第38話 セレナvsブルド
大樹の集落の最上階は里の広場となっていた。レイズ達が迎えられた宴が行われていた場所である。
そこには、今、騒めきが生じていた。村の客人であるセレナとブルドが剣を構えて向かい合っているからだ。
「セレナ…」
「にゃー」
レイズとペロは広場の中央で里のみんなからの視線を浴びているセレナを不安そうに見つめていた。彼らの近くにはアスラがおり、彼もまた、レイズと同様にブルドを心配そうに見つめている。
「ブリドと言ったかしら?」
「ブルドだ!!
セレナはわざとらしく間違えるが、そんな彼女の挑発で怒りをあらわにするブルド
やはり、挑発に乗りやすいタイプのようだとセレナは確信する。
セレナの狙いは情報だ。それをしっかりと吐き出させるためには、もう少し挑発する必要があると考えていた。
「ねぇ、ブラド」
「ブルドだ!!!二度と間違えるな!!女!!」
「あら、ごめんなさい。ブンド」
「女!!!ボコボコにしてやるぞ!!覚悟しておけ!!」
「ねぇ、私が勝ったら質問にちゃんと答えてちょうだい」
セレナの言葉に迷う素振りを見せずにブルドは大きく頷く。
「おう!勝てたらな!!!あり得ない話だがな!!」
「…で、私が負けたら、大人しく帰るわ」
「俺はそれで構わん!!」
セレナの話にブルドは大きくさらに頷いた。
「交渉成立ね…さぁ、始めましょうか」
「…おい!アスラ!!貴様が合図をとれ!!」
セレナの言葉に対して、ブルドはギャラリーにいるアスラへ叫ぶ。立会人が必要だということもあり、あわせてアスラへ任せるつもりであろう。
「…!」
「ふん!もう引けぬところまで来ているだろう!」
アスラの言葉にブルドは鼻で笑って答える。
「何て?」
「にゃー!」
「ブルド殿!!おやめください!って言ってるって」
「…!」
「ここに来てまだ言うか!?」
「…!」
アスラの言葉に少し押し黙るブルド
周囲を見渡すと、元々広場にいた里のもの以外も、騒ぎを聞きつけてやってきたもの達もいた。
「知らん!!」
「…!」
「…俺はこいつらなど信じない!それだけだ!」
ブルドはそう言ってアスラを腕で押し退ける。
そんなブルドを前に、アスラは息を深く吐いた。
「…」
アスラがコクリと頷くと、セレナとブルドの中間に立つ。
「…!!」
「うむ」
「えっと、何て?」
「にゃう」
「2人とも準備は良いですかって」
アスラへブルドは大きく頷き、セレナも余裕のありそうな笑みを浮かべて頷く。
2人の様子を前に、アスラは腕を振り上げる。
「…!」
「にゃー!」
「えっと…どちらかが行動不能になるか、降参を口にした瞬間、決闘は終了と見做します!!良いですか!?」
「ああ」
「ええ」
「…!」
「にゃー!」
「…では…」
アスラの言葉をペロを介してレイズが翻訳する。
彼の言葉にブルドとセレナが準備万端という表情を見せると、アスラは勢いよく腕を振り下ろす。
「発動!!!マグネット!!!」
最初に攻撃を仕掛けたのはブルドだ。セレナの肩が下がり、膝が曲がる。
「そのまま押し潰れてしまえ!!!」
「何…この魔法!?」
セレナは体の異変を前に怪訝な顔をしていた。彼女は自分の足元を見るが、そこには何の変哲もない。しかし、間違いなく、自分は地面に吸い寄せられている。
「くっ!」
セレナは地面を大きく蹴り上げて宙を舞う。地面に座れるような力は抗えないほどではない。
「馬鹿なっ!?」
自分の目の前で空を舞うセレナを驚いた様子で見上げるのはブルドだ。
「一気に決めるわ!!花吹雪!!」
セレナは空中で真っ赤な刀を手に生み出すと、クルクルと舞うように回転する。
彼女の剣から放たれた細かな剣閃が、まるで花びらの吹雪のようにブルドへ降り注ぐ。
「…!!」
ブルドは、その剣閃の一枚一枚が鋭く強力な魔力の塊であることを見抜く。戦慄を覚えると同時に、震える心を奮い立たせる。
