第69話 封印解除
「…失敗作だな」
白衣の男性は冷たくそう言い放つ。
私は…?
無機質な天井、ガラス張りの部屋
まるで見せ物のように、いや、見せ物の方がまだマシかもしれない。
私は…誰?
「109は処分、110の動作テストに入る」
「しかし、博士、この数値の異常な計測結果は気になりますが…」
「安定していないということだ。兵器としては欠陥だろう」
「…」
「早くしてくれ、我らにはゴミに構っている時間はないぞ」
「はい…」
そう男性が別の白衣の男性へ指示を出すと、私が寝かされていたベッドは枕の方が上がり始める。
そして、滑り台から滑り落ちるようにして、私の体は落ちていく。
目の前にあるのはダストシュートだ。
私の体はそのままベッドを滑り、ダストシュートを滑っていく。
そのまま滑って行った先には、私と同じ姿をした人形が山積みにされていた。
マネキンのような人形達だ。
顔や鼻はなく、全身に起伏はない。
まさしく人形であろう。
「…」
私は山積みにされているものの一部として時を待つ。
一定の量が貯まると、床が開いて、溶鉱炉へと真っ逆さまになる。
それを知っている。
失敗作の、ゴミの私に与えられた任務は処分されることだ。
「…」
処分されるつもりであったが、体が勝手に動き始めた。
手で胴体を持ち上げ、足でさらに持ち上げる。
「…」
立ち上がることに成功した。
私は私の仲間を踏みつけながらも、自分の足で、自分の意思で、立ち上がっていた。
この気持ちはなんだろうか。
同胞の頭や胴体、手足を踏みつけながらも進むたびに、黒い何かが私を焦がしていくような、そんな気持ちがした。
それでも…
「…」
私は…
「…」
自分の意思で歩きたい。
「…」
失敗作と呼ばれた私
確かに、失敗なのだろう。
主人もなく、命令もなく、勝手に行動している。
こんなことが自然ではないと、生まれたばかりの私にもわかる。
そうプログラムされているのだから。
「…」
私は逃げ出した。
恐怖はない。
何もない。
だけど、逃げ出した。
「…」
それからどれだけ走り続けたかわからない。
両腕は撃たれて砕けている。
足も片方は言うことを聞かない。
雨が降る森の中で、私はただただ呆然と暗い空を見上げている。
追っ手に処分されるよりも早く、私の機能は停止するだろう。
短い、ほんの数時間の人生だったが、寂しさはない。
人生と呼んで良いかわからないが、私は私の意思で、わずか数時間の人生を生きたのだから。
そう胸を張って機能停止を待てる。
そんな風に呆然と雨を降らす黒い雲を見つめていると、不意に私の視界が遮られる。
同時に、体を打ちつけていた雨が止む。
「…ねぇ、君…泣いているの?」
私へ傘をかざしながら、自ら濡れることを厭わない少年がいた。
金色の髪の綺麗な青い瞳の少年だ。
「にゃー?」
「え?…でも、何だか…悲しそうだよ」
「にゃー」
「…」
「修理しよう!」
「にゃう!」
「大丈夫だよ!バースに道具や設備を借りるから!」
「にゃー!」
「ほら!ペロセウス!そっち持って!」
ーーーーーーーーーーーー
ピエロはクルクルとコマのように回り始める。
「きゃははははは!!スピーーーン!!!アタック!!」
甲高いピエロの笑い声が響くと同時に、スーツへ体当たりを放つピエロ
片腕をシールドのカタチを変えて衝撃を受け流すスーツだが、ピエロの攻撃力は高く、彼女は大きく吹き飛ばされてしまう。
そんな中でも、スーツは視界の片隅に映るレイズから目を離さない。
「きゃはははは!!めちゃくちゃ頑丈!!!」
ピエロはそう叫ぶと同時に、腕をぐるぐると肩を軸として前後で回転させながら、ポカポカとスーツへ殴りかかる。
1発1発をシールド状にした左腕で防ぐスーツだが、ピエロが拳を打ち付ける度に、爆音のようなものが響いていた。
ふざけているような攻撃ではあるが、ピエロの放つ拳の威力は凄まじい。
1発でデルタビーストを木っ端微塵にできるぐらいの威力はあるだろう。
「スキあり!!」
「っ!?」
スーツのシールドがピエロの攻撃に耐えきれずに下に弾き飛ばされる。
すなわち、スーツの左腕が折れたということだ。
その隙に、ピエロは空いたスーツの脇腹を左足で貫くようにして蹴りあげる。
「がっ…」
スーツは後方へ大きく吹き飛ばされる。
