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思いは消えて溶けた


 二人を見かけたのは偶然。


 ルイーズ様にしばらく会えないことを話しておこうと城にやってきた。回廊を歩いている時、ウィレム様を見つけた。嬉しくて彼の側に寄ろうとしたら、一人ではなかった。人気のない場所で、ウィレム様は誰かと一緒にいる。


 嫌な予感がしたがここで見ないふりをするわけにはいかない。


「奥様、どうしましたか?」


 侍女が足を止めたわたくしに声をかけてきた。その声に何と答えたかはわからない。


 ウィレム様があの子爵令嬢と一緒にいた。

 子爵令嬢が彼に縋るようにして何かを必死に訴えているが、ウィレム様は煩そうだ。ウィレム様が彼女を鬱陶しいと思っているのは確かだ。

 思わず笑みが浮かぶ。


「……やっぱり二人きりになれるように頑張らないと。きっとウィレム様も喜んでくれる」


 ウィレム様も彼女だけでない、沢山の勘違いした女たちに振り回されることなく穏やかに暮らしていける。


 だから早く実行しなくては。二人きりで過ごせる世界を作るには、お金も権力も必要だ。

 根回しをするために、急いでルイーズ様の部屋へと向かう。


 事前に面談の申し込みをしていたから、ルイーズ様の部屋へは誰にも止められることなくたどり着いた。


「ルイーズ様! お願いがあります!」

「マリエル? どうしたのよ」


 大きな声を張り上げて入っていったわたくしに、ルイーズ様は驚いた顔をする。わたくしはいつだって淑女の鑑であろうとしていたから、今の行動はややマナーに反する。


 でもそんなことはどうだっていい。

 とにかく、早く、早くしないと。


「王都の近郊にある離宮でこれから暮すことにしましたの。ですから、あそこの使用を許可していただきたいのですわ」

「突然、何なの? 確かにあの離宮は貴女のお母さまのものではあるけれど……」

「離宮はわたくしの好きにしてもいいとお母さまがおっしゃっていたのを思い出して。これからウィレム様と二人っきりで暮らしていきますわ」


 嬉しくてつい段取りを飛ばしてしまった。ルイーズ様が顔を強張らせた。だがすぐに表情を改め、優しいいつもの顔になる。


「少し落ち着きなさい。それでは事情が分からないわ」

「事情なんてどうでもいいのです。早くしていただかないと」

「わかった、わかったから。今、離宮の準備をお願いするからその間に説明してちょうだい。それぐらいならできるでしょう?」

「そうね、待っている間なら」


 今まで定期的に手入れをしていたと言っても、何年も封じられた離宮だ。護衛や管理の関係もあるのだろう。仕方がなしに、導かれるまま長椅子に座る。


 わたくしの隣にルイーズ様は腰を下ろすと、侍女にお茶を用意するように指示をした。


「貴女がそこまで興奮しているということは、嫌なことでもあったのね」

「いいえ? そうじゃないわ。わたくし、今まで自分が間違ったことをしていたと気が付いたのです」

「間違った?」

「ええ。我慢する必要なんてなかったのよ。わたくしの幸せはウィレム様と二人きりで過ごすこと。だから、ウィレム様をどこにも行けないようにして、離宮に二人で籠ってしまえばいいことに気が付きましたの。ああ、ついでに手足を拘束する枷を貸してもらえないかしら? そのうち手足は切ってしまおうと考えているけど、わたくしがするよりはお医者様の方がいいわよね? あら、でもやっぱりわたくしがした方がウィレム様は嬉しいかしら?」


 ルイーズ様が言葉に詰まった。どうしたのかと、首をかしげると彼女は優しく微笑んだ。


「マリエル、少し落ち着いて。まずは気持ちが高ぶっているようだからハーブティーを飲んでちょうだい。それからわたくしに貴女の計画について教えて」

「ええ、わかったわ。まずはお茶ね。どうしましょう。念のため、お医者様も手配して、あとは車椅子も欲しいかも。うーん、困ったわ。お願いしたいことがまだまだ出てきそう」


 機嫌よく話しながら、カップに手を伸ばす。用意されたお茶はいつもよりも濃い目のハーブティーだった。わたくしは話を聞いてもらうために、お茶を一気に飲み干した。










「マリエル」


 そっと名前を呼ばれた。うっすらと目を開ければ、ルイーズ様の心配そうな顔が見える。


「ルイーズ様?」

「気分はどう? 先ほど倒れてしまったのだけど……覚えている?」


 ぼんやりとした頭を抱えながら、上体を起こした。働かない頭でぐるりと部屋を見渡せば、ルイーズ様の私室だ。長椅子に寝かされていたようだ。


「わたくし、どうしたのかしら?」

「ほら、なんていったかしら。なんちゃって子爵令嬢。彼女の話をしていたら、急に顔色を悪くして倒れてしまって」


 ああ、そうだ。

 ちょっとルイーズ様に用事があって城に来たら、子爵令嬢と一緒にいるウィレム様を見かけてしまった。非常識な令嬢は必死な様子でウィレム様を引き留めていて、彼は不愉快そうにしていた。


 それだけで安心だったはずなのに、どういうわけか気持ちが高揚していて。

 すぐにでも行動に移さないとと焦ったのよ。


 あら、行動って何だったかしら?

