第41話 交渉
「…そういうことだったのね」
セレナは村長達から"ドクター"と呼ばれる存在について話を聞いていた。
彼らも、ドクターと呼ぶ人物の正体を完全に知っているわけではなく、セレナへ話した内容も断片的な情報が非常に多い。
しかし、それでも、セレナの中ではとある人物とドクターと呼ばれる人物が紐付いていたようだ。
「セレナ殿も知っている人物なのか?」
「…」
村長は、ドクターのことを知っていそうなセレナの反応に、無表情ながらも怪訝な声色で尋ねる。
しかし、当のセレナは首を縦にも横にも振らず、黙り込んでいた。
「村長!それよりもサラだ!」
「むっ!」
「メロジロ!!アスラ!捜索隊を結成しろ!助けに向かうぞ!」
ブルドが大声で叫びながら、同じ武道派であるメロジロとアスラへ指示を飛ばす。
「ああ、当然だ!」
「…!」
「待て!メロジロは体を癒せ」
「休んでなどいられない!俺はあいつを置いて逃げてきたようなものだ!」
「そんな考え方はやめろ!」
「しかし!」
「いや、メロジロには働いてもらうぞ」
「ブルド!!」
「おう、ブルドの言う通りだ!」
「…!」
ブルドのみならず、アスラや当のメロジロが止まる気配を見せない。
かなりの手傷を負っているのだがメロジロを休ませておくのは難しいだろうと村長は感じていた。
そんな時だ。
「あれ?レイズとペロちゃんは?」
セレナはレイズとペロの2人がいないことに気付くと、村長へ彼らの行方を尋ねる。
「あ、ああ、レイズ殿にはレジーナを呼んできてもらうように頼んでいた…もはや必要はなくなったが…しかし、確かに遅いな」
「そう…また何かに巻き込まれていなければ良いけど…」
セレナはどこか不安そうな顔で空を眺める。
「メロジロ!それで、人間達はどこにいる!?」
「里の外だ!森の中、中枢へ向かう通路の近くにいる」
「…!」
「ああ、今なら、古龍に襲われない時間帯だ…逆に言えば、奴らが里を襲う好奇でもあるな」
「…?」
「ああ、奴らは好機を見て、この里を襲うつもりだろう」
「…!?」
「狙いはマインだと話していた…どうやら鍵を持っているとか何か言っていたな」
アスラは「人間の目的は何だ?」と尋ねると、メロジロはそう答える。
"鍵"という単語に、里の住人の多くは首を傾げているのだが、村長だけが無表情を崩し、眉を顰めていた。
「…鍵?」
「マインが何かの鍵になるということか?」
「…」
「確かに、マインの潜在魔力は高いが…人間にも同様の存在はいるだろう」
「…!」
「そうだな。とにかく、里を守るためにも、サラを助けるためにも、その人間達を排除しなければならん!」
ブルドの言葉にメロジロ達はコクリと頷いていた。
海賊達の襲撃を受けた傷跡はいまだに残っている。同じ悲劇を繰り返してはいけないと腹を括ったのだろう。
そんな彼らへセレナが手を挙げて言う。
「…ね、ちょっと良いかしら?」
「どうした?」
「私も協力するわ!」
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「…ちっ、気を失いやがったな」
ゲンブは腫れたサラの顔面を掴むと森の地面へと投げ捨てる。
ドサリと地面に倒れたサラは血だらけであり、ピクリとも動く素振りを見せないでいた。
「なかなか強情だ」
「ああ、面倒くさくなってきやがったぜ…」
ゲンブは血のついた手を小川で洗いながらグレンへ悪態をつく。
「いっそのことよ、この森ごと、お前の炎で焼きつきしたらどうだ?見晴らしがよくなってよぉ、こいつらの里がどこにあるかわかるぜ」
「焼いても良いが、縄張りを燃やされた森のビーストが一斉に襲ってくるぞ」
『ええ、それに、私も怒るわよ』
「おん?何だ。古龍ってやつは盗み聞きするのが趣味らしいな」
「ああ、良い趣味とは呼べないな」
