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ゼロの紋章  作者: 魚介類
第2章 記憶の底
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第76話 ありがとう


「…」



 セレナの「レイズ?」との問いかけに対して、オメガビーストは肩を微かに震わせる。

 それはまるでオメガビーストの中身がレイズであることを肯定しているような反応であった。



「…あれ?」



 セレナは先ほどまで自分を支配していた圧力のようなものをまるで感じなくなっていた。

 背中を見せているオメガビーストは、その存在だけで空間が歪むようにも思えるほどの魔力を解き放っているのだが、そのオメガビーストがレイズのように感じると、緊張感どころかどこか落ち着いた気持ちにさせてくれている。



「…レイズなんでしょ?」

「…」



 オメガビーストは無言のままだ。

 頷くこともせず、ただただ目の前のピエロを見つめ続けていた。


 そして…



「っ!」


 まるで誤魔化すようにして、オメガビーストはパッとその姿をセレナの目の前から消す。

 彼女がオメガビーストの位置を捉えられた時には、すでにピエロの分体の3つが粉々に打ち砕かれていた。




「きゃは!!!」



 残ったピエロの分体は嬉々とした奇声を響かせる。

 彼がなぜ笑うのか、そう疑問に感じる前に、事は起こる。



「「「「「「「「「きゃはははははははははははははは!!!!」」」」」



 オメガビーストの拳で穿たれたピエロの分体は、その粉々になった体を膨張させる。

 すぐに、オメガビーストの周囲には、無数のピエロの分体の姿が広がっていた。



「気をつけて!!!迂闊に攻撃すると増えるわ!!」



 ハッとしたセレナはオメガビーストへそう叫ぶ。

 彼女のセリフはオメガビーストへしっかりと届いたようであり、現に、ビーストは拳を握りしめたまま微動だにしない。



「「「「きゃはははははは!!!でもでも!!」」」

「「「攻撃しないとー!!」」」

「「「勝てないよー!!!」」」



 膨大な数のピエロが一斉に喋り始める。

 エコーがかかったように爆音が響き、思わず耳を塞ぎたくなるような声量だ。



「どこかに本体が潜んでいるわ!!」

「…」



 セレナはオメガビーストへ叫ぶ。

 当のビーストは彼女の言葉にうんともすんとも言わないが、それでもセレナは続ける。



「この里に…この中にいるはずなの!!」

「…」



 セレナの言葉には確証めいたものがあるようだ。

 そう感じたオメガビーストは周囲をキョロキョロと見渡し始める。



「結界が周囲を覆っているわ…ここへこれだけの分体を放てるのだから、本体は必ず結界の中にいるはずよ!」

「…」



「「「きゃははははははは!!!!」」」



 無数のピエロが笑い声をさらに轟かせると、一斉にセレナへと迫っていく。

 明らかな殺気が宿ったピエロの大群を前に、セレナは即座に地面にある刀を拾いあげて反撃を試みようとする。




「…!」

「っ!?」


 しかし、そんなセレナの前に、パッとオメガビーストが姿を現すと、波のように迫っていたピエロの分体の大軍が姿を消す。

 攻撃の過程がまったく見えず、結果だけを置き去りにしているような動きに見えていた。

 ピエロの大軍は間違いなく目の前のオメガビーストが打ち倒しているはずだ。



「…守ってくれたの?」

「…」


 オメガビーストは何も答えない。

 ただただ、その大きな背中をセレナへと向け続けていた。



「ね!やっぱり、レイズでしょ!?」


「…」


「ちょっと!何で無視するのよ!?」

「…」


「ね!聞いてる!!ちょっと!!ねぇ!!」

「…」


 オメガビーストは背後を振り返らない。



「レイズでしょう!?」

「…」



 オメガビーストはここで初めて首を横に振る。

 まるで自分が「レイズではありません」と答えるような仕草だ。



「…ぷっ…あははは!」


 しかし、そんなオメガビーストを前に、セレナは笑う。



「やっぱりレイズじゃない…もう!」

「…」



 オメガビーストは再び首を横に振って見せるのだが…



「嘘が下手よ!もう!」

「…」



 レイズはこの異形の姿をセレナへ見せたくなかった。

 しかし、亜空間から抜け出すと同時、そこには窮地に陥っているセレナの姿があった。


 そして、彼女を助けようと何も考えずに飛び出した先、そこには自分に恐怖するセレナの姿があった。



 やっぱりだ。

 そうレイズは感じていた。

 しかし、後悔はなかった。


