公爵令嬢は困惑した
去年の冬コミに出した読み切りを、ちょこっと弄ったバージョンです。
1万字ちょいなので、暇潰しに丁度良いと思いますよ。
「何でいじめに来ないのよ!?」
「は?」
公爵令嬢は困惑した。
「変態ですか?怖いので近付かないでいただきたいのですが」
私はブリジット・ニュートン。
日本という異世界の前世の記憶を持って生まれ変わった以外、特に変わったところも無い標準的な貴族の娘である。
父親はニュートン公爵。つまり前述の公爵令嬢とは私の事だ。
え?公爵って時点で大貴族だから普通じゃない?
普通の基準なんてものは人それぞれだから、私にとってはこれが普通で良いのだよ。
「変態じゃ無いわよ!」
目の前の髪の毛ピンクで黙って立っていれば優しげかつ可愛らしい容姿の娘がうが~って感じに声を上げる。アポ無しで人の部屋に押しかけて来ておいて、随分と騒がしい事だ。
割と有名人で、学園内でも噂になるくらい可愛い娘なのに、勿体無いなぁと思う。
名前は確かフローラ……フローラ・フック。身分は男爵令嬢だった筈。
私は公爵令嬢なのでかなりの身分差があり、普通はこんな無礼な態度をとられたりはしない筈なのだけれども……フリーダムな娘さんだなぁと思う。
「いきなりいじめてくれとか言い出す人は、常識的な価値観に当てはめ客観的に評価すると変態の枠内に入ると思いますわよ。具体的にいうと被虐性癖……」
「違う!ズバリ聞くけど、貴方は日本人の転生者ね!?」
私を指差しながら、ピンク色の小さくて可愛い生き物がドヤ顔で鼻の穴拡げでヒクヒクさせながらそう言い放った。
可愛い顔なのだから、そういう表情はやめた方が良いのではなかろうか?
それは兎に角として、よく分からないが正体を看破されてしまったようだ。
「ほほう……私は草むらから躍り出て来た虎でも無いのに、よく転生者であると気付きましたわね?」
「貴方がポエムを吟じる虎だったら、流石に生身では会わないと思うわ、怖いし」
虎にいきなり貴方転生者ねとか言って、違ったら丸齧りされてしまうよね。
でも男爵令嬢から見る公爵令嬢だって、似たようなものだと思うのだけれども。
江戸時代で例えると私は大名の姫で、この娘は数百石の知行地持ってる旗本の娘。
『頭が高い、控え居ろう!』というやつだ、言わないけど。
「断罪されて追放されるのが嫌なんだろうけど、何とかそっちは避けられるように取り計らうから。私とエゼルレッド様との仲を進展させられるように、きちんといじめなさいよ」
「はあ……?」
エゼルレッドというのは、今生における私の婚約者にして王太子の事だ。
噂によれば知勇に優れ、輝かんばかりの美貌の持ち主……らしい。
同じクラスでかつ何回か会った事があるけど全然興味無いので薄らぼんやりとしか覚えていないが、確かに顔は良かったような記憶がある。
断罪……いったい何の事なのであろうか?
「ええと……エゼルレッド様と結婚したいのであれば、お好きになされば良いのでは?」
何故に私が殆ど見ず知らずの2人の仲に関わらねばならないのか?
