はじまりは夕暮れ
手を握った感覚は今も覚えているし、あの時の事だって、今も……ちゃんと鮮明に思い出す。
これは、ある日の夕暮れの教室の話。
俺の名前は杉田球児、高校2年生のサッカー部だ。
ポジションはフォワード。
いわゆる、点取り屋とか、ストライカー……あ、とりあえず、エースストライカー……ではないかな。
ホームルームで配られた三者面談のプリントを、教室の机に入れっぱなしなのを思い出し、どうにも、いま取りに戻らないと、忘れそうだったので、練習を切り上げて教室にプリントを取りに戻った。
教室の扉を勢いよくあけると……。
「うわっ!」
俺は教室の窓側に立つ人影を見て、思わず、声を出して驚いてしまった。
まさか、教室に誰かいるとは予想もしてなかった……。
窓側に立つ人影は、俺の声に驚く様子も見せず、少しだけこちらに振り返ると、再び窓の外を見る。
明らかに気まずい雰囲気に、俺は思わず謝っていた。
「あ、なんか……悪ぃ」
「……………」
返事はない。
コイツの名前は富岡圭……あだ名は、特にない。
たぶん……ない。ってか、友達とかもいないと思う。同じクラスなわけだが、そもそも会話した記憶もない。
俺は自分の席まで移動して、机に手をツッコミ、プリントを掴む。
そのまま黙って教室を出れば、それで終わりだったのだが、外を見ている富岡が、なんとなく気になり、少し声をかけてみることにした。
「なんか見えんの?外……」
「………………」
「と、富岡?聞いてる?」
「え?あ、ボク?」
「あぁ……ってか、教室に、俺らしかいないし」
「あ、そっか。そうだよね」
「……で、何か見えんの?」
「うん」
それだけ言うと富岡は、また窓の外を見る。
全然、話が続かない!
俺は、この空気に我慢できず、富岡の隣に移動して窓から外を見た。
「で、どこ見てるの?」
「グラウンド」
「グラウンドって、サッカー部?」
「うん。それもある」
「それも?」
「……うん」
そう言えば、富岡は体育の授業は絶対に休んでた。
身体とか悪いんだと勝手に思ってたけど、どうなんだろ?
「……んーー……なぁ。富岡ってさ、体育でてないじゃん。あれって何なの?」
「え、あ、うん。……ちょっと、昔から心臓が弱くて、少しの運動もダメなんだよね。ちょっとした動きでも、何か苦しくなったりしてさ」
「ほーーー。あーーーそ、そ、そっか……」
しまった!
確実に、余計な事を聞いてしまった!
何やってんだ俺!
あれか、話題だ!話題を変えよう!……えっと、何だ?
肌白いよね……とか。富岡ってさ、細いよな!とか……酷い……酷すぎる。
思わず、ため息が出る。
「はぁ……」
「……そっちは部活、楽しそうだよね」
「え、あぁ。楽しいよ。……ってか、球児な。杉田球児」
「え?」
「いや、『そっちは』って言うから、俺の名前覚えてないのかなって」
「あ……いや、なんて呼んで良いか……わからなくて」
「そっか。じゃぁ、球児でいいよ」
「え、あ……うん。ありがとう……杉田くん」
「いや。苗字じゃん……ははは……まぁ、俺も、富岡って呼んで、正解か自信なかったし、似たようなもんか。」
「うん」
「……興味あるの?スポーツ」
「……うん。興味はある。みんなでさ、グラウンドを走るのって、どんな気持ちなのかなって、そう思いながら、毎日ここから見てるんだ」
「なるほど!だから、『それもある』なのか」
「うん。……あ、そこ……気にしてたんだ」
「気にしてたよ」
「でも、サッカーも好きだよ。テレビで見る様になったし、雑誌とかも読むよ。……あ、立ち読みだけど」
「ははは。富岡も立ち読みとかするのな」
「するよ……本当は買いたいけど……お金……ないし、あ!でも気になってる選手が表紙だと買っちゃう!うん!買っちゃう!」
「ふーん。そっか」
富岡って、意外と喋るヤツなんだな。
いや、違うか、こっちが話してないだけで、勝手に『暗いヤツ』って決めて、話しかける事すらしてなかったのか……。
同じクラスなのに、何やってんだろ俺……。
「……あのさ。富岡。また話そうよ。」
「え?……いいの?」
「当たり前じゃん!同じクラスなんだし。サッカーの話しようぜ!」
「うん……」
「……イキナリは難しいか……ははは」
「……そうだね」
ここで、互いに言葉が詰まった。
でも俺は何か、これで終わりにしちゃいけない気がして、ここで終わりにしたら、結局また話さなくなりそうで、何か話題を探した。
