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ゼロの紋章  作者: 魚介類
第2章 記憶の底
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第75話 分体


 背中をこちらへ向けたまま、顔を180度で振り返らせているピエロ

 目の前でギョッとした表情を浮かべるセレナを見つめて、彼は嗜虐心で顔を歪める。



「っ!?」

「ばぁぁっ!」


 ピエロが口を大きく開けて、目がへの字に見えるような笑顔を浮かべる。



「ビビると思ったの!?」



 ピエロへ突き刺している刀を振り上げるセレナ

 当然、ピエロの上半身は頭部も含めて左右で真っ二つに切り裂かれる。



「わぁー!ひどい!」


 左右に裂けた体で不機嫌そうに呟くピエロ

 そんな彼の前で、セレナは振り上げた刀を斜めに角度をつけて振り下ろす。



「ぎゃぁぁ!!」



 ピエロの悲鳴が響くと、二つに裂けたピエロの頭部がそれぞれ胴体から切断され、バラバラの方向へと飛んでいく。

 ドサリと頭部を失ったピエロの胴体が地面に倒れると、ビチャリビチャリと瑞々しい音が少し遠くで響く。



「…ふざけないで」



 完全に息の根を止めたであろう無惨な姿のピエロを見下ろしながら、セレナは不満気にそう呟く。

 すると…




「きゃはははははははは!!!」

「あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」



 ピエロの声が重なって響く。

 まるで彼が2人いるような感覚だ。



「姫様ー!」

「つまんなぁーい!!」



 そんな声が響くと同時、切り裂かれたピエロの頭部がウネウネと蠢き始め、パッと人の輪郭を帯びる。

 そして、どんどんと膨らんでいき、すぐに2人のピエロがセレナの前に姿を現す。



「「じゃじゃーん!!」」



 両手を左右に大きく広げ、足を交差させて、背筋をピンっと伸ばして立ち上がる2人のピエロ

 そんな彼らを冷めた目で見つめながら刀を構え直すセレナ


「…」

「全然…驚いてないじゃん…」

「子供の頃はガクガク震えてたのにねー!」

「ねー!」



 ピエロ達は不満そうに顔を見合わせると首を傾げ合っていた。

 そんなピエロの内の一体の胴体が上半身と下半身で二つに分かれる。



「わっ!」

「あー!」


 セレナが瞬時に間合いを詰め、1人のピエロを切断していた。

 そして、返す刀で、もう1人のピエロも同じように上下に分かつように切り裂く。



「…っ!」



「あはははははは!!!」

「きゃははははははは!!!」

「おほほほほほほ!!!」

「うふふふふふ!!!」



 上半身はその切り口から下半身を

 下半身はその切り口から上半身を


 それぞれ生やしていくと、やがてピエロは4人へと増える。




「「残念!」」

「「無念!!」」


「「「「また来週ー!!」」」」



 4人のピエロは踊りながらセレナの周囲をグルグルと回る。

 全員が満面の笑みを浮かべており、各々の奇妙な笑い声が響いていた。




「…」



 セレナは自分の周囲にいるピエロではなく、どこか別の箇所へ視線を巡らせる。

 目の前にいるピエロは間違いなく「分体」と呼ばれる存在であると確信しており、このピエロの本体が必ずどこかに潜んでいるはずだと考えていた。

 迂闊に攻撃を加えれば、まさに目の前の光景の通り、その数を増やすだけにしかならないと考え、セレナの刀を振るわずに、ただただ周囲を窺っている。




「僕ー!」

「のー!」

「本体はー!」

「さてさてー!」

「「「「どこでしょうかー!?」」」」



 まるでおもちゃを見るような視線でセレナを見つめるピエロ

 そんな彼らの視線が気に入らないのか、ギロリと鋭い視線を周囲のピエロへ向けながら、セレナは言葉を投げる。



「お遊びのつもり?」


「姫様ー!」

「かくれんぼ!」

「大好きー!」

「だから遊ぼー!!」


「かくれんぼは好きだったけれど…ビッシュのことは昔から大嫌いだったわ」



 そう言ってセレナは刀を腰の鞘へと戻す。

 そして、彼女は目を瞑り、まるで抜刀術のような姿勢をとる。



「きゃー!」

「かっこいい!!」

「わわわー!!」

「姫様の技が来るよー!!」



「にげろー!!」

「きゃはははははは!!!」

「わーーー!!」



 まるで子供のような笑い声を響かせながらピエロが四方八方へ散っていく。

 中には、陰からセレナを見つめながら笑っているもの。

 ぴょんぴょんとセレナの周りを飛び回っているもの。

 かなり遠くでセレナへ両手を振り続けているもの。

 完全に姿が見えなくなったものまでいる。