エリンデとの約束を果たすためには、セレナへ負けるわけにはいかない。自分の手で彼女を助け出したいという強い想いがある。
「発動!!!ハイ・マグネット!!!」
ブルドは両手を突き出した。
すると、降り注ぐ剣閃の花びらが、不自然に方向を変えて1箇所へ集中して降り注いでいく。
「方向を狂わす魔法!?」
セレナは一連の動作でブルドの未知の魔法を分析していた。火でも水でも何にも分類できないが、確かに魔力を感じる。
「うぉおおおお!!!」
ブルドは両手を続いてセレナへ向ける。
「っ!?」
真っ直ぐと降下していたセレナの落下速度が上昇する。抗うことができずに、まるで地面にピッタリとくっ付けられるようにして、セレナはうつ伏せに倒れていた。
「セレナ!!!」
レイズはそんなセレナのところへ駆け寄ろうとするが、彼を止めるのは村長とアスラだ。
「レイズ様!!」
「…!!!」
「っ!?」
「決闘の最中だ!!」
「でも!?」
「もはや誰にも止められん!2人には譲れないものがあるのだろう!」
村長の言葉にアスラが頷く。
「女!!!…いや、セレナ!!口だけじゃないようだな!!」
ブルドは叫ぶ。
彼の目の前で、セレナがゆっくりとだが立ち上がっていた。
「アンタもね!!」
セレナは磁力で地面に引っ張られながらも、悠々と歩み始める。どうやら、このぐらいの磁力では捕らえることは叶わないようだ。
「おい!この辺で降参しろ!!怪我するぞ!!」
「あら、意外と優しいんだ」
ブルドの言葉にセレナは笑う。
「ここからは手加減できないぞ!!」
「そう、じゃぁ、私も手加減はいらないかしら?」
ブルドとセレナの様子は確かに不安だ。
セレナが本気を出せば、その力は未知数であるし、ブルドもかなりの強者であるようだ。
そんな2人の力が衝突することになれば、確かに大樹に多大な影響を及ぼす可能性は高い。
「…止めないとダメですよ!!」
レイズは村長とアスラへ叫ぶ。2人はそんなレイズへ告げる。
「レイズ殿!お願いがある!!」
「お願いですか?」
「レジーナをここへ連れて来てくれ!!」
レイズは「どうして僕が?」と脳裏を過る。手間がかかるからではなく、自分よりも付き合いが長い村長達が呼んできた方が良いのではないかと考えていた。
そもそも、研究に夢中で、自分の言葉など耳に入るか不安でもある。
「待ってください!!どうしてレジーナさん何ですか!?」
「ブルドも!!レジーナの言葉なら聞くはずだ!!!すまない!!!レイズ様!!!レジーナは我らの言葉に耳を貸そうとはしないだろう!!頼み事ばかりで申し訳ないが、助けてはくれないか!?」
村長の言葉にレイズはすぐ頷く。何か事情があるのだろうと考え、今はその事情を聞いている暇はなさそうだ。
レイズの前で、セレナとブルドは豪快な音を響かせて斬り合っている。まさか、ブルドがここまで強いとはレイズも思っていなかった。
ゾウチョウが変貌したオーガよりもブルドの方が強いかもしれないぐらいである。
実際は、セレナが大樹への影響を考えて加減をしており、ブルドは全力なのだ。
2人の戦闘力の差は、圧倒的にセレナが上であった。
確かに、ブルドは強いが、それでもセレナに通じるほどではなかった。
そんなことを露知らず、レイズは苦戦しているように見えたセレナを不安げな面持ちで見つめる。
「セレナ…」
そう呟いたレイズは、村長とアスラへ頷くと、すぐに広場を後にする。
そして、レジーナの家を目指して階段を駆け降りていく。
すぐに下の階層に降りると、レイズは真っ直ぐにレジーナの家へと駆け込んでいく。
扉をノックもせずに豪快に開けると、一瞬だけパッと何かの光に包まれる。
「ん?」
レイズはレジーナの家に飛び込むように入ると、彼を待っていたのは鉄格子だ。
まるで檻のような光景だ。
「あれ?」
レイズの視界、そこには真っ黒な部屋が広がっていた。レジーナや彼女の発明や道具の数々は微塵もない。