いやまあ、片方は私の婚約者だけれどもね。
8歳の頃に婚約が決まって、会って開口一番に『親同士の決めた婚姻などくだらない。私は私の愛する人と結婚するのだ!そなたとはその時に婚約破棄する』と、もっともな事を言われたので『それは良い考えだと思います』と意気投合して家に帰って以来、それぞれ別の道を歩んでいるのだが今だに運命の人に出逢わないのか、いつまで経っても婚約破棄通知が来ない。
そろそろきちんと好きな相手を決めて『御健康と御多幸をお祈り申し上げます』と送ってきてくれないと本当に結婚する事になってしまうのだから、とっとと好きな人を見つけて欲しいものなのだけれども。
王太子なんて相手はよりどりみどりだろうに何をグズグズしているのだろう、良い歳こいていまだに恋に夢見るピュア野郎なのだろうか。
いやまあ、16歳だと恋に夢見るピュアな男子で正解なのかな……?どうでも良いけど。
「あーもう、貴方だって『ドキドキ☆イケメン恋のパラダイス王国』のプレイヤーなんだからわかってるでしょ!?」
「何ですか、そのセンス壊滅系クソダサタイトルは?」
「えっ?」
私達は首を傾げながら見つめ合う。たぶん何かのタイトルだとは思うのだけどダサ過ぎる。
考えたコピーライターは第5宇宙速度で地球から放逐した方が良いと思う。
「えーと、乙女ゲームなんだけど?」
「あー、女の子がやるギャルゲーみたいなやつ……」
乙女ゲームというのは女性向けのイケメンがいっぱい出てくるゲームで、かつ野郎同士がくんずほぐれつ掘ったり掘られたりしない方のゲーム……だった筈。
私の前世はくたびれたサラリーマンなので、サッパリわからない。乙女ゲームどころかギャルゲーすらもあまりやった事無いし。
「まさかと思いますが、ここはそのゲームの世界に酷似しているとか、そういうお話ですの?」
「まさかとは思うけど、本当に知らないの?大ヒットゲームなんだけど」
「正直なところ、全く知りませんわね……」
そんなクソダサタイトルで大ヒットしたって事は、内容がかなり良かったのかな?知らないけど。
「えー?じゃあ、貴方の知ってるゲームって、どういうの?」
「ブルーブラッド・オブ・クルセイダーとか……」
前世の寿命が尽きる少し前までやってたゲームのタイトルを思い出して告げてみたが、案の定知らんというような顔をされた。
「全然知らない……」
「大丈夫です。世界的小ヒット戦略シミュレーションゲームですから、知らなくても当然かと思われます」
「世界的小ヒットってどういう事よ?」
「世界的にそこそこ売れたのですよ。少々マニアックなゲームでしたし」
中世~近世の貴族になって欧州制覇を目指したりも出来るし、ひたすら弱小貴族の悲哀に満ちたプレイも出来るという自由度が高いのだか低いのだかよく分からないマニアックな御家存続ゲームなんて知らない人が多くて当然だと思う。
私は面白かったけど、人を選びまくるゲームだったのは確かだ。
「……ちょっとズレた人だっていうのはわかったわ」
え?私が不思議ちゃん扱いなのこれ?
いきなり人を指差して『何でいじめないのよ?』とか尋ねてくる不思議な娘にそう思われるとか辛いのだけれども。
「貴方はね。ゲームだと典型的な高飛車お嬢様で、ヒロインである私が攻略キャラのエゼルレッド様に近づくのに嫉妬して色々な嫌がらせをしてくるのよ」
「あー……なるほど、私は転生者では無い場合、そういう行動をとる人間なのですね」
私は王太子と意気投合して婚約破棄を前提に希薄なお付き合いさせて頂いているが、彼女の話を聞いた限り中が転生者では無い場合は、彼に惚れたのか相手の趣味などお構い無しにアタックかけるようだ。
自分を好きな相手にさせてやるって感じだろうか、我ながら情熱的な事だがストーリー上婚約破棄されているわけで無駄な努力でしか無かったっぽい。
しかしアレだ。何で自分の顔つきはこんなに気が強そうなのだろうかと不思議で仕方が無かったのだけれども、なるほど高笑いのよく似合う高飛車なライバルキャラであったというなら理解できる顔だ。
今生で高笑いなど一度もしたことは無いが、言われてみればやったら似合いそうな気はする。
ちょっと鏡の前で練習してみようかな?似合いそうだし、何かの機会で使うかもしれない。
「だからヒロインに転生した私は、折角だから玉の輿狙う為にエゼルレッド様にアタックかけたのに、貴方が嫌がらせしてこないせいか話が全然進展しないのよ!
