第51話 条件
ドクターの後に続いてレイズはガラスの筒が並んでいる部屋へと戻る。
しばらく地下にいたからか、青空に浮かぶ太陽の光に眩しさを感じる。
「…マインを解放しよう」
ドクターは灰色の液体の中に浮かぶマインの前で立ち止まると、背後にいるレイズへそう呟くように話す。
「エリンデさんも…他の方々も解放してください」
レイズは青空の下で並んでいるガラスを見渡しながらドクターへ願う。
彼らの目の前には、灰色に染まった液体の中に浮かぶ巫女と呼ばれる女性の姿がいくつもあった。
その中には、当然、エリンデの姿もある。
「それはできない」
「何故ですか!?」
レイズは少し大きな声で叫んでしまう。
そんな彼の言動を諌めるためか、ドクターは人差し指を立てて口元にあてる。
「…結界石に予備はある。この里に…結界はまだ必要だ」
「エーリアグロリアスはこの通りですよ!?」
レイズは背負う天空龍の剣に指をあてると、ドクターは首を左右に振る。
「それは量産型だ。しかも、エントリータイプと呼ばれる廉価モデルだ」
「エントリー?廉価?…安物ってことですか?」
「うん、大量生産されているものの内の一つだ」
「大量生産…?」
「うん、そいつを調伏したことが問題の解決にはならない。ここは古代遺跡だ。邪魔者を排除しようと別の古龍がやってくる」
「問題の解決…それじゃ!その問題を解決しましょう!!」
レイズの言葉にドクターは無言のまま首を縦にも横にも振らない。
そんな彼へレイズは続けて問いかける。
「その問題って何なんですか!?」
『禁則事項だ』
レイズの言葉に答えたのはドクターではなくツカサだ。
そんなツカサにドクターは無表情のまま礼を告げる。
「…代わりにどうも」
『どういたしまして』
「…ツカサ、何か知っているの?」
『どうせ、こいつが禁則事項だとか言いそうだったから代わりに言ってやったぜ』
「そっか…」
怪訝な顔でレイズはドクターを見つめる。
そんな彼の視線にドクターは
「…時期が来れば自然と分かる。今は、この里を守るため、結界と彼らの自己犠牲の精神に頼る他ない」
「でも!!!」
「だからだ。マインは解放する。彼女の意思ではないからな」
「…」
ドクターの言葉にレイズは無言で答える。
エリンデ達は確かに自分の意思で里を守るために巫女となっている。
それを勝手に邪魔して良いものかと。
そんなレイズから視線をマインのいるガラスの筒へ変えるドクター
彼はしゃがみ込むと、ガラスの筒の下にある装置を手で操作し始める。
やがて、ガラスの筒の中の灰色の液体が引いていく。
中の液体が完全に引くと、そこには倒れ込んでいるマインの姿があった。
「すぐに意識は戻るだろう」
そうドクターが語ると、彼は続けて、装置の別のボタンを押し始める。
すぐにガラスの部分が下へ下がっていき、マインが外に出られる状態となると、レイズはすかさず彼女を抱きかかえた。
「マインちゃん…」
「…」
レイズの言葉にマインは何も答えない。
しかし、スヤスヤと微かな寝息は聞こえてくるため、どうやら無事であることは確かなようだ。
そんなレイズの傍から、どこから取り出したのか子供服を差し向けるドクター
「着せてやれ、風邪をひく」
レイズはマインを着替えさえていると、ツカサがドクターへ尋ねる。
『なぁ、一つ聞いてもいいか?』
「何だ?」
『どうして、すぐに結界石とやら、予備のものに変えないんだ?』
「…」
『どうした?』
「…簡単な話だ。ここまで退精霊石の効果が強ければ、結界石の起動がままならん」
『なるほど、つまり、俺らにここの防衛レベルとやらを下げてもらわなければ、この里を再び結界で覆うってこと、難しいわけだな』
「…何が言いたい?」
『マインは助けられた。これ以上、俺らが関わる必要があるのかってな』
「ツカサ?何を言っているの?」
『それはこっちのセリフだぜ、レイズ、俺らは別にこの里がどうなろうと関係ないだろ』
「…ツカサ!?」
『マインの両親はすでに殺されている。ここはマインの故郷だが、マインに居場所があるとは思えない。むしろ、また巫女ってやつに勝手にされるぞ?』
「訂正があるな。マインの故郷はここではない』
『何!?』
「故郷はどこなんですか?」
「禁則事項だ」
『またかよ…』
「と、言いたいところだが、私も詳しくは知らない。フロンティアラインの向こう側だと聞いている」
『フロンティアライン?』
「人があまり踏み入らない場所だよ」
『未開拓地ってことか』
「さて、話を戻そう。私はマイン本人の意思を尊重する。もう、マインの意思を無視して巫女にすることはないだろう」
『すでにやらかしている奴の言葉を簡単に信用するわけないだろう』
「…」
「でも!」
『でも?』
「そ、それは…それとこれは別だよ!」
『見捨てておけないってか?』
「うん!ドクターさんの話じゃ、この里に結界がないと、すぐに別の古龍が襲ってくるかもしれないんだよ!?」
『それはこいつらの都合だ。お前の都合は、セレナのお嬢ちゃんとマインだけ連れ帰れば、それで終了、違うか?』
「どうして、そんなことを言うのさ!?」
『余計な手間と危険を増やしてどうする』
「手間!?」
『手間だけじゃねぇ、危険ってのも忘れるな』
「手間と危険があるからって、助けられる人を助けない理由にはならないよ!」
『助けられる人だから、お前は助けたいのか?』
「そうだよ!」
『危険があるとしても…だな』
「危険?」
『ああ、こいつらは間違いなく危険だ』
「どうして言い切れるのさ?」
『…具体的には分からない』
「ツカサ…」
『だが、直感みてぇなもんだ。関わりすぎるのは危険だってわかる』
「…」
『説得力がねぇのは分かるよ』
「…ううん、気持ちはすごく分かるよ。だから、ツカサの言いたいことも分かる」
『レイズ…』
「そうだね…危険はあるかもしれない。変だもん、色々と…その危険は、僕だけじゃなくて、セレナやマインちゃん、ルージュ様やハザード…みんなにも及ぶかもしれないよね」
『…そうだな』
「ありがとう…冷静にさせてくれて」
『…ああ』
レイズはドクターへ視線を向ける。
「分からないことが多すぎるよね」
『そうだな』
「ドクターさん、僕達が古代遺跡の防衛レベルを下げるお手伝いをすることに、条件があります」
「何だ?」
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コテージの部屋にはセレナが寝かされていた。
その傍には金髪の青年の姿がある。
彼の隣には癖毛の青い髪の少女もいた。
「…セレナ、待っててね」
「お姉ちゃん…マインがきっと助けるから!」
レイズはベッドの上でスヤスヤと眠っているセレナの前髪を指でなぞる。
愛おしそうに彼女を見つめると、目を瞑り、決心した様子の表情でドアへ振り返る。
「お待たせしました…行きましょう」
「…うん」
レイズの視線の先には、赤いバンダナを巻いた少女レジーナがいた。
「レイズっち…ありがとう」
「…それは全てが終わってからにしましょう」
申し訳なさそうにお礼を告げるレジーナへ笑顔で答えるレイズ
「古代遺跡の中枢はどうやって行けば良いか分かりますか?」
「…うん」
レジーナはテラスから外を見つめる。
「森の区画を抜けて、外壁を伝って天井へ向かう」
レジーナは遠い目をしながらレイズへ説明する。
「外壁を登るんですか?」
「うん、階段がある」
「階段ですか?
「そう…大きな、広くて長い階段」
「それならマインちゃんでも大丈夫そうですね」
「うん!マイン!頑張る!!」
レイズとマインの言葉にレジーナは俯きながら答える。
「ううん、その階段は…ビーストの住処になっている」
レジーナは暗い顔でそう答えると、レイズの傍にいるマインを見つめる。
「…危険な場所」
レジーナの言いたいことを察したレイズ
彼女の言いたいことは最もなことではあるが…
「…マインを置いてはいけません」
「…」
レイズの言葉に、強く彼の足にしがみつくマインはコクリと何度も頷いていた。
「でも、強いビーストが蠢いているよ?」
「…僕がマインを守ります」
レイズの言葉にマインはさらに強く彼の足へしがみつく。
そんなマインに視線を送った後、レジーナはレイズの右手の甲を見つめる。
そこには「0」と刻まれた紋章があった。
「ゼロの紋章なのに?」
「はい…僕にはレジーナさんが着ていたパワードスーツがありますから」
レイズはそう言って両手を左右に広げる。
右手には風、左手には光の玉が生まれる。
「…すごい」
レジーナはそんなレイズの行動に驚きを隠せない様子だ。
無詠唱かつ同時発動を難なくこなしている。
「必ず、目的を果たして、3人で帰りましょう」
レイズの言葉にレジーナは暗い顔を見せる。
「どうしました?」
「この里の近くに、悪い人間がいるの」
レジーナはグレンとゲンブのことをレイズに話そうとする。
「ドクターが対策してくれているようです」
「え?」
「レジーナさんの造ったゴーレムを、ドクターなりに戦闘用として製造して護衛させるって言っていました」
「そうなんだ…でも、それなら、ゴーレムが防衛レベルを下げるために向かえば良いと思うよ」
レジーナは戦闘力に不安のある3人ではなく、退精霊石の影響下でも動けるゴーレムが向かった方が効率的だと話す。
確かにその通りだが、ドクターのゴーレムには弱点があった。
「そのゴーレムはドクターから離れることができないみたいです。エネルギーが届かなくなるとかで…だから、僕達が行くしかないみたいです」
「そっか…」
「はい…僕も心配ですが…」
レイズは眠っているセレナを見つめる。
そんな不安そうな彼へレジーナは言う。
「大丈夫!ドクターのゴーレムなら安心だよ!」