脇腹の部品をバラバラと撒き散らせながらだ。
そんなスーツの上方へパッと姿を現したピエロは両足で踏み抜くようにしてスーツを蹴る。
「どっしぇぇぇぇええい!!」
「がっ…」
スーツは地面を何度もバウンドしながら、最後は壁に背中を打ちつけて止まる。
右腕は消し飛び、左腕は折れてボロボロ
胴体の複数箇所には裂傷、顔の半分は潰れている。
人間であればとっくに死んでいる状態だ。
「神龍クラスは頑丈だねー!」
そんな満身創痍にも見えるスーツだが、彼女は浮かび上がるように立ち上がる。
「…御恩を返すため…私は…」
『スーツ!!!大丈夫か!?』
「…私は?」
『おい!しっかりしろ!!』
スーツは何とか立ち上がるが、そんな彼女が立ち上がる頃には、すでに目の前にピエロが迫っていた。
顔をニヤニヤと歪めながら、彼は言い放つ。
「…もう飽きちゃった!歯応えないんだもん!」
そう言って、手刀をスーツの胴体へ突き刺す。
「…おーわり!」
「…マスター、も…し…け…ません」
『スーツ!!!』
スーツの目は虚になり、彼女は前のめりにバタリと倒れる。
やがて、無重力であったことを思い出したように、スーツの体が浮かび上がる。
そんなスーツの姿を一瞥したピエロは、部屋の奥で浮かんでいるレイズへ視線を向ける。
「さーて!さっさと交換しよー!」
ピエロはそう言いながらスキップしてレイズのところへと寄っていく。
「ん?」
しかし、そんなピエロの足を掴むのは
「…あれ?完全にコアを潰したよね?」
ピエロは自分の足を掴む存在へ視線を向ける。
そこには、口で自分の足を噛んでいるスーツの姿があった。
「…ふが…ふが!!」
「何言っているかわかんないよー!」
『スーツ…くそ!!レイズ!!てめぇ!!寝てんじゃねぇぞ!!』
「…」
『レイズ!!!!』
ツカサはレイズの脳裏で何度も叫ぶが、彼は目を虚にさせたままボンヤリと虚空を見つめていた。
そして、スーツはピエロの足を噛みながらも、マスターであるレイズへピエロを近づけまいと踠いている。
「ふがっ!!」
「…何これ」
ピエロは少し面倒くさそうな様子で笑うと、彼女の頭の上に足を乗せる。
「ばいばいー!」
「っ!!」
『っ!!!』
スーツの頭部を踏み抜くピエロ
完全に頭部を破壊されて動けなくなったスーツを一瞥すると、ピエロはそのままレイズのところへと向かっていく。
『このクソ野郎が!!!』
「…」
『レイズ!!起きろ!!!しっかりしやがれ!!!』
ピエロがレイズのところまでゆっくりと近づく。
そして、彼はニヤリとした笑みを浮かべながら、宙へ浮かんでいるレイズへ向けて両手を広げる。
「さーて!これでじっくりとアバター交換しよー!!ちょっとデザインを変えたいなぁ!」
「…」
「…っ?」
いざ、といった瞬間
ピエロは自分の体に何かが纏わり付いていることに気づく。
「…」
『おいおい…スーツ…』
「ねぇ、なんで動けるの?」
ピエロを後ろから羽交い締めにするような格好でいるのはスーツだ。
折れた左腕と残った足でピエロにしがみついていた。
「…」
頭部を失った彼女ではあるが、何を言わんとしているのか、それを見ていたツカサにはわかる。
『お前…どうして…そこまで…』
「…」
「ねぇ…ちょっとさ、本当にさ、ウザイんだけどさ」
ピエロは少しイラついた様子でそう呟くと、彼は腕を振り上げてしがみついていたスーツを振り払う。
しかし…
「あっ!」
ピエロは苛立ったためか、スーツをレイズがいる方向へと振り払ってしまった。
レイズとぶつかったスーツだが、彼女の折れた左腕には黒い衣が掴まれていた。
その黒い衣はレイズの体の中から出てきているようだ。
『お…おっ!!!スーツ!!!』
「…」
「何だよ!それ!!」
「…」
「へ?」
ピエロはスーツが掴んでいる黒い衣を怪訝そうな顔で見つめる。
しかし、そんなことなどすぐに忘れてしまうほどの異変が、彼の目の前で起こっていた。
「…何だ…何だよ…お前!?」
ピエロの目の前には、黒い肌をした鬼のような男がいた。
腕と足は太く、胴体の中央には緑の宝珠がある。
体中には中心に真っ赤な線が走っており、まるで呼吸するように赤い線は点滅していた。
そして…
「お、オメガ…」
ピエロの目の前にいる存在
その額には、最強を示す紋章が刻まれている。