ゲームのシナリオに従って話しかけてるのに『いや私には大事な婚約者が居てな……』とか、やんわりと断って来るし、貴方はエゼルレッド様にアタックかけるどころか空気扱いしてるし何なのよ!」
「……何で私をダシに避けているのですかね、あの人は?」
せっかく運命の相手が現れたっぽいのに、何で逃げているのだか。
いやしかし、これは丁度良いチャンスと言えるだろう。
「知らないわよ、何とかならないの?」
「埒が明かないので、直接聞きに行きましょう」
折角フラグがあるのに王太子が折っているなら、取り敢えず折れたフラグを拾い上げて思い切り頭にブッスリと突き刺せば何とかなるような気がする。
うんうん、それが良い。引導を渡そう、そうしよう。
「え……?これから?」
「訪問の先触れは出しますわよ?さらさらさらりと」
そこは流石に貴族の淑女の嗜みというやつである。
先触れの手紙として『これからそっち行くから、居ないなら居ないって言え』という内容のを季節の挨拶やら神への感謝やら即興ポエムやらを修飾として織り交ぜてさらさらと。
え?居なかったら居ないと言えないじゃないか?留守番の使用人が居ないって教えてくれるから問題無いよ。
ちなみに目の前のブリジットは先触れも寄越さずにやって来たけど、私はそんなもの気にしないフランクな令嬢だから別に良いのだ。
私みたいに無駄に目力強い人間が公爵令嬢ともなると、怖がって遊びにすら来ないからね。普通は。
要するにぼっちなので、何時でもウェルカム状態。
「封筒に入れて、封蝋をポタリ、ハンコをポン……で、出来上がり」
ぼっち?ぼっちだよ、この学院に入学した直後の頃に何か私とお近づきになりたがってそうな娘達が居たので、『貴方達が、私のお友達になって下さるのかしら?』って聞きつつ、友好を示す為に微笑んだのだ……にもかかわらずビビって逃げて行ったのは苦い思い出。
思い返してみると『笑顔とはもともと威嚇云々~』という言葉もあるくらいだし、ひょっとして威嚇しているように見えたのであろうか?
無駄に目つきがきつい上にアイメイクで迫力マシマシなのが多分よくない。
自分自身『何だこの悪の帝国の女王みたいな顔は』とか思った事はあるくらいだし。
「誰か!?誰かある!」
「……こちらに」
隣の使用人部屋に控えていたメイドが静かに現れた。
マーガレット・クラークという娘で、うちの家臣クラーク男爵の令嬢でもある。
ブリジットと同じ男爵令嬢だけど、侯爵の臣下で陪臣のクラーク家よりも王の直臣であるフック家の方が格上だよ、一応ね。
「使用人居たの?」
「そりゃまあ、公爵令嬢ですもの」
ぎょっとした表情でブリジットが私を見る。
私にタメ口利いてるブリジットを、マーガレットが怒りに燃える目で睨んでるしね、しょうがないね。
マーガレットから見ればブリジットは『男爵家の分際で主家にタメ口利いている無礼者』だものね……私は気にしないのだけど、周りが勝手に気にする。忖度というやつである。
『お嬢様は見た目に反してガードが緩過ぎます』とか、多分この後で怒られる。
見た目が怖いのに、性格がのほほんとしていて済まない。
「マーガレット、これをエルドレッド様に届けてちょうだい」
「エゼルレッド様です」
「じゃあそれに」
エゼルレッドとエルドレッド。時々間違えるのよね。
紛らわしいから似たような響きの名前を作らないでほしい。
「先触れって、すぐに返答来るものなの?」
「同じ学園内ですもの。いらっしゃらなかったら、すぐにわかりますわ」
私から手紙を受け取ったマーガレットはすたすたと出かけていき……数分後に戻ってきた。
どう考えても10分も経過していない。
全力ダッシュで行ったならわからなくも無いけど、息が切れた様子も無い。
うちのメイドはひょっとして超人なのだろうか?
「…いくら何でも早過ぎるのではないかしら?」
「お嬢様は興味が無いのでチェックされていなかったかと思われますが、エゼルレッド殿下の部屋は隣で御座います」
そういえば寮の部屋から出た際に、何度か顔を合わせた事が有るような、無いような?
