第31話 結末
「ゲイル!!行くぞ!!」
「お、おう!!!」
ブルドは全身を光で包み込むと、勢いよく地面を蹴り上げて、サリスンへ向かって真っ直ぐに突進する。
そんなブルドの背後で、ゲイルは空へと舞い上がり、再び風魔法でサリスンを攻撃するつもりだろう。
「うぉおおおお!!」
ブルドはサリスンへしがみつくと、彼女を羽交い締めにしようと腕を回す。
「あら?女性にしがみつくなんて節操がないわね」
「黙れ!!人間!!」
「うふふ…それで、次はどうするの?」
「俺ごとやれ!!!ゲイル!!!」
ブルドはサリスンが動けないように羽交い締めにすると、空を見上げてゲイルへと叫ぶ。
「っ!?」
ブルドとサリスンを見下ろしながら唇を噛み締めるゲイル
眼下にいるサリスンへギロリと視線を向けると、腕を伸ばして胸の先で手を組む。
ゲイルが組んだ両手が緑の光を放ち始める。
「行くぞ!!!スクランブル・イーグル!!!」
風属性の最大級魔法を放つゲイル
無数の風の刃が縦横無尽に走りながら竜巻を形成し、その竜巻がブルドとサリスンへと迫り来る。
「はぁ…はぁ…ブルド…」
着地したゲイルは魔力を使い果たしたのか、息切れした様子で成り行きを見守っている。
ブルドは、自分が生み出した最大級の風魔法である『スクランブル・イーグル』の竜巻の中、サリスンと共に無数の風の刃に自身を晒していることだろう。
「っ!?」
しかし、そんなゲイルの前に、無数の傷を負っているブルドが投げ飛ばされてくる。
地面を滑りながら、ちょうど、ゲイルの足元で止まるように絶妙な力加減で投げられていた。
「ブルド…?」
「がっ…うっ…げほっ!」
口から大量の血を吐きながら地面で倒れているブルド
「うふふ…この程度かしら?」
そして、竜巻の中からは悠々とサリスンが姿を見せる。
切り裂こうと無数の風の刃が彼女の肌へと当たるのだが、甲高い音が響くとともに、風の刃が消失していく。
「なんて防御力だ…」
「古龍の血を混ぜられているもの、この程度、まったく問題ないわ」
サリスンは微笑みながらゲイルへそう告げると、周囲を見渡す。
ブルド達のせいで海賊達は全滅しており、転送陣もその術者であるカモルが死んだことで完全に消失している。捕らえた里の住人達も逃げ出してしまっている。
「また捕らえないといけないわね…面倒だわ」
そうサリスンが呟くと、再びゲイルへ視線を向ける。
「ねぇ、貴方が捕らえるのを手伝ってくれるなら、命だけは助けてあげるけど、どう?」
「ふざけるな!」
サリスンの申し出を怒りを露わにして拒むゲイル
「あら、そうよね」
「お前は必ず倒す!!」
ゲイルは風の剣を生み出すと、中段で構えながらサリスンへと迫っていく。
「うぉおおお!!」
ゲイルは風の剣を振り上げて勢いよくサリスンへ斬りかかる。
「…うふふ」
しかし、ゲイルの風の剣はサリスンの肌を切り裂くことはできないでいた。
「ぐぅ…」
眉間にシワを寄せているゲイルの脇腹へ、サリスンは微笑みながらモリを突き刺す。
「がぁぁぁああああ!!!」
鮮血と共にゲイルの絶叫が轟く。
「うふふ…ねぇ、痛い?」
「がぁぁぁぁぁっっ!!」
サリスンはモリをグリグリとゲイルの脇腹へとねじ込んでいく。
「ねぇ、どう?痛い?」
「がぁあぁっっつつつ!!」
しかし、ゲイルの戦意は衰えていない。
彼は手にした風の剣を再び振り上げると、サリスンの頭部へと向けて振り下ろす。
「…ぐっ!!くそぉおおお!!」
しかし、彼の風の刃がサリスンへダメージを与えることはなかった。
せいぜい、彼女の前髪を何本か切り裂くことに成功した程度である。
「あら、つまらないわね。命乞いの一つも見せてくれていいのに」
サリスンはそう呟くと、モリを振り上げて、投げ捨てるようにゲイルを放り投げた。
「さて、この後のお仕事もあるし、さっさと死んでもらうわね」
サリスンは倒れているブルド達を見渡すと、両手を広げる。
彼女の上部には水が渦を巻いて3本現れると、それぞれが槍のような姿へと変貌する。
「…ばいばい」
サリスンがそう呟くと、3本の槍はブルド、マイク、ゲイルへと別れて放たれる。
「一刀両断!!!」
しかし、突如として剣閃が放たれると、サリスンの生み出した水の槍はパッと空中で切り裂かれて四散していく。
「…銀髪の女ね」
サリスンは視線を向けた先には、長い銀髪の少女セレナがいた。
彼女の手には真っ赤な刀が握られている。
「アンタは…あの時のクソガキ海賊ね」
「うふふ、今では貴方のほうがクソガキかしらね」
すっかりと大人びた容姿になっているサリスン
確かに、彼女の言葉通り、見た目はセレナの方が歳下であろう。
「…ビーストの血を混ぜられているわね」
「あら、ご明察!」
セレナはどこか憐れみをある視線でサリスンを見つめる。
「あら、何かしら?その目は?」
「かわいそうだと思ったのよ」
「…かわいそう?」
サリスンは微笑みながら首を傾げる。
「ええ、そんな姿になって、利用されて、最終的に捨てられる」
「…」
「そんなアンタが可哀想だって思ったのよ」
セレナの言葉にサリスンはプルプルと震え始める。
「ふざけないで…お前に何が分かるの?」
「分かるわ…他人に利用されるだけの人生ほど辛いものはないわ」
「ふざけないで!!私は!私は!!!アトランティカの因子を埋め込まれて!こうして!無事に!!生還したの!!わかる!?運がいいのよ!!無敵の力があるもの!!」
両手を広げて天を仰ぎ見るサリスン
「やりたい放題よ!!ちょっと制限はあるけど!暴力の限りを尽くして楽しめるもの!!人を殺すのを!!血を流すのを!!!涙を流させるのも!!全部!!全部!!!愉しめるのよ!」
笑顔で、踊るように舞いながら、セレナへ叫ぶサリスン
そんな陽気にも見える彼女の言動には、明らかな影があった。
「…人を殺しても、悲しませても、貴方の心の傷は癒えないわよ」
「知った風な口をきかないで!!!」
「家族を求める劣等感を殺意に変えて、殺すことで満たそうとしているのよね」
「やめなさい!」
「でも、いくら人を殺しても、他人の幸福を奪っても、貴方は満たされない」
「勝手なことを言うな!!お前が私を決めるのはやめて!!」
「貴方を本当に満たしてくれるものは奪われてしまったから」
「知ったふうな口をきくなって言ったのよ!!私!!」
「私にも…わかるわ」
「お前に私の何がわかる!?」
サリスンはモリを突き出してセレナへと迫っていく。
「…」
「っ!?」
しかし、自分の腕ごと、手にしていたモリは宙を舞う。
「馬鹿な…海底龍の鎧を纏ったようなものよ…私は!?」
「…そう」
防御力には絶対的な自信のあるサリスン
確かに、ブルド達の攻撃をまともに受けても、サリスンは傷一つ負う様子はなかった。
そんな絶対的にも思える防御力を持つサリスンの腕を、いとも容易くセレナは刀を一振りで斬り裂いていた。
「お前は何者だ!?」
あり得ないと思っている現象を前に、サリスンは震える。
両手を失った傷の痛みではなく、とある疑念に彼女は震える。
「…」
黙り込んでいるセレナの容姿を見つめるサリスンはハッとする。
「まさか…その銀髪…いや…そんな…」
サリスンの表情はハッとしたものから険しいものへと変わる。
目には殺意の炎が灯り、歯が砕けそうなほど口を噛み締めている。
「アバター…その本体なのか!!お前は!?」
「そうね…」
「お前が!!お前のせいで!!!父さんと母さんは!!!」
彼女の死角から、サリスンは口を大きく開けて飛びつこうとする。
「…ごめんなさい」
「っ!?」
刀を横に振り払い、サリスンの首を斬り飛ばすセレナ
「くそ…くそぉおおおお!!!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…ぁぁ…ぁぁ…」
ゴロゴロと転がるサリスンの頭部
その瞳は、古代遺跡の青空を見上げながら、悔しそうな声を轟かせていた。
「あぁぁぁ…殺して…やる…ぞ…プリ…セ…ス…そ…すれ…おとう…おか…たす…る…」
サリスンの瞳から光がだんだんと失われていく。
そんなサリスンの頭部へ向けて刀を振り払うセレナ
彼女が放った剣閃によって、サリスンの頭部はパッと消えてなくなっていく。
見えないぐらい小さくなるまで細かく切り裂かれたようだ。
「…里の人達を巻き込んでしまったみたいね」
セレナはサリスンを倒すと里の様子を眺める。
彼女の視線の先には、崩壊した里の家々や、住人であったであろうゴブリンの亡骸などがあった。そんな無惨な光景を前に、セレナは悲しそうな表情を浮かべている。
「セレナ殿のせいではないだろう」
「…」
そんな彼女の背後には村長の姿があった。
「ここまで尾行されてしまったとお考えか?」
「…ええ、そうね」
「それはない。尾行がないかどうかはしっかりと仲間が確認していた。ここへ奴らが侵入したのは古龍の招きによるものだろう」
村長は空を見上げながらそう説明していた。
「そう…」
「さて、セレナ殿、里のことを教えてほしいとのことであったが、今から時間は作れそうか?」
村長の言葉にセレナは怪訝な顔を示す。
里は海賊の襲撃を受けたばかりであり、話し合いよりも救出や復旧作業の方が優先されるであろう。
「今?」
「ああ、セレナ殿のお力をお借りしたいのは…ここからが本番になる」
「さらに助けを求めるなんて…図々しいのね」
「生きるためには必要な能力だ」