かんたん「なろう史 2009-2016」
この作品は「個人サイト影響論」「2ch系SS影響論」「Arcadia影響論」「にじファン影響論」などは含んでおりません。
- まえがき -
小説家になろうは2016年5月24日を境に、全くの別世界である。
それまで非常に人気の要素だった異世界転生・異世界転移は、「登録必須キーワード」と設定され、新たに作られた「異世界転生/転移ランキング」へと隔離。短期間のうちに勢力を大きく後退させていった。
本作で扱うのはなろうリニューアルの2009年9月から2016年5月までと、今や時代遅れとも言うべき「古い」テンプレの話だ。現在のなろうでの創作には役立つとも言い難い、ただの回顧のようなものである。
- 対象とする内容 -
下になろうにおける累計5位内作品の変遷を示す。
これを元に大きく3つの時期に分ける。
1.異世界転移の時期 (2009/09 - 2012/01)
2.ゲーム要素の時期 (2012/02 - 2013/10)
3.異世界転生の時期 (2013/11 - 2016/05)
この中で「異世界転生」については、その導入と初期の流行について個別に扱う(3-0,3-1)。
また累計ランキングは2013年11月以降非常に流動性を欠き、必ずしもその時期の人気要素を表せるものではなくなっていく。よって下に別のアプローチを示す。
これを元に2つの有力テンプレを個別に扱う。
3-2.集団転移 (2013年後半~)
3-3.悪役令嬢 (2014年後半~)
- 1.異世界転移の時期 -
表では赤色にあたるが概ね2011年の前半頃まで、なろうの累計上位はその殆どを異世界転移の作品が占めていた。最大の例外と言うべきは長期に渡って累計1位だった「魔法科高校の劣等生」の存在であるが、舞台としてもジャンルとしてもあまりに異質。全体の作風に対して影響するものではなかった。
この時期特に多かったのは「召喚」という語だったが、これは「迷い込み」や「トリップ」と併記している場合も多く、少し曖昧な意味合いを持つ。「世界に喚ばれた」とでも言うがごとく、異世界転移系全般を指す用語に近かった。
以下は主要な作品を挙げる。
「異界の魔術師」
リニューアル時点で完結済みだったこともあり、ポイント的に大きくは伸びなかったものの、2008年後半~2009年前半にかけて最も主要な作品にあたる。キーワードとしては「迷い込み」で、「絶対安心を軸とした最強モノ」である。
「黒い剣の異世界譚」
最初期約5ヶ月ほど累計1位、かつ劣等生に抜かれた後も2010年いっぱいは累計2位という代表的一作。「巻き込まれ」による召喚モノで「勇者」と、当時の基本的なテンプレの一角が窺える。
「へっぽこ鬼日記」
最高累計2位。あと数百ポイントと劣等生に最も肉薄した作品にあたる。初期の「勘違い」モノの代表的存在。ただその後のなろうで「憑依」という語はあまり流行らなかった。作者が削除されつつも書籍化した稀有な例。
「理想のヒモ生活」
長年トップを押さえていた劣等生を抜いて累計1位に至った作品。累計1位への在位約8ヶ月。召喚モノは戦闘面によりがちだったことを思うとやや異質。強いて言えば「ブラック企業」「内政」や現代日本の文物持ち込みあたりか。
なろう作品の書籍化ラッシュは2011年から始まると言われることが多いが、初期のそれは実質「アルファポリスランキング登録作品の書籍化」と「僅かな例外」(「ログホラ」はすでに書籍化作家、「劣等生」は大賞応募からの拾い上げ、「オバロ」は時期的に書籍化決めてからのなろう入り)と言うべきものであった。2012年9月に主婦の友社「ヒーロー文庫」が創設され、累計上位作品が次々と書籍化していったのは、「なろう人気作品」=「書籍化」という単純な図式がやっと整った出来事と言える。
- 2.ゲームの時期 -
前項で挙げた表では、概ね2011年の後半頃を起点に赤色から黄色へと劇的に変わっていった姿が目に入るかと思う。これは「ゲームキャラになって異世界へ」「転生したらゲームの世界だった」というように、ゲーム的な要素を前面に出した作品の急激な流行を示すものである。
