第3話 アルティメット・ニート
「…何よそれ!?脅迫じゃない!!」
まるでホテルのスイートルームのような部屋には、セレナの怒号が響き渡る。
彼女はミリアとカナンからルージュ達に何が起こったのかを聞き終えると同時に、ふかふかのソファーから身を乗り出した勢いで机を両手で叩き、叫び続ける。
「レイズが聖騎士の叙勲を断れば、少なくてもハザードは処刑されるのよね!?」
セレナの言葉にレイズはハッとする。
彼は聖騎士など過分な称号を賜れないと、ミリアへ断るつもりであった。しかし、そうなれば、レイズの権限ということで許されていたルージュとハザードの2人が、法の裁きを受けることとなる。つまり、ハザードは処刑され、ルージュも近しい罰を受けるのだ。
「脅迫するつもりは一切ありません」
カナンはセレナの言葉の意図を察してそう告げる。しかし、隣のミリアは首を傾げていた。
「…なぜ脅迫になるのでしょう?」
「レイズは聖騎士になんかならないわよ!」
そう言うセレナの言葉に、ミリアはレイズを見つめる。ミリアの目には不本意そうな表情を浮かべるレイズがいた。不本意、つまり不満の理由を、レイズは身に余ると思っているのだが、ミリアは役不足だと感じているようだ。過分と不足で互いの認識が正反対にズレている。
「…そうですよね。この程度の位しか用意できずに申し訳ありません」
「あ、いえ…そうではなくて!」
「セレナ様のお言葉も理解できました。この程度しか用意できない私の力不足が恨めしいです」
「…」
おそらく、まったくミリアは自分の意図を理解できていないだろうと考えたセレナは、交渉相手をカナンへ変更することにした。
「…ね、剣聖さん」
「何でしょうか?」
「そもそも、聖騎士にレイズがなったとして、どんな仕事をしなければならないのかしら?」
セレナは、ルージュとハザードを人質にされている状況を理解すると、前向きに受け止める方向で話を進めることにした。2人が近くにいないのであれば、一緒に逃げ出すことも難しい。
むしろ、この状況を想定して、ミリアが2人を王都へ向かわせたのかもしれないと考えても過ぎたものではないかもしれない。
ならば、まずは聖騎士の業務内容を確認して、そこから突破口を探ろうと考えたセレナはカナンへ問いかける。
「はっ!基本的には自由です」
「自由?」
「はっ!何をするのも自由です。その自由が許されるほどの権限も保有しております」
「…何もせずにダラダラ過ごしていても構わないってこと?」
「え!?え、ええ!!それはもちろん!!!」
セレナの言葉に、なぜかカナンは前のめりに頷いてくる。
まるで、カナンからすればレイズに何もしてほしくないような印象であった。
それが少し気になったセレナではあったが、何もしなくても構わないのであれば、意外と不都合はないのかもしれないと考える。
「しかし、普通は何か目的があって聖騎士を目指すものです。何もしない聖騎士というのは聞いたことがありません」
そんなセレナへカナンは怪訝な顔で尋ねる。曰くはあれど、聖騎士に推挙されるほどなのだから、レイズにはそれ相応の目的があるのだろうとカナンは考えていた。
まさか何もせずに本当にダラダラするとは考えられない。
「そうなの?」
「え、ええ…」
「セレナ、聖騎士は二つ名が付けられるんだよ」
「二つ名?それが何か関係あるの?」
「はい、レイズ様が仰る通り、現在7名いる聖騎士には、彼らの功績や目的に因んだ二つ名がつけられております」
「…探偵王とか予言王とか?」
「はっ!仰る通りです。こちらをご覧ください」
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騎士王『ペンドラキュリーナ・リリ・リアリール』
予言王『バルバロッス・バルバロ・ヴァルバローニャ』
冒険王『タジマ・ハル』
探偵王『ブル・メ・テオドール』
貿易王『ノーファ・ル・ガーファ』
空賊王『ロビン・フルド』
暴食王『マキ』
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カナンはどこからともなくボードを取り出すと、聖騎士の名前を列挙し始める。
「以上の7名が現在の聖騎士です」
「この2つ名がそれぞれの目的だったり功績だったりするのね」
「はい、レイズ様が聖騎士になられる以上、必ず、何かしらの2つ名を授かるはずです」
「つまり、基本は自由だけど、やっぱり何かしなきゃいけないってことよね?」
「え、ええ…誰も強制はしませんが…」
そう言ってカナンはミリアを見る。
そして、ミリアはレイズを見つめる。
「全てはレイズ様のお心のままに…」
そう言ってミリアはレイズへ微笑む。
「え…えっと?」
困ったレイズはセレナを見つめる。
「ミリア、アンタは何を企んでいるの?」
「企むとは…?私はただレイズ様のご意志が滞りなく世界に反映されることを願っております」
そう言ってミリアは顔の前で両手を組むと、目を瞑り、まるでレイズへ祈りを捧げるような姿勢をとる。
「…レイズが聖騎士になった後、アンタが何かレイズへ命じて、それで悪さしようとしているんじゃないの?」
「いえ、私がレイズ様へ依頼を申し上げるなど…そんな恐ろしいこと、とてもとても…」
「…聖女や教皇から聖騎士へ依頼を出すことはありますが、必ずしも、その依頼を受けなければならないわけではありません」
セレナの質問に対して、カナンはボードへ指を当てる。
「現に、こちらの…騎士王や予言王は自由なことで有名ですから、逆に、こちらの空賊王や暴食王の方がミリア様へ従順なぐらいです」
「…つまり、レイズが聖騎士になったとして、別にどこで何をしていようが、誰も咎めないってことかしら?」
「流石に大きく法に触れるような行い。国家を転覆させるような行いは裁きを受けますが…」
「それは当たり前でしょ!?常識の範囲内であれば、何をしていても自由ってことでいいのよね?」
「はい、すべてはレイズ様のお心のままに」
「あっ!後!聖騎士になったらお金を払わないとダメだったりするの?」
「いえ、そんなことはありません」
「でも、この馬車の維持費やカナンのお給料はどうするのよ!?」
「馬車の維持費やカナンの給料は教会が負担させていただきます」
セレナの言葉にミリアが答える。
「その他、必要経費と認められるものに関しては、教会が負担させていただきます」
「…必要経費って例えば?」
「そうですね。宿泊費や交通費、日々の食費もそうです」
「そこの街でお肉を食べたのも、教会が負担してくれるのかしら?」
ミリアの言葉に、セレナはヨクラルバの街を指し示しながら言う。街の名店である肉屋のことを言っているのだろうとレイズは察した。その店の前を通り過ぎる度に、香ばしい肉の匂いにノックアウトされそうになる。いつか腹一杯食べようとレイズとセレナは誓ったことがあるぐらいだ。
「はい、もちろん」
そんな2人の思いなど梅雨知らず、ミリアは柔和な笑顔で頷く。
「…」
「ち、ちなみに、家を建てるのは経費に含まれないわよね?」
「家でしょうか?そうですね。聖騎士の政務に必要な拠点ということであれば、必要経費として認められます」
「でも、流石に、金額の上限はあるわよね」
「上限ですか?どうでしょう?」
ミリアは隣のカナンへ回答をパスする。
「…騎士王が屋敷を建てた際には300億ゴールドを教会が負担しました。上限などないようなものでしょう」
カナンは平然と答える。
300億あれば簡単な城ぐらいは建てられそうな金額だ。
「ちょっと!何でそんなにお金があるのよ!?」
「そもそも、お金は教会が発行していますから、経費なんて名目上みたいなものですよ」
「…」
ミリアとカナンへ何度も確認したセレナは、キッとレイズへと視線を向ける。
「ね!レイズ!!それなら聖騎士になった方が得よ!」
「え?大丈夫なのかな?」
「ルージュ達が処刑されるのも嫌だし!そもそも、何かとゼロの紋章だとか言われて虐げられるのも面倒でしょ!?」
「それは…そうだけど」
「聖騎士になれば、いくらゼロの紋章でも虐げられたりしないわけでしょ?」
レイズが怪訝そうに頷くと、セレナはミリアとカナンへ問いかけた。すると、2人はセレナの言葉を肯定する。
「それはもちろん」
「ええ、聖騎士への不敬罪が適用される地域もあるぐらいですから」
「ほら!特に何かやれって言われるわけじゃないなら、聖騎士になった方が得でしょ?」
「で、でも!聖騎士になって、僕はどうするのさ?」
「何もしないのよ!それでいいの!」
「ええええ!!」
「むしろ、断固たる決意を持って働かないのよ!」
「そ、それはちょっと…気が引けるよ」
「でも、聖騎士にならないと、ルージュとハザードが大変な目にあうかもしれないわ!」
「そ、それは…そうだね…」
「でしょ!?」
「うん…」
セレナによってレイズが頷かされると、すぐにミリアが割って入ってくる。
「それなら…何もしないことに因んだ2つ名が必要ですね!」
ミリアがそう言うと、セレナは腕を組みながら考え込む。
「そうね…何が良いかしら」
「零厳王はいかがでしょうか?」
考え込むセレナへカナンが提案する。
「レイゲンオウ?」
「はい、何もしないという意味で零、妥協を許さないという意味を込めて厳、2つを合わせて零厳王です」
「良いわね!それにしましょう!」
「はい、素晴らしい響きです!誰もレイズ様の行動や意思を縛れないということですね!」
「ええ、絶対に何もしないぞ!っと断固たる覚悟、きっと周囲に感じていただけることでしょう」
「…」
勝手に話を進める女性3人を前に、レイズはただ黙って成り行きを見守る他なかった。