第20話 ロイヤルズ
ルージュとハザードの2人は丘の上で待ち構えるように立っていた。
すでに日は沈み、夜の帳が下りているのにも関わらず、こうしているのはセレナ達の帰りを待っているということもあるのだろう。
しかし、本当の理由は別にあった。
「来たな…」
「おう」
ルージュが剣を鞘から抜き放つと、隣のハザードは獰猛に笑いながら大剣を構える。
2人の視線の先には、ジャックともう1人の女性の姿があった。異様に厚い化粧をしている女性は猫のようなシルエットのピンク色のぴちぴちのスーツに身を包み、頭には王冠のようなものが乗っている。
「ロイヤルズのジャックと…クイーンだな」
ルージュは2人のことを知っているようである。その証拠に、ルージュの言葉にクイーンはコクリと頷く。
「あらん、ローズ家のルージュ様がこんなところで何をしているのかしらん?」
「ここは私の土地だ。自分の土地で何をしようと私の自由だろう」
「あらん、連れないわねぇ」
「おう!お嬢の言う通りだぜ!普通はよぉ〜、人の家に足を踏み入れた奴が用事を言わねぇか!?」
ハザードは最もなことを口にする。クイーンも微笑みながら、体をクネクネとさせて猫のような仕草をする。
「うふふ…分かっているくせにぃ〜」
「そうよん、私達の目的を知っているから、こうして待っていてくれたのでしょう?」
クイーンとジャックの言葉に、ルージュは不敵に笑う。
「素直にお引き取りいただこうか」
「そうだぜ!帰れ!帰れ!」
「うふふ…ここにゴブリンの女の子がいないことは分かるわぁん…だ・か・ら…お姉さんにどこへ行ったのか教えてほしいのん。そうすれば、素直に帰るわよん」
クイーンの言葉に剣を振るうルージュ
「素直に私が教えると思うか!?」
「そうねん…ご褒美があるわよん」
「ほう…褒美だと?」
「気持ちよくさせて…あ・げ・る…」
クイーンがルージュとハザードへ投げキスを飛ばす。
しかし、ルージュは剣を振り上げて、まるでその投げキスを切り裂くような素振りだ。
「要らん!!リボンをつけて送り返す!!」
ルージュが剣を振り上げると同時に、クイーンとジャックの足元から炎の薔薇が生えてくる。
「うふふ…」
ぴょんと地面を跳ねるクイーンは、クルクルと宙を舞いながら向かってくる炎のイバラをひらひらと避ける。
隣にいるジャックには炎のイバラが届かないようだ。イバラの先が彼の肌の寸前でピタリと止まっている。
「…うふふん」
ジャックはニヤリと歪んだ笑みをハザードへ向ける。
何かの気配を彼から感じたハザードは地面に大剣を下ろして、まるでスコップのように用いて土を持ち上げると、周囲へバラバラと振り撒いた。
「大お嬢の言う通りだぜ!!!」
降り注ぐ土の粒の中、何かに弾かれるように跳ね飛ぶ土の粒が見えた。
そこには、ジャックが放った念動力か何かが働いているのだろう。
そして、土に弾かれて進むナニカはハザードへ真っ直ぐに進んでいく。
「おらぁ!!!」
ハザードは自分に向けられた見えない力を、土の雨によって見極め、大剣を振るって弾き飛ばす。
「あうぅううん!!」
ジャックから背筋が騒つくような艶のある声が響くと、彼は口からタラリと血を垂らす。どうやら彼の扱う念動力に力を加えると、その反動が彼を襲うようだ。
念動力自体と痛覚をジャックが共有しているわけではない。
念動力のコントロールは難しく、先ほどのように大剣で力を加えられると、念動力のコントロールを誤り、反動を受けてしまうというのが原理だ。
「…やるわね」
「流石は大お嬢だぜ!!」
ジャックはこれで気軽に念動力を放つことができなくなった。
直感に優れるハザードは、得体の知れない力に敏感だ。そして、見えない力の感じ取り方を肌で知ってしまった。最初に相対した時のように簡単に無力化はできないであろう。
「うふふ…ジャックちゃん、汚名返上できそうん?」
苦戦しそうなジャックの様子を、空をヒラヒラと舞いながらルージュの炎のイバラを避け続けているクイーンは観戦していた。
「姉御…これからよ!」
ジャックの気合いの入った声が響く。
「あらん!良いわね…気合が入っているのねん」
「クイーン!!!お前の相手は私だぞ!!」
「うふふ…」
空を舞うクイーンの前にルージュが剣を振り上げて飛び上がっていた。
目の前に迫る剣筋を眺めながらもクイーンの余裕のある笑みは崩れない。
「っ!?」
「うふふん」
ルージュの剣を受けたクイーンの体はまるでスライムのようにぐにゃりと曲がる。
剣で水面を切っているような感触がルージュの手に伝わるが、そのままルージュは剣を振り切った。
胴体を袈裟斬りで剣が抜けていく、肩から入り、腹から外へ出る剣
「なかなかのペインねん」
間違いなくクイーンを切り裂いた筈なのだが、クイーンの胴体は何の変哲もないままである。
どこか恍惚としてルージュを見つめていた。
「馬鹿な…」
ルージュは降下しながらクイーンを見上げていた。
血は滴っておらず衣服もそのままだ。
防御力が異様に高い衣服なのかと言えばそうではない、ルージュの剣は間違いなくクイーンの体内に入り込み、彼女の肌の表面を切り裂いているはずだ。
「でも…優しいのねん」
「何だと!?」
地面に着地したルージュに少し遅れてクイーンも着地する。
スタスタと腰をクネクネさせながらクイーンはルージュのところへ寄っていく。
「私の急所を避けて剣を振っていたわねん」
ルージュの剣は浅かった。
クイーンの言葉通り、彼女の臓器を傷つけず、肌だけを切り裂こうとしていた。
しかし、クイーンに傷一つないのは、踏み込みが甘かったとかそういう類のことではない。
「…」
ルージュは自分の剣先を一瞥する。そこには確かに血が付着していた。
「…不思議?」
「っ!?」
ルージュが剣先から視線を戻すと、ルージュとクイーンの鼻と鼻が衝突しそうになるぐらい近くまで、クイーンはルージュに近づいていた。
慌てて後退り、剣を横に振るうルージュ
しかし、クイーンは微笑んだまま、振われた剣を避けるつもりはないようだ。
「避けろ!!」
ルージュの剣筋は間違いなくクイーンの首を切り裂く。
長年、剣を振ってきたルージュには確かな手応えがあり、クイーンが避けなければ、ルージュは彼女の首を飛ばして殺すことになる。
「うふふ…敵に避けろって面白いことを言うのねん」
クイーンは首を切り裂かれながらも笑顔を絶やさず、ルージュへ微笑みながらそう告げる。
「っ!?」
クイーンの首がぐにゃりと曲がると、彼女の首はルージュの剣を受け入れる。
そのまま剣はクイーンの首を通過して反対側から出てくる。
確かに、クイーンの首を切り飛ばした筈だが、彼女の首は未だに胴体とくっ付いたままであった。
「うふふ…私って割と無敵なのよん」
「…馬鹿な!?」
得体の知れない何かを感じてルージュは後方へ飛び退く。
剣を握る手が震え、呼吸が荒い、心臓の音が耳に響く。
「…」
臆しているのかとルージュはグッと下唇を噛み締める。
そんなルージュの前で、クイーンはニコリと微笑むとウインクした。
「どうかしらん?もう降参するならイジメないであげるわよん?」
「…誰が!!!」
「うふふ…」
クイーンの笑い声が残像と共に消える。
「くっ!!」
ルージュが気付いた時には、クイーンに四肢を羽交い締めにされていた。
「つかまえ…た!」
「離せっ!」
「ねぇ…このまま腕がどこまで背後へ曲がるか試してみましょうか?」
「何を…?がぁ…ぁぁぁぁぁああぁぁっ!!」
クイーンがルージュの腕を背後へ曲げていく。
次第にルージュから絶叫が轟き、彼女の顔が苦痛に染まる。
「ねぇん、ジャックちゃんじゃハザードちゃんに勝てないようだから、貴方から話を聞かせてもらうわねん」
「だ…誰がっ!!」
「うふふ…」
「がぁぁぁぁ!!!」
ゴキっと鈍い音が響くと同時に、ルージュの顔色が段々と青くなっていく。
痛みで貧血を起こしてしまっているようだ。
「がぁ…ぐぅ…」
ルージュは顔を俯かせると吐瀉物を地面へ吐き出す。
「ぐぅ…あぁぁぁぁ」
「ほらほら…まだまだ曲げていくわよん」
「…誰…が…話す…か」
ルージュは青白い顔のまま不敵に笑う。
「あら、お嬢様のくせに強情ね」
「私は…っ!」
不意に、ルージュの腕を掴むクイーンの手の感触がなくなる。ダラリと垂れた腕と共に、自分の体が前に倒れるのがわかった。
「…っ!?」
ルージュは折れた腕の代わりに腹筋だけを用いて上半身を起こす。
「…お兄様…?」
ルージュの前には真っ赤な髪をオールバックにさせている男性がいた。
「ルージュか…そういえば、お前はこの辺りで我が儘を言って父上を困らせていると言っていたな」
グレンは振り返らずにルージュへそう呟いた。彼の顔は見えずとも、末妹のわがままに呆れているのであろうことは声色から窺える。
彼の視線の先にはクイーンが立っており、彼女は妖艶な笑みで兄妹を見つめている。
「あらん…鮮血苛烈のグレン様ねん」
「お前はロイヤルズのクイーンか…教会の犬がグレイグッドに何の用事だ?」
グレンが"教会“という名を持ち出すと、一瞬だけ空気が凍りつくような錯覚がした。
「…あらん?教会?何のことかしら?」