背景としては好調な売れ行きを見せていた「ソードアート・オンライン」の存在が重要と思われる。2012年夏のアニメ化はなろうのゲーム系異世界作品においてもピークの時期と言える。
以下は主要な作品を挙げる。
「ログ・ホライズン」
特に初期の書籍化作品であり、なろう発最初のアニメ化作品。異世界召喚とはあるもののジャンルはSFで集団転移と、どちらかといえばVRゲーム系の要素が色濃くも感じる。
「リアデイルの大地にて」
VRゲーム系作品まで含めて「VRMMO」という単語を用いて初めてランキング上位まで上がってきた作品にあたる。「ゲームキャラになって異世界へ」というテンプレ構造普及の先駆者的存在と言うべきか。最高累計2位、かつ累計5位内への在位約22ヶ月。ゲーム系作品の流行の発生からブームの終息までを見てきた象徴的作品。
「- Arcana Online -」
最高累計2位。時代背景もあるだろうが、VRゲーム作品が累計の最上位層の一角まで至った稀有な例。
「この世界がゲームだと俺だけが知っている」
猫耳猫。それまで上位にいた作品に代わって台頭した、ゲームキャラとして異世界へ行く2013年の作品の代表。ゲームのステータスで活躍するという展開が多かった中、こちらはバグまみれのクソゲーと変わった一作。
「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」
内密。累計1位への在位約14ヶ月、かつ累計5位内への在位約56ヶ月。なろうの作風へ最大の影響を与えた存在とも思う。「ハーレム」という要素は昔から人気でありつつも、そうしたあらすじ・タグは累計上位では稀であり、間違っても累計1位に至るなんてことは無かった。
タイトルに押し出されている「奴隷」「ハーレム」がなろうで好まれる人気要素として定着し、拡大再生産されていくのを最も強力に推し進めただろう一作。そして「○○のゲームで使っていた能力だから使える」から「ゲーム的」なステータスで表現される異世界へという転換・普及者でもあり、ゲーム系に分類しつつもその後退の一因を内包していたように感じる一作。
- 3-0.異世界転生の導入 -
転生という要素は昔からそれなりの数がありつつも、累計上位層に食い込むと言うことは稀であった。一方で「書籍化」として見るとやたら強かったのも事実である。先の表で見ると2011年だけで4作と、異世界転移が圧倒的なランキングとは乖離した存在感も覗かせている。
召喚でも触れたがこの時期は転生という語の意味合いがかなり曖昧な所がある。例として「神様転生」という語は単純に語呂も良く、生まれ変わりを伴わずに転移系の一形態としてもよく使われていた。また「憑依」や「死んだと思ったらVRMMOの自キャラになってた」などは簡単に分類できるものでもない。
以下は主要な作品を挙げる。
「リセット」
なろう人気作の書籍化例としては最初期かつ好調に続刊した一作。神様転生。逆に言えばあまりにも早くに削除されてしまった一作でもあり、影響性は未知数。
「Knight's & Magic」
投稿開始は早いものの顕著な人気を博すのはかなり後になってから。異世界でロボットという稀有な作品。なろう転生モノ作品としてはアニメ化第一号となる。
「攻撃魔術の使えない魔術師」
上で挙げた「転生したらゲームの世界だった」という一作。「ナイツマ」にも見られるが「幼少期から魔法の鍛錬」という形式は、「無職転生」などにも通じる初期のテンプレの好例と言えよう。
「オレが異世界で獣とランペイジ」
最高累計2位。初期のなろうで唯一累計5位内まで上り詰めた転生作品にあたる。11月に更新停止しその後ダイジェスト化と、この頃の転生作品は判断に困るものも多い。
- 3-1.異世界転生の時期 -
こちらは「無職転生」連載開始直前の2012年11月からの表であり、上の方にあるのが累計上位10作品にあたる。ゲーム的要素を含んだ転移系作品が5作(一応ネクストライフは「転生」という語を使用)に、VRゲーム作品が2作とゲーム系作品の全盛期であった。