 自分がこうしてオメガビーストの姿で彼女の前に姿を現さなければ、セレナはピエロに殺されていたかもしれない。

 ジェントルと名乗る存在とピエロの目的は同じであるからだ。



 セレナを助けるためならば、彼女に嫌われても、避けられてもやむを得ない。

 そう考えていた。

 そう覚悟していた。


 でも、実際に、自分に怯えるセレナを前に、レイズは心の奥底が凍りついていくのを感じる。

 もう一緒にいることができないと脳裏に繰り返し響く。


 大切なものが抜け落ち、生きる理由を失い、すべてがどうでも良くなるような喪失感を味わっていた。

 世界が灰色になり、まるで関節を失ったようにぐにゃぐにゃと歪んで見えていた。



「レイズ?」


 そう呟くように問いかけるセレナの言葉を聞いた時、すぐにレイズの世界に色と輪郭が戻ってくる。

 灰色でぐにゃぐにゃになっていた世界が、元の美しい世界へと戻っていく。


 レイズが見ている触れている世界は、セレナがいなければ存在しない。

 彼女がいなければ、レイズに生きる理由はもはや存在しないのかもしれない。


 気付けば、これほどまで、レイズにとってセレナは大切な存在になっていた。




「…どうして?」

「え?」



 レイズは思わずセレナへ問いかける。



「どうして僕だってわかったの?」



 ここで初めてオメガビースト…レイズはセレナへ振り返る。



「だって、レイズでしょ?」

「…」

「何でかって言われたら説明できないけど…何となく?」



 セレナはそう言っていつもの笑顔をレイズへ見せてくれた。首を傾げながらあどけない表情を向けてくれている。それだけで、レイズは心の奥底からホッと安堵する。


 こんな異形な姿でセレナの前に姿を現せば、自分は拒絶されてしまうのかと思った。その証拠に、最初はセレナも恐怖していた。戦闘中にも関わらず刀を手から離し、膝を折り蹲る。

 そんな失態を演じたのも、オメガビーストたるレイズの圧倒的な魔力にあてられたからだろう。



 でも、今は、いつも通りの笑顔を自分へ見せてくれている。

 それがレイズには堪らなく嬉しかった。



「ごめんね」



 レイズは自然と口からそう吐き出していた。

 今の気持ちをうまく言葉に乗せることができないが、それでも、セレナに伝えたかった。



「何が?」



 しかし、当のセレナは首を傾げる。



「…何となく」



 レイズは思わず謝罪を口にしていた。

 すると、セレナは少しムッとした表情を見せた。



「…何で、そんな姿になったのかは知らないけど!」

「う、うん!」


「お礼を言うのはこっちよ!」

「え?」


「それと!ごめんねをありがとうの代わりに使わない!」

「あ、え、うん…」

「いい!?」

「う、うん!」



 レイズはセレナの言葉にハッとした。

 そうだと、彼は心の中で頷く。


 セレナには「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」とそう伝えたかったのだ。

 ゼロの紋章なのに、オメガビーストなのに受け入れてくれて「ごめんね」ではなく、レイズであることを受け入れてくれて「ありがとう」と伝えたかった。



「セレナ!」

「な、何よ!?」


 急に大きな声で自分の名前を呼ぶレイを前に、セレナは少し心臓が早まるのを感じる。



「ありがとう!」

「…どういたしまして!」



 オメガビーストであるレイズの顔は非常に怖い。

 しかし、そんな厳つい容姿であるはずのレイズだが、どこかホッとさせるような笑顔のようにセレナには見えていた。




『レイズ、悪いが、まだ終わっちゃいねぇようだ』

「…うん」



 レイズとセレナの会話が一区切りすると、彼の脳裏でツカサが警鐘を鳴らす。



『分体は再生できねぇほど粉々にしたが…セレナちゃんの言う通り、どっかに本体がいやがるぜ』

「…場所は特定できそう?」

『いんや…難しいな…完全に気配を隠してやがる』


「…マインちゃんが起きれば特定できそうかな?」

『いや、遠いとか近いとか、小さいとか大きいとか、そういう理由じゃねぇ…特定できねぇのは、何かモヤモヤしたものがあるからだぜ』

「モヤモヤ?」

『おう、その理由が漠然としねぇからモヤモヤとしか言えねぇ』


「…状況を整理してみよう」

『そうだな…レイズからそう言うってことは心当たりがあるのか?』



 レイズが考え事を始めると、そんな彼をセレナが呼ぶ。



「…ね!レイズ!」

「どうしたの?」


「まだ敵は潜んでいるわ!」

「うん…それは僕も感じるよ」


「さすがね…でね…レイズ」

「え?」


「…あれが本体じゃないかしら?」




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