第44話 覚悟
レイズはクリスタルの置かれている部屋へ飛び込んでいく。すぐにクリスタルの前に立つと、それをギロリと睨んで怒りを向けると、掌を突き出した。
『おやめ下さい!!!レイズ様!!!』
「待っててね…マインちゃん!!」
レイズの突き出した手のひらの先に破壊の魔力が集中する。
目の前のクリスタルを破壊するには十分すぎる魔力であろう。
「…!?」
しかし、レイズの手のひらの先に生み出された魔力が縮小していく。
『落ち着け!レイズ!』
「ツカサ!?」
『ああ、悪いな、お前の魔力の流れを途切れさせてもらうぜ』
「何で!?何で邪魔するのさ!?」
『エリンデってやつの言葉は本当だ!!レイズ!エーリア・グロリアスって奴と、アラドラメラクは結託してるぞ!!奴らは決してセレナへ従順じゃない!!』
「…それでも!!」
『レイズ!!良いから聞け!!!』
「ツカサ!?どうして止めるのさ!?」
『お前に覚悟はあるか!?」
ツカサの"覚悟"という言葉にレイズは固唾を飲む。
「…覚悟?」
『そうだ…良いか?クリスタルを破壊すること自体を俺は否定しない!』
「なら!!!」
『だけどな!お前がこのままクリスタルを破壊すれば、絶対に後悔するぞ!!お前のせいで古龍達にここの連中が殺されることになるんだからな!!!』
「…っ!!」
レイズは右手を下ろす。
ツカサの覚悟という言葉が理解できた。
マインの助けを求める声によって頭に血が昇り、冷静な思考が奪われていた。
もし、エリンデ達の言葉が真実ならば、集落は間違いなく古龍の襲撃を受けることになる。そうなれば、犠牲者は大勢出るだろう。
『レイズ兄ぃ…お願い!!苦しいの…早く…早く!!!』
クリスタルの破壊を躊躇う素振りを見せたレイズに、すかさずマインの声が響く。
『…しつけぇ奴だな。こうするか』
「っ!?」
『レイズ兄ぃ!!苦しいよ!!助けて!!』
「…エーリアさんの声?」
『そうだ。エリンデって奴が言っていただろう』
『…っ』
『はい!マインの声に真似て古龍がレイズ様へ呼びかけているのですよ!』
『…』
レイズが「エーリアの声」と呟いてから、マインの声が鳴り止む。
古龍の脳裏には「なぜバレた」のかと疑問が渦巻いているのだが、レイズ達は知る由もない。
『レイズ様!思い止まっていただきありがとうございます!!本当に…本当に…』
レイズの脳裏には泣き声でエリンデが何度も繰り返していた。
そんな彼女へレイズはどこか冷たい声で告げる。
「エリンデさん…少し待っていてもらえますか?」
『え?」
「話したい人がいるので…」
『は、はい…』
「…ツカサ、クリスタルの破壊を否定しないのはどうして?」
レイズはクリスタルを見つめながら脳内で問いかける。
『この自体の解決方法にはなるからだ』
「…でも、古龍がここを襲うんでしょ?」
『ああ、その古龍を、レイズ、お前が倒す覚悟があるならな』
「僕が?」
『そうだ。このクリスタルはここの退精霊石の効果を弱める機能もある。だから、これを破壊するとな、外にいる連中、セレナのお嬢さんだって弱体化しちまう。そうなれば勝てるのはお前だけだレイズ!!』
「本当にエーリアさん達が襲ってくるの!?」
『何度もそう言ってんだろ!!』
「っ!」
『だけどな、状態異常レイズを解けば、お前が元の姿に戻れば、あの2匹なんて指先一つでダウンさせられるだろう。
「…」
レイズは「オメガビースト」になった時のことを思い出す。
古龍を圧倒できるセレナをさらに圧倒したアバターであるジェントル
そんなジェントルをさらに圧倒したのはオメガビーストのレイズだ。
ツカサの言葉通り、レイズがオメガビーストへ戻れば、古龍など敵ではないだろう。古龍を倒すよりも息を吸う方が難しいぐらいだ。
『だけどな、状態異常レイズを解くにはお前の覚悟がいる』
「え?僕の?」
『そうだ…良いか?重要な話だから良く聞け…』
ツカサの言葉に耳を澄ますレイズ
『人ってのは耐性ができる。同じ毒を何度も飲めば、段々と体調が悪くならないのと同じだ。段々と毒が効かなくなっちまう』
「まさか…オメガビーストに戻れば、もう元の僕には戻れなくなるかもしれないってこと?」
『察しがいいな。その通りだ。状態異常レイズを解除すれば、もうお前にその状態異常が効かなくなっている可能性がある。お前が覚悟しなければならないのは、もう元のお前に戻れないかもしれない。その覚悟だ』
「元の…僕に…」
