第35話 里の生活
レイズは様々な種族のビースト達に囲まれていた。
エルフ、ドワーフ、ハーピィ、オーク、ホビットなどのマダム達だ。
大樹の枝の一部には滝のように水が上から滴っている箇所があり、集落の中で水源として機能していた。その水源の近くには洗濯小屋があり、集落の人々が衣服を洗うのに使っている建物である。
滝のように上から降り注ぐ水に流しそうめんの筒のようなものを充てており、そこから小山で水が運ばれてくる。その筒は小屋の中で複数に枝別れし、流れる水を使って集落の人々は洗濯を行っていた。
「汚れには大きく二つの種類があります!」
レイズは二つの石鹸を手に持っていた。同時に、二つの汚れた衣服を手にしている。
彼は洗濯小屋に集まっている集落のマダム達の視線を一身に浴びていた。
「こっちの汚れには、こちらの石鹸!」
「で、こっちの汚れには、こっちの石鹸を使ってください!」
レイズは集落のマダム達へそう説明しながら、手元の石鹸を使って実演してみせていた。
「「わーーー!!」」
レイズが石鹸を使い分けることで見事に汚れを落とし切っていた。その光景を見て、集落のマダム達からは歓声に近い声が漏れ出している。
「わー!すごいですね!レイズ様!!」
「ええ、こんなに汚れが簡単に落とせるなんて!」
「そうですわね!汚れに種類があるなんて初耳でしたわ!!
「ええ、同じものではダメだったのですのね!」
「きゃるぴるっぴっぴー!!」
レイズは嬉しそうな女性達を前に、自分も嬉しそうに笑う。
セレナの申し出によって集落でしばらく厄介になることとなったため、働かざるもの喰うべからずと自分から仕事を斡旋してもらうように申し出ていた。
村長へセレナが、レイズもレジーナに負けないほどの発明家であることをアピールしたため、巡りめぐって、集落の洗濯を手伝うことになっていたのだ。
「へぇ…流石はレイズね」
「にゃー」
そんな小屋の片隅ではセレナとペロが、洗濯を実演して歓声を受けているレイズの様子を眺めていた。
「ほら!セレナもペロも!自分が使った衣類や寝具は、自分で洗濯する!」
「にゃうにゃうにゃー!」
ペロは「自分は寝具も使わないし服も着ない」と話すとレイズは「確かに」と頷いた。
そして…」
「ほら!セレナ!」
「嫌よ!私が洗濯なんて!」
「セレナ!!」
レイズから顔を背けるセレナ
しかし、そんな彼女をレイズは詰めていく。
「…」
「せめて自分のことは自分でやろうよ!居候だよ!?」
「待ちなさい!私は頼まれて集落にいるのよ!」
「それでもだよ!」
「もう!分かったわよ!!!やれば良いんでしょ!!」
「うん!…ほら、こっち!!」
レイズの言葉にはどこか逆らえないセレナ
渋々ながらも彼女も洗濯を行うことになる。
空いている水の流れる筒の前に立つセレナ
彼女の向かい側にはレイズがいる。いつの間にか、レイズの手には洗濯カゴがあり、中にはレイズとセレナが使ったベッドのシーツや、枕のカバーが入っていた。
「…いつの間に持ってきたのよ」
「自分達が使ったからね。自分で洗濯しようと思ったんだよ」
「そう…で、何からすれば良いのかしら?」
「うん…まずは石鹸を泡立てて!」
「こう!?」
セレナが石鹸でベッドのシーツを擦り始める。
同時に、不穏な紙が破けるような音が響く。
「え?」
「破けちゃったじゃない!!」
「…」
ーーーーーーーーーー
「これ…すごいですね!!」
レイズの目の前ではコの字の機械があった。
破れてしまったベッドシーツを自動で縫い合わせているのは、まさしくコの字の機械である。
レイズとセレナのいる部屋には、同じような機械が並べられた机の上に置かれている。衣類を縫い合わせるだけでなく、服を作るのにも使われているようだ。ドワーフと呼ばれる女性が座って作業をしている光景があり、子供服のようなものを作っているようだ。
「そうね…どうやって動いているのかしら?」
「うーん…魔法の力は感じないね」
そんな風に背後で話しているレイズとセレナへ
2人へ振り返るのはミシンを扱っているドワーフの女性だ。レジーナと異なり、4頭身の格好をしておりずんぐりむっくりな印象のあるビーストであった。
彼女の額には「Δ」と紋章が刻まれており、集落の人々に漏れず、上位のビーストではある様子だ。
「ふふふ!すごいでしょ!!」
まるで自分のことのように自慢気な笑顔を見せるドワーフの女性を前に、レイズは素直な様子で頷く。
「ええ!すごいです!」
「これね!レジーナが言うには電気と呼ばれるもので動いているそうよ!!」
「電気?」
「雷魔法のことかしら?」
"電気"と聞いて首を傾げる2人にドワーフの女性は説明を続ける。
「外のね!ほら!あの洗濯小屋のところ!そこに水車があったでしょ?」
「ええ、そういばあったわね」
「あれが水で押されて回ると電気が生まれるそうなの!それを使って、こうして機械と呼ばれるものが動いているってレジーナは言っていたわ!」
「魔法を使わずに…そんなことが…」
レイズはどこか関心が深そうにドワーフの女性の話を聞いていた。
目の前でドワーフの女性が使っているミシンと呼ばれる機械は、なかなか魔法の力でもできないことをやってのけていた。
電気と呼ばれる雷魔法に近い謎のエネルギーと、その機械と呼ばれる道具があれば、魔法と同じようなことができるようだ。
つまり、魔法の才能がなくとも、誰でも高い技術力を発揮することができるようになるかもしれない。
「レイズ?どうしたの?」
「…あ、うん、ちょっと頭痛がして」
「大丈夫?」
「うん、もう治ったよ」
「…そう。それより、あのレジーナって子、なかなかすごいのね」
「うん、色んな発明をしているみたいだね」
「そうなのよ!あの子は先祖帰りのエルダードワーフだからね!」
「エルダードワーフ?」
「そうよ!私達みたいに、色んなものが混ざってしまったドワーフと違って、本来の姿に近いのよ!あの子達!」
「達?」
ドワーフの女性が複数人を指す言葉を用いたことに疑問を感じたレイズ
思わず「達?」とドワーフの女性に尋ねてしまう。
「…あっ」
ドワーフの女性はハッとして、慌てて前へ振り返り、ミシンでの作業に集中し始める。
明らかに挙動不審な様子であった。
「…レイズ、ここはお願いして、別の作業が無いか確認しに行きましょう」
「え?あ、うん!」
セレナに言われてレイズはミシンの置かれている部屋を後にしていた。
ーーーーーーーーーーーー
「村長!!!何を勝手に話を進めているのだ!!!」
村長の部屋、青い輝きを放つ応接室
そこで机を勢いよく叩くのはオーガの男性だ。真っ青な肌をしており、まるで青鬼といった印象の風貌であった。そんな彼を諌めようとするのはアスラである。
「…!」
「アスラ!!貴様まで何を勝手なことをしている!?」
「…!!」
「…ドクターからは許しを得ているだと!?」
アスラの言葉にギョッとした表情を浮かべるブルド
彼はアスラから村長へ視線を移す。
「本当なのか?」
「…ああ」
村長は無表情のまま力強く頷いてみせた。そこには確かなものを感じたブルドはグッと怒りを堪えるように息を飲み込む。
それほど、彼らが"ドクター"と呼ぶ存在の影響力は高いのだろう。
しかし、次にブルドの中で浮かんでくるのは"疑問"だ。
「なぜだ!?なぜ!?ドクターは俺に相談してくれなかったのだ!?」
再び机を大きく叩くブルド
その短気な所作により、ドクターからの信頼を失っていると誰もが気付いているが、ブルドへ誰もそれを言葉にはしない。
「…お前はマイン捜索隊に加わっていただろう。戻ってきたらすぐにあの騒ぎ。ドクターが話をするタイミングなど存在しなかったであろう」
「だがな!?」
「ブルド、終わった話に拘るな」
「…っ!!」
村長の言葉に押し黙るブルド
彼は苛立った様子で深く息を吐くと、村長をギロリと睨む。
「…それで、人間に任せて、何が狙いだ!?」
「村に招いたお客人、特に女性の方は古龍を圧倒できるだけの力がある」
「馬鹿なことを言うな!!たかが魔物であろう!?」
村長の言葉に鼻で笑うブルド
しかし、周囲のアスラ達の表情が真面目な様子から、ブルドは怪訝な顔へ表情を変える。
「…まさか?本当にそうか?」
「ああ、ドクターの話では同郷の方のようだ」
「それに、里の侵入者を倒したのもセレナ殿だ」
「っ!?」
再びブルドは周囲の住人達へ視線を向ける。
彼らが無言で頷く反応から、ブルドは村長の言葉が真実だと悟る。
「…勇者は俺だ…」
わなわなと震えているブルド
拳を硬く握りしめ、肩を大きく揺らし、目は血走っている。明らかに不穏な様子を見せていた。
「ブルド、何を考えている?」
「勇者は俺だけだ!!ひょっと出の野郎に奪われてたまるか!!」
ブルドは地面を蹴るように踏みながら叫ぶ。
轟音が彼の叫ぶ声によって上書きされていた。思わず耳を塞ぎたくなるような声量である。
「勇者だと!?」
「ああ!!この里を救うのは!!俺の仕事だ!!」
ブルドは踵を返すと、部屋を後にしようと歩き出した。そんな不穏な様子でどこへ向かうのかと気にならないはずもなく。
「ブルド!!どこへ行く!?」
「その生意気な奴を俺が潰してやる!!」