第40話 決闘の終わり
レイズは扉の奥へと進み、廊下の先にある鋼鉄の扉の前で立ち止まる。
そこに鍵は施されておらず、簡単に開くことができた。そのまま、レイズは扉の外へ入ると、彼の目の前には奇妙な光景が広がっていた。
「え?」
扉の先には、緑の液体に満たされたガラスの筒がズラリと並んでいる。部屋に窓や照明はないのだが、そのガラスの筒の中の緑の液体がぼんやりと光っているため、部屋の中は薄暗いさを保っていた。
並んでいるガラスの筒は人が1人は十分に入れそうなほど大きく、それぞれのガラスの筒の下には何かの装置があった。装置には見たこともないようなボタンや器具が備わっている。
ガラスの筒の上部は蓋がされており、蓋はクレーンのようなもので天井と繋がっていた。さらにコードがクレーンに巻きつき、パイプがクレーンの中心を通るような形でガラスの筒と繋がっている。
「何これ?」
レイズはガラスの筒の一つを見つめる。
ブクブクと微かに泡立つ緑の液体は、何故か見ていると不安な気持ちになる。
「…」
レイズはそのまま無言で部屋の中を進んでいくと、彼の視線はとあるガラスの筒で止まり、彼はハッとした。
「人!?」
レイズは女性が足を抱えながら緑の液体の中で浮かんでいるガラスの筒を見つけると、すぐにその筒へと駆け寄る。
「レジーナさん!?」
ガラスの筒の中にいる女性はレジーナに見えた。
しかし、よく見るとレジーナよりも身長が高く、年齢も少し高いようだ。
「違う…」
レイズも彼女がレジーナではないことを悟る。
怪訝な顔でガラス状の筒が並ぶ部屋を見渡す。
「…何だろう。この部屋は…?」
目の前で浮いているレジーナに似ている女性は呼吸をしており、口や鼻からはブクブクと泡が出ていた。
レイズは再び部屋を見渡す。
すると、彼はギョッとした表情を浮かべて、顔を小刻みに左右へ振るう。
ゆっくりと別のガラスの筒へ向かう彼の先には、緑の液体に浮かぶマインの姿があった。
同じように両膝を抱えながら緑の液体の中で浮かぶマイン
そんな彼女の前にレイズは駆け寄ると、彼女の名前を何度も叫ぶ。
「マインちゃん!!」
しかし、ガラスの筒の中にいるマインは反応しない。まるで眠っているようだ。
レイズは右手を突き出して、掌から魔力を放とうとする。すぐにでも、マインをガラスの筒から出さなければと考えていた。
勢いで行動しつつも、レイズの中には冷静さもある。
「っ…」
レイズは筒の破壊を躊躇う。
強引な方法ではマインを危険に晒してしまう可能性が脳裏を過ぎる。
「…」
レイズは無言で突き出した右手を下ろす。
ガラスの筒の中の緑の液体の正体が分からないからだ。見ていて安心する光景ではないが、マインは無表情であり、苦しそうにしているわけでもない。
もしかすると、集落の人たちがマインを癒すために、ガラスの筒の中に彼女を入れている可能性もゼロではなかった。
まずは、部屋の正体を確認しようとレイズは天井を見上げる。
ガラスの筒と繋がっているパイプとコードが天井に這って続いており、何処かへと繋がっているようだ。
それはマインが入っている筒だけではなく、他の誰も入っていないガラスの筒と繋がっているコードとパイプも同じだ。
そして、天井に張り巡らされたコードとパイプは、全て同じ方向へ続いているようだ。
「行ってみよう…」
レイズはそう呟くと、天井に張り巡らされたコードとパイプの先を目指して部屋の奥へと進んでいく。
やがて、レイズの目の前には、丸く大きな扉が見えてくる。
無数のコードやパイプの先は、全て扉の奥へと集約されているようだ。
レイズは鈍い銀色の丸い扉を無表情で見つめると、ポツリと呟く。
「アンロック」
ーーーーーーーー
セレナは再び宙を舞う。刀を両手で上に掲げた状態で構えて空を舞う彼女を見上げているブルド
高い魔力をセレナの構えた刀から感じたブルドは、防御に徹すること決めていた。下手な攻撃は逆効果であると、まずは彼女の攻撃をいなしてから、カウンターの格好で攻撃を放とうとブルドは考える。
「発動!!清華想恋斬!!」
セレナが真っ直ぐに刀を振り下ろすと、同じように真っ直ぐな剣撃が飛んでくる。
先程の花吹雪が一つもの剣閃にまとまったような威力である。
「…発動っ!!!グラン・マグネット!!!」
ブルドはカウンターのことなど忘れて、全力で防御へ集中する。
自分に向かってくる剣撃を魔法で外へ逸らそうと考えていた。
「ぐぅ!!!なんて力だ!!!」
ブルドは両手で見えない何か重たいものを動かすような動作しながら、苦悶の表情を浮かべている。