『それでもお前がクリスタルを破壊するって言うなら、俺は止めない。お前の意思を尊重する』
レイズはツカサの言葉に拳を震わせる。それは怒りでも何でもなく、純粋な恐怖だ。
「元に…戻れなく…でも、僕はマインちゃんを…」
『セレナのお嬢さんでも、古龍を2匹ぐらいなら倒せるだろう』
「…セレナ?」
『ああ、どうして、お前はセレナのお嬢さんに相談しない?』
ツカサの言葉にレイズはハッとする。
しかし、すぐに俯いて後ろめたい様子を見せた。
「僕は…」
『情けない姿を見せられないってのは分かる。だけどな、お前はいい格好をしたいって欲がねぇか?』
「…っ」
『マインを助けたい気持ちは本当だろう。だけどな、そこに他の気持ちが混ざっていないと言えば嘘だろう?違うか?』
「…うん、その通りだよ。セレナに頼るのが情けないって、そう思ってた」
『…悪いことじゃねぇさ。だが、しっかりしたいって気持ちよりも、マインを助けたいって気持ちの方が強いだろ?』
「そう…だね」
『それによ、お前の中に誰も犠牲にしたくないって気持ちもあるって、お前はそういう奴だって俺は思っている』
「…うん」
『なら、セレナのお嬢さんと相談してよ、古龍を倒しちまえよ!そうすりゃ、平和的にマインを助けられるし、集落の奴らも死なずに済むぜ』
「…ありがとう、ツカサ…止めてくれて」
『おうよ』
レイズは天井を見上げる。
「エリンデさん…僕は話がしたいです」
『レイズ様?』
「里を…助ける方法です。こんな結界に頼らなくても済む方法です!」
ーーーーーーーー
里の外に広がる森の中、とある場所で、サラは木に磔にされていた。
その木の近くにはグレンとゲンブの姿がある。
「来たようだぜ…」
「ああ…」
ゲンブが何かの気配に気付くと獰猛な笑みを浮かべたまま、隣にいるグレンへ言う。
グレンはゲンブの言葉にコクリと頷くと、森の奥、木々の向こう側を覗き見る。
「…なるほど、あれがパワードスーツか」
「おう、厄介な装備ってのは何となくわかるな」
2人の視線の先からは、黒い姿の人物が姿を表した。
真っ黒な無機質なスーツに身を包む人物が顔を上げると、木で磔にされているサラに気付く。
「サラちゃん!!」
黒いスーツの人物から聞こえるのは少女の声だ。
しかし、彼女の声にサラはピクリとも反応しない。
反応できないのだ。
「何て…ひどいことするのー!?」
黒いスーツを纏うレジーナは、目の前にいるグレンとゲンブへ怒号をあげる。
「がははははは!!まさか中身が女だとはな!」
「ああ、さて、やるか…」
「おう!」
「サラちゃんを助ける!!」
レジーナは地面が爆ぜる勢いで蹴り上げると、音を置き去りにする速さでグレンとゲンブへ突っ込んでいく。
「うぉっ!!!」
レジーナの拳に拳を合わせるのはゲンブだ。
2人の拳が打ち合うと、周囲に衝撃波が生じ、木々が騒めき始める。
「かっ!!こいつはやるなっ!!」
「…っ!」
ゲンブと拳を突き合わせているレジーナの背後から、炎を鎌のような姿に変えて振るうグレンが襲いかかる。
レジーナは咄嗟に体を翻して、2人から距離をとる。
「ひゅー!器用なやつだぜ!」
「まるで雑技団だな」
「サラちゃんを返してもらう!!」
「ああ、俺達と少し遊んでくれたら返すぜ」
ゲンブがそう言って笑う。
「返す?信じられるわけないよ!」
レジーナはそう言い放つと人差し指をゲンブへと向ける。
「おん?」
「発動!ビーム・ライフル!!」
「っ!?」
「爆炎陣!!!」
レジーナの人差し指がパッと光と同時に、ゲンブの鼻先まで閃光が鋭く放たれる。
光速で放たれた攻撃ゆえ、目にも止まらないのは当然だろう。
反射的にグレンが炎の魔法を防御に用いていなければ、ゲンブの顔は吹き飛んでいたかもしれない。
レジーナの放った閃光は、グレンの放った炎の魔法により掻き消されていた。
「がはははははは!!!こりゃ、古龍のやつが、時間稼ぎだけを命じるのもわかるぜ!!」
「…軽く放った攻撃が俺の儀式魔法と同格か」
ゲンブの言葉にグレンも頷く。
レジーナを待ち構えていたグレンは、この場所にいくつもの儀式魔法陣を準備していた。
通常の魔法と儀式魔法では、その威力は比較にならないはずだ。
しかし、レジーナが簡単な詠唱で放った魔法は、グレンの儀式魔法と相殺されるだけの威力を秘めていたのだ。
「しかし…古龍の話では、あのスーツ」
「おうよ!あいつの生命力を糧にしてんだろ?」
「契約は契約だ。ゲンブ、遊び心はなくせ」
「わーってるよ」