フレンチトーストと褒められるスイーツ達
翌朝、商業ギルドの前にベーカリー・リーベに寄ろうと思ったけど、列が少し出来ていたので朝はやはり忙しいのだろうと思い、仕事が終わったあとに寄ることに決めた。さすが人気のパン屋さんだ。
商業ギルドへ向かえば受付にレアーレさんがいて、目が合ったので頭を下げるとレアーレさんもぺこりとお辞儀をしてくれた。しかし、いつもいるような気がするけどちゃんと休んでいるのだろうか。
そんなことを気にしながらも掲示板に群がる人達の中に入り、自分の身の丈に合う仕事を探す。
「うーん……今日はこれにしようかな」
掲示板から取った張り紙を持って受付で待つレアーレさんの元へ手続きをしてもらう。
「おはようございます、イルさん。」
「おはようございます、レアーレさん。このお仕事をお願いします」
「かしこまりました」
今回選んだ業種は飲食店の給仕で単発の仕事。十時から十五時までの休憩なしで四千ゴールド。
書類にサインをして、ギルドカードの確認も終えたところでレアーレさんに「行ってらっしゃいませ」と笑顔で見送ってもらい、浮かれながら商業ギルドをあとにする。
十時からなので少しだけ散歩したりして時間を潰しながら本日の仕事先に向かった。
食事処の女将である肝っ玉母さんのようなご婦人による業務説明を受け、配膳のお仕事が始まる。
最初は戸惑うも、すぐに慣れてきたがその頃にはお昼時の忙しい時間に突入したのでさらに目が回る忙しさを体験した。
お客さんはみんな女将さんのファンなのか、沢山話しかけていて、店内は凄く楽しげな声が響く。
活気のある仕事が終わると、女将さんがりんごジュースをご馳走してくれて、疲れた身体に染み渡った。
その後、商業ギルドへ業務終了報告をし、給金をいただいた私は明日の朝ご飯用に卵を買おうと市場へ卵を二つ購入する。
次にベーカリー・リーベに向かってリリーフ達にクッキーを渡し、食パンを買おうと向かっていたら、段差に躓いて転んでしまった。
「いたたっ……いつものことながら情けない……」
卵は無事だったみたいなので安心したけど、気をつけているつもりなのに、少し気が抜いたときに限ってツイてないことが起きる。しかし、嘆いている暇はない。今の私は早くリリーフとクラフトさんにクッキーを届けたい気持ちでいっぱいだった。
今度は転ばないように気をつけながらベーカリー・リーベへと急いだ。
チリンチリン。
「あら、イル。いらっしゃい」
「こんにちは。ねぇねぇ、リリーフ。昨日ね、クッキーを作ってみたんだけど食べてみて!」
「プリンの次はクッキー? いいわよ、いただくわ」
リリーフならそう言ってくれると思った。用意してた二人分のクッキーを一つの紙袋に纏めていた私は念のために中身を確認するのだが、それを見て動きが止まってしまう。
「イル?」
「……ど、どうしよぉ……クッキー割れちゃってる……」
そういえばさっき転んだばかりなのを思い出し、もしかしたらあのとき割れたのかもしれない。卵が無事だったからクッキーも大丈夫だと思ってしまったんだ。
心当たりしかない私はせっかく綺麗に焼けたクッキーをダメにしたことが悔しくて俯いてしまう。
「うぅ……ごめんね、リリーフ。これじゃあ食べられないからまた作ってくるよ」
「いいわよ、それくらい。勿体ないじゃないの」
「えっ?」
まさかの返事に戸惑う私の手から紙袋を奪ったリリーフは割れたクッキーを取り出して、すぐに頬張った。
「あ!」
「ふんふん……プリンと同じくシンプルなクッキーだけど美味しいわよ。よく出来たわね」
「えっ、あ、ありがとう! でも、割れたやつなのに……」
「どうせ噛んだら粉々になるから一緒でしょ」
「でも、リリーフが良くてもクラフトさんの分もあったし……」
「ほんとあんたは……。大丈夫よ、割れてないのもあるからそっちをパパにあげるわ」
「ほ、ほんと!?」
「本当よ」
「ありがとう、リリーフ!」
強い口調ではあるけど本当になんて優しい子なんだろう! 外見も中身もいいだなんてさすがリリーフだよ!
「リリーフ。俺を呼んだか?」
「ク、クラフトさん!」
すると、店奥からクラフトさんが顔を出した。どうやらリリーフに呼ばれたと思って出てきたらしい。今日もそのお髭がワイルドで逞しいです!
「パパ、イルがクッキー作ってくれたのよ。はい」
リリーフがわざわざ割れていないクッキーをクラフトさんの口へと持っていき食べさせた。
う、羨ましい……これが父娘だから出来る技……!
「ん! 美味いなぁ!」
「あ、ありがとうございますっ!」
「そういや、前に作ってくれたプリンも美味かったぞ。いやぁ、あれもなかなか好きだな、俺は」
「ほんとですか! そう言ってもらえて嬉しいです!」
クラフトさんに褒めてもらえた! 嬉しいっ! 作って良かったぁ!
「パパ、甘い物好きだもんね」
「そうなんだよなぁ」
「じゃあ、また差し入れしますねっ」
「ん? あぁ、楽しみにしてるぜ。まぁ、無理しない程度でいいからよ」
「はいっ」
甘い物が好きだなんていい情報を得ることが出来た。これからも沢山スイーツを作ってクラフトさんに食べてもらおう。
……リリーフに睨まれたけど、もしかして私の考えが読まれてるのかもしれない。
何か言われる前に食パンを二枚買ってすぐに帰宅しようとしたらリリーフに「待って」と言われ、逃げることを阻止された。
「プリンのマグカップ返すわね」
「あ、あぁ、うんっ」
あぁ、良かった。マグカップだったか。てっきり「パパのことをそういう目で見ないでくれない?」とか言われそうでドキドキした。
綺麗に洗ってくれたらしいマグカップも返却され、町を出て帰宅する。
仕事もしたし、買い物もしたし、一段落した私はレシピブックを出してスイーツを眺める。
しかし、改めて見ると凄いスイーツのレシピ量だ。分厚いだけある。それに私の知らないスイーツも沢山あるし、材料を見てもピンとこないものもあった。
抹茶とかもち米とかどんなものだろう。茶、というのだから紅茶なのかな……。
もち米も普通の米とは違うのだろうか? しかし、ライスは主に首都の人が食べてるイメージだし、少し値が張るんだよね。スタービレの町も富裕層が食べてる感じかな。大体はライスよりパン食が一般的だし。もち米も手に入れることは無さそうだ。
「ん? 食パンで出来るスイーツがある……あ、フレンチトーストかぁ」
パンの耳やバケットでラスクを作ったけど、確かにフレンチトーストなら食パンで出来るはず。お母さんもたまに作ってくれたんだよね。
材料も食パン、卵、牛乳、砂糖だけだから簡単に出来るし。牛乳もまだあったからすぐにでも作れそうだ。
「じゃあ、早速作ってみよう!」
腕を捲り、しっかりと手洗いをして材料を取り出す。
平たいお皿に卵と牛乳、砂糖を混ぜた黄色の液体に二枚に切った食パンを浸す。
レシピによればバケットでもフレンチトーストが出来るらしい。浸す時間はかかるらしいけど今度はそっちで挑戦してみてもいいかも。
暫くしてから食パンをひっくり返して裏側にも液体を染み込ませた。
フライパンを用意して魔法で火をつけ、温まってきた頃にバターを落とす。バターの焼ける香りはやはりいい匂いだ。
たっぷり染み込んだ食パンをあとは焼くだけ。しっかり焦げ目をつけて、裏返してさらに焼いていく。甘い匂いが漂ってとても美味しそうだ。
「完成~!」
出来上がったフレンチトーストをお皿に乗せて早速ナイフとフォークで切り、一口サイズに切った物を口に運んだ。
「ん~~! 美味しいっ!」
柔らかくてふんわりしててほんのり甘みがあって、いくらでも食べられそうだった。この出来たてが凄く美味しい。久しぶりでどこか懐かしい味。
フレンチトーストはレシピを見なくても作れたのに、一人になってからはとにかくその日食べることでいっぱいいっぱいだった。なんでこんな簡単に作れるのにフレンチトーストの存在を忘れてしまったのだろう。
……いや、甘い物は嗜好品だから除外してたんだっけ。まぁ、お金がなかったのだから仕方ないんだけど。もちろん今も豊かではないんだけどね。
それでも、スイーツを作って食べたら魔法を覚えることも出来るし、運だって良くなるはず。
========================================
レベルアップしました。ヒールを覚えました。
========================================
ピロンッという音と画面が現れ、今回覚えた魔法を見て私は驚いた。念のために魔法の詳細を確認する。
========================================
・ヒール
傷を回復することが出来る。
========================================
「か、回復魔法だ……」
冒険者であればよくお世話になるであろう魔法。火魔法や水魔法とは違い、無属性魔法のひとつだ。
まさかこういうのも覚えられるとは思わなかったが、便利なのは間違いない。
そうだ、試しに今日転んだときに出来たかすり傷にかけみよう。
「ヒール」
右手に出来たかすり傷に左手を添えて、唱えてみる。すぐに白い光に包まれ、かすり傷程度とはいえ傷痕は綺麗さっぱり消えていた。
「わぁ……凄いっ! これで怪我もすぐ治るね!」
よく転んでしまうから怪我もよくする私にはぴったりの魔法かもしれない。他にも怪我をした人を助けることが出来たりするんだろうなぁ。
「まぁ、他の人はそんなドジばかりしないよね。私くらいにしか使う予定がなさそうかも……」
残りのフレンチトーストを頬張りながらそう考えていたのだけど、まさか近いうちに自分以外の人に回復魔法を使う機会が起こるとはそのときの私は知るよしもなかった。