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ゼロの紋章  作者: 魚介類
第2章 記憶の底
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第77話 初めての


 セレナがそう言って指先を向けるのは真っ赤になった白衣を纏ったドクターの亡骸だ。

 生死をしっかりと確認したわけではないが、その胴体をピエロに貫かれてからはピクリとも動かなくなっている。



「ドクターが?」

「ええ…」


 セレナの言葉にレイズは複雑な印象を抱く。

 まさかと直感では思うが、確かにと理屈では考えていた。


 セレナからレイズを引き剥がすように差し向けたのもドクターだ。


 確かに、アバターにとってオメガビーストのレイズは邪魔であろう。現に、ジェントルはレイズに殺され、ピエロは寸前のところでセレナの殺害をレイズに阻まれている。


 そんなレイズがセレナの近くにいれば、彼女の殺害は容易ではないだろう。



 邪魔なレイズをセレナから引き剥がすために、古龍を差し向け…



「もっと前から…マインちゃんが…僕のところに来たのも?」


 レイズは里の外を見渡す。

 デルタビーストが蠢く森の中を、マインとその家族だけで進んでいけるのだろうか。

 誰かの援助がなければ、マインが古代遺跡を抜けて、人里までたどり着くことが果たしてできるのだろうか。



 

 マインとの出会い。

 里へ導かれたこと。

 結界のところまで転移させられたこと。

 古龍エーリアグロリアスの襲撃

 古代遺跡の中枢へ向かうように依頼を受けたこと。


 そして、待ち構えていたアバター



「都合よく…誘導された?」



 レイズは怪訝な声を漏らす。確かにと思う部分もあれば、そんなはずがないという気持ちもあるようだ。

 ドクターがピエロの本体であれば、レイズが中枢へ向かっている道中で、いつでもセレナを殺せたはずだ。

 そこが腑に落ちなければ確証が得られない。




「よくわからないけど、何だか…」


 セレナは途中で口籠る。

 何かをうっかり漏らしそうになるのを止めたように感じていた。

 しかし、そんな彼女をレイズは責める気持ちにならない。自分も隠し事をしていたこともそうだが、今は中身を聞いている場合ではないからだ。



「セレナ?」

「…あれが偽物のように思うの」


 セレナは確信があるようだ。

 むしろ、どこかドクター、本物の彼と面識があるようにも感じる。



「…っ!?」

「な、何!?」



 そんな時だ。

 里が大樹ごと震える。



「こ、これ!?」

「沈んでる!?」


 レイズとセレナは枝の外から下を見つめる。

 地上には白い渦が出来ており、大樹の根元が渦に飲み込まれていく。



「大転送陣!?」


 セレナは白い渦の正体を知っているようだ。

 彼女のギョッとした表情が大転送陣の脅威を物語っている。



「きゃは…」


 真っ赤な白衣に身を包むドクターが糸で引っ張られるようにして起き上がる。



「ドクター!?」

「やっぱり…」



 レイズとセレナの視線を前に、ドクターは口角を思い切り上げて、目がヘの字に見えるほどの笑顔を見せる。



「これで任務達成ー!」

「っ!?」


「任務?」


「ばいばいー!!」


 ピエロがそう言うと、ドクターは糸が切れた人形のようにダラリと崩れ落ちて地面に横たわる。

 慌ててドクターヘ駆け寄るレイズとセレナだが、そこにはすでに事切れた亡骸があった。



「人形…!?」

「やっぱりドクターじゃなかったのね!」


「セレナ…大転送陣って!?」


 レイズはピエロのことなど置いておき、本題である里の脅威について話を持ち出す。



「…この里を」

「転送陣…別の世界へ飛ばすってこと!?」


 レイズはピンっときた言葉を口にする。

 世界は二つあり、レイズ達がいる世界はプラスかマイナスかはわからないが、相反する世界が別に存在することはツカサやスーツから聞いていた。


 転送陣ということは、もう片方の世界へ転送させるものではないかと考えるのは自然なのかもしれない。




「…」



 レイズの言葉にセレナは黙り込む。

 彼女は故郷の話をあまりしてくれない。それと関係があるのかもしれないとレイズは感じていたが、その疑問を今は口にしない。



「里のみんなを外へ連れ出そう!」

「ダメよ…」


「え?」

「あの結界はアバターの侵入を防ぐためじゃなくて…ここから私達を出さないためのものだったのね」