 とても大切なことで、幸せになるためのものだったはず。


「……?」


 どうしたのかしら。

 胸の中にあったはずの何かがすっぽりとなくなっている。


「大丈夫? 倒れる前にもお茶を飲んだけど……もう少し飲む? 冷たいものの方がすっきりするかしら」

「何か大切なものを忘れていて……」

「大切なもの? どこかに落としたの?」


 ルイーズ様はよくわからないと言った様子で首を傾げた。


「よく思い出せないわ。何だったかしら」

「気持ちが不安定なのは妊娠しているから仕方がないことらしいわ」

「え? 妊娠?」


 予想外の言葉に固まった。ルイーズ様は呆れたようにため息をつく。


「先ほど侍医が診察してくれたの。貴女は倒れてしまったから色々と貴女の侍女に聞いて。状況から妊娠三ヶ月でしょうと。もしかして気が付かなかったの?」

「だって……」

「あの無礼者を気にし過ぎよ。ああ、ついでにあの女の城への立ち入りを禁止したわ。流石にあの態度はいただけないもの」


 立ち入り禁止と聞いて、ほっとするよりも戸惑った。


「そこまでしなくても」

「わたくしが嫌なの。貴女が傷つくところは見たくないわ」

「ありがとう」


 ルイーズ様の気持ちが嬉しくて思わず笑みを浮かべた。他愛もない話をしているうちに頭もはっきりしてきた。そして先ほどまで感じていた喪失感が徐々に薄れていく。


「ねえ、さっきみたいな気持ちは収まったの?」


 ルイーズ様が躊躇いがちに聞いてくる。さっきみたいな気持ち、と言われて首をかしげる。


「さっきの気持ち?」

「その、ウィレムとずっと一緒にいたいから動けないようにするとか、引きこもりたいとか」

「やだ、そんなことを言っていたの? 一緒にいたいとは思うけど、流石にそこまでは」

「そう、だったらいいの」


 どうやら興奮しすぎて、かなり過激な内容を口走っていたようだ。落ち着いた答えを返したわたくしに安心したようにルイーズ様が笑った。ノックの音がして、ルイーズ様が許可を出す。


 わたくしは新しく用意された冷たいお水をゆっくりと飲んだ。ハーブの入った冷たい水が喉を通り、すっきりとした気持ちにしていく。いつもよりも濃い味がするが、それもまた嫌ではなかった。


「マリエル」


 部屋に入ってきたのはウィレム様だった。彼は心配そうに顔を曇らせている。


「ウィレム様」

「倒れたと聞いて……大したことがなくてよかった」


 大股で近づいてきた彼は強い力でわたくしを抱きしめた。いつもと同じ安心する抱擁。そっと彼の背中に手を回す。


「心配かけてしまってごめんなさい。わたくし、妊娠しているみたいなの」

「妊娠?」

「全然気が付かなくて。もしかしたら、そのせいでいつもよりも不安に思ってしまったのかも」


 ウィレム様はぽかんとした顔をしてから、満面の笑みになった。


「子供ができたのか! ああ、こうしてはいられない。すぐにでも家に帰って休まなくては。医者も呼ばないと」

「妊娠は病気じゃないわよ。大げさすぎ」


 慌てふためくウィレム様を見てルイーズ様が水を差した。


「なんとでも言ってください。そうだ、ルイーズ殿下。迅速な対応、ありがとうございました」

「どういたしまして。マリエルはわたくしにとって心配が尽きない姉なの。仲良くやってちょうだい」


 ルイーズ様はウィレム様を力いっぱい押しのけると、わたくしをぎゅっと抱きしめた。ふわりと女性らしい香りがする。感情が高ぶり過ぎて、心配させてしまったと少しだけ反省した。


「あなたの時間を奪ってしまって、ごめんなさいね。これが最善だったの」

「……? 夜会の準備のお手伝いなら気にしなくてもいいのに」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。ほら、妊娠していると思っていなかったから……」


 どうやら倒れてしまったことで、気を使わせてしまったようだ。わたくしはにこりとほほ笑んだ。


「調子が良くなったらまた遊びに来るわね」

「ええ、いつでも来てちょうだい」


 ウィレム様に抱き上げられて、城を後にした。


Fin.


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