また2013年11月以降を「異世界転生の時期」と設定はしたものの、他の要素の台頭も著しく、転生が多数を占めるというわけでもない。
以下は主要な作品を挙げる。
「無職転生 - 異世界行ったら本気だす -」
累計1位への在位65ヶ月弱と、最も長期に渡ってその座を占めたなろうの代表的一作。作者曰く「テンプレ異世界転生チーレム物」だが、なろうで長く異世界転生作品が隆盛を見せた最大の要因であることもまた間違いないだろう。
正直これ以降名前を挙げる作品は大体の人が読んでいるだろうから、特別何か語る必要性を感じない。
「転生したらスライムだった件」
現在の累計1位であり、なろうの顔と言うべき一作。一応人外転生系とゲーム的ステータスの系譜になるか。順位の動きを見ていくとコミカライズ成功の影響の大きさが窺える。
「八男って、それはないでしょう! 」
累計5位内への在位約51ヶ月と、転生系の代表的一作。作者はかつてゼロ魔二次創作でにじファン累計1位にもなっており、崩壊期に一次創作へ軸足を移した最大の成功例とも言えようか。
「蜘蛛ですが、なにか?」
2015年ともなると必要ポイントも膨大な中で、急激に順位を伸ばし一気に10位内に割り込んだ一作。人外転生でゲーム的ステータスで集団転移と、なろう人気要素のキメラ的存在。
- 3-2.集団転移 -
主人公が「勇者」で「召喚」というのは昔の主要なテンプレの一角だったものの、2012年以降はゲーム系作品に押されてかなりの後退を見せていた。2013年後半頃からの集団転移作品の増加は、新たなテンプレが再構築されて復興していく過程と言える。ここでは扱わないものの、単独転移系も含めて召喚モノ全般が再度の増加を見せていく時期。
以下は主要な作品を挙げる。
「盾の勇者の成り上がり」
後退気味だった「勇者」というテンプレの中興の祖。集団で召喚されて1人だけ扱いが悪い、というようなテンプレの普及と定着への影響は大きい。
「ありふれた職業で世界最強」
数人の召喚から更に一歩踏み込んで「クラス転移」になさしめ、新たなテンプレとして普及させた一作。固まり切った累計上位の中でも徐々に順位を上げていき累計2位まで至る。メディアミックスで累計順位が激変する近年のなろうだが、やはりそれ以上に更新は正義。
- 3-3.悪役令嬢 -
2014年後半頃から大きな流行を見せた要素が「悪役令嬢」であり、この時期に「乙女ゲー」テンプレと合流、「乙女ゲーの悪役令嬢」とでも言うべきほぼ同一の存在となる。ランキング上位の9割を男性主人公作品が占めた当時のなろうにおいて、際立った存在感を見せつけた。
以下は主要な作品を挙げる。
「謙虚、堅実をモットーに生きております!」
累計2位への在位約38ヶ月、かつ累計5位内への在位約59ヶ月。舞台が現代で、女性主人公で、バトルやファンタジー要素無しと、なろう史を振り返る中で極めて異質な存在。
乙女ゲーではなく少女漫画で、悪役令嬢ではなく悪役お嬢様。
「乙女ゲーの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった……」
野猿、はめふら。なろう悪役令嬢モノでアニメ化第一号。多分今の人に悪役令嬢系の代表的作品を聞いたらこっちが上がると思う。
- あとがき -
以上がとにかく簡素化を目指してみた「なろう史」である。資料制約上どうしても「累計ランキング」や「書籍化」に頼りがちであったが、これらは間違いなく当時の人達多数の支持を取り付けていた指標である。単に「それ以前にも○○があった」という以上に、テンプレの形成とその流行を見ていく上では重要なものかと思う。
当時そこにいた人達からすれば「説明不足が過ぎる」「もっとあの作品が」という思いも強いだろうが、個人的にどうにも説明が冗長になりがちなのでばっさりカットした感じだ。それでもこれらは「なろうテンプレを作ってきた作品達」とも言うべき代表的存在ということには疑いなく、機会があれば是非読んでみてほしい。