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ゼロの紋章  作者: 魚介類
第2章 記憶の底
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第65話 嘘と嘘



 レイズの少し背後に突如として現れた骸骨

 黒い軍服を身に纏っているが、その顔に肌や肉などはない。

 そのため、彼女に表情など存在しないのだが、それでも骸骨が必死にレイズを止めようとしていることだけは伝わってくる。




「…っ!」

「やめなさい!!それを操作してはダメ!!」


 異形な姿ではあるが、真摯で懸命な女性の声が聞こえるとレイズの中で躊躇が生まれる。




『マスター、迷っている暇はありません』

「っ!」



 スーツの言葉にレイズはすぐに操作パネルへ目を向ける。

 スーツの言葉でレイズはレジーナとマインのことを思い出す。2人は緊急を要する容体だ。



 レイズは頭を左右に振ると、すぐに指を伸ばし、下三角のボタンを押そうとする。




「お願い!!!やめてぇぇぇえええ!!!」


 悲痛な女性の声が部屋に木霊するとレイズの指がピタリと止まる。

 流石に無視できないと、レイズは背後を振り返り、すぐ近くまで駆け寄って来ている骸骨へ叫ぶ。



「仲間が死にそうなんです!!これを解除しないと仲間が…死んでしまいます!!」


「その装置を押されたら!!私達の仲間も、みんな死んでしまうの!!」



 レイズの声に、両手を胸の前で組みながら祈るようにして叫ぶ骸骨

 そんな異形の存在の姿を前に、レイズはどこか自分が悪いことをしているような気持ちが込み上げてきていた。




「貴方の…仲間…も?」

「そうよ!位相を反転させられたら、私達は死んでしまうわ!!」

「位相…」



 レイズは骸骨の言葉でツカサが話していた永久機関のことを思い出す。

 プラスの生命とマイナスの生命の話だ。

 そのプラスとマイナスが反転する瞬間が死であるという話であったはずだ。





『マスター耳を傾けてはなりません』


「スーツ!?でも!」

『お二人に後遺症が残るかもしれないレベルまで容体が悪化しています。素早い行動を推奨します』



「…っ!」



「やめて!!」


 レイズはスーツの声に反応してすぐにボタンを押そうとする。

 しかし、そんな彼の手がまるで空間に貼り付けられたように動かなくなる。



「強制執行させてもらうわ!!ごめんね!!」



 レイズの右手の動きを止めたのは骸骨のようだ。

 代わりに左手とレイズは指を動かそうとするが、体全体が言うことを聞かない。



「ぐ…っっ!!」


 レイズは無理矢理に自分の体を動かそうとするが、まるで全身が空間に磔にされたように動かない。



「お願い!!話を聞いて!!」


「これは貴方が!?」

「ええ、悪いけれど!貴方の行動は私達の世界を滅ぼす危険性があるの!!」



 骸骨はゆっくりとレイズへ向かっていく。そんな彼女を睨むレイズの脳裏へスーツが囁く。



『マスター…魔法の行使を推奨します!』


 あれほど環境への影響を考慮して推奨しないと言っていたスーツが、前言撤回するように平然と魔法の行使を推奨してきた。

 確かに、この状況を打開するには魔法を使うしかない。



「だ…ダメ…だ!!」


 レイズは魔法の行使を想像するが、彼の脳裏で、本能が警鐘を鳴らしていた。まるで、かつて自分が同じ失敗をしたことがあるような、そんな経験による警鐘のような気がした。




『ここでは環境への影響はありません』

「何かマズイ気がするんだ…」

『マスター?今は、一刻の猶予もありません。迷っている暇すらありませんよ』



「魔法?…ナノデバイス!?」



 骸骨はスーツの話す「魔法」という単語にギョッとしたように全身を震わせると、レイズを拘束している"ナニカ"の力を強める。




「ぐ…ぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!」



 レイズの全身が空間に磔にされたようにピクリとも動かなくなる。

 そんな彼の様子を見つめながら、骸骨は軍服のポケットから黒い小さな機械を取り出す。

 それを耳元へ当てながら何かを話し始める。




「私よ…コントロール室へ、至急!応援要請!!…ええ!!」



 骸骨がそう言い終えると、彼女はポケットへ黒い小さな機械をしまう。



「悪いけれど…貴方は拘束させてもらうわ」


 そう言いながら骸骨はレイズへ歩み寄っていく。

 無重力地帯にも関わらず、彼女は体がフワフワと浮き上がらずに堂々と歩けるようだ。




「…ぐぅ」


 レイズは強引に腕を動かそうとする。

 すでに、ほんの少しで指先が操作パネルに触れそうなところまで来ていた。


 彼の脳裏にはマインとレジーナの姿が思い出される。

 2人だけではない。

 里にいるセレナもだ。



 ここで防衛レベルを下げなければ、セレナの身にだって危険が及ぶかもしれない。