ふと気付くと、教室の中が夕日で茜色に染まっていた。
「うぉ!こんなに夕焼けで、教室が赤くなるんだ」
「……うん。そうだよ」
「やっば!全然知らなかった」
「じゃぁ……あっちを見てよ」
「あっち?」
「ほら、もうすぐ、山に日が沈むんだ。徐々に山もシルエットだけになる……そして、陽がゆっくりと沈みながら、空の赤が徐々に夜の色に変わる」
「なんだ……すげぇ」
「ここの教室は良く見える。屋上の方が良い景色かもだけど……自由に出入りできないし……」
「すげぇな!これは、グラウンドじゃ気付かねぇわ!」
「臨場感……あった?」
「あった!いや、これすげぇわ!」
「何回、『すげぇ』って言うんだよ」
「え?あ……確かに、すげぇ言ってる気がする」
「うん。『すげぇ』を『すげぇ』言ってるよ」
「ははは。ひでぇな」
「語彙力」
「うるせー」
それから、二人で陽が落ちるのを見届けて、グラウンドには照明が灯る。
「こんな日を、ときどき過ごしてるんだ」
「そっか……あのさ……」
「なに?」
「サッカー好きだろ?」
「え、あ………うん」
「マネージャーとかならどうかな?」
「え!?……いや、ボク……男子だし」
「それは知ってる!いやいや、男子でもマネージャーってあるんだって」
「そうなの?」
「だから、サッカー部のマネージャーやろうよ!」
「……え、あ、でも」
「顧問とかへの説明は俺がする!やれる事をやればいいじゃん!」
「でも」
「そしたら、また話せるじゃん」
「でも……」
「毎週、サッカー雑誌、読み放題だぞ!」
「……うう……」
「それと……」
「それと?」
「それと……グラウンドで、サッカー見た方が『すげぇ』ぞ」
「臨場感?」
「それ」
「じゃぁ……前向きに考えておくよ」
「いや、今から行くぞ」
「えぇぇ!?」
「善は急げって言うし、こう言うのは、瞬間で決めないと」
「杉田くんのプレイスタイルみたいに?」
「あ!?……なんだよ!ちゃんと、見てるじゃんか!」
「あ、いや、あ………つい」
「よし!来い!それと、かなりの時間サボったからな。言い訳に使う!」
「え、それ、酷くない?」
「酷くない!行くぜ!マネージャー!」
「………うん!」
俺は富岡の手を握り、二人でグラウンドへ向かった……富岡が辛くない様に、だけど、ちょっと速足で……。
何気ない学校生活、なんだかんだで、自分の事ばっかりだ。
クラスの友達は気付いたら出来てるけど、そのキッカケを覚えてる事って滅多にない。
この日、俺には大切な友人ができた気がした。
……いや、大切な友人ができたんだ。
―――だから、だから……
「……だから、戻ってこい!戻ってこいよ!圭!」
心電図の音が、定期的に聞こえる部屋で、俺は何度も何度も富岡圭に呼びかけた。
ちゃんと、この声は届くのか……気持ちをどれだけ込めたら、届くのか、そんな事ばかり考えてたら、いつの間にか、初めて喋った時を思い出していた。
「戻って来い……俺はもっと、お前に、お前にすげぇ世界を見せてやるんだ……」
声よ届け、気持ちよ届け。
目の前にいる圭に―――お願いだから、届いてくれ。
「あ……」
「圭!」
「……球児……あ……そっか……ボク……」
「寝すぎだ。アホ」
「ごめん……杉田くん」
「なんだよ!久しぶりに、苗字で呼ぶなって」
「ははは……懐かしいね。初めて話した時みたい……」
「え?あぁ。そうだな。懐かしいな……『と・み・お・か』」
「あーーー。マネしないでよ。……それと、ただいま。球児」
「あぁ。おかえり。圭。」
病室に入り込む夕日の茜色は、まるであの頃の様に、俺たちを照らしていた。
おわり。
最後まで読んで頂き、有難うございました。
『友達になったキッカケって覚えてますか?』
今回の話は、そこから広げたショートストーリーでした。
とくに学生の時って、いつの間にか仲良くなってる人って、わりといますよね。
昔は何人友達いたんだろなぁ。『友達100人できるかな?』みたいな言葉があったけど、実際何人だったんだろね。
この話を書きながら、ウチはいろんな友達を思い出しました。
……とは言え、大半が音信不通ですけど。
あ……そう思ったら、実際……何人友達いたか不安になってきたから、考えるのをやめよう。
そんな感じで、一先ず1作目を読んで頂き、誠にありがとーでした。
評価して頂けますと励みになりますので、よろしくお願い致します。