『この森の保全は我が主から託されているものよ。気軽に燃やすというのならば、貴方達を排除するしかないわね』
念話で聞こえてくるエーリアの声色は穏やかではなく、冗談が通じるような気分ではないようだ。
それほど、古龍エーリア・グロリアスにとって、この古代遺跡に広がる森は大切なのだろうか。
「おー!こわ」
ゲンブは両手をあげてふざけて見せる。
そんな彼の隣で、グレンは神妙な顔で虚空を見つめる。そして、彼は視線をサラへ向けた。
「森の保全…そのために、こいつらが邪魔なのか?」
グレンはそんなエーリアへ尋ねる。
純粋な興味なのかもしれない。
『…あら、意外と察しが良いのね』
「ああ、古龍であるお前が、同じビーストをそこまで毛嫌いする理由はなんだろうと考えていた。その執念が忠誠心によるものだと言うならば納得だ」
『ふふ、あなたみたいな人間が忠誠心に重きを置いているなんて思わなかったわ』
「私の苛烈さは忠誠心からくるものだ」
『あら、本当に意外』
「…古龍、お前の気持ちはわかる」
『人間ごときに?』
『ああ、敬愛すべき主人の部屋に、虫が入り込んで巣を作っていれば、殺したくもなるな」
「がはははははは!!何だそりゃ!」
「この古龍の気持ちはどんなものだろうと、私なりに予測してみた」
『…そうね。その通りだわ』
「おん?意外と素直に認めるんだな」
「お前の主人というのはどんな奴だ?」
『素直に話すと思う?』
「ああ、話したくてうずうずしているんじゃないかと思ってな」
『…』
「ちなみに、俺の主人はダイヤモンド家の歴代でも比類なき存在と言われているレイズ・ダイヤモンド様だ」
『聞いてもいないのに話すなんて、グレン、貴方はキャラクターが崩壊したのかしら?』
「俺も敬愛する主人がいかに素晴らしいのか、それを他人に語りたくてうずうずしているのだ」
『…』
「死んだと言われているがな、俺はそんなはずがないと思っている」
「ああ…俺もあいつが簡単に死ぬなんざ、想像もできねぇな」
グレンとゲンブはどこか子供のような笑顔を見せていた。
『ねぇ、ここが何て呼ばれているか知っているかしら?』
「あん?」
「…さぁな、見当もつかない」
『神の家…よ』
「大層な名前だな!おい!」
「…つまり、ここは神が住う場所であったと言うことか?」
『ええ、そうよ』
「お前の敬愛すべき主人は神だとでも言わんばかりの言葉だな」
「がははははは!!神か!!そりゃすげぇ!!」
「古龍であるお前の口から主人が神であると言われれば、確かにそうかもしれないと思う部分もあるな」
グレンはそういうとスッと前へ歩み寄る。
そして、虚空へ向けて手を伸ばす。
『あら?』
「お前に協力しよう」
グレンがそう話すと、スッと彼の目の前に緑の髪を伸ばした美女が浮かび上がってくる。
エーリア・グロリアスが人間に化けた姿だ。
「…私と協力?」
「そうだ。お前の目的と俺達の目的、その利害は一致している。そうだろ?」
「ふふ…こうして形式的にでも手を組んだことにする。人間は律儀ね」
エーリアはそう言ってグレンの差し出した手を握る。
「さて、こうして一時的にとはいえ、俺達とお前は仲間になった」
「ええ、人間と一括りになれるなんて吐きそうな気分だけれど」
「そこで、一つ、お前に尋ねたいことがある」
「何かしら?」
「レイズデッド機関のことを知っているか?」
「ふふ…死んだなんて思っていない割に、生き返す方法を探しているのね」
「そうだな。最悪のケースに備えておくというのは重要だ。俺の感情を抜きにしてな」
「そう…そうね。知っているわ。だけど、私が貴方へ教えると思うかしら?」
「…なるほどな」
「おう、こりゃすげぇ、手掛かりが得られたな」
「さて、古龍よ、お前と交渉がしたい」
「内容次第ね」
「…鍵をすべて揃えたら、お前を神に会わせてやる」