 セレナは里を覆う結界を見つめる。

 真っ赤な透明の結界は外からだけでなく、中からに対しても強い強度を持っている。



「…僕が打ち破るよ!!」


 レイズはそう言って思い切り結界へ拳を突き出して向かっていく。

 しかし、そんなレイズを阻むことなく、結界はレイズを素通りさせる。



「っ!?」

『この結界…くそ!!』


「ツカサ!?」

『レイズ!!この結界はお前に対して無害だ!!だからこそ、お前には壊せない!!』

「どういうこと!?」


『お前を全く阻まないように設計されてやがるからこそ、反発や抵抗がないからこそ、お前にとって掴みどころがねぇんだよ!!』



 ツカサの言葉を半分程度しか理解できていないレイズ

 実際に、レイズが結界へ何度も拳を叩きつけるが、ツカサの言葉通り、結界は依然として存在していた。



「マスター…聞こえますか?」

「…スーツ!!!」


 無機質な女性の声が響くと、レイズは声の方向を向く。

 そこには、大樹の枝に引っ掛かっているスーツを見つける。彼女は自己再生中のようであり、右腕の再生を終えれば動けそうな様子だ。



「マスター…失態を演じました。誠に申し訳ありません」


 スーツは無機質な声でレイズへそう告げる。

 諦観しているような彼女の言葉を否定するようにしてレイズは指示を飛ばす。



「みんなを里の外へ!!」

「申し訳ありません。私を含め、この結界の外へ出ることはできません」


「結界を破壊できないの!?」

「申し訳ありません。私の火力では破壊はできません」


「っ!?」


 レイズは分かりきったことを聞く。目の前の現実を否定したいからだろうか。


 レイズは顔を左右に振るう。

 どれだけ圧倒的な力を持とうと、どうにもならない現実はあるようだ。

 彼の視線の先には、セレナ達を乗せたまま沈んでいく大樹の姿があった。



 ピエロは着々と準備を進めて根回ししていた。オメガビーストであるレイズを相手に目的を達成させるために。



「嫌だ…」



 レイズは諦めない。

 結界をすり抜けてセレナの前で着地する。

 そして、彼は手を差し出す。



「セレナ!!」

「…レイズ」



 セレナはレイズの手をギュッと掴むと、そんな彼女を抱き寄せるレイズ



「セレナ…」

「…」



 抱きかかえたセレナを見つめるレイズ

 ギュッと自分を強く抱き返してくれるセレナの反応を前に、レイズは彼女への愛おしさが込み上げてくる。


 大樹がグングンと大転送陣と呼ばれる白い渦の中に飲み込まれながらも、異形のビーストと銀髪の美女は互いを愛おしそうに抱きしめ合う。




「必ず助けるから!!」

「…うん」



 レイズはセレナを抱きかかえたまま里の外へ出ようとするが…



「…!?」



 レイズは結界をすんなりと抜けるが、セレナは結界に阻まれてしまう。


 結界に阻まれたセレナはレイズの腕から抜け落ち、そのまま地上へ落下しそうになるが…


 スッとレイズが結界の中へ腕を入れて、セレナの腕を掴む。

 結界を境にして手を繋ぎ合わせるレイズとセレナ



「ぐっ…」


 自分の全体重がレイズに掴まれた腕にかかると、セレナの顔が苦痛に歪む。

 しかし、セレナはそれでも微笑んで見せた。



「…ありがとう、レイズ」

「え?」


「幸せ…だよ」

「待って!!」



 セレナはニコリと笑う。

 このままではレイズも大転送陣へ飲み込まれてしまう。

 そうなれば、いくらオメガビーストとはいえ、魂が反転し、死を迎えることだろう。



「…」


 セレナは決意を込めた表情でレイズを見つめると、彼に掴まれていない腕を振り上げてレイズの肩を掴む。


 そして、セレナはレイズの肩を起点として、グッと自分の体を持ち上げると…



「っ!?」



 セレナの唇はレイズの唇に触れる。



「…」



 呆然としているレイズへセレナは微笑みながら告げる。


「ファーストキス…だったの」

「あ、え、あえ?」



「さようなら…レイズ…」


「っ!?」



 いくらオメガビーストでも思考が停止していれば反応が遅れてしまう。

 彼が気付いた時には、レイズ腕からセレナの手は離れており、自分の体は宙を舞っていた。



 風魔法



 そうレイズの脳裏に過ぎった時には、すでにセレナは大転送陣へ降下を始めていた。




「セレナ!!!!!」






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