収穫祭と料理大会
収穫祭当日。町の広場へと通じる道にはいくつもの屋台が並び、お祭りムードで活気づいていた。
メインの特設ステージでは午前中は秋の味覚を使った大食い大会が行われていて、焼きいもやかぼちゃ丸ごと使ったグラタンなどのメニューがあり、大いに盛り上がっている。
私が出る料理大会は午後からなので少し時間があるため、レイヤとリリーフと一緒に屋台を見回っていた。
「人の数が凄いな……」
「あら、余所者は知らないのね。スタービレでは祭りごとになるとほとんどのお店は閉めて屋台を出店したり、祭りを楽しむ人で分かれるから外に出る人ばかりなのよ。だからスタービレの人達みんなが集まってるようなものなんだから」
「リリーフ、余所者って言い方は良くないよ……」
相変わらずリリーフはレイヤへの当たりがキツイ。私がやんわりダメだよと言ってもフンとそっぽ向くのだから困ったものだ。
ただ嫌ってるだけならもっと強く言えるのだけど、出自不明でさらに私の家に一緒に住んでいるからレイヤへの警戒心が異常に高くなってしまった。
私のことを思っての態度でもあるため私も口うるさく言えないけど、レイヤはいい人ということもよく理解してるので早くリリーフも信じてくれたらいいなぁ。
しかし、このままではいつかレイヤの気分が悪くなってしまう。レイヤに「ごめんね……」と謝ると、彼はさも当たり前のように口を開いた。
「まぁ、間違いじゃないからな」
……レイヤ。少しは怒ってもいいんだよ? でも、彼の大人の対応のおかげで一触即発にはならずにすんでいるので、それはそれで有難いことではある。
そんな私達三人で色んな屋台を見て回った。サンドイッチ屋さんやカットフルーツ屋さん、アーチェリー屋さんやアクセサリー屋さん、本当に色々とある。
そんな中、クレープ屋さんを見つけた私は二人に声をかけた。
「ねぇ、私クレープ食べたい!」
「クレープって……あんた自分で作れるのにわざわざ買うの?」
「家で作った物を食べるのと、祭りの屋台で食べるのとじゃ雰囲気が違うからね」
「あぁ、確かに一理あるな」
「そう……好きになさい」
溜め息混じりに許可を出してくれたリリーフにやったーと喜んではそのままクレープ屋さんへと向かった。
別にリリーフの許可は必要ないんだけどね。それでも歳下にしてはしっかり者のリリーフに一言告げておかなきゃいけないような気がしたから念のために言っておいた。
クレープの種類はシュガーバターやカスタード、フルーツなどなど。
やはりチョコレートや生クリームは単価が高いのでラインナップにはないのだけど、これが普通である。王都なら生クリームやチョコレートの流通も多いから割高でも屋台に並んでいたりする。
私はカスタードバナナクレープ、レイヤはシュガーバタークレープ、リリーフはカスタードイチゴクレープを注文した。
「リリーフもなんだかんだ言ってクレープ食べるんだね」
「あたしは自分で作らないから食べるのよ」
そう言うけども一緒に食べることが出来るのはなんだか嬉しい。同じ食べ物でも一人で食べるのと、誰かと食べるのとでは全然違うからね。
しばらくして、最後に出来上がったリリーフのクレープを受け取り、食べ歩きしようとしたそのときだった。私達の後ろに並んでいた人が声を上げる。
「店主よ。チョコレートを使った物はないのか?」
「すまないね、お嬢ちゃん。そんな高価な物は使ってないんだ」
「むむ……」
どうやら次のお客さんは少女のようだ。しかも生クリームよりもお高い材料のチョコレートを所望するとは貴族やお金持ちの子なのだろう。
ちらりと後ろを向くとその少女は怪しげなフードを被っている。
……ん? なんだろう、この既視感は。なんだかどこかで見たことあるような。
ジーッと少女を見つめていると、私の視線に気づいたのか、少女と目が合った気がした。そう、気がしたのだ。なぜならフードで少女の目がよく見えないから。
「あっ……」
どうやら少女は私の存在に気づき、さらに私のことを知っているようだ。……いや、待てよ? 確か、この子……私とぶつかって……ハッ! そうだ! 謎の花の種をくれた女の子だ!
「もしかして、君は……」
「!」
あのときの花の種の少女。と口にしようとしたら少女が驚く様子を見せながらも、隣にいた連れと思わしき同じフードを被った男性の腕を引っ張った。
瞬間、男性は無言で少女を脇の下に抱えるように持ち上げて、まるで逃げるように凄い速さで去って行ってしまった。
「ま、待って……!」
「……何今の。イル、知り合い?」
「俺が言うのもあれだが、見るからに怪しかったな」
「知り合い、というほどでもないんだけど……例の花の種をくれた子なの……」
「「!」」
正直に二人に告げると、レイヤもリリーフも驚いた表情をした。
「ちょっ……あのよくわかんない花の種を押し付けた張本人だって言うの!? それじゃあ探して取っ捕まえなきゃいけないでしょ! あの花はなんなのか問いたださなきゃ!」
「いや、そこまでしなくても……」
「……でも、イルを見て逃げ出したのだから何か疚しいことが少なからずあるんじゃないか?」
「あの花は綺麗に咲いてるし、特に問題もなさそうだから大丈夫だと思うんだけど……」
それにこの人の多さではあの二人を見つけるのは難しいのかもしれない。
けど、気になるのは少女の隣にいた男性だ。私は女の子しか会ったことないのだけど、明らかにあの男性も私のことを知っているような雰囲気だった。
……カトブレパスの関係で新聞に載ったから顔を知っているだけなんだろうか? どちらにせよ、あの二人はフードで顔を隠すのだから人前で顔を出せないような人達だと思うんだけど、一体何者なんだろう。
「何を根拠に大丈夫だと思ってんのよっ! 次見つけたら絶対取っ捕まえるのよ! わかった!?」
「う、うん……」
はたして次があるのだろうか。でも、確かに気になるといえば気にはなるんだけどね。
そんなこともあり、再び屋台巡りを始めた私達はドリンク屋さんでジュースを飲んだり、アーチェリー屋で弓