キャンディと苦手な雨
翌朝、残念ながら天気は雨だった。これでは薪を拾っても湿気ってるので使えない。せっかくクッキーを作ろうと思ったのに思うようにいかないものだ。
まぁ、急いでも仕方ないのでまた日を改めることにしよう。
でも、雨は好きになれなかった。
両親を奪ったきっかけになったものだから。今日の雨は小雨だから両親を奪ったときのような土砂降りではないのでまだ安心である。
それでも嫌な思い出なのであまり雨の日に外は出たくないのだけど、昨日作ったプリンをリリーフに届けたかった。
リリーフの分もお願いされたし、食べた感想も聞きたい。
きっと、今日は雨が降っているから私が家に引きこもっているのだとリリーフも思っているだろう。彼女は雨が苦手なことを知っているから。
「うん。行こう」
苦手でも雨はいつだって降るし、厄災になるときもあれば恵みの雨だと言われることもある。
そう決めた私はバスケットを手に取って、冷蔵庫に入れていたプリンを二つ、そして冷凍庫に入れていたカチカチのタオルをバスケットの中に入れる。こうすると少しでも冷たいままプリンをプレゼント出来るのだ。
昨日作っていた四つのプリンのうち一つは昨日食べて、もう一つは先程食べたので残りはこの二つだけ。リリーフの分とクラフトさんの分。
クラフトさんは美味しいと言ってくれるだろうか。ドキドキしながらローブを纏って家を出た。
チリンチリン。
「いらっしゃいませー……ってイル? どうしたの、この雨の日に? 何かあった?」
レジの前に立っていたリリーフが私の姿を見るや否や駆け寄ってくれた。年下にここまで心配されると少し情けなく感じるけど、それだけ甘えたいたのかもしれない。
「ううん。ただプリンを持って来ただけ。リリーフも食べてくれそうだったから」
「そんなの明日でもいいのに……」
「大丈夫大丈夫。早く食べてほしくて」
はい、とバスケットからプリンを二つリリーフに差し出した。
「あ、二つもあるからクラフトさんにも是非」
「わかったわ、ありがとう。……今食べてもいいかしら?」
「いいの? 私はいいんだけどお店は?」
「ちょっとくらいいいわよ。じゃあ、ちょっとパパの分を冷蔵庫に入れてくるから待ってて」
「うん」
そう言うとリリーフはプリンを二つ持ったまま奥へと引っ込んだ。
パンの匂いに包まれた空間に残された私はせっかくだからパンを購入させてもらおうとトレーとトングを持つ。
卵サンドと食パンを二枚取ったところでスプーンとプリンを持ったリリーフが戻ってくる。
「あら? 買ってくれるの?」
「うん。お願いしていい?」
「食べてからね」
私が返事をする間もなく、リリーフはスプーンですくって一口食べる。
口に合うかなとドキドキしながら彼女の感想を待っているとにっこり笑ってくれた。
「うん。美味しいわ」
「ほんと!? 良かったー!」
「さすがに洋菓子店には劣るだろうけど、家庭で作るには十分よ」
「さすがに洋菓子店レベルまで目指すつもりはないよ……」
スタービレの洋菓子店は両手で数えるほどしかない。ほとんどが焼き菓子専門店でその中でもケーキやプリンといった生菓子を扱うのはさらに少なく二店舗ほど。
もちろん、城下町ならもっとあるし、レベルも高いスイーツがあるらしい。一度味わってみたいものだ。
まぁ、それでも洋菓子店がない町もあるからスタービレに洋菓子店があるだけ有難いことである。
「そういえば今度はどんな魔法を覚えたの?」
「水魔法! さすがに濡れちゃうからここでは実践出来ないんだけど便利なのをまた覚えられて嬉しいよ」
「へぇ。じゃあ、断水とかしたらイルに頼んでみようかしら」
「任せてっ」
「それじゃあ、パンを袋に詰めるわね」
「お願いします」
いつの間にか空になったプリンのマグカップをレジ横に置いて、リリーフはパンの乗ったトレーを受け取り、袋に詰めてくれた。
会計を済ませ、長居をしてはいけないのでベーカリー・リーベをあとにする。
残念ながらクラフトさんは休憩中で外に出ていたため会えずに終わってしまったが、かわりにリリーフからクラフトさんの感想を絶対に聞いてねと念押しした。……リリーフは面倒くさがっていたけど。
雨は相変わらず小降り。しとしとと降る中、自宅に帰ろうとしたら向こう側からフードを纏う子ども達がふざけ合いながら走っていた。
小雨とはいえ、全然濡れていないフードを見ると水を弾く防水魔法がかかった代物だと気づく。きっと裕福な家庭の子なのだろう。
雨の日には防水加工されたフードが一番である。もちろんその分値は張るけど。普通のフードでも何とかなるので今の私にはまだそこまで必要はなかった。
「わっ……!」
そんなことをぼんやり考えたせいだろうか。前を向かずに走る子どもとぶつかり、その勢いで少し大きな水たまりの中へバシャンッと尻もちをついてしまった。
その様子を見た子ども達は「やべぇ!」と言って逃げ去っていく。……元気がありすぎるのも困ったものである。
しかし、お尻やら足元がずぶ濡れだ。うぅ、冷たい。
相変わらずツイてないけどパンは無事だし、身体全体が水たまりに突っ込むよりかはマシだと思うしかない。
やはり雨は苦手だ……。そう思いながら町を出た外れにある自分の家へと目指す。距離があるので雨の日は辛い。
重い足取りで帰宅すると、すぐに服を脱いで浴室で手洗いをする。これがすごい重労働だ。洗濯は毎日のことなのでなかなか楽にはならない。
楽になる方法といえばクリーニング屋に行くことだ。都会では必ずあるらしいのだが、田舎になればなるほどクリーニング屋は存在しない。
何故ならばクリーニング屋はみな魔法が使える人でないと仕事を捌けないからである。最低でも汚れや匂いを消すクリーンがなければ話にならないのだ。あとは風魔法で乾かすことが出来ればさらに時間の短縮が出来るだろう。
有難いことにスタービレにもクリーニング屋はあるのだけど、金欠な私にとっては贅沢でなものではある。
とはいえ、比較的安価で引き受けてくれるし、毎日のことなので利用する人は多いのだ。
だから富裕層だけが利用しているわけではないし、むしろ利用していない人の方が少ないだろう。確かに手洗いで洗濯する時間を考えれば当然といえば当然なのだけど。
私ももう少しお金を稼げるようになったら利用したい憧れのサービスである。
「いや、むしろ洗濯が便利になる魔法を覚えたらいいんだよなぁ……」
いつか覚える日がくるだろうか。そのためにはスイーツを作って食べなければいけないのでコツコツ頑張ろう。
外には干せない洗濯物を室内で干しながらそう決意し、一段落を終えた私はレシピブックを取り出して、今日作れそうなスイーツを調べる。
材料を口にすると勝手にページを開いてくれるのだけど、出来れば今は材料が少なければ少ない方が有難い。
今日はお仕事を諦めたのでパンしか買っていないし、材料費は抑えたいところだ。
仕事を諦めた理由は雨だからなのだけど、個人的な感情だけでなく、雨の日はギルドで職を探すことすら大変なのである。
基本的に雨の日に作業する人は多くない。特別なことがない限り、外には出たくないし、お店のほうとしても客足が少なくなるのでギルドに依頼をする店も減るのだ。雨の日はお休みするお店もあるくらいだし。
もちろんお金を稼ぎたい人はいるだろうけど、依頼が少ないのである意味争奪戦になっちゃうから早々に諦めたわけである。
「少ない材料で出来るスイーツはあるかなぁ……」
ぽつりと呟くとレシピブックがひとりでにページを捲り始めた。このレシピ本は少ない材料としか言っていないのにそれでも探してくれるんだなんてなんて偉い本なのだろう。
捲るページが止まったそのスイーツを見るとキャンディと書かれていた。
「キャンディ……」
洋菓子店で見たことがある。色んな色や形をしている一口サイズの小さなガラス玉のようなお菓子。都会ではもっと大きくて棒にくっついているキャンディがあるらしいのだけど、確か固くて舐めるものだと聞いている。
でも、初めて両親が奮発して買ってくれたプリンや母の作るクッキーで満足していたためキャンディは未知なるものだった。
「材料は砂糖と水……だけ?」
調味料だけで出来るのが不思議でそれだけで出来るとは思わなかった。でもそれだけでいいのなら挑戦してみよう。
急いで砂糖を用意し、レシピ通りに片手鍋の中に砂糖と水を入れて火にかける。スプーンなどでかき回すと上手くいかなくなるので触らず軽く鍋を回す。
「あ、色が変わってきた」
薄くきつね色に変わる様子をそのまま見ていたかったけど、レシピブックによればスイーツ作りには時間が大切だと書かれていたので、色が変わったキャンディをすぐに火から離して天板の上に流した。
黄金色のキャンディは面白いことにすぐに固まって熱がなくなるまで待つ。
固まってしまっているので天板からどう剥がすのかというと、ハンマーやアイスピックなどで直接衝撃を与えるらしい。
「ハンマーなら家の補修などに使う小さめのものがあったはず!」
急いでハンマーを取ってくると天板の下からあまり力は入れないように軽く叩く。……しかし、何も変わらなかったので今度は少し力を入れると、窓が割れるようにバリンとキャンディは欠片のように割れた。
……これはなかなかに楽しい。ちょっとしたストレス解消である。
まだ大きい欠片があれば手で割っていき、これでキャンディの完成。材料も少なくすぐに出来たので驚いてしまった。
「それにしても綺麗……」
黄金の宝石の欠片を見ている気分になり、これがキャンディなのかと興味津々の私は早速一口サイズの物を口に入れた。
煮詰めたときのあの砂糖の匂いが口の中に広がり、ガラスの欠片のような形だったものは少しずつ溶けて、その身が小さくなっていく。
暫く舐め続けていると黄金の欠片は消えていた。
「美味しいっ!」
これがキャンディなんだと感動しながらもう一つ食べてみる。舐めるものだとは理解しているけどそんなに厚さはないので噛めそうだと思った私は今度は奥歯を使い、キャンディを噛んでみた。
ガリガリと、舐めているときとは違う食べ方をしてみるがこれはこれで甘みが楽しめる。宝石を食べているような感じがしてなんだか心が踊った。
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レベルアップしました。ウォーターアブソープションを覚えました。
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ピロンッという音とメッセージ画面が目の前に浮かび上がって、私のテンションは上がる。
新しい魔法だ! と、ウキウキしながら魔法の詳細を確認した。
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・ウォーターアブソープション
水が含んでいるものを吸水することが出来る。
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「吸水……ってことはつまり!」
ハッとした私は試しに部屋干ししている服に手を添えてみる。
「ウォーターアブソープション」
口にした途端、手をかざしていた服がみるみるうちに乾き始めたのだ。水を吸って色濃かった衣類がじわじわと水気がなくなり、薄い色へと変わっていく。
数分も経っていないのにその服はすっかり乾いており、先程まで濡れていたのが嘘のようであった。
「凄い……! 便利だ!」
また便利な魔法を手に入れた私は他の濡れている服を同じように吸水し、全て乾燥させた。
「全部乾いた! さすが魔法の力……そうだ。これを使えば薪もすぐに使えるようになるんじゃないかな」
雨で濡れてしまっているからもう少し日を開けてから薪拾いをしようかと思ったけど、ウォーターアブソープションがあれば薪も使えるようになるかもしれない。
じゃあ、試しに明日薪を拾ってみよう。上手くいけばクッキーも作れるはず!