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ゼロの紋章  作者: 魚介類
第2章 記憶の底
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第61話 権限



「…」


「レジーナさん?」



 泣き喚きそうになっていたレジーナがピタリと静かになる。すると、彼女はふらふらと蹌踉めき始めた。


「レジーナさん!!」


 彼女がパタリと倒れる前に、咄嗟にレイズは彼女の体を抱える。位相服のヘルメット越しに彼女の表情を確認したレイズの顔が引き攣る。

 彼の目に映ったのは呼吸をしていないレジーナだ。顔はみるみる内に真っ青に染まっていく。




「まずい…」

「レイズ兄?」


 レイズから不穏な気配を感じたマインは面をあげる。



「マインちゃん!!このままじゃレジーナさんが危ない!!」

「え…」



 レジーナは急激なストレスによって気を失うだけでなく、呼吸ができなくなっていた。一刻の猶予も許さない状態であろう。



「戻ろう!!」

「…ダメ!!!」


 レイズは管理センターから機内へ戻ろうとレジーナを抱える。

 そんな時だ。飛行機を止めてある方向にマインが視線を向けた時、彼女のギョッとした表情を浮かべて、レイズを叫んで止める。



「飛行機にナニカいるの!!」

「え!?」


「ナニカ…来るのっ!!」



「ナニカ…」



 マインの気配探知能力は優れている。魔法ではない別の力のようであり、退精霊石の効果が発揮されている環境下でも遺憾無く発揮されているのは周知の事実だ。

 そんなマインの言葉にレイズは固唾を飲む。



「…ぐっ」


 レイズには迷いがあった。レジーナの容体は緊急を要するため、できるだけ戦闘は避けたい。

 しかし、マインの言葉が真実だとすれば、飛行機はナニカと彼女が呼ぶ存在によって包囲されている可能性が濃厚だ。

 そして、そのナニカはこちらにも向かっている。



「…」



 迷うレイズの視線に、セキュリティレベル7と書かれている分厚い扉を真っ直ぐに見つめているマインが映る。カチカチと歯を鳴らし、尋常じゃないほど手が震え、今にも膝が折れそうなほどマインは怯えていた。



「マインちゃん!!」



「…ぐぅ」


 マインは足を地面で滑らせながらも一歩ずつ進んでいく。防衛レベルを下げることができれば、この位相空間が緩和される可能性がある。そうなれば、レジーナの位相服を脱がして魔法で治癒することも可能だ。

 幼いながらにマインはレジーナを救うための最善を尽くそうとしていた。




「…ここ、開ける…の」


 泣きじゃくりながらも前へ進むマイン

 そんな彼女の肩へ咄嗟に手を伸ばすレイズ



「ダメだ!!魔法で開けるよ!」

「ダメっ!!」

『マスター、魔法の行使は推奨しません』


「でも!!」

「レイズ兄!!魔法!!ダメ!!すごく嫌な予感するの!!」



 レイズの言葉を拒むのはスーツだけでなくマインも同じだ。この真っ赤な空間での魔法の行使は、環境の観点からスーツに推奨しないと言われている。しかし、冷静に考えてみれば、環境の観点と言われても、具体性に欠けており、どれだけの影響かは漠然としている。

 

 拡大解釈かもしれないが、レイズの脳裏には世界崩壊規模の影響が過ぎる。

 考え過ぎだとそんな思考をすぐに拭い去ろうとするレイズだが、どこか、頭の奥で考えすぎではないと確信している自分がいた。



「…ぐっ」


 レイズの手がマインの肩へ触れることはなかった。彼はグッと堪えて手を引っ込める。すぐに彼女の肩へと伸びそうになる右手を左手で掴んでグッと握り潰す勢いで掴んだ。




 

「…うぅううっぅううう」


 マインは分厚い扉へ手を触れる。

 同時に、扉が音を立てずに開いた。中に現れたのは狭い部屋である。



「…」


「マインちゃん!!!」



 扉を開けると同時に、マインがズルリと前のめりになって倒れ込む。精魂尽き果てた様子であり、レジーナと同じように気を失い呼吸ができないほどの心的外傷を追っているようだ。