そんなブルドの魔法の影響からか、セレナが放った剣撃は僅かに軌道を変えた。
「やるわね!!」
セレナは地上のブルドを見て感心していた。彼が口だけではないことを認めていたようだ。
全力を使い果たさせて降参を促すつもりのセレナはもう十分と、自分の放って剣撃をかき消そうとする。
「あれ?」
セレナの放った魔法は、生み親の彼女の命令を聞かない。
「まさか…あいつの魔力干渉を受けて?」
セレナは自分の放った剣撃にブルドの魔力が混ざってしまったことを悟る。
あの勢いで剣撃が地面に到達すれば、大樹がどうなるのかは想像もしたくない。
「うぉおおおお!!」
そんな軌道を変えた剣撃へ向かうのはメロジロだ。
他の里の人々が事態に気付かないぐらいの時間、この緊急事態に気付いているのはセレナとブルドとメロジロだけであった。
「メ…ロ…ジロ!?」
満身創痍のブルドは閉じかけた瞼の裏でメロジロの背中を刻む。
すぐに彼はハッとなると、残った力を振り絞って、メロジロに続く。
「メロジロ!!!」
「ブルド様!?」
ブルドはメロジロの背中を押し飛ばして、彼の代わりに剣閃を受け止めようとする。
「俺は!!!里を守る!!!」
ブルドは向かってくるセレナの強大な魔力の集合体に向かって両手を開いて迎え撃つ。
命を賭してでも、里への被害を食い止めようとしていた。元々は自分が蒔いた種である。
「…寸止めぐらいできるわよ」
そんなメロジロの前に立つのはセレナだ。彼女はパッと剣を軽く振るうと、強大な魔力の塊である剣閃を瞬時に掻き消していた。
彼女は元から攻撃を加えるつもりすらなかったようだ。降参をブルドから引き出すために圧倒的な魔力を解放していたに過ぎない。
「…俺の負けだ」
ブルドは目の前のセレナがとんでもない化け物であると悟ると、素直に負けを認めて呟いた。
差が開き過ぎていると、かえってすんなりと腑に落ちる。
そんなブルドを殴り飛ばすのはメロジロだ。
「がっ!!」
「余計な戦いをするな!!」
メロジロの叫びにブルドは何も言葉を紡ぐことができないでいた。
「メロジロ!!お前!!」
そして、村長達は傷だらけの様子のメロジロへ駆け寄る。
彼の姿は不穏な何かを語っていた。
「村長!みんな!大変だ!!」
メロジロはそんな彼らへ血相を変えた様子で叫ぶ。
「サラが攫われた!!それに…人間がこの里へ向かっている!」
「何だと!?」
「サラが…?」
「人間?」
「詳しく話せ!!」
慌てふためく里の住人達を前にメロジロは落ち着かせるように両手を突き出して上下に揺らす。
そんなメロジロの背後から問いかけるのはブルドだ。
「…地上の人間を里へ連れてきた。しかし…途中で逃げられてしまった」
「何だと!?貴様!!何をしている!!」
今度は、メロジロへブルドが摑みかかる。
しかし、そんなブルドとメロジロの間に割って入って、ブルドを止めるのは村長とアスラだ。
「なぜ止める!?」
「…!?」
「メロジロはドクターからの指示を受けて行動していた」
「何!?」
「その人間から詳しく話を聞きたいと依頼があってな、サラと協力してここまで連れてくる予定だった…」
「待て!!ここまで来ていて、人間だろ?それが退精霊石の効果を受けていなかったのか?」
ブルドは考える。
この里は結界で覆われているため、退精霊石の効果を受けていない。
しかし、里の外は違う。
ビーストである里の住人ですら影響が出るほど強力な退精霊石の効果の中で、人間が動けるはずがないと考えていた。
ならば、メロジロやサラが人間を逃してしまうとは考えられない。
つまり、退精霊石の効果の中でも、その人間達は魔法が使えている可能性が高いと考えた。
「む?どういうことだ?」
「そうだ…ブルド、お前の言う通り、あいつらは退精霊石の影響下でも、問題なく魔法が使えるようだ」
「何!?」
「そんな馬鹿な!?」
「奴らは里の位置までは特定でいていない。だから…捕らえたサラから話を聞き出そうと、あいつらは…あいつらは…くそぉ!!!」
メロジロはしゃがみ込むと、何度も地面に拳を打ち付けていた。
「そいつらの目的は何だ?」
「…ゴブリンのメス…多分、マインを連れて行きたいみたいだ」
「なぜ、マインを?」
「…確かに魔力量は非常に高いが、人間がそこまでするほどの価値があるとは思えないぞ」
「金になるんじゃないか…知らないが…」
一通り話し終えた住人達は黙り込むと、すぐにセレナが村長へ問いかける。
「…また人間が襲ってくるのかしら?」
「そのようだ」
「そう、で、ブルド、勝負は私の勝ちよね?」
「む?…その通りだ」
「じゃ、ドクターのこと、私に教えなさい」