第36話 レジーナ
薄暗い洞窟の中、広い空間の中には岩を掘って造られたような家々があった。日の光が届かない洞窟の中にほんのりと明るさがあるのは、穴のような家々から漏れ出す灯りが照らしているからだろう。
そんな集落の広場では、3頭身ぐらいの子供達がボールを蹴って遊んでいる。そこに駆け寄ってくるのは1人の少女だ。
「レジーナも混ぜて!!!」
まるで人間と同じような姿の少女、クセのあるオレンジ色の髪を短く切り揃えており、肌は少し汚れている。衣服もしばらくは洗っていない様子であった。
服装がボロボロなこと以外でも、彼女が向かう先にいるドワーフの子供達とは明らかに容姿が異なっていた。
「げぇ!?レジーナだ!!」
「逃げろ!!!呪われるぞ!!」
「わー!!」
少女が駆け寄ると、遊んでいた子供達は一心不乱に逃げてしまう。少女が広場にたどり着いた時には、そこに子供達が遊んでいたボールしか残されていなかった。
「…」
少女は笑顔のまま立ち尽くす。しかし、そんな彼女の頬には一雫の涙が滴っていた。
目元を拭うことをせず、薄暗い洞窟の天井を見上げる少女
そんな彼女の心境は複雑だ。
目元を拭ってしまえば悲しみを、孤独を認めてしまうことになる。そうなれば、声を高らかにさせて泣き叫んでしまいそうであった。
「どうして…私…みんなと違うの…?」
堪えきれずに言葉を漏らす少女、段々と目元が潤っていき始めていた。
そんな彼女の足元へコロコロとボールが転がってくる。
「?」
「ね!遊ぼー!」
少女がボールの転がった先を見つめると、そこには自分と同じ容姿をした少女が笑ってこちらを見ていた。頭には真っ赤なバンダナを巻いており、どこか活発そうな印象だ。
「巫女様!?」
レジーナはハッとして頭を下げる。姿は軽装だが、彼女の容姿には見覚えがあった。ドワーフ族ながら高い魔力を持って産まれた存在だ。
「わー!やめてー!」
自分が深く頭を上げて敬意を示すと、彼女は慌てて駆け寄ってくる。
「わ、私は巫女じゃないよー!」
どこか棒読みで活発そうな少女は告げる。しかし、どこからどう見ても、巫女の1人であった。
そんな活発そうな少女の顔を見つ続けているレジーナ
「巫女様がなぜ下層に?」
そう尋ねると、活発そうな少女は観念したように息を吐く。
「完璧な変装だと思ったのになー!」
「…変装?」
「そうー!ほらほら!どう見ても普通の女の子でしょ!?」
「…そこまでして、どうして下層に?」
「故郷に戻りたくなったの!私も下層で産まれたの!」
「え!?」
レジーナはそう告げる巫女の姿を見つめる。どう見ても下層で暮らすドワーフには見えない。
ドワーフは地下で暮らすことを好む種族だ。追いやられて大樹の下で暮らしているわけではない。中には、大樹の上で過ごしている物好きもいる。
しかし、他の種族の中で、下層で暮らそうとする物好きはいない。
つまり、巫女は自分がドワーフであると言っているように、レジーナには聞こえていた。
「巫女様が?」
「そうだよー!多分ね!君と同じー!先祖返りなんだ!!」
「先祖返り?」
「そうだよー!ドワーフでも、高い魔力を持って産まれる人がいるんだって!私も!君も!同じ!」
「同じ…?」
「わわわ!!どうしたのー!?」
レジーナは泣き始めてしまう。
この見た目のせいで親からは捨てられて、里では孤立して暮らしていた。そんな自分を認めてくれたようなそんな気がしていた。
「…ごめんなさい!ごめんなさい!」
レジーナは泣きながら謝る。こんな自分と巫女が同じであることが悪いと思っているようだ。
「謝らない!悪いことしてないでしょ!?」