そうか、アレは部屋が隣同士だったせいなのか、知らなかった。
まあそれは良いのだ。驚くべき新事実だったけれども、私が無関心だったツケでしかない……それよりもだ。
「やあ、ブリジット」
「何故、その御方が?」
輝くようなイケメンが、マーガレットの後ろからにゅっと出て来てしまったのである。
いくら普段無関心な私でも、見れば流石に思い出す見た目。
この国の王太子であるエゼルレッド殿下である。
「会いたいだなんて、君からあまりにも珍し過ぎる先触れを貰ったものだから、僕の方から来てみたよ」
王太子は何故だか心底嬉しそうにそう言って微笑む。
いつもの美貌も数割増しで、なんか魅了ビームすら出てる感じがある。
初対面だったら一目惚れしてたかもしれないが、初対面では無いので惚れない。
「はあ……」
私は正直、困惑を隠せない。
何故に王太子は私をこんなに嬉しそうに見ているのか。8歳の時の『お前と結婚する気は無い!』と、可愛い顔に半ギレで言い放った時の勢いを思い出して欲しい。
「私の婚約者を漸く受け入れてくれる気になったのかい?」
「は?」
公爵令嬢は困惑した。
今日2度目である。ひょっとして、そういう日なのだろうか?
「ああ、やはり違うか」
「びっくりさせないで欲しいものですわ」
急に何を言い出すのか。
幼い頃に交わした約束を反故にしようだなんて、そんな不義理はよして欲しいものだ。
え?幼い頃に交わした約束ってもっと初恋チックでロマンチックなのが普通じゃあないか?
色気ゼロでも、幼い頃に交わした約束は、幼い頃に交わした約束だよ。
「私達が婚約してから、そろそろ8年が経ちますわ」
「そうだね」
「つまり殿下が私に対して将来の婚約破棄を宣言してから8年も経っているわけです」
「好きな人が見つかったら……という条件付きだけれどもね」
んー?つまり何かね?殿下はこの見た目であらせられながら、好きな人の一人も見つからないと。
……ひょっとして、凄い奥手とかそういう人なのだろうか?モテるくせに。
まあそういう事なら丁度良かった。
「成程、そういう事でしたら丁度良かったですわ。
殿下と恋に落ちそうな素敵なお嬢さんを見つけましたの」
「はい?」
殿下が困惑した表情で首を傾げている。
よーし、こっちの方は困惑をお返しできた。
「フローラ・フック男爵令嬢ですわ」
「ど、ど、どうも……フヒ、フヒヒ」
折角、御膳立てしたというのに、フローラは引き攣った表情でキモい笑顔を浮かべ軽く頭を下げた。
いやいやいや、男爵家の娘なのだからカーテシーくらいは出来るよね、何やっちゃってるのこの娘。
あと顔が可愛いのに笑顔が引き攣っていて絶妙にキモい。残念な娘さんだ……。
「…どうしたんですの?殿下に挨拶をきちんとなさって?」
「い、いやね、私ね。実は前世でも殆ど男の人と話した事無くてね。ぶっちゃけ乙女ゲームくらいでしか男性経験無いんだよね……」
なんですと?
「貴方もけっこう男性から話しかけられていたような気がするのですが?」
この娘、礼儀は残念だけど見た目は凄く麗しいし身分も男爵令嬢と割と気安く話しかけられるものなので、結構声をかけられていたような気がしたのだけれども。
私なんか公爵令嬢な上に目つきがきつくて、しかも名目上は王太子の婚約者なせいで近寄っても若い男はサササッと逃げていくよ。
夜会ではいつもそこらへんのオッサンと、領地経営とかの乙女とは言い難い話題の話をしてる始末だよ。
異世界で貴族の女性に転生したのに、この地味な生き様は何なのか。
それもこれも、さっさと婚約破棄しないそこのイケメンのせいである。おのれ。
「話しかけられるのは何とか適当に答えて逃げられるんだけど、話しかけた事が無いのよ」
「適当に答えて逃げてるからそうなるのですよ」
折角なのだから喋る訓練をしておけば良いものを、逃げる訓練だけしていたようだ。
「ヘタレ……」
「私にだけわかるように、日本語で言ったわね畜生」
これだけ可愛くても喋ったらキモいのでは、そりゃ逃げられるよねとしか言いようが無い。
貴族同士において、挨拶による印象というのはとても大事なのだ。古事記にもそう書いてある。
まして相手は私以外の女の子が、ひっきりなしにお近づきになろうとするイケメン王太子である。
目はとても肥えているわけで、そんな人の所にキモい笑顔でたどたどしく挨拶する娘がアタックかけても逃げられる。当たり前である。
情報を総合して考えると、この娘が陰キャなのが悪いのであって、たぶん私がいじめなかったせいではない。私は無罪だった。
「え……この子が?」
「ほほ…ほほほほほ……恥ずかしがり屋さんなんですのよ?」
こんな微妙な娘を紹介されて、流石のイケメン王太子も困惑気味に私を見ているではないか。
私の信用にまで傷がついたよコンチクショー。
でもまあ、王太子の私に対する信用とか有って無きが如しだろうから、まあ良いのかな?
