港町と服飾の町を越えて
イルをエルフの村に連れて行くため旅を出て二日目。いつの間にかスライムがイルの従魔になっていた。
どうやらそのスライムはイルの作ったビスコッティを深く気に入ったらしく、餌付けされたようにも思える。
それにイル本人もスライムにプニーと名付けて可愛がっているので問題はないと思う。名前が安直なのが少し気になるが……まぁ、すぐに慣れるだろう。
二日目も馬車に乗り続け、辿り着いたのは港町。次に乗り継ぐ馬車まで時間があるので少し見て回ることにした。
前回、俺が一人で来たときはすぐに乗り継ぎの馬車に乗ることが出来たのでこの町を探索はしなかったけど、港町だからなのか漁師と思わしき人や、海産物を売ってる店が多かった。
市場と思わしき通りを歩くと、海に出現するようなおぞましい顔つきの魚系? と思わしき魔物を解体するショーのような見世物が行われている。
遠目から見た様子だと普通の大きな魚を解体してるのとなんら変わらない気がするな。
魔物専門の魚介を扱っている店もあれば、よく見るタイプのまともな魚介を取り扱っている店もある。
あぁ、向こうには海藻系も売られていて……
「! イル、待ってくれ」
「ん? どうしたの?」
海藻専門の店の前に足を止めると、俺はある物を見つける。……寒天だ。
ザルの上に乗っている物は棒状に乾燥した寒天である。
「それは?」
「なんだ、お客さん初めて見るのか? こいつは天草から作った寒天だ。港町ではポピュラーなもんだが、よそにはあまり知られてないみたいだな。よくサラダにして食うぜ」
店主が説明してくれる。寒天は港町以外には売られていないのだろうか。王都では見かけなかったし。
「女性は特によく食うぜ。ヘルシーだからな」
「へー。そうなんですね。ねぇ、レイヤ。それ買うの?」
「あぁ、これがあれば羊羹が作れる」
「レイヤの好きな和菓子?」
「そうだ」
「じゃあ、買わなきゃだね」
まるで自分のことのように嬉しそうな顔を見せるイルに目を奪われそうになるも、すぐに目を逸らし寒天を購入してイルのなんでも入るアイテムバッグに入れさせてもらうことにした。こっちの方が傷まないのでいつでも使えるよと言われたからお言葉に甘えて。
まだ今は材料が足りないからすぐには作れないだろうけど、エルフの村で手に入ることが出来れば羊羹も作ってもらえるはず。
……俺の持ってるフードリアリゼーションは絶対に使いたくないので未だに使わないように封印を徹底してる。
勝手なことばかりするあの女神の加護とやらになんて頼りたくはない。
『イルー。ビスコッティはー? はー?』
「うーん、ごめんね。しばらくは作れないの。家に帰ったら作るからね」
『早く食べたいなー。なー』
イルの肩の上に乗るプニーがでろんと溶けるように張りつく。人に慣れすぎて魔物とは思えないけど。
しばらく港町を歩き、有名な海鮮料理を食べたりして次の馬車を待つ。
予定通りの馬車に乗ることが出来た俺達はまた次の町へと向かった。
『見て見てー毒沼だよー。よー』
「プニーは一発芸も出来るんだね!」
馬車の中でプニーはべったりと身体を広げ、自身の緑の体色を使い、毒沼に似せる芸? を始めた。特に意味はないのだが、そういう遊びなんだなと思うことにする。
次の町に到着したのは夕方頃。本日はここで宿泊することにする。明日はいよいよエルフの村に辿り着くことが出来るので、ここでしっかり休息を取らないと。
この町は港町に比べると発展した大きな町で、服飾が名産の町らしい。だからなのか町はお洒落な人が多い。
店も一店舗一店舗が大きくてショーウィンドウには人気であろう服が飾られている。
「この町は素敵な服がいっぱいだね」
「ここは有名なファッションデザイナーが多いことで有名な町らしい。そのブランド店やデザイン性の高いファッションがあちこちにあるとか」
「へー。確かにお洒落な人が多いね。ほら、これとか可愛いし」
ショーウィンドウに指を差しながら同意を求められるが、さすがに異性のファッションには詳しくないのでなんとも言えない。
「せっかくだから試着したらどうだ? このあとはどうせ宿を探すだけだから時間はあるし」
「そうかな? じゃあ、ちょっと行ってもいい?」
周りの人達のファッションに感化され、やはりイルもお洒落などをしたかったのだろう。興味津々な様子だったので俺は頷き、イルと共に一軒の洋服店に入店した。
女性服専門なため俺がいるのは少々浮くのだが、夫婦や恋人と思わしき男女ペアもいるので居心地が悪いほどではない。
イルはどこか目を輝かせながら服を取って姿見の前に立ち、いくつか身体に合わせていた。
今のイルの服は汚れてはいないが、長年着回しているのか、その布地は傷んでいるように思う。
町の人は飾り気のある人達ばかりだし、彼女も女性の心理的に羨ましいのかもしれない。
何せ少し前まであまりお金もなかったので衣服までお金をかけられなかったはずだ。
しかし、こういうショッピング時の女性は時間がかかる傾向があるらしいし、俺はどうするべきか。少し辺りを見回ってみようか。
……いや、しかしそれだと合流に時間がかかりそうだし、大人しく待つしかないだろうか。
「ねぇ、レイヤ。こっちとこっちどっちがいいかなっ?」
そう言って二着の衣類を両手に持つイルが俺に尋ねるが、うっ、と言葉に詰まる。だって、この手の質問は俺には難しいからだ。
何度か女性に聞かれたことがあるが、両方似合うんじゃないかと言えば「どっちがいいのかって聞いてんの」と不機嫌になり、こっちがいいんじゃないかと言えばそれは違うでしょと言わんばかりの不満げな顔をされる。……じゃあ聞かないでくれと何度思ったことか。
……きっと、センスがないのだと思う。だからこの手の質問は断ろうと思った。
「あー……悪い。俺、センスがないからあまりよくわからないんだ」
「そう? そういうのは気にしないんだけど……。あ、好きな色とかはある?」
「好きな色……? あまり考えたことないな」
「そっかぁ」
うーん、と唸りながらイルは再度両方の服を身体にあてる。……何か言っておけば良かっただろうか。
「プニーは好きな色はある?」
『んー? 緑が好きー。きー』
「あー残念。緑はないんだよね」
プニーにも尋ねてみるが、持ってる衣服に関する答えがなかったので少し落胆していた。
「……その、リボンがついているワンピースのセットはどうだ?」
さすがに不憫に思えてきて、なんとなくこれがいいんじゃないかと思っていた服を指差す。
別にもう一着の服が合わないわけじゃなく、第一印象ではこっちの方がいいと思っただけ、とイルに説明すれば彼女は嬉しそうに笑顔を見せた。
「ほんとっ? 着てくる!」
あまりにも喜んでいたので、もしかしたらイルもその服が良かったのかもしれない。珍しく正解を引き当てたらしいので俺もホッと一安心した。
イルが試着をしにフィッティングルームに入ってしばらくすると、俺が選んだ服を着て彼女は出て来た。
「いいね、これ。私も好きな感じかも」
「それなら良かった。着心地は問題ないのか?」
「うん。いい素材っぽくて生地は薄く見えたんだけど、結構しっかりしてて着やすいよ」
「そうか。よく似合ってるから安心した。それは買うのか?」
「そうだね。せっかくだから買っちゃおうかな」
「わかった」
「じゃあ、着替えてくるね」
またフィッティングルームへと戻ったイルを見送り、俺は近くで見ていたであろう店員さんに声をかける。
「すみません、彼女の着ていた服いただけますか?」
「はい、かしこまりました」
イルが着替えている間に会計をすませる。ここまで着いて来てもらった礼も兼ねているのでプレゼントとして贈ろう。
その後、着替え終えたイルが出て来ると、スタンバっていた店員さんが彼女から服を受け取り、綺麗に畳んで袋に詰めた。
まだ何も言っていないのに、と不思議そうなイルに付き合ってくれた礼として受け取ってほしいと話せば、彼女は驚きに目を丸くさせる
「いや、いやいや! そこまでいいよ! 私が買おうとしてた物だし!」
「何かしないと俺の肩身が狭くなるから気にせず受け取ってほしい」
「うっ、そう言われると断りづらい」
断るも何ももう購入したので受け取ってもらわなきゃいけない流れにはなるんだけど。
袋詰めされた衣服をイルが店員さんから受け取ると、嬉しそうにそれを抱えてくれた。
「ありがとう、レイヤ。明日、早速着てみるね」
「あぁ」
世話になっている上に材料を得るためにこうやって足も運んでもらっているから少しでもお礼になればそれでいい。
さすがにこちらとしても施されっぱなしなのは申し訳ないからな。
服屋を出ると宿探しの再開だ。とはいえ、ここは一際大きな町で宿泊出来る施設は多く建ち並んでいる。
なので、その日は問題なく宿は取れたから、昨日のような野宿は免れた。
もちろんイルとは別部屋でプニーはイルの部屋で寝ることになったそうだ。まぁ、従魔だから当然である。
そして翌日、イルは昨日言った通りに買ったばかりのワンピースを着てくれた。
凄く機嫌が良さそうにワンピースを触ったり、動きを確認したりと俺が思っているよりも新しい服を気に入っているようだった。
『イル、服がピカピカで綺麗だねー。ねー』
「うん。素敵な服だよね」
プニーはイルの肩の上で服を褒めていた。どうやらあのスライムはイルの肩の上が気に入ったのか、昨日からずっとその場所を変えていない。居心地がいいのだろうか。
「じゃあ、エルフの村だが、ここから結構歩く。今から出発すれば昼過ぎには到着予定だ」
「いよいよ今日中にエルフの村に辿り着けるんだね!」
「あぁ」
イルはエルフの村を楽しみにしているのか、ワクワクしてるのが凄く伝わってくる。
一度足を運んだ身としてはエルフの村の感想は普通……なんだよな。エルフも人とそんなに変わらないし。
しかし、わざわざそれを言うのも悪いし、個人的な感想を押し付けるわけにもいかないので、そこはイルがどう思うか彼女自身が判断するだろう。
エルフの村まであともう少し。