「…」



 セレナはそれぞれのピエロへ意識を向ける。

 直感とも言うべきものが、今、目の前にいるピエロ達は「本物ではない」と告げてくれている。



「…」



 暗闇の中、セレナはピエロの気配を辿る。

 外界との接触を絶っている結界の中、分体がこうまで活動できているということは、自ずと本体も結界の内側にいるはずだ。



「…」



 結界を張った里の中へとどうやって入り込んだのか…

 スーツがマインとレジーナと共にピエロも連れて来てしまったのか…



「…」



 セレナは視線を結界へと向ける。

 そこに張られている強固な結界は、例えアバターであろうと入り込むことができないほど強力なものであった。

 スーツに押し出されて間違いなくピエロは里の外へと押し出されていた。

 しかし、あれは分体であったからだろう。こうしてセレナの目の前にはピエロの分体が再び姿を見せている。




「…最初から里に?」


 セレナはそう呟くが、すぐに思考を振り払う。

 最初から里にピエロが潜んでいたならば、いつでも自分を殺すタイミングはあったはずだ。里の結界が無くなり昏睡していた時間もあったのだから。


 ピエロに遊び癖があったとはいえ、ここまで放置しておく理由はない。





「…っ!」



 セレナは不意に殺気を感じると、鞘から刀を解き放つ。

 放たれた剣閃は目の前にいるピエロへ命中するのだが…



「…もう飽きちゃった!!いつまでそうしてるのさー!?」


 彼女の目の前で不機嫌そうなピエロがいる。

 口を尖らせて不満気な視線をセレナへ向けていた。



「…分体ね」



 目の前のピエロは分体だ。

 本体ではないとセレナは直感していた。


 しかし、放置できる相手ではなさそうだ。



「何だかつまんなー!ビビらないし!!ずっと黙り込んでるしー!!」

「もう壊しちゃおうよー!!」

「そうだよー!」

「早く帰ろー!」



「「「「よし!殺そう!!」」」」



 ピエロの無邪気な殺気が放たれる。

 同時に、セレナの背筋が凍りつく。



「っ!」



 ピエロの殺気にはずっと当てられていた。それが強くなったところで背筋が凍るようなことはないはずだ。

 


 そして、セレナは気付く。

 自分が萎縮しており、思うように体が動かなくなっていることに。



「くっ!」


 こんな緊張状態では簡単に殺されると自覚したセレナはグッと腹に力を込める。

 しかし、自分の手足が思うように動かないのは、ピエロから放たれている殺気が原因ではないことに気付く。



「…?」



 その証拠に、当のピエロの分体はピタリと動きを止め、どこか警戒した面持ちでソワソワとしていた。

 やがて、ピエロ達の視線はとある箇所へと集中する。


 そこで初めてセレナは気付く。



「…何…この魔力…」



 セレナの視線の先には、白い渦ができていた。

 純白と呼べば良いのか、この世の全ての白を集中させているかのような白い渦だ。

 その渦からは途轍もないほどの魔力…いや、存在感が放たれていた。


 自分が萎縮してしまっていたのは、ピエロの殺気ではなかった。

 白い渦の向こう側に潜む、神と呼ぶことすら侮辱になろう存在だ。



「…っ」



 白い渦の中から人のような黒い腕が出てくる。

 まるで穴から這い上がるようにして出てきた二つの腕を支えにして、中から胴体が這い出てくる。



 セレナは白い渦の中から出てきた存在を前にして、刀を思わず手から離し、膝から崩れ落ちるようにして地面に座り込む。



「…あ…あ…あああ…」



 声が出ない。

 息が詰まる。

 呼吸?どうやってやるのだろう?



「あ…」



 セレナの目の前には、額に「Ω」と刻まれたビーストがいた。

 真っ黒な筋骨隆々の人の姿をしたビーストであり、胸の中央には緑色の宝玉があり、身体中に真っ赤な線が走っていた。




「…っ!」

「どうやって!!」

「亜空間から戻って来たのさー!!」

「もーーう!!!」



 ピエロは白い渦から姿を現したビーストへ文句を浴びせる。

 そんな彼らをギロリとオメガビーストが睨みつけると、凍りつくような圧力が空間を支配する。



「…」



 完全に黙り込むピエロを前にして、オメガビーストはセレナへ視線を向ける。



「…っ!?」



 セレナは驚愕した。

 オメガビーストから向けられた視線には、殺意などといったものがなく、まるで慈愛のようなものを感じた。


 自分のことをとても大切に想っているような、そんな感覚がすると、お腹の奥底が暖かくなっていく。





「…レイズ?」



 セレナは目の前のオメガビーストへそう呟いた。



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