 深い死を連想させるような場所へ自ら進んで事を果たしたマインの消耗は激しい。


 レイズは反射的にマインとレジーナを肩で担いで、狭い部屋へと飛び込む。

 レイズが中へ入ると同時に、分厚い扉が音もなく閉まる。



「…この部屋は?」

『マスター、エレベーターです。目的地の地下3階のボタンを押下してください』

「ボタン…これ?」

『はい』


 レイズはスーツの指示に従って扉の近くに備わっている無数のボタンの内、「B3」と書かれているボタンを人差し指で押してみる。



「…わっ!!」


 すると、レイズ達を乗せている部屋が微かに揺れる。



「これ…部屋が動いているの?」

『はい』



 すぐに部屋の揺れがおさまると、分厚い扉が開く。



「…真っ赤だ」



 レイズの目の前には、何もかもが真っ赤に染まっており、壁と床の区別ができないほどの空間が広がっていた。まるで真っ赤な霧の中にいるような気持ちである。



『マスター、レジーナ様とマイン様はここに置いていくことを推奨します』

「どうして!?」


『ここから先、位相服の消耗が激しくなります。2人は数秒ともたないでしょう』


「…わかった」


 スーツの言葉を素直に受け取るレイズ

 具体的な説明はなくとも、目の前の真っ赤な空間を目にすれば納得もする。


 レイズは肩からレジーナとマインを下ろすと、すぐにエレベーターから出て、分厚い扉を閉める。



「…見えない」

『ナビゲーションします。体の力を抜いてください』

「…え?…こう?」

『開始します』


「わー!!」



 レイズの体が勝手に動き始める。どうやらスーツが操縦してくれているようだ。

 スタスタと真っ赤な空間を進み始めるレイズは、突き当たりを右に曲がると、すぐに立ち止まる。



「ここが防衛レベルを管理している場所?」

『はい、マスター、ここから先はナビゲーションできません』


「え?」

『目の前に扉があります。マスター、手を触れてください』


「…こう?」

『…認証システム起動』



「わ!!」


 レイズが真っ赤な空間の中で手を伸ばすと、冷たい壁の感触が位相服越しに伝わってくる。

 それと同時に、壁から無機質な女性の声が響く。



『お帰りなさいませ、プレジデント』

「プレジデント?」

『…』



 レイズの目の前からスーッと扉が開く音が響くと、目の前の視界がはっきりとする。



「これは…」




ーーーーーーーーー





「で、どうするよ」


 ゲンブは大樹を見つめながら呟く。彼の言葉に反応するのはグレンだ。



「…もう少し様子を見よう」

「古龍がやられちまうなんてよぉ、ここにいるのも、まずいんじゃねぇか?」

「お前にしては及び腰だな」


 グレンはゲンブの言動を鼻で笑う。

 古龍を屠るような相手であれば、間違いなく達人であろう。こちらの気配で位置が悟られているのではないかと不安を抱くのは当然か。

 しかし、その不安をゲンブが抱くのは意外と言ったのが、グレンの反応だ。



「俺は強い奴と戦うのは好きだがよ、死ぬのは大嫌いだ」

「つまり、程よい弱い物いじめが好きなんだろ?」

「おうよ!」


「…いっそ清々しいな」

「しかしなぁ、時間が経てば経つほど、不利になると思うぜ」

「なぜだ?」

「直感」


「…なるほど」


 グレンはゲンブの言葉に頷ける部分があった。まったく論理的ではないが、共感できる。

 そんな印象だろうか。



「鍵の入手は絶対だ。撤退はあり得ない」

「けっ!」


「死地に赴くのだ。臆病なぐらいがちょうど良いだろう」

「で、そのチャンスを待っているってわけか」

「ああ、あれから里の動きがない」

「奴らは結界の中で縮こまってんだろ。動きがないのは当たり前じゃねぇか」

「そうではない。生活の息吹を感じない」

「おん?誰もいねぇってことか?」


「そんなはずはないと思うが…」

「誘われてんのかもな」




ーーーーーーーー




「…どういうことですか!?」


 ベイトはマスターへ声を荒げて物申す。

 そんな荒々しいベイトを前に、ニヤニヤと、よく言えば余裕のある笑を浮かべているマスター



「レイズを処刑するなと言っていたのはお前だろう」


 そう告げるマスターへ荒ぶるベイト


「処刑するなと言いましたが、もっとひどいですよ!これじゃ!!」

「ひどいとは?」

「魔の島へレイズを流すつもりなのでしょう!?」



「誰も島流しになるとは言ってないぞ」


「…それはどういう?」

「無罪放免だ」

「馬鹿なっ!!!」



 ベイトはマスターの言葉に驚愕を露わにする。


 レイズはビーストを匿うという大罪を犯したルージュの共犯者だ。

 彼の中で、まさかレイズが無罪放免になるとは想像もできないだろう。

 だからこそ、処刑されなくなったと聞いて、彼はレイズが島流しになると想像していた。



「ふむ…とある御仁からの指摘でな」


 マスターの言葉にベイトは険しい顔を見せる。

 レイズが処刑や島流しになることは阻止したいが、罪は罪だと考えており、無罪放免はそれはそれでどうだろうと考えていた。



「圧力があったのですか!?」

「不正行為はないぞ」

「ならば!?」


「レイズに権限があったのだ」

「権限…ですか?」



 ベイトはハッとするが、すぐに「あり得ない」と思考を振り払う。



 研究に携わるものであればビーストを生かして捕らえておくことは許される。

 しかし、それは大貴族や王族、聖騎士の権限により認められていることであり、研究者自体に権限があるわけではない。

 つまり、レイズに権限があるという言葉が意味することは…



「待ってください…レイズに権限があると言いましたか?レイズが誰か権限があるものに託されたのではなく?」

「誰かに託されているのであれば、正式な通知があるはずだ。ここまで大事にはならんだろう」

「それは…そうですが」


「レイズが指名手配され、それが撤回されたのは、後から奴に権限があったことが発覚したからだ」


「まさか、レイズが聖騎士になったとでも?」

「そうだ」

「…どこから冗談ですか?」


「うむ、信じられない気持ちはわかるな。俺は書面を何度も目を通して、間違いないことを確認した今でも、おう、やっぱ、あり得ないと思うぜ」

「…?」



 マスターはキョトンとするベイトを見つめながらニヤリと笑みを深めていた。





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