表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

記憶にであう話

作者: かせいち

 どこをどう来たのか、歩いて来たのか走って来たのか何かに乗って来たのか、それすら思い出せないのですが、気が付くとこの地に足を運んでいました。

 山に囲われた小さな谷に、住む人を失くした大きな家がひとつ立ち尽くしています。

 私は幼い頃この家に住んでいました。

 太い梁の通された、風通しの良い農村の家でした。

 ここに来た理由も思い出せないまま私は家の中へと入り込みます。

 蜘蛛の巣と埃と虫にまみれた家には子どもが住んでいました。

 おもちゃのトラックで遊びながら、きゃっきゃと笑っています。

「ここでひとりで何してるの、お父さんやお母さんは」

 訊ねると、彼は私の顔をじいっと見て、

「いい子して待ってれば、迎えに来てくれるんだよ」

 そう言って笑います。

 それじゃあ私も一緒に待つよ、と言うのですが、彼は頑なに断ります。

 ここに居ちゃだめ。と。

「どうして」

 私はしゃがみこんで、彼と視線を合わせようとします。

 だけど彼はトラックを持って家の奥へと逃げて行ってしまいます。

 私は追いかけて、台所の方へと向かいます。

 蛇の抜け殻が床に張り付き、ねずみがうろちょろしている台所で、彼はトラックをぶうーんと転がしています。

「ここでひとりぼっちで待ってるのは、寂しくないのかい」

 彼はトラックの動きを止めて、私の方を見ました。

 そしてくすりと笑います。

 まるでこの世の悲しみも喜びも全て見知ってしまっているかのような顔で。

 笑うのです。

「寂しいよ。だから、ここに来ちゃいけない」

 彼は私に歩み寄りながら。

 だんだん近付きながら。

「だから、戻らなきゃいけない」

 だんだん大きくなりながら。

 だんだん成長しながら。

「だから、いつまでもここに居ちゃいけない」

 だんだん自分の姿に近付きながら。

「いつまでも僕を引きずっていちゃいけないんだよ」

 はは、と、私を笑うのです。

 今の私を。

 まるでこの世の絶望も幸福も全て見知ってしまっているかのような顔で。

 笑うのです。








 目を覚ますと喉が渇いていて、ピンクグレープフルーツジュースが飲みたいと真っ先に思いました。

 右手には空になった薬瓶を握り締めていました。

 うっすらと目を開けると、そこはビルに囲われた大きな街のアパートの小さな小さな一室でした。

 頭がぼうっとしていて、痛みも苦しみも感知できないくらいの眠気とだるさの中で、携帯電話をまさぐって1を2回と9を押しました。

 山に囲われた小さな谷の、蜘蛛の巣と埃と虫にまみれた家には私が住んでいました。

 私は彼を殺そうとしました。

 だけど、失敗に終わりました。

 ピーポーピーポーと遠くから聞こえてくる中、再び目を閉じて私はあの家に戻ろうとしました。

 だけどどうしても戻れないのです。

 どうしても思い出せないのです。

 どうやったらあの家に行けるのか。

 どうやったら彼に会えるのか。

 どうやったら彼を助け出せるのか。







 私は涙が止まりませんでした。

 まるで幼い子どものように。

 声をあげて泣きました。

 泣きました。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 人間の暗い部分を探るような、しかも直接触れないように探るような内容で良かったと思います。 こういった作品は「Don`t think.feel」ってタイプの作品でしょうから、あまり多く感想は残…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