人に化けた従魔とおでかけ
「……」
(人の姿だからカトブレパスの姿よりは全然マシなんだけど……それでも目立つなぁ)
レスペクトと一緒にスタービレの町中を歩く私はちらりと人間になったレスペクトを横目で見る。
服装はお父さんが使用していた簡単なシャツとズボンで良く言えばシンプル、悪く言えば地味ではあるものの、おかしくはない。
それでもすれ違う人の何人かは彼の姿を食い入るように見ていた。それもそのはず、目が見えないほどの長い髪を下ろしているのだから正直怪しさは十分にある。
……きっと、一人で歩いていたら憲兵に引き止められて職務質問とかされてそうなくらいだ。
でも、髪質はサラサラで傷みなどない。普段から毎日水浴びをして私が乾かしてるから毛並みがいいとは思っていたけど、人になってもそれは変わらないということなのだろう。
「……おい、目立たんと聞いていたが視線を感じるのはなぜだ?」
「えっ、と……顔が見えないから気になるんじゃないかな?」
さすがに怪しい人ですとは言えなくて暈しながらも間違ってはいない答えを返す。
実際に鼻筋と口元しか見えないからどんな目をしてるのかわからないので気になる人も多いだろう。
私もレスペクトの目を見たことないのでどんな形なのかも、どんな色なのかも知らない。
「せめて目が見えてたらそこまで注目は浴びないんだと思うけど」
「誰彼構わず呪いを発動していいのなら晒すが」
「そ、それは困る!」
そんなことになってしまえばスタービレが壊滅するだろうし、そのときは従魔として契約してる私の犯行だと思われて捕まってしまう未来しか見えない!
思い切り首を横に振ってそれだけは勘弁と必死に伝えれば、彼はフンと鼻を鳴らす。
「なら我慢しろ」
我慢するのはレスペクトなのでは。そう思ったけど、下手に口答えはしない方が賢明と判断し、こくこくと頷いておいた。
しばらくして目的地であるパティスリー・ザーネへと辿り着くと、相変わらずの行列が出来ていたので数十分ほどレスペクトと待つことにした。……多少周りの視線が突き刺さるけど。
何度か「まだか」「早くしろ」と文句を言うレスペクトを宥めながらもなんとか入店出来た私達は仕事仲間の先輩に席へと案内された。
「仕事がオフの日なのにお店に来てくれてありがとうね。……そちらの人はご友人かしら?」
「えっと、この人は私の遠い親戚の人なんです」
従魔ですとは口が裂けても言えないので咄嗟に親戚だと口にした。それを不服に思ったのか、レスペクトが無言で私を睨む……ような視線を感じてしまった。
「そうなのね。どうせなら仕事してる所を見てもらったら良かったのに」
「今日しか都合がつかなかったもので……あと、ここの特製ショートケーキを食べさせてあげたくって」
「じゃあ注文は特製ショートケーキ二つでいいの?」
「はい、お願いします」
「ご注文承りました」
ニコニコ顔で伝票に注文した品を記載し、先輩は厨房へと向かっていった。
それを見届けたあと、レスペクトはぼそりと呟く。
「私がお前の親戚だと……?」
「そ、そう言うしかないでしょ? カトブレパスですなんて言えないし……」
「主従関係と言えばいいだろう」
「それはそれで色々と勘違いされるからっ」
仮にそうだと言ってしまったらどっちがどう見えてしまうのかわからない。いや、どちらにしても主の風格がない私達では一種のプレイだと思われてしまうかもしれないのでやはり主従関係は言わない方向でいくべきだ。
「……それにしても、ここがお前の働いている所か」
「あ、うん、そうだよ」
「ドジを踏んでないだろうな?」
「だ、大丈夫だよ、今のところは……多分」
「フン。追い出されても私がお前に不自由のない生活を送らせてやってるのだから問題ないだろう」
「クビになる前提の話はやめてっ!」
本当にそうなるかもしれないから! せめて頑張ってっていう激励が欲しい!
それからというもの、レスペクトは仕事仲間の服装を見て「お前もあれを着るのか? 似合わないからやめておけ」だの「お前には向いていない」だの何かと否定的なことをそこまで言う!? というレベルで口にする。
「レ、レスペクト……そんなに私がここで働くことが不満なの……?」
「お前は私の世話だけしていればいい」
「う、ううん……それはそれというか、私もちゃんとした大人としての生活をしたいわけで……」
思えば最初から私が働くことにいい反応はしなかった。なぜそこまで否定的なのかはわからないけど、ただ心配するだけにしては過保護が過ぎる。
「もしかしてレスペクトって私がいなくて寂しいとか?」
冗談交じりでそう言うと、レスペクトはおぞましいほどのオーラをだだ漏れにさせながら「寂しい、だと?」と低い声で言葉を返す。見えない目も光ったような気がした。
「己だけでも生きることが出来る私に寂しいなどという感情があるわけないだろうっ」
「そ、そうだね、調子に乗りました……ごめんね」
さすがカトブレパスの中でも最強とも言われるレスペクト。一人でも生きていけると言っちゃうのだから精神的にもかなり強い。
「お待たせいたしました。ザーネ特製ショートケーキです」
うう、と身体を縮こませていたら注文した品が届いた……が、運んできたのが店主であるザーネさんだった。
「ザ、ザーネさん!?」
店長である彼は厨房でスイーツ作りに励んでいるため、基本的にカフェ給仕はしないはず。
そして何より彼のファンが多いので店内は黄色い声があちこちに湧き始める。
「イルさんの親戚の方がいらしたと聞きましたのでご挨拶に来ました。初めまして、イルさんを雇用させていただいてます店主のザーネです」
「……あぁ」
「イルさんにはいつもお世話になっていまして、彼女のおかげで凄く助かっています」
「……そうか」
「これからもよろしくお願いいたします。では、どうぞごゆっくりお過ごしください」
レスペクトの愛想のない返事に動じることもなく、表情の変化のないザーネさんは頭を下げるとすぐに私達のテーブルから離れた。
そしてご丁寧に他のテーブルにも立ち寄り、簡単な挨拶に回る。おそらく普段こうやってカフェ利用者に顔を出さない人気者のザーネさんが私だけに話をすればそれはそれで問題になると考えたのだろう。
「ザーネさん優しい……」
「ただ表情の乏しい奴なだけだろう」
「レスペクトぉ……」
そんなこと言わないであげて……お願いだから。小声でそう漏らすけど、レスペクトには届かなかったようですぐに目の前のショートケーキにかぶりつこうとした。フォークを持たずに本当に顔を寄せて。
「ま、まま待ってレスペクト! フォーク使って、フォーク!」
「いらん」
「いやいやっ、カトブレパスなら問題ないけど人間の姿だからそれだと行儀が悪いし、余計に目立っちゃうからっ」
ね? ね? と必死でその食べ方だけは駄目だと伝える。
手を使わずにケーキを食べさせるなんて本当に主従プレイだと思われてしまう。
「……視線が集まるのは不愉快だが、全く面倒な種族だ」
目立つという言葉が効いたのか、レスペクトは渋々とフォークを手に持って私と同じ持ち方をする。そのまま彼に手本を見せるようにフォークを使った食事を教えるとレスペクトはたどたどしくしながらもしっかりとフォークでケーキを食べてくれた。
慣れない食事の仕方で苛立ってるだろうけど、頑張って食器を使うレスペクトはなんだか可愛く見える。
「……」
無言で一口食べると、一瞬ピタッと動きが止まったが、その後すぐに次の一口へと手を伸ばした。食べる勢いが凄かったのでやはり気に入ってくれたのだと思う。
「どう? 美味しい?」
「……美味い」
空になった皿を見ればよくわかる。同じクリームでも作り手や材料も違えばまた別の味になるからレスペクトもいつも口にしてる生クリームとは全然違うと理解しただろう。
お代わりを要求されたのであと一個だけなら、ということで許可したんだけど凄く不満げな態度をされてしまった。……だって結構お高いんだよ? レスペクトが満足するまで注文されてしまうと貯金してるお金も底をつく。
そのことをちゃんと説明すると渋々わかってくれたようで良かったんだけどね。
そしてお会計の際、先輩に「明日はちょっとゴタゴタしてミルクの配達が数時間遅れるかもしれないってザーネさんに伝えてください」と伝言を頼んだ。
……さすがに人間の姿ではミルクは出せないので、元に戻らないと搾乳しようにも出来ない。
パティスリー・ザーネをあとにし、夕飯の買い物などにも彼を連れ回した。
最初こそはレスペクトも面倒臭そうにしていたけど、お肉屋さんで生肉の塊を見つけると、美味しそうに見えたのかジッと見つめていたり、果物屋さんや魚屋さんの前でも同じような反応をした。
「何か欲しいのあった?」
買うよ。と伝えるとレスペクトは「いい」と拒否した。
「金と交換するのだろう?」
「え? うん、そうだね」
もしかして気を遣ってくれてるのだろうか。確かに特製ショートケーキを沢山頼まれると破産するのだけど、そのくらいの食材は大丈夫だよ。そう伝えようとしたら先にレスペクトが口にする。
「この程度、私一人で狩れる」
「……な、なるほど」
そっか……レスペクトは自分で狩りが出来るもんね。わざわざ購入する必要がないということなんだろう。
「で、でも、お肉とか綺麗に解体してもらえるし、探さなくても手に入るから便利じゃない?」
「人間ならそうなのだろうな。私の場合は運動も兼ねてるし、皮を裂くのも楽しいからな」
「ひぇ……」
思わずその光景を想像してしまった。とんでもなくおどろおどろしい映像になりそうなのですぐにかき消したけど。
「必要なら獲物を捕ってきてやろう」
「あ、ありがとう……まぁ、無理はせずにね! そこまで重要じゃないし、手間にもなるからレスペクトの狩り優先で!」
お願いをしてしまうと家の前に魔物の死骸を山積みにされそうなのでやんわりと遠慮する。強く拒絶すると彼の怒りに触れてしまいそうだし。
結局、レスペクトは欲しい物はなかったため買い物もすんなりと終わった。
そろそろ帰ってご飯の準備をしようかなと思い、レスペクトに帰ろっかと話したそのとき、足がグキッと捻ってしまい転んでしまう。
その際に近くにいた男性を巻き込んでしまい一緒に倒れたので私は慌てて身体を起こすのだけど、足を挫いたことで立てずに座り込んだまま相手に声をかけた。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「ってぇな……どこ見て歩いてんだ!」
「すみません、足を捻ったみたいで……」
「知らねーよ! 骨折れただろ! どうしてくれんだ!?」
……これはとんでもない人とぶつかってしまったようだ。骨が折れただなんてそんなすぐに判断出来るのかは疑問だけど、治療費とか慰謝料とかを巻き上げるような類いの人だと思われる。
「えっと……本当にすみませんでした」
運のなさがこういうとこで発揮されるのは本当に困るんだけど、なんとか穏便に解決出来ないだろうか。
「謝罪はいらねーよ! 目に見える誠意ってもんを出せって言って━━」
「うるさい人間だな」
「レ、レスペクト!」
立てない私にしゃがみ込んで詰め寄る男にしどろもどろになっていたらレスペクトが男の背後に立って見下ろしていた。
男はレスペクトが立ったことで出来た影に不審に思い振り返るとすぐに立ち上がる。
「あ? なんだテメェ。こいつの連れか?」
「そいつの連れではない。私の連れだ」
どっちでもいいかと思うんだけど……と、さすがに口を挟める雰囲気ではなかったが、これはもっとまずいような気がする。
「レ、レスペクト、落ち着いてね? 大丈夫だから……」
「どこをどう見て大丈夫だと? こんな小物相手に手こずるな」
「あぁ? 誰が小物だこいつ!」
このままでは大事になってしまうと思って宥めたのに、レスペクトは相手を挑発することを言っちゃうし、相手もすぐに乗っちゃうから私では仲裁出来ない。
それだけじゃなく、男はレスペクトに向けて手を出そうとする。危ない! と私が思ったのはレスペクトに向けてではなく手を上げる男の方。
「……」
「なっ……! がっ!」
私からでは男の立ち姿でレスペクトの表情が見えないけど、男の動きが急に止まってその場に蹲り始めた。
もちろんレスペクトは男に何一つ手を触れていない。おそらく邪視を使ったのだろう。そう察した私は慌てて声を上げる。
「レスペクト! 駄目駄目! それだけは駄目!」
邪視とは相手に死を与える呪い。しかも従魔である彼が人間相手にそれをやらかしたら大事件ものだし、ギルドが動くこと間違いない。
ど、どうしよう、殺処分される!? でもレスペクトはめちゃくちゃ強いからとんでもない大きな戦いになるんじゃ……!
「安心しろ。一瞬だけしか目を合わせていないから十分もしない内に動けるだろう」
「ほ、本当に?」
「殺すと面倒なのだろう?」
「面倒というか、大変なことになるかな……」
「気に食わんが、これで我慢してやろう」
「寛大な心ありがとうございます……」
ひとまず人を殺めることはないようで心の底から安心した。周りの住人達の目が気になるけど、多分これなら絡んできた男が返り討ちにあったと思ってくれるかな……。
「それでいつまで座り込んでいる?」
「あ、ちょっと足が捻っちゃったみたいで。今ヒールをかけるから待って……てぇ!?」
急にぐいっと腕を引っ張られた何事と思った私は気がつけばレスペクトに負ぶされていた。
「な、なんでっ!? 私、回復魔法使えるよ!?」
「またフラフラして面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。首輪で引っ張りたいところだがこれで譲歩してやる」
首輪はやめて、奴隷になっちゃう。いや、それよりも背負われるのはめちゃくちゃに恥ずかしい。
「大丈夫だから! ちゃんと気をつけるから下ろしていいんだよ!」
「暴れるな。落とされたいのか?」
「優しく下ろしてほしいです……」
「無理だな」
なんと強情な雄なのか。でも、暴れると本当に落としかねないので諦めてレスペクトの背中を借りることにした。
大人しくなった私に彼はその状態で歩き始める。
「……重くない?」
「娘一人の重さでへばるわけないだろう」
「さすがレスペクト……」
まだ人の姿のレスペクトには慣れないけど、頼もしさは相変わらずなのでそこはちょっと安心するし、彼の背中はどことなく父を思い出してしまう。
小さい頃は父に背負われていたし、眠っていた。肩車もされたっけ。その度に「おんぶ出来ないくらい早く大きくなれよ」と声をかけられたことが懐かしい。
そんな思い出に浸りながら自宅までレスペクトに負ぶさることになった。