いや良くない。婚約破棄後の私のキャリアに関わるかもしれない。
「まず、顔が良いですわ。王太子妃として見た目はとても重要。
その点、彼女は合格点と思われます」
「確かに私に話しかける時以外はキモ……もとい、緊張した表情で無いせいか、麗しいとは思うけれども」
おおうメインヒロイン。君イケメンからキモいと思われてるよ、ヤバいよ、印象最悪だよ。
何でキモい対応しか出来ないのに、私に先に相談に来なかったんだよ。
いやまあ無理だけど、無理だけど!来いよ!
「見た目の麗しさで言えばブリジット、君も相当なものだと思うけれどもね」
「はあ……それは存じておりますが、それが何か?」
目つきこそあまり良くないものの、全体としてはかなり整った見た目な自覚はある。
毎日使用人にきちんと整えて貰っているので、自分の見た目に関しては客観的評価で綺麗だなーと思っている。
とはいえ16歳という年齢相応に可愛くなるのではなく、目つきのせいか矢鱈迫力のある美人になるのをちょっと気にしてはいるが。
16歳で『ザ・悪の女帝』みたいな服が似合う見た目なのは、本当に何というか……贅沢なのだけど、何とかならないものかとは思っている。
そういうキッツいのが似合うようになるのは、あと10年くらいしてからで良いと思うのだ。
「うわ、己の見た目に自信満々ね……」
「ええ、使用人達には日々感謝しておりますわ」
フローラに若干引かれた視線で見られたけど、こればかりは引けないので堂々と頷く。
何故ならば、この見た目は使用人あってこそなのだから。
私単独でこれほど綺麗になるのは絶対無理だ。無理というか、前世で化粧とかやった事無いし。
そんな私を使用人たちは毎日洗って整え、化粧を施して綺麗に加工してくれているのだ。
もしも使用人達が居なければたちどころに加工は解け、半月と経たずに目つきの悪いメスゴリラが爆誕である。
彼女たちにはただただ感謝しかないので、季節ごとの贈り物は欠かさないようにしている。
「私の事は置いておいて、フローラの紹介を続けますわよ」
「うーん。ここまでサラッと流されるとは思わなかったよ」
王太子はちょっと困ったような表情を浮かべた。うーむ、気分を害してしまっただろうか?
好かれるつもりは無いけど、嫌われるつもりも無いのだけれども。少しくらい喜んでおくべきだった?
だけど私は貴族の娘で、何れにせよ誰かと結婚する必要があって、そしてこの王太子がいかにイケメンであろうが婚約破棄予定者なので、称賛されても喜ぶべき理由が特に無いのだよね。実にロジカル。
「わざとらしく喜ぶのも失礼かなと思いましたもので」
「……実に君らしい態度だね」
なんか納得されてしまった。
後、実に私らしいとか言われても、そこまで仲良く無い筈なのだけれども、はて?
ひょっとして、そういう淡白な受け答えをする娘だという噂にでもなっているのだろうか?
