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ゼロの紋章  作者: 魚介類
第2章 記憶の底
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第50話 ドクター




 天空龍の剣を背負い、レイズはエーリアとの戦闘でほぼ更地になった部屋を眺める。

 天井や壁は破壊されているが、床とガラスの筒は健在であり、青空の下でマインやエリンデは灰色になった液体に浸かったままであった。


 ガラスの強度は異常に高く、エリンデとレイズ達の戦闘の余波を受けても傷一つ入っていないようだ。





「セレナ…」



 レイズは倒れているセレナを揺さぶるが、彼女はうんともすんとも言わない。



「セレナ!起きて!」

『…ダメだな』


 レイズはセレナへ呼びかけるが、スヤスヤと寝息をたてているが、起きる気配は全くない。



「他の人は…?」



 続けて、近くのレジーナや奥で倒れているブルド

 ガラスの筒の中にいるエリンデやマインにも声をかけるが返事はなかった。



『…ダメだな…エーリアの影響で寝ているんじゃなくて、古代遺跡の退精霊石の効果が強くなってやがる影響だ』


「古代遺跡を何とかしないとダメってことだよね」

『おう。これを消すか弱めないと、やがて衰弱死しちまうな』


 退精霊石の効果が強すぎるため、セレナ達は昏睡状態となっているようだ。

 生物的に強いセレナですら意識を失うほどだ。集落の他の人達ではもっと症状が重いかもしれない。



「…地上に連れて行こう」

『全員を運び切れるか?』


「…数日は時間があるよね?」


 昏睡状態になっているが、即死するわけではない。

 1日や2日で餓死するとは考えられないため、全員を外へ運び出す時間はあるかもしれない。

 古代遺跡の外である地上ならば、退精霊石の効果範囲から抜ければ、みんなの症状は改善されるはずだ。


 しかし、ツカサはレイズのそんな考えを否定する。



『ここの連中は希少種って呼ばれるビーストがほとんどだ。地上へ連れて行くのは賛成できねぇな』

「…マインちゃんも狙われてたもんね」


『ん?おい!レイズ!』

「え?」


 急にツカサが脳裏で叫び声をあげる。

 驚いたレイズは肩をびくりとさせるが、そんな彼へツカサは続ける。


『人の気配がするぞ!』

「人?」



 ツカサの言葉に周囲を見渡すレイズ

 そんな彼の目の前で、床の一部に線が入っていき、その線は四角形を描く。


 やがて、描かれた四角形はカパッと音を立てて上向きに持ち上がる。



「階段?」

『来いって言ってんな』


「…人の気配は下から?」

『おう』



 レイズは開いた床の下を覗き込むと、そこには階段があった。まるで地下室へと誘うような光景だ。

 


『どうするよ?』

「行ってみよう」

『いいのか?』

「気配がしたその人が助けてくれるかもしれない」

『うーん…』


「同じ里の人が危険なんだよ?助けになってくれるはずだよ!」


『そりゃそうかもしれない。だが、こんな人の招き方をするような奴、ちょっとクセがありそうだぜ?』


「…それでも」


 レイズは確証があるわけではない。

 むしろ、床を開いて地下へ招くような人は、ツカサの言う通りクセがありそうだという印象は頷ける。

 素直に同郷の人達を助けてくれるかは分からない。

 そもそも、助けになるような力があるかも不明だ。



『ま、ここでボーッとしててもしょうがないしな』

「人手は多い方が良いよね」

『ま、そりゃそうだ』



 レイズはコクリと頷くと、床の下に現れた階段を降りて行く。

 カンカンとレイズの階段を降りる足音が響き渡る。


 階段の周囲に灯りはないのだが、視界はハッキリとしていた。明るいわけではないが、暗くもない。


 レイズが階段を降りると、その先には廊下が続いていた。

 廊下には左右にいくつもの扉があり、一つ一つ確かめていくことを想像すると気が重くなりそうな光景であった。


 しかし、何かの手がかりがあるのではないかと思ったレイズは覚悟を決めて、一つ一つの部屋の確認に向かおうとする。



『3つ目の扉だ』

「誰!?」

『脳に直接きてんな』


『私はドクター』

「ドクターさん?」

『さんは不要だ。レイズ』


「どうして僕の名前を?」

『詳しい話は後だ』



「…」


『セレナーデ様を助けたいのだろう?』

「っ!?」


『私も君と同じだ』


「同じ?」

『そうだ。私もセレナーデ様を助けなければならない。目的は共通している。会って話がしたい。3つ目の扉の部屋に私はいる。どうか来てくれないか?』



 レイズはすぐに歩を進めると、3つ目の扉のドアノブに手をかける。



『邪悪な感じがしやがる』



 ツカサの言葉にレイズは首を横に振る。



「何だか…敵じゃないような、そんな気がする」

『ん?どういうことだ?』

「記憶がなくなる前に、もしかすると会っているのかもって、そんな感じがする」

『だが…気をつけろ』


「うん…」


 レイズはそう言いながらも彼の手は震えていた。失った記憶と向き合うことに恐怖があるのだとツカサは感じる。



『…なら行ってみようぜ。お前のこと、お前自身が1番知りたいはずだろ?』


「…うん」

『迷わず、堂々と行け』

「うん」


 レイズはドアノブを回すと、ゆっくりドアを押し開く。


 その先には、学校の教室のような場所があった。

 部屋の奥の壁には黒板があり、その前には教卓がある。教卓の前にはズラリと机と椅子が並んでいた。合計で30人は座れるであろう数が並んでいる。


 そして、教室の窓から外を眺めているのは白衣の男性だ。教室の窓の景色は真っ暗闇であり、所々で細かい光の粒が輝いている。

 