「…だって!だって!呪われた子だって!!」
レジーナは目を拭いながら叫ぶ。
そんな彼女へ微笑みながら少女は問いかける。
「ね!私はエリンデ!貴方は!?」
「…レジーナ」
「レジーナちゃん!一緒に上層に来ない?」
「え?上に?」
「うん!上に行ったことある!?」
「…ない」
「なら一緒に行こう!エリンデが案内するよー!」
「わ!待って!」
エリンデはレジーナの手を掴むと彼女をどこかへ連れて行こうと走り始めた。
不思議とレジーナはエリンデの手を振り払おうとは思わなかった。
「げぇ!」
「?」
エリンデは上層へと繋がる扉の前、洞窟の影に隠れる。なんとなく、レジーナも同じように隠れることにした。
洞窟の影からこっそりと覗き込むと、その先にはゴブリンとオーガの少年がいた。
「あれは?」
2人はどう見ても兵士のようだ。もしかすると、巫女の警護の人かもしれない。
「ブルドとメロジロだよー!私を連れ戻しに来たんだ!」
「…すごく心配そうだよ?」
「え?」
「あのオーガの子、すごく心配しているみたいだよ?」
レジーナは特に青い肌のオーガの方が慌てた様子で周囲を見渡しているように見えた。
そんなレジーナの言葉を聞いて、エリンデはどこか頬が赤くなっていた。
「どうしたの?」
「あ、う、ううん!何でもないー!」
レジーナの言葉にエリンデは誤魔化すように笑う。幼いながらにレジーナは察した。
「エリンデ様はあのオーガの子が好きなんだね」
「っ!?」
「わにゅ!!」
レジーナの言葉で真っ赤になるエリンデは、レジーナの頬を両手で摘みあげる。
「そ、そ、そんなわけないでしょ!!!」
「わにゅにゅにゅ!!!」
「もう!もう!何てことを言うのー!!」
「わにゅ!!!」
レジーナは頬をエリンデに摘み上げられながらも、彼女の背後へ必死に指を向ける。
しかし、当のエリンデは全く気付かない様子だ。
「…エリンデ!何をしているんだ!?」
「っ!?」
エリンデは男の子の声にびくりと肩を震わせると、レジーナの頬を摘んだまま、ゆっくりと振り返る。
そこには仁王立ちしているオーガとゴブリンの少年達の姿があった。
「こ、こんにちはー!ブルド!メロジロ!」
「こんにちはではないぞ!!心配かけさせるな!!」
「わわわ!!」
ブルドはエリンデへ大声で叫ぶ。そんな彼の肩を掴んで止めるのはメロジロだ。
「落ち着いてください!ブルド殿!」
「メロジロ!エリンデにはしっかりと言わないとダメだぞ!!」
「ね!そんなことよりも!」
「「そんなこと!?」」
ブルドとメロジロはギロリとエリンデを睨む。
しかし、あっけらかんとエリンデはレジーナを手のひらで示す。
「この子を上層へ連れて行くわ!!」
「っ!?」
レジーナへブルドとメロジロの視線が集中する。思わず心臓が飛び跳ねるレジーナを他所に、エリンデは続ける。
「私の友達なのー!!」
友達という言葉に、レジーナの心臓は更なる高まりを見せて、胸が熱くなるのをレジーナは感じていた。
ーーーーーーーー
「…できたー!」
レジーナは四角い箱を両手で掲げる。そして、腕を下ろし、四角い箱を大事そうに抱き抱えた。
「これで…必ず助けます…エリンデ様…」
そう潤った声で呟いたレジーナの目元からは涙がスッと流れていた。彼女目元を拭うと、決意の篭った視線で部屋の奥を見つめる。
そこには様々な色のコードが繋がれている椅子があり、その椅子の上には黒いスーツが乗せられていた。
レジーナは頭に巻いている赤いバンダナをギュッと縛り直すと、そのバンダナを愛おしそうに撫でる。
「よし…次はこいつを動かすぞー!!待っててね!エリンデ様!!!」