第43話 集落の謎
レイズはガラス状の筒が並ぶ部屋にいた。
ガラス状の筒の中には緑の液体が満たされており、無数に並ぶいくつかの容器の中には人の姿も見える。
そして、その人の姿の中にはマインの姿もあった。
レイズはガラス状の筒の正体を探るべく、それぞれのガラス状の筒に繋がれたパイプとコードを辿り、奥の部屋へと向かっていた。
そして、彼はコードとパイプが行き着く先の扉の前で立つ。
レイズは鈍い銀色の鋼鉄の扉へ…
「…アンロック」
そう呟くと、奥の部屋の鈍い銀色の扉へ解錠の魔法を唱える。
しかし、レイズの中で手応えはない。
「鍵が掛けられていない?」
レイズは目の前の扉を開ける。
すると、易々と扉は手前に開き、奥の通路が見えてくる。
そこには無数のコードとパイプに包まれた細い通路が先にはあった。
通路の奥にも扉があり、同じように鈍い銀色の丸い扉である。
レイズはゆっくりと通路を進んでいき、奥の扉の前に立つと、再びレイズは奥の扉へ解錠の魔法を放つ。
「アンロック…」
レイズがそう呟くと、奥の丸い扉からガシャンという音が何度も鳴り続ける。
しばらくすると、丸い扉は1人でに開き始める。
レイズは扉の縁を持ち、手前に引くと、部屋の中が一望できるようになった。
「これは?」
レイズの前には小さな部屋があった。
部屋の中央には、何かの装置にも見える台座があり、その上には大きなクリスタルが宙に浮いて置かれていた。
そして、台座には天井を伝ってコードとパイプが繋がっていた。ガラスの筒に繋がっているコードとパイプは全てこのクリスタルに繋がっているようだ。
「…このクリスタルから魔力が送られているわけじゃなくて」
レイズはクリスタルと台座を見つめる。
鈍い光を放つ透明なクリスタルからは強い魔力が放たれている。つまり、コードとパイプは魔力をクリスタルから吸い取っているわけではなく、その力の方向は逆だ。
「マインちゃん達から魔力を吸い取ってる!」
レイズは気付く。
目の前のクリスタルから放たれている光は、魔力が何かの術式に従って強く放たれているのだ。その魔力の源はマイン達であろう。
そして、クリスタルの透明な鈍い光は治療用の魔術結晶が放つ色ではまるでなかった。
慌ててレイズは部屋の中に入ると、台座の上に置かれているクリスタルの破壊を試みる。
このままではクリスタルに魔力が吸い取られてマイン達が殺されてしまうと考えた。
レイズは手のひらをクリスタルへ向けると、その先に魔力が凝縮していく。
退精霊石の力が非常に強いのか、比例してレイズの力も強くなる。
『お待ちください!』
「っ!?」
そんなレイズの脳裏に声が響く。
「誰ですか?」
『私は…エリンデと申します』
「エリンデさん?」
『はい!そのクリスタルを破壊しないでください!』
「…できません!マインちゃんが囚われているんです!」
『…それでもとお願い申し上げます!』
レイズは部屋中を見渡す。
声の主はいない。そもそも、声は念話であり、空気を媒介として来るものではない。
それでも、声の主がどこにいるのか突き止めようと考えていた。
『…私は先程の部屋にいます』
「え?」
『容器の中に、私もいるのです』
「ま、待ってください!!どういうことですか!?何で…何で逃げようとしないんですか!?」
『私は…自分で望んで今の場所にいます』
「…何か事情があるのですか?」
『はい、よろしければ、私のところまでご移動願えませんか?』
レイズは天井を見つめる。
そして、目を瞑り、ギュッと唇を噛み締めると、コクリと頷いた。
「分かりました。話を聞かせてください」
『はい!案内します!』
レイズは声の導きに従ってガラス状の筒の隙間を進んでいく。
やがて、一つのガラス状の筒の前で立ち止まる。
レイズの目の前にあるガラス状の筒には、他と同じように緑の液体が満たされていた。
中に入っているのは、先ほどのレジーナと似ている女性であった。
『…私はエリンデです。レジーナと同じエルダードワーフです』
「え?」
エリンデと名乗る念話を送る女性
彼女はレジーナと同族であると語る。
「ど、どうして!?」
『…私達のように膨大な魔力を持つものは、里を守るための結界を維持するための巫女となるのです』
「結界を維持するために自分を犠牲にしたんですか!?」
『…はい。しかし、私だけで支えられるものではなく、他の巫女の力も必要とします。この結界の維持は…』
エリンデは合理性を語ろうとする。
しかし、そんな彼女の言葉をレイズは遮る。
「マインちゃんは望んでいるんですか?」
『…』
「エリンデさん、答えてください!マインちゃんは巫女となることを望んでいるんですか!?」
『…いいえ、マインちゃんは望んではいません。きっと、彼女の両親も望んではいないでしょう』
「両親?」
『はい。マインちゃんと家族は集落から逃げ出して、外の世界で暮らそうとしていました』
「…確かに、森で魔物に襲われたと話していました」
『ええ、ゴブリンキングの討伐のために向けられた冒険者によって…マインちゃんの家族は殺されました。その時に、命からがらマインちゃんを逃したと聞いています』
「待ってください!マインちゃんの家族は…死んだ?」
レイズは記憶を振り返る。
確かにマインの父と母を名乗る人物がいたはずだ。
『集落にいたマインちゃんの家族と名乗る者は、実の両親ではありません』
「…僕らを騙すための役者だったんですね」
『否定はしません。事実を知れば、レイズ様やセレナ様…そしてペロ様がどのような行動に移るか想像できませんでした』
「…ふざけないでください!そんなに結界の維持が大切なんですか!?」
『そうです。皆の命が!生活が!脅かされないためにも、この結界は維持しなければなりません!』
「…僕はあのクリスタルを破壊します。マインちゃんを助けるために、ここへ来ましたので」
『お待ちください!レイズ様!』
「…」
『レイズ様!どうかおやめ下さい!!話を聞いてください!!』
「…嫌です!!あんな幼い子を犠牲にするような真似!見過ごすわけにはいきません!!」
『レイズ様!あなたをここへ転送させたのはエーリアグロリアスです!!』
「それがどうかしましたか?」
『我らが結界を必要とするのは外界から閉ざされたいからではありません!古龍の脅威から生活を守るためです!!』
「もう信じられません!!」
『それではエーリアグロリアスの思惑通りになります!!』
「…」
『レイズ様!!!』
レイズはエリンデの悲痛な叫びに耳を貸さない。
そのままズカズカと部屋の奥へ進んでいく。
『レイズ様!どうか…どうか…お願いです…』
「エリンデさん…」
『仲間が…ここで囚われているのは事実です。認めます。否定できません…でも、でも!家族や友達が死ぬのは嫌なんです…だから…お願いします…』
エリンデの悲痛な叫びがレイズの脳裏に過ぎる。
彼女の必死な声を受けてレイズは深いため息を吐く。
「…」
レイズは無言のまま拳を握りしめ、どうするか本気で悩んでいた。
きっと、エリンデの言葉は事実だろう。
しかし…
『…パパ』
「っ!?」
そんなレイズの脳裏にマインの声が響く。
『パパ…苦しいよ…助けて…マイン…を…助けて』
「マインちゃん!?」
「にゃー!!!」
『レイズ様!違います!!その声はエーリアグロリアスです!!』
『クリスタル…破壊…して…マインを助け…て…』
「マインちゃん!」
『レイズ…お兄ちゃん…』
「待ってて!今、助けるから!!」
レイズはグッと唇を噛み締めると、部屋の奥へと走り出す。何を迷っていたのかと進んでいく。
『おやめ下さい!!レイズ様!!エーリア・グロリアスの思惑通りになります!!』
「エーリアさんは協力的でした!!それに!セレナが!!仲間が調伏した古龍とも仲良しだったし、この集落を襲うなんてありえません!!」
『それでは!!せめて…せめて!マインちゃんが入っている筒だけを破壊してください!!』
「え?」
『私だけでなく、集落を守るために、自ら進んで巫女となったものもおります!!その意思を尊重してほしいのです!!」
「…」
レイズはエリンデの言葉で立ち止まる。
『…違うよ、クリスタルを破壊しない…と…マイン…ずっと…吸われ続けるの…紋章が刻まれているの…』
「え?」
『耳を貸してはいけません!レイズ様!!」
『筒の中…栄養液…で満たしている…だけ…本当は紋章を…通じて…魔力が吸われているの…苦しいよ…レイズお兄ちゃん…』
「そんな…そんなことって」
理屈としてはエリンデの方が正しい。
クリスタルを壊さなくても、マインが入っている筒だけを壊して彼女を救い出せば良い。
マインがいなくなっても結界がすぐに壊れるわけではない。また、紋章から魔力を抜き取ることができるならば、わざわざマインをここへ連れて来させる必要などない。
「…っ!?」
『苦しい…痛い…痛いよ!!』
「マインちゃん!!」
『助けて…くれるって…約束…した…のに』
「ぐ…」
レイズは苦しそうなマインの声を耳にすると、迷いを振り払うように顔を左右へ振るう。
そして、決心した表情を見せると、クリスタルの部屋へと向かっていく。すでに彼の拳には魔力が込められている。
『おやめください!!レイズ様!!!』
『苦しい…苦しいよ…お兄ちゃん…レイズお兄ちゃん…』
「待っててね…マインちゃん!迷ってごめんね!!助けるね!!!」