「ど、どうして!?…動けるの!?」


 骸骨はレイズへ悲痛な声色で問いかける。

 レイズの指がプルプルと微かに震え始める。


 "動ける"というには過大な表現かもしれないが、現実として、レイズの指先は微かに震え始め。

 その変化に骸骨は驚愕の声を響かせる。




「僕の仲間が危険なんです!!だから!!!」



 レイズの悲痛な面持ちを前に、骸骨がハッとしたように肩を揺らす。



「仲間!?…もしかして!?」



 骸骨は自分の右胸を拳で叩いてから続ける。

 まるで敬礼とでも言わんばかりの仕草だ。



「エレベーターにいた2人なら仲間が救助したわ!!」

「え!?」


「だから!!落ち着いて!!」



 骸骨の言葉にレイズは硬直する。

 なぜ、目の前の人ならざるものがレジーナとマインを助けるのだろうと、彼の中で疑問が浮かび上がる。



「…2人を?」


 首を傾げるレイズを前に、骸骨は再び黒い小さな機械を取り出す。

 今度は、その機械を自分の耳元へは当てずに、レイズに向けて突き出しながら何かを話し始める。





「こちらLCC」

「私よ…救助者の2人をこちらに呼んで…」

「リーダー、説明を求めます」

「緊急事態よ!説得が必要なの、急いで!」

「了解」

「…先に2人と話せるかしら?」


「了解…こちらへ…どうぞ…ええ、そのまま」



 骸骨が一通り念話のような行動を終えると、レイズの瞳を真っ直ぐに見つめる。



「先に…2人と繋いだわ」



 骸骨がそう告げると、その骨しかない右手をレイズへ向ける。



「…繋ぐ?」


 骸骨の言葉に首を傾げるレイズ

 しかし、すぐにその言葉の意味を彼は理解する。




「レイズっち!!スーツ…ううん!アバターの言うことを聞いてはダメー!!」

「レイズ兄!!マイン!無事だよ!」

「レイズっち!!その人の話をしっかり聞いてー!」


「レイズ兄!ダメ!!」



 骸骨の右手から聞こえてくる声にレイズは震える。確かに2人の声だ。元気な様子の2人の声が骸骨の右手から聞こえてきた。




「っ!?」


「2人ともこちらへ向かっているわ…せめて、先に声だけでもと思って」

「2人は無事なんですか!?」

「ええ、処置は間に合ったわ。大丈夫よ」



 そう優しく話す骸骨の言葉には、彼女を信用するだけの何かがあった。



「どうして…レジーナさんとマインちゃんを助けてくれたんですか!?」

「人を助けるのに理由なんている?」

「っ!?」



 レイズの言葉に骸骨は堂々と答える。

 そんな彼女の言葉にレイズはそれ以上の言葉を紡ぐことができなくなる。


 呆然とするレイズへスーツの無機質な声が響く。




『マスター、安易に信じてはなりません』

「スーツ!?」


『マスター、不死者が生者を助けるなどあり得ません。どうか冷静に…どうか…』

「不死者…?」



 レイズは目の前の骸骨を見つめる。

 不死者という言葉がどこかしっくりとくるような容姿をしているとレイズは感じていた。



「どうして…?」

『プラスとマイナスの世界の均衡が失われてから、二つの世界は戦争状態になっているからです。生存競争の相手を、敵国の相手を無条件に助けると思いますか?』


「戦争?」


『奴らは強大な力を…レ…がぶっ…計…に…り、生者を…配するつも…』

「スーツ?」


「レイズっち!そいつの言うことを聞いちゃダメだよー!!」

「レイズ兄!!お願いプラリジネェアスさんの話を聞いて!」


「レジーナさん?マインちゃん?」



「レイズ兄ぃ!そのスーツね!アバターっていうすごい悪いやつなの!!」

「そうだよー!だから言うことを聞いたらダメだよー!!」


「アバター…ジェントル…セレナを殺そうと…した?」



 レイズは段々と頭が真っ白になっていく。

 まともに考えがまとまらず、考えることが面倒にさえ感じ始めていた。



「僕は…?」

『緊急のため独断で抗生物質を投与します』


「うっ…あ…が」

『マスター、惑わされてはいけません』


「惑わす?」

『はい、奴らの目的が判明しました。強大な力を持つマスターをここへ向かわせることで時間を稼ぐつもりでしょう』

「…時間?」


『ええ、セレナ様を殺害し、元の世界へ帰国させることです』

「…セレナを!?」

『マス…がががががががががが』


「スーツ?」



 レイズの耳元でスーツの声が壊れたラジオのようなノイズ塗れの音声へと変わる。

 呟くようにスーツを呼びかけるレイズへ、スッと骨だけの手が彼の腕を掴む。



 ハッとしたレイズが骨の手の先を見つめると、そこには骸骨の姿があった。

 気付けば、彼女はすぐ近くにまで歩み寄ってきていたようだ。


 その骨だけの顔には表情なんてものはないが、どこか彼女が微笑んでいるようにも見える。




「レイズさん…で良いのよね?」




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