「…こんにちは」


 レイズは白衣の男性の後ろ姿へ挨拶すると、彼はレイズへ振り返る。

 黒髪を長く伸ばしたメガネの切れ目の美形男子がそこにはいた。



「うん、こんにちは」

『こいつがあの声の主か?』

「…うーん」


 レイズとツカサは、ドクターと名乗る枯れた声の主の印象と目の前の男性の印象が一致しない。

 そもそも、声が全く異なる。


「そうだ。私がドクターだ。魔法が苦手でな…念話だと声質が悪くなる」


 そう透き通るような美声で告げるドクター

 彼がドクターであること以上に、ツカサは驚きを隠せないことがあった。


『こいつ!俺の声が聞こえてないか!?』

「え?」


「うん、ツカサの声も聞こえている」

『俺のことまで知ってんのか!?』


「うん、知っている理由は禁則事項で話せないがな」

『禁則事項だと!?』


「うん、神様とのな」

「神様ですか?」


『こいつ、めっちゃくっちゃ怪しいぞ!』

「神様…」



 急に神様との関係性を告げてくるドクター

 普通に警戒するツカサは自然な反応であろう。



「ま、冗談は置いておこう」

「冗談?」

「うん、神などいないだろ」

『何だこいつ…』



 ドクターは教室の中を歩いて行き教卓の前で立つ。

 その姿を目で追っていたレイズの瞳を真っ直ぐに見据えると、語り始めた。



「本題だ。ここの遺跡は防衛レベル5に設定が引き上げられている。この防衛レベルを下げなければ、退精霊石の効果を解除することは不可能だ」


「防衛レベル?」

「そうだ。ちょっとした外敵が侵入したため、遺跡自体が防衛レベルを3から5へ一気に引き上げられている」


「外敵?」

『おいおい!まだ変なやつがいんのか!?』


「案ずるな。この外敵を君たちが警戒する必要はない」


 やたらと断定口調で語るドクター

 彼へ違和感を抱くのはレイズだけでない。



『何で言い切れるんだ!?』

「そうです!危害を加えてくるかもしれませんよ!?」


「外敵は君のことだ。ツカサ」


『俺かよ!?』

「…どうして遺跡はツカサを敵だと?」


「それは禁則事項だ」

『何でも禁則事項だな』


「さて、話を続けるぞ。レイズには、セレナ様をお救いするため、遺跡の中枢を目指してほしい」

『何でセレナ“様”なんだ?』

「中枢?」



「…中枢に遺跡のコントロール室がある。そこで防衛レベルを下げてきてほしいのだ」

「勝手に下げられるもの何ですか?」

『おう、そうだぜ!セキュリティとか大丈夫なのかよ?』


「セキュリティはもちろんある」

『ダメじゃねーか!』


「マインを連れて行け」

「マインを?」

「そうだ。マインは鍵だ。遺跡のコントロール権にアクセスできるだろう」


「コントロール権?アクセス?」

『要するに、古代遺跡が家なら、マインが家の鍵ってことだろう?』

「その通りだ」


「そもそも鍵ってなんですか?」

「禁則『禁則事項だろ』


「…被せるな…それと古代遺跡の中枢へアクセスするにはダンジョンの攻略がいる。我が弟子も連れて行くと良い」


「ダンジョン?」

「そうだ。パワードスーツがあればビーストは警戒に値しないだろうが、ギミックは無視できん」


「それで、弟子ですか?」

「うん、上で寝ているレジーナを起こしてこい。奴は遺跡の中枢へ向かうのに役立つだろう」


『レジーナなら干からびてんぞ』

「これを」


 ドクターはレイズへ真っ赤な液体の入った瓶を渡す。



「これは…?」

「エリクサーだ。これでレジーナを治せるだろう」


『おいおい!こんなもんあるなら、わざわざ防衛レベルってのを下げなくても何とかなんだろ!?』


 エリクサーは超万能薬だ。

 魔力欠乏症はもちろん、退精霊石の効果範囲でもしばらく動けるぐらいの耐性を付与してくれる。



「無限にあるわけではない」

「…エリクサーって?」

『レジーナは治る。退精霊石の効果範囲でも、しばらくは大丈夫になる。そんな薬だ』



 レイズはドクターからエリクサーを受け取ると険しい顔を見せる。



「どうした?」

「…レジーナさんは手伝ってくれるでしょうか?」


 レイズはどことなくレジーナが里を恨んでいるように感じていた。

 彼女が自分の手伝いをしてくれるイメージが湧かない。



「この事態になったことの責任は奴にもある。むしろ、自分から同行を申し出るだろう」

『エリンデや奴の仲間も死ぬかもしれねぇから、レジーナが同行に前向きになるだろうってことは、俺もドクターに同意だ』


「…そうですか」


 レイズは小声で頷く。

 レジーナの弱味を利用するようで気が引けているようだ。

 そんなレイズの表情を読み取るドクター



「奴に贖罪の機会を与えてやってほしい」

『都合の良いことを…』


「…贖罪?」

「そうだ。罪を犯した者への罰は、その者への救済になることもある」


「わかる話です…」



 ドクターの言葉にレイズはどこか納得したように頷いた。




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