第19話 フロンティアライン
テレポートを発動させるには条件がある。いくら自由の効く『テレポートLV5』であろうとも、その条件は共通している。
テレポートする場所や人を思い浮かべることができなければテレポートすることができないのだ。レイズは、世界脅威はもちろん、その周辺を訪れたことがなく、いくらオメガビーストとはいえ、イメージのできない場所へテレポートすることは叶わなかった。
「…っ!」
しかし、そんなレイズはとある祈りをキャッチする。生きたいと強く願う男性のものだ。その男性と面識もなければ、彼がいる場所に心当たりもない。しかし、その男性の強い思いは、レイズが彼を思い浮かべるには十分な要素となる。彼の願いを地点としてレイズはテレポートとする。
テレポートと呼ぶよりも召喚に形式は似ているだろうか。
「急ごう!」
「え!?」
レイズはサッと仮面を被ると、まるで用意していたようにセレナにも同じものを渡す。勢いで渡された仮面をセレナが被ると、すぐにレイズは彼女の手を握りしめる。セレナの心臓が脈打つ速度を早める前に、パッと彼女の視界は暗転した。
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「もう!びっくりしたわ!」
セレナは仮面越しにレイズを睨む。彼が慌ててテレポートした理由は、周囲の状況を見れば理解できる。
「ごめんごめん!」
そんなセレナへ何度も謝るレイズだが、セレナはそれ以上の言及を止める。
「それよりも…どうするのよ?」
セレナに言われてレイズは周囲を見渡す。そこには自分達を称賛する人々の姿があった。
涙を流しながら見つめるもの。
祈りを捧げるもの。
何度も拍手を繰り返すもの。
「…あははは、まるで英雄だね」
「彼らからすればそうでしょ」
レイズはオメガビーストの力で文字通りイプシロンビーストを瞬殺していた。古龍に匹敵するほどの龍と対峙していた彼らは死を覚悟していた筈だ。それをパッと現れて窮地を救ったのだから、レイズを英雄と思わない方が無理だろう。
「あ、あの!?」
「は、はい!?」
そんなレイズへと跪いている男性が話しかける。大切そうに箱を両手で抱えている男性だ。
「貴方様は!?ぜひ、お名前だけでも!!」
男性はレイズ達が仮面を被っていることから、その身分を隠したいことを察していた。しかし、命の恩人の名前すらも尋ねないのは無礼が過ぎるだろうと、答えてもらえなくても構わないと男性は尋ねる。
「あ、えっと…」
本名を伝えてはいけないと察したレイズは返答に迷う。他人へ冷たい態度ができるような性格ではないことも災いしているのだろう。
「僕…うっ…がっ…」
そんなレイズだが急に膝を地面につけて頭を両手で抱え始める。
「レイズ!?」
「…大丈夫ですか!?」
あまりに苦しそうに両手で頭を抱えるレイズ
彼はうめき声をあげ続けており、明らかに頭痛に苛まれていた。
「…がぁぁ」
苦しそうなレイズを心配する恰幅の良い男性へセレナは告げる。
「…申し訳ないけれど、先を急いでいるの」
セレナはレイズの代わりに男性へ告げると、レイズの手を引っ張って地面を蹴り上げる。2人は高く舞うと、そのままキャラバンから大きく距離を離して着地する。
「わ!!お、お待ちを!!!」
レイズとセレナを引き止めようとする男性の声に振り返らず、セレナはレイズを引っ張った状態で遥か遠くの位置で着地する。そして、再び地面を蹴り上げて宙を舞うレイズとセレナは、キャラバンから見えないぐらいの位置にまで飛び立っていた。
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世界脅威『奈落の階段』は帝国領の北に位置している。フロンティアラインと呼ばれる境目よりも向こう側に位置しており、名目上は帝国の領地であるが人の手が加えられていない場所であり、村や町などの存在は記録されていない。
フロンティアラインと呼ばれているのは、文字通り、それを境として向こう側が開拓できていないからだ。開拓できない理由はまさにビーストの存在だろう。フロンティアラインよりも向こう側に生息するビーストはどれも脅威的であり、少なくてもデルタビースト以上と言われている。
そんな場所で生活したいと考える人間はいないだろう。常識的には…
「…頭痛は大丈夫?」
「うん…心配させてごめんね」
「よかったわ…でも、あまり変身しない方が良いかもしれないわ」
セレナは確証があるわけではないが、レイズの頭痛の原因はオメガビーストへの変身にあると考えていた。それはレイズも直感していることであり、彼女の言葉にコクリと頷く。あの頭が割れるような頭痛を思い出すと、変身するのを躊躇う気持ちにすらなる。
「…それよりも、ここから先がフロンティアラインの向こう側だよ」
「広いわね」
「うん」
2人が見つめる先は、何の変哲もない荒野だ。赤茶色の岩肌が延々と続いており、その荒野の景色の奥には緑豊かな山々が見える。
彼らが立っている場所はまさしくフロンティアラインと呼ばれる境目であり、一歩踏み出せば未開拓の土地へと足を踏み入れることになる。
「…ビーストの気配が本当にしないわね」
「うん…」
セレナは地平線を見渡す。彼女の言葉通り、レイズもパワードスーツを使って気配を探るが、見渡す範囲内にビーストはいないようだ。
「とにかく、進みましょう」
「うん…」
「強いビーストの気配を感じたら、片っ端から片付けて行くわよ!」
「そ、そうだね!」
レイズとセレナは、イプシロンやゼータ級のビーストを掃討することにしていた。それらのビーストが縄張りを離れてフロンティアラインの内側に侵攻を始めれば、彼らが危惧している世界崩壊の序曲が始まることになる。
レイズとセレナは荒野を風魔法で駆け抜けていく。自動車並みの速度はあり、そこそこの距離を進んだ頃、2人は最初のビーストの気配を探知した。
「…いた!!」
「あれね!!」
セレナが気配を察すると、先手必勝とばかりに地面を蹴り上げて、上空にいる巨大な鷹をひまわりのような剣で一刀両断にする。その鷹のようなビーストの額には「ε」と刻まれていた。
「ぎゃぅっ!!」
巨大な鷹のビーストは左右に体を引き裂かれたにも関わらず、ギロリとセレナへ視線を向ける。
「これで…終わりよ!」
セレナが剣をビーストへ向けると、その剣先から閃光が放たれてビーストを包み込む。
「よし!」
セレナが着地する頃には、空にいた鷹のビーストは消失していた。
「…ん?」
そんなセレナはハッと人の気配に気付く。そこには…
「子供?」
セレナの背後には、岩の陰に隠れている子供の気配があった。男の子と女の子だ。おそらく、兄と妹であろう。
「おーい!セレナ!」
「レイズ!!」
少し遠くから駆け寄ってくるレイズへ、セレナは右手を挙げて応える。
「どうしたの?」
「子供がいるわ」
「へ?」
セレナは駆け寄ってきたレイズに対して、岩場を指し示す。レイズの視線の先には、右手の甲に「0」と刻まれた兄妹の姿があった。
「人だ…」
レイズが現れると、子供達は岩から飛び出してくる。男の子の方が地面に両手と両膝を突き、その額までをも地面につけようとしていた。
「お願いしますだ!勇者様!オイラ達の村を助けてくんろ!!」
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レイズとセレナは、兄妹に連れられて荒野を進む。流石にイプシロン級のビーストがそんなに多く現れるはずもなく、ビーストに出会うことなくレイズ達は彼らの村へと辿り着く。
レイズ達の視線の先には、岩を積み上げた壁に囲まれたテントのような家々があった。近くには小さなオアシスがあり、水源は近くに存在しているようだ。しかし、こんな荒野で生活すること自体が辛いのに、ましてや強力なビーストが蠢くフロンティアラインの向こう側だ。
村の外で作業をしている人々の手足は細い。
「ここが村?」
「うん…村長を呼んでくるだ!」
少年は妹を連れて村の中へと入っていく。中央にあるテントのような家の中へ駆け込む前に、背負っていた枯れ木の詰まった籠を投げ捨てるように地面へ置き、そのテントの中へと入っていく。
「ここで待ってろってことよね?」
「うん、そうだと思うよ」
「…何かあるわね」
「え?」
セレナは殺風景な荒野と村を見渡す。よほどのことがなければ、生活の拠点として選ばないような場所だ。
「ここでの生活が長いようね。ビーストが蠢いている場所で…普通の人間は暮らしていけないわ」
セレナの言葉通りだ。彼女はここがフロンティアラインと呼ばれる境界線の向こう側だと知らない。しかし、人が暮らせる場所でないことは察していた。
そんな場所で普通の人が生活を営むには何か理由があると感じているようだ。
「結界みたいなものがあるの?」
「それはなさそうね」
「…来たみたいだね」
「ええ、そうね」
そんな風に、周囲の景色を見渡していると、すぐに少年が村長を連れて戻ってくる。
少年が連れて来た村長は頭まで白い布で覆った老齢の女性だ。彼女の背後には剣を持った黒い肌の男性もいる。
「…みんなゼロの紋章だ」
レイズは彼らの右手の甲を見つめる。そこには「0」と確かに刻まれていた。