないような道を選択したようだ。
「…ダークイーグル様もお許しになるじゃろうて…細い子供らよりも、お主らの方が食べ応えがあるとのう」
老齢の女性はそうレイズ達へ告げる。
レイズというかセレナがすでにダークイーグルを屠っているのだが、イプシロンビーストであるダークイーグルを倒したなんて話を聞いてくれるはずもない。いい加減、学習しているセレナは説明しても体力の浪費だと考えていた。
そんなレイズとセレナの包囲する村人は、その距離をジリジリと詰めていく。しかし、それでも、セレナは抵抗する素振りを見せない。
「…セレナ、いいの?」
レイズは、セレナが村人に抵抗しないのは、彼女が彼らを助けるつもりではないかと考えていた。
「良いも何も、どうせこの人達を助けるつもりなんでしょ?」
「…」
レイズはセレナの問いに無言で答える。
恩を仇で返すような相手であっても、レイズは助けたいと思っているようだ。
「うん…助けられるなら…助けたい」
「…良いわよ。そのお人好しなところ…嫌いじゃないもの」
ーーーーーーーー
「…で、せめて、冥土の土産に話してくれるのかしら?」
レイズとセレナは人力で動く台車に乗せられていた。グルグルと縄で縛られており、その縄には黒い小さな石が巻き付けられていた。小さく純度の低い退精霊石であろう。まったく効果がないわけではないが、それでレイズはもちろん、セレナがどうにかなる代物ではない。
そんな風に台車にチョコンと縛られて乗せられているレイズとセレナ
2人を台車へ乗せて運ぶのは村長が率いる村人達だ。
「村長?」
セレナの言葉に台車を引く男衆の1人が老齢の女性を見つめる。
「ふむ…暇潰しにはよかろう」
「それじゃ、早速…こんな辺鄙な場所で、よくビーストに襲われずに暮らしてこれたわね」
セレナの言葉に村長が頷いてから答える。
「毎年、贄を捧げることで、守り神様に護ってもらっておるのじゃ」
「守り神様?…ダークイーグルのことかしら?」
「違うぞ…ダークイーグル様は守り神様の御使いじゃ」
「へぇ…それじゃ、ダークイーグルよりも怖いビーストがいるのね」
「これ!守り神様をビースト呼ばわりするでないぞ!!」
セレナの言葉に、村長が激昂する。
しかし、怒りを露わにするのは村長である老齢の女性だけであり、台車を引く男衆は表情が暗いままであった。
「まったく!これだから若いもんはのう!!守り神様をビースト呼ばわりとは!!無礼にも程があるぞ!!」
ギャーギャーとセレナへ罵詈雑言を浴びせている村長を他所に、セレナはレイズへ顔を向ける。
その視線だけでレイズは何を伝えたいのか理解した。
つまり、このまま生贄にされつつ、迎えにきたビーストを倒し、その守り神と呼ばれるビーストをも倒そうと考えているようだ。
そうなると問題なのは…
「…この人達は、守り神がいるからビーストに襲われずに済んでいるんだよね?」
生贄を捧げるメリットが村人達にないわけではない。こんなビーストの巣窟であった場所で、彼らが生活を営めたのは、守り神と呼ぶビーストの庇護下…縄張りの中にあったからだろう。
その守り神を倒してしまえば、彼らはたちまちに庇護をなくし、いずれは別のビーストによって食い殺されてしまうかもしれない。
「だけど、その守り神すらも逃げ出しちゃうかもしれないのよ?」
「それは…そうだけど…」
レイズ達が守り神を倒さなくても、おそらく騒動の原因となっているビーストがこの辺りにまで来れば、その守り神も逃げ去って村人達は無事では済まなくなるだろう。
「レイズは生贄を黙って見過ごすの?」
「そんなことはないよ!」
「それなら何を迷うの?」
「…この人達を、このままにしていても良いのかな…って」
「スーツを呼んで、あの集落で暮らしてもらえば?」
「え?」
「きっと、この先も、こんな人達が大勢いるわよ。あそこ、逃げてもらう場所としては絶好じゃないかしら?まだまだ広げられそうだし」
古代遺跡の里の結界はまだまだ広げられるようだ。
里の人口を考えると、その面積を広げるメリットはないため誰もやらないが、住人が増えれば領地拡大を彼らも考えるだろう。
「…みんなは話を聞いてくれるかな?」
「話?」
「勝手に、こっちがこれで良いだろうって、話を進めたらダメだよ」
「…それはそうね」
「でも、生贄は止めないとね」
「うん」
ーーーーーーーー
「さて、着いたぞ」
村長がピタリと足を止めると、同時に、台車もピタリと止まる。背後を振り返った村長は台車の上にいるレイズ達へそう告げた。
「ここ?」
「さっきの場所だね」
レイズ達がいるのは、ちょうどダークイーグルを倒した後で、兄妹と出会った場所である。2人が隠れていた岩は、よく見ると不恰好な台座のようにも見える。どうやら、生贄を捧げるための祭壇のような意匠があるようだ。
「ほら!降りろ!!」
「…」
レイズとセレナは男衆に言われて台車を降りると、その台座の上まで歩かされる。
「そこで大人しくしておれ!!」
そう言って、レイズとセレナの縄の先を掴んだ村長は、岩にある穴に縄を通してグルグルと結ぶ。逃げられないようにしているつもりだろう。
「さて、我らは村へと戻るぞ」
「おう!!」
村長が告げると、男衆の1人が神木の入ったカゴをドンっとレイズ達の前、台座の傍へと置く。
「すまん…」
その男性はそう呟くと、すぐに踵を返して、去りゆく村長達と合流しようとする。
しかし…
「っ!?」
「む?」
周囲がパッと暗くなる。日差しが何かに遮られているようだ。慌てて空を見上げる村長達はギョッとする。
「イビルイーグル様…」
村長達が見上げる空には、周囲を暗闇にするほど巨大な鷹がいた。その輪郭がわからないほどの漆黒であり、まるで鷹の影そのものが空に浮かんでいるようにみえる。黒はその濃度が濃ければ濃いほど、物体の輪郭が見えなくなる現象が生じる。
そんな漆黒の鷹のビーストだが、その額に刻まれている紋章だけははっきりと読み取れる。その額に刻まれているのは「ζ」だ。
村長は膝をカクカクと震わせながら辛うじて立っている。
男衆は尻餅をついたり、獣のように四肢で地面を這うものもいる。
両手で頭を抱えて座り込むものまでいた。
まさしく恐慌状態であった。
「ひぃい!!」
そんな彼らの中から聞こえてくるのは幼い女の子の声だ。
ハッとしたレイズとセレナが声の主に視線を向けると、そこにはレイズ達を乗せて運んでいた台車がある。
その台車をよく見てみると、底の部分に女の子がいるようだ。レイズ達を身代わりにした兄妹の妹の方である。
「ギャァッウラァルベェタァァア!!」
漆黒の鷹のビーストは女の子のいる台車へ咆哮を轟かせると急降下する。
レイズが「助けなきゃ」と思った時には、そこに微笑むセレナの顔があった。
「レイズが変身しなくても楽勝よ」
「…」
セレナはそう言ってから、パッと縄を振り解く。
セレナが縄から抜け出したことに意識を向ける余裕のない村長達は、彼女が脱したことに気付く素振りはない。
そもそも、セレナの一連の動作は、彼らが目で追えるような速度ではない。
「さて…行くわよ!!発動!一刀両断!」
ひまわりのような剣を中段で構えながら、セレナは漆黒の鷹へと向かって地面を蹴り上げて宙を舞うと、女の子とビーストのちょうど中間あたりに入り込む。