ちょっとまずい。不愛想過ぎるとお父様に怒られかねない。今後はもう少し愛想よくしよう。
「話は戻しますが、フローラの笑顔がキモいのは訓練で何とかなりますわ。
きちんと綺麗な作り笑顔が出来るようにしておけば、キモい笑顔は殿下だけのものです」
「容赦無く笑顔がキモいって言われた!?」
フローラがショックを受けた顔してるけど、よくぞその超絶可愛い顔でそこまでキモい表情浮かべられたなってくらいキモかったからね、仕方ないね。
まさに顔芸。表情筋が仕事をし過ぎていたと思う。
「いや……キモい笑顔は要らないんだけど」
王太子が何か言ってるけど、自然な笑顔がキモいのはどうしようも無いと思う。
キモい笑顔を見ながら爽やかに微笑んで『自然な笑顔の君が好きだよ』とか、ロマンチックに言ってあげて欲しい。
王太子たるもの、その程度の度量は必要だと思う。
「とにかく顔は良いですし、家柄が微妙な点については、お父様と養子縁組でもして私の妹という形にでもでっち上げてしまえば何とかなりますわ。
そうすれば、王家と当家の婚姻という形は変わりませんし」
いわゆる養子縁組で家格を無理矢理上げるという手法である。
昔の日本とかではよくやっていた手法だけれども、この世界でも出来ないことはない。
「うーむ……これは僕からハッキリと言わなければいけないのだろうか?」
私の提案を聞いた王太子は、何やら思案中の様子。
中身に残念な生き物が入ってしまっているけど、肉体は元々のヒロインだから頑張れば何とかなるよね。
さて、どういう風に育成してくれようか?
取り敢えず速成で作法云々の表面でっち上げて、内面はじっくり数年かけて……。
「……僕の好きな人はね、君なんだよブリジット」
「は?」
公爵令嬢は困惑した。今日3度目だ。
今、何とおっしゃったのか、この王太子は?
「えええっ!?」
ワンテンポ遅れてフローラも驚愕している。
いや驚くよね、何で私が婚約破棄予定者に告白されなければいけないのか。
訳が分からない。
「仰っている事の意味が、よくわかりませんが?」
「僕が好きな人はね、君だと言ったんだよブリジット」
なんかスッキリしたかのようなキラキラ笑顔で、王太子が私に微笑みかけてきた。
十人の娘が見れば全員が恋に落ちそうな魅力的な笑顔だが正直、私の場合は困惑しかない。
王太子が私に惚れているなんて話、聞いた事も無いのだけれども。
まあ彼に対する話題に関しては興味無いから、意識的にシャットアウトしてはいたのだけれども!
ええ?夜会とかで会っても、表面上取り繕ってるだけの薄情者に惹かれる理由がいったいどこに?
マゾなのか、この王太子?
「ええと……それでは私に求婚する為に、私との婚約を破棄なさるのですか?」
「その工程、無駄じゃない?」
確かに無駄だ。無くても構わない、KAIZENすべき無駄な工程だ。
いやそうじゃなく、つまりアレか。婚約破棄は停止というわけか。
何時聞いたのか忘れたけど、なんかちょっと聞いた事が有るフレーズだ。
「君が好きなんだよ、ブリジット。結婚して欲しい」
「はわ、はわわわ」
混乱に乗じて畳みかけて来やがったこいつ!
あとフローラ、君も動揺していないで何かしてくれ、何か。
私も動揺しているな、これ。
「いやでも、8年前の約束は。あの時の勢いはどうされたのですか、エゼルレッド様?」
「後にも先にも、僕を王太子としてでは無く人として接してくれるのはブリジット、君だけなんだよ」
いや、人どころか立って喋る案山子みたいな扱いでしたけどね。流石に王太子相手にそんなことは言えない。
それよりもグイグイ近寄って来ないで欲しい。何で手を握るのか。
公衆の面前で何をしようとしているのだね、君は?
「あの日だって、僕の言葉に君は一切媚びた返事を返してきたり、気を引く為に泣こうとしなかったじゃないか」
「殿下の言動が面白かったので傍観していただけですわ」
泣こうとしなかったというか、泣くような場面では無かったような記憶しかない。
ひょっとして、ああいう場面で一般の貴族の少女というのは、ショックを受けて泣いたりするのだろうか?
ちんまい子供がイキってるだけにしか見えなかった私には、正直言って微笑ましい以外の感情は浮かばなかったのだけれども。
更に言うと、当時は今よりもっと前世のサラリーマンとしての意識が強かったので、男の子の気を引こうだなんて欠片も考えなかったし。
まあ今でも考えた事は無いけど。
それは兎に角として、この男の子の微笑ましい望みを叶えてあげたいなと、あの時の私はちょっと思っただけだったのだ。
だから必要以上の接触は断って、他の女の子と逢いやすい環境を用意していたのだけれども。
「そういう、僕に一切の気負いを持たない娘だからこそ、僕は君を好きになったんだ」
つまりアレか、私が一切媚びたりせずに塩対応だったから惚れたのか。
なんて面倒臭い惚れ方をするんだ君は。
いやだからこその乙女ゲームとやらの攻略キャラなのだろうか?
「で、でも、折角候補を見つけたわけですし、もうちょっと待っても良いのではないでしょうか?」
頼むから壁際に追い詰めて覆いかぶさるような姿勢で、私を見つめないで欲しい……これが壁ドンって奴か。
まさかされる方で当事者になるとは思ってもみなかったけど、圧迫感が凄い体勢だなと思う。
「嫌だね」
顎をクイっと持ち上げられた。ヤバい。何だかよく分からないうちにキスされそうになってるこれ。
「私も嫌ですわ」
「ふごっ!?」
同意無きファーストキスは断固拒否する。最後の手段として、私は王太子に頭突きを敢行した。
王太子の唇が思い切り額に激突したので額にキスされたと言えなくも無いが、これはノーカンだろう。
歯が当たって私も少々額が痛い。こんな痛いキスが有ってはいけないと思う。つまりノーカンだ。うん。
「……冷静になりまして?」
「これも何というか、君らしいね」
口を押えながら、王太子は何故か笑っていた。
「私らしいですか?」
いやいや、ここは怒る所じゃないかな?どう考えても王家に対する無礼者だよ、私は。
やっぱりマゾなのだろうか、この人?
「ああ、流されずにいつも何処か冷めている所が、君らしいと思う。
そんな君が、僕は好きなんだ」
「まこと恐れ多い事ながら、殿下の事を今迄男性として意識した事はございませんわ」
私の中の王太子は、いまだに初めて会った頃の抗えない運命に何とか立ち向かおうと足掻いていた小さな可愛らしい少年なのだ。
いやまあ……先程壁ドンされた時はちょっとドキッとしたような気もするけど、アレは恋愛じゃ無く警戒だと思う、たぶん。
人間の脳味噌というのは、吊り橋の上における恐怖の動悸と恋愛感情による動悸の区別すらつかないポンコツだ。だから、たぶんそう。
「それで良いよ、君に必ず僕を意識させて見せるから」
「いいでしょう……」
私はいまだに「はわわわわ」とか言ってるフローラをグイっと引き寄せた。
「それでは私も殿下にそういう感情を抱く前に、フローラを王妃に相応しい女性に再教育して殿下に押し付けます!」
「はわわわ……はい?」
本来であればヒロインなのだろ、フローラは。ならば魅力的な女性にでっち上げるのは難しく無い筈。
スペックは持ってるなら、後は教育あるのみである。
英国人も言っていた。礼節が人を作るのだ。
「頑張りましょう」
「ひぇっ、笑顔が怖い!?」
人の顔を見て怯えるとか失礼だね、フローラ。これは私の目つきが鋭いだけだよ。
こんな急転直下の事態に陥った元凶なのだから、君には責任を取って貰う。
上手く行けば目的は果たせるし、もしも駄目ならお兄様でも紹介してあげるよ、うん。
次期公爵だよ、超優良株だよ。サディストだけど。
「勝負だね」
「受けて立ちますわ」
王太子……いや、エゼルレッドの挑戦的な表情に、私も笑って頷いたのだった。
この後、色々とあって、とある結末に辿り着く事になったのだけれども、それはまた別のお話。
機会が有ったら、また会いましょう。
読了お疲れ様でした。
続き?続くかもしれませんけど、私は筆が遅いのでいつになるやら……。