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クッキーと思い出の味

 翌朝、気持ちのいい快晴とまではいかないが、雲の隙間から日差しが射し込む天気である。雨が降っていなければ問題はない。

 薪を入れるための大きなリュックと斧を背負い、片道一時間ほどかかる森へと向かった。


 一時間後、鬱蒼と生い茂る森へ辿り着いた私は目当ての木を探す。いつも両親が薪を作り、拾っていたであろうポイントへ。


「この辺りかな……」


 薪割りの手伝いに何度か行ったことがあるので大体の場所は覚えていた。そのおかげでいくつか木を倒している所へ辿り着く。

 両親以外にも薪を求めにやって来る人はいるが、大体は魔法保持者か腕自慢の木こりだろう。

 魔法で伐採した場合は木の切り口が綺麗なのである。木こりも魔法ほどではないが、そこはプロなので切り口はやや綺麗で仕事が早い。

 対して両親は魔法も使えなければ木こりでもない素人。だから余計に時間がかかるし、切り口も素人が切ったあとだとすぐにわかる。

 辿り着いた場所の切り株も切り口が不揃いなので、やはり両親はこの辺りで薪を作っていたのだろう。

 じゃあ、ここで伐採しようとリュックを下ろし、斧を手にする。

 太すぎる木だと切断するのに時間を要するから中割くらいに出来そうな木を見つけ、早速斧を振った。

 木にめり込むが一発で倒れるわけがないので斧を抜き、何度も斧を振るつもりだったが……抜けない。


「ぐっ……ぬぬっ!」


 木に足をかけて何度も力を入れるとようやく斧が抜けた。これだけでもう息が切れそうである。


「……体力も腕力もなさすぎる……」


 しかし、やめるわけにはいかないので斧を振り続けた。レベルの低い私にとっては体力もすぐに底がついてしまう。

 それでも休み休みしながら木を切り倒すが、まだまだこれからである。さらに切断して薪にするため割っていかなくてはならない。

 なんと気の遠くなる作業だ。魔法があれば一瞬なのに今の私ではどうしようも出来ないのでただ動くしかない。

 切断して、割って、また切断して、割る。ようやくリュックに詰められる頃には既に日が暮れ始めていた。

 昨日の雨で水分が含んでいる薪を吸水したかったけど、思った以上に体力の消耗が激しいので魔法を使えば倒れるかもしれない。

 リュックを満タンにまで入れられなかったのにそのせいで重くて帰りも一苦労。

 必死に家に戻った頃には疲れ果てて倒れるように寝てしまった。

 今まで両親が二人で頑張っていたのを手伝っていただけなのに基礎ステータスが低いせいで一人でこなせないのはさすがに困る。しかし、私はこんなに体力なかったっけ……?


 翌日、遅めの起床をした私は先にシャワーを浴びてすっきりした状態で昨日割った薪を取り出す。

 普通の家庭ならば薪は購入するのがほとんど。もし、自分で薪を割っても乾燥させなければならないので、冒険者ギルドで依頼をし、魔法を使える冒険者の力を借りて薪を乾燥させてもらうのが一般的だろう。

 しかし、対価を払わねばならないので吸水が出来る魔法を得た今の私なら冒険者ギルドにお願いをしなくてすむはず。


「ウォーターアブソープション」


 薪に手を当てて覚えた魔法名を口にすると、雨水を吸っていてまだ色濃かった薪の色が徐々に薄くなる。

 手に吸い込まれるように吸水されていき、仕上がった薪はしっかり乾燥して軽くなった。


「これならくべることが出来るはずっ」


 そうと決まれば早速クッキー作りを始めようとレシピブックを取り出す。そういえば、材料名でレシピを開いてくれるならスイーツ名でも開いてくれるかも。


「クッキーのレシピを教えて」


 レシピブックに尋ねると、赤い本は自動的に捲り始めたのでやはりスイーツ名での検索も可能のようだ。

 そして開いたページにはちゃんとクッキーのレシピが載っていた。


「えっと、材料は軟質小麦とバターに砂糖……か。うん、これなら大丈夫」


 バターと砂糖はまだあるから軟質小麦粉だけ買いに行こう。

 すぐに支度をして、スタービレまで向かった私は軟質小麦粉を購入した。

 ……そういえば、お金が減ってきたからそろそろ次の職を探さないといけないので明日にでも商業ギルドに寄らなきゃ。

 色んな仕事に挑戦してみたいからチラシ配り以外のお仕事を探してみよう。その前に先にクッキー作りをしなければ。


「とりあえず材料は用意出来たからオーブンの準備しなきゃ」


 久々に扱う石窯オーブンの中に昨日ヘトヘトになって手に入れた薪や枝などを入れて、ファイアを放つ。

 種火となる火が少しずつ燃え移り、魔法石の力を使わずに石窯オーブンに火を灯すことが出来た。

 魔法石というのは使用者が持っている状態でスイッチを押せば使用可能で、スイッチを切ったり魔法石の魔力が切れない限りは使用者が家に居なくても効力は続く。

 凄腕魔法使いなら自身の魔法ひとつで生活出来るので羨ましいものである。

 改めて魔法の凄さを実感した私はクッキー作りに取りかかった。

 予め柔らかくするために常温に置いていたバターをボウルの中に入れ、砂糖も投入してから混ぜていく。


「こんな感じかな?」


 クリーム状になるまで混ぜたら、次に軟質小麦粉をふるいにかけてボウルの中へ。

 ふるいにかけないとダマになるし、味も悪くなるとレシピに書いていたけど、確かに母もこうやってふるっていたなぁ。

 あとはまとまるまで混ぜるだけ。しっかり混ぜ続けていると少しずつクッキー生地らしく仕上がってきた。

 出来上がった生地をボウルから出して、麺棒で均等に伸ばしていく。

 そういえば、パン屋さんもこうやって伸ばすんだよね。パンを作ったことはないけど、クラフトさんと同じ作業をしていると思うと嬉しくなってしまう。

 しかし、なかなか扱いにくい生地ではあったけど、なんとかいい感じに伸ばせたところで型抜き……の代わりとなるコップを用意した。逆さまにしてコップの縁を使い、丸い型を作っていく。

 都会などではもっとお洒落な型で抜いたクッキーが沢山あるけど、型抜きがなくとも我が家はコップがあれば十分である。

 ここまで出来たらあとは焼くだけだ。天板にバターを塗って、くり抜いた生地を天板の上に乗せたら170度くらいの温度になっているはずのオーブンの中へ。

 そして蓋をして待ってみるが焦げていないか心配で何度か開けて確認してしまったが、なんとか上手く焼き色がついたようなのでクッキーは完成した。

 天板を取り出すと香ばしいバターの香りが家の中を包み、幸せな気分になる。


「じゃあ、早速ひとついただきまーす……あちちっ」


 出来たてをひとつ摘んでみるも、やはり熱くて手の中で跳ねさせてしまうクッキーに、ふーふーと息を吹きかけて少し冷ましてから口に入れた。


「んっ、おいひいっ!」


 サクッとした食感は母の作ったクッキーとは違う物だったが、美味しく仕上がっている。

 自分で作ったクッキーと母のクッキー、どっちが美味しいなんて問われたら答えられないかもしれない。

 だって、こっちは初めて自分が作った物だけど美味しく出来ているのは間違いないし、対して母の手作りクッキーは少し硬めの素朴な味なんだけど、それがまた美味しいのだ。思い出の味、というべきか。


「……お母さんのクッキー、また食べたいな」


 少しだけセンチメンタルになってしまった。せっかくクッキーを作って母とのいい思い出を振り返り、浸るつもりだったのに。

 ほろりと溢れる涙を拭うと、あの軽快な音とウィンドウが目の前に現れた。


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レベルアップしました。アイスを覚えました。


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 その画面を見て涙が引っ込んだ。新しい魔法を覚えたことにより、悲しみが吹き飛んだから。


「氷魔法! また便利な魔法覚えることが出来たんだねっ」


 先程まで寂しく悲しい気持ちだったのにすぐに好奇心が上回った私は魔法の詳細画面を見る。


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・アイス

氷を作り出すことが出来る。


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「だと思った!」


 ファイアやウォーターと同じようなものだと思っていたので予想通りの説明。それでも一度は試してみたくなるので両手を器にして魔法名を口にする。


「アイス」


 すると手の中にいくつかの氷が生み落とされた。コップに入るくらいの大きさだから、ドリンクをキンキンに冷やしたいときとかすぐに使えて便利なこと間違いなし!

 ……でも、火や水魔法に比べたら使う頻度は少ないかもしれないけど、夏場には沢山活用するかもしれないしね。

 女神様から受けた恩恵だから大事にしなきゃ。


「そうだ、また明日にでもリリーフにクッキーのお裾分けしてみよう」


 クッキーも美味しいって言ってくれるかなと少し期待しながらリリーフとクラフトさんにプレゼントする用に小さな紙袋にいくつか入れておいた。


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