ギルド長推挙のランクアップと更なるお叱り
「失礼します……」
「やぁ、イルくん。待っていたよ」
ギルド長室と書かれた部屋にノックをすると、中から返事が聞こえたので恐る恐る部屋へと入れば、執務用のデスクに座ってにこにこと笑いながら出迎えるドルックさんがいた。
相変わらず彼は存在感もそうだけど身体も大きい。机とかも大きめだから特注なのかもしれない。
「立ち話もなんだし、そこに座ってくれるかい?」
「あ、はい」
彼の言う「そこ」とはおそらく来客用のテーブルとソファーのことだろう。お言葉に甘えて腰掛けさせてもらった。
深く沈むソファーに内心驚きながらそのふかふかさを確かめるように手でも触れてみる。優しく包まれるような安心感……。
そうしているとドルックさんが向かい合うように反対側のソファーに座った。
あのソファーもきっとドルックさん専用なんだろうなというくらい大きくて私ならあそこをベッド代わりに出来そうだ。
「さて、イルくん。今回は単独でクイーンキラービーを倒したそうだね。ありがとう。緊急の討伐だったから個別にお願いする暇もなかったのにまさか君も出てくれるとは思わなかったから驚いちゃったよ」
「い、いえ、私はただドルックさんが仰ってたように私の力を人のために使いたいと思っただけで……」
「僕の言ったことを覚えてくれて嬉しいよ。……ところで、負傷したというのは本当かい?」
ニコニコ顔だったドルックさんが急に目を光らせた。声のトーンも少し落ちて、思わず身体が強ばる。
「怪我……は、ちょっとだけ、です」
「どこに?」
「腕に、です」
「どうやって?」
「針に刺されて」
「どうしてそんなことになったの?」
「あの、あまりにもクイーンの瞬発力が高くて攻撃魔法が当たらないから、こちらに攻撃をしたその隙を狙うために……その、わざと……」
な、なんだろう。この尋問みたいなやりとり。もしかして私怒られるやつ? 冒険者とは怪我をするのもよくあることだし、私が怪我をしただけで怒られるものなのっ? そこまでの完璧性を求めないでほしい!
「あ、あの、でも大丈夫なんですよっ! 毒耐性スキルも持っていますし、回復魔法もあるのでちゃんと綺麗に治ってて━━」
「怪我した所、見せてくれるかい?」
何も問題ないと口にしようとしたが、言葉を遮るドルックさんの圧力に勝てない私は「はい……」と小さく呟き、怪我した箇所を彼に見せた。
……まるでレスペクトに睨まれているような気分だ。そうビクビクしながら黙って相手の様子を窺う。
ドルックさんは私の手を持ってじっくりと観察しているようだった。
「ふむ……。確かに傷は残っていないね。しかし、イルくん。いくらスキルや魔法があるからと言って下手をすれば傷痕が残る可能性だってあるんだよ? もし、顔だったらどうする? 場所が違えば今回のようにすぐに回復魔法を使用出来る冷静さがあるとも限らないんだ。それに憲兵からの巡回放送は聞かなかったかい? クイーンキラービーを見つけたら少人数で立ち会わず、憲兵に知らせるか魔法で合図をしてほしいって頼んだはずなんだけどさぁ」
笑みを浮かべながら捲し立てるドルックさん。しかし、笑ってるようで全然笑っていない様子だった。
完全に私は叱られている立場であるので、背中に汗を流しながら静かに聞く。
「もしかして憲兵の職務怠慢とか? それならちゃんと文句を言わないといけないね。イルくんが危険な目に遭ったんだから処罰、またはクビにさせてもらうように……」
「ま、待ってください! 私が悪いんです! 憲兵さんはちゃんと仕事をしていましたし、私も聞いてました! でも、私が勝手に判断したんです……」
このままでは私のせいで罪のない憲兵が罰を受けてしまうので強く否定した。
「……どうしてそう判断したんだい? 君一人では怖かっただろう?」
まるで子どもに向けられるような優しい声で問われ、私はバツ悪そうに顔を俯かせながら小さく答える。
「クイーンの毒は……キラービーよりも強力で毒性も強いと聞きました。毒消し草も手に入りづらいので誰かを呼んで万が一毒を受けることになったら大変だと思い、被害を少なくするため私一人で対応することに決めました……」
結果的に無事とはいえ、レイヤやプニー、リリーフ達にも心配をかけさせてしまった。合理的だと思ったし、ドルックさんなら褒めてくれるかなーなんてちょっと期待したけど間違いだったようだ。
「期待に応えられると思ってしまい、すみませんでした。以後気をつけます」
ぺこり、頭を下げて謝罪をする。すると、その頭に大きな手を乗せられ、そのままポンポンと優しく撫でられる。
「君が僕の気持ちに応えようとしてくれたのはよくわかるよ。とてもありがたいくらいにね。しかし、勘違いしないでほしいのは僕は君に人間兵器のようになれと言ってるわけじゃないことを理解してほしい」
撫でていた手が遠ざかる。恐る恐る顔を上げると、少しだけ悲しそうにしながらも微笑むドルックさんがいた。
「確かに僕は君に依頼を受けることで救われる命もあれば被害が最小限にすむことだってあると言った。しかし、自分を犠牲にしてまで達成してほしいとは思っていないんだよ。まぁ、そこまで説明しなかった僕の責任でもあるね。そこは申し訳ない」
今度はドルックさんが頭を下げる。いや、さすがにそれは待って。以前も頭を下げてくれたのにまた謝罪されるのはあまりにも恐れ多い。
「ド、ドルックさんが謝ることじゃないんです! すみません! そこまで心配かけさせてしまうとは思ってなかったんです!」
「心配だってするよ。言っただろう? 僕は君のファンなんだ。応援してる相手に怪我なんてしてほしくない。そりゃあ怪我は勲章だって言う者もいるが、傷を残したくないと思う人も多い。特に女性はそうだろう? だから嫁入り前のイルくんが大怪我なんてしたら大変なんだから」
ドルックさんは少し怖い所もあるけど、凄くいい人なのはよくわかる。こんな人にまで心配かけさせていただなんて本当に申し訳ない。
「ドルックさん、本当にありがとうございます。でもそう言っていただけて良かったです。友人達にも凄く心配されて怒られちゃったのでもしドルックさんが無茶をしろと言われてもさすがにもう出来ませんって言うところでしたので」
「そうかそうか。すでに怒られていたのならもうこの話は止めておこう。……それにしても、イルくんは僕がそんな酷いことを言う男だと思っていたんだね」
「ち、違います! そんなこと断じて思ってません! 例えの話です!」
よよよ、と泣くふりを見せるドルックさんに慌てて否定すると、彼はそんな私の焦りっぷりが面白かったのか吹き出すように笑った。
「ふっ、あっはっは! ごめんごめん。ちょっとからかっただけだよ。でも、安心してほしい。イルくんを傷つけるようなことだけは絶対にしないさ。せっかくこの世に生まれてきたんだ。誰にだって幸せになる権利はあるし、僕はみんなそうであってほしいと願っている。もちろん、君もだ。無茶をして取り返しがつかなくなってイルくんが悲しんだら僕も悲しいからね」
「は、はい。ありがとうございます」
ふと、何かが引っかかるような気がした。今の彼の言う言葉、ぼんやりとどこかで聞いたことがある気がする。
『せっかくこの世に生まれてきたんだ。誰にだって幸せになる権利はあるし、僕はみんなそうであってほしいと願っている』
ううーん。最近……ではないかな。少し前? いや、ずっと前? なんだか似たようなことをどこかで言われた気がするんだけど、はっきりと思い出せない。
でもドルックさんと出会ったのはつい最近だしなぁ。
「あのー……ドルックさん。もしかして私達どこかで会ったことありますか?」
そう問うと、彼は驚くように瞬きを繰り返したあとにぶはっと吹き笑いをした。
「まさかイルくんからそんなナンパの決まり文句みたいなことを言われるとは思わなかったよ」
「えっ、いや、そんなつもりは!」
「そりゃそうだよねぇ。僕みたいなおじさんにナンパする子はいないでしょ」
「そんなことないですよ! ドルックさん、どう見ても格好良くて紳士的ですから言い寄られてもおかしくはないかと思います!」
人の良さそうな笑顔を見せるし、元ランクAの冒険者で実力もあるし、ギルド長というお偉いさんでもあるし、身だしなみも良くて上品な所もあるし、何より渋くて格好いい。
……ドルックさんモテるのでは? というかすでに奥さんがいてもおかしくない。
「あ、すみません! 奥さんがいらしたら彼女の気分を害することを言ってしまいましたね……」
「いやいや、僕には人生の伴侶はいないから気にしないでよ。それにしてもイルくんにそこまでベタ褒めされたら僕もまだまだ捨てたものじゃないね」
「何言ってるんですか! ドルックさんなんてまだまたま現役ですし、むしろこれから輝くと言っても過言ではないです!」
男性は歳を重ねると格好良さが増すし、クラフトさんだって格好良さに磨きをかけてるもんね。
ドルックさんはクラフトさんと同年代か、もう少し歳上だと思うけど、話し方も柔らかいし、頼りがいもあるんだから落ちる女性も多いはず。
それなのに奥さんはまだいないとは意外ではあるけど。
「お世辞はよしてよ……って言いたいところなんだけど、今までにないくらい活き活きとした表情だから本音なんだろうなぁ。さて、この話はこれくらいにして大事な話がもう一つあるんだ」
そう言われて話を切り替えられてしまった。ちゃんとした質問の答えもなく、上手くはぐらかされたような気もしなくないけど……まぁ、いいか。会ったことあるならドルックさんも最初からそう言うだろうし。
「実は君の冒険者ランクを二つほど上げたいと思ってるんだ」
「えっ? 二つ上……?」
今、私のランクは最下位のランクEである。二つも上げるとなるとランクCということだ。
ランクアップする方法は二つある。一つは依頼のポイントを規定数まで溜めてから昇級試験を受けて合格をもらうこと。これが一般的な方法だ。
そしてもう一つはギルド長からの推薦。大きく貢献した人が与えられるとも言われるが、滅多にあることではないのでほとんどないに等しい。
つまり、私は有り得ない方でのランクアップをされようとしているわけだ。
「あ、あの、なんで……?」
「まぁ、元々はカトブレパスの件でランクDに上げたいと思ってたんだけどね。そして今回のクイーンキラービーの単独撃破の件を含めて一気に二つ上げちゃおうかなって。本当はもっと上にしたかったけど、さすがに他の冒険者から贔屓されてると思われかねないからね。まぁ、確かに贔屓はしてるんだけど」
それ、職権濫用ってやつなのでは……? 贔屓してくれるのはありがたいけど、さすがにランクを上げすぎではないだろうか。
「ドルックさん。私そこまでランクアップ出来るほどの経験は積んでいないですし、身に余るものかと……」
「確かに経験不足ではあるけど、その力は伴ってるからね。経験はこれから重ねたらいいことだから。あぁ、もちろん無理強いはしないさ。中には強者なのにランクアップをしたくない稀な人物もいるくらいだからね」
「それでしたら……」
お断りしよう。ランクアップしたいわけじゃないし、ギルド長の推薦となるとさらに目立ちそうなので私はそう答えようとしたらドルックさんは「でもね」と言葉を続けた。
「強い力を持っているのにランクが低いと周りに舐められてしまうし、喧嘩も吹っかけられることが多いのも事実だ。それに気にせず返り討ちにする気概があるなら構わないんだが、イルくんにとっては困ることじゃないかな?」
「それは……そう、ですね……」
「ランクを見て因縁をつける者も多いからね。もちろんランクが高いってだけでも喧嘩を売られるかもしれないが、ランクEよりはマシだと思うよ。だから僕としては自衛のためにもランクアップをオススメしてるんだ」
「なるほど……」
冒険者ランクは実力を証明しているものだから正直なところ、私がランクCを名乗ることは躊躇われる。
「君が望むなら僕からの推薦というのは内緒にするつもりだ。分相応ではないと思っているかもしれないけど、僕はそう思わないからそこまで気にするほどじゃないよ。それでも気にするなら、今後の活躍に期待を込めてという意味で受け取ってほしいな」
「……わかりました。ドルックさんにそこまで仰っていただけるならランクアップを受け入れたいと思います」
少し躊躇うけど、どちらにせよドルックさんは元より私をランクEとして扱っていないので対応としては今までとなんら変わりないだろう。
「良かった良かった! じゃあ、ランクアップの手続きをするからギルドカードを貸してもらえるかな?」
「あ、はい」
ギルドカードをドルックさんに渡すと彼は席を外し、数分足らずで戻ってきた。
受け取ったギルドカードを確認すると、今までランクEだったそのカードはランクCに変わっていて、こんな簡単にランクアップしていいのだろうかと考えてしまいながらギルド長室を後にした。
「イル、おかえり」
『おかえりー。りー』
冒険者ギルドを出ると外にはちゃんとレイヤとプニーが待っていてくれた。
「ただいま、待たせてごめんね」
「それくらい問題ない。それよりギルド長と話をしたんだよな? 何か言われたのか?」
「いや……クイーン討伐のときに無茶したことを咎められたり、あとはランクアップをしてしまったくらいかな……」
「……え? 凄いな。いや、イルならそうなっても不思議じゃないけどギルド長から直々ってそうそうあるものじゃないんだよな?」
「うん……」
『イル、凄いの? の?』
「凄い、かな? 実感ないんだけど」
『すごーい! すごーい!』
「ひとまず、おめでとう。まぁ、イルにとっては気が進まないものかもしれないが、ランクアップ自体は悪いことじゃないし、あまり色々背負い込むなよ」
「うん、ありがとう」
レイヤとプニーと一緒に家に帰りながらその途中でギルドカードを見せると、レイヤは二つも上のランクに上がっていたとは思っていなかったようでかなり驚いている様子だった。
自宅に戻ると、なぜかすでに怒り心頭のレスペクトから『何があったか全て話せ』と詰め寄られてしまい、今までのことを全て白状させられてしまった。正座しながら。
どうやら私から血の臭いがしたようで『変なことに首を突っ込むなと言っただろう!』と、クイーンキラービー討伐についてかなりお叱りを受けてしまい、私は沢山の人達に心配と叱られたこの日を忘れないため、もう無茶はしないと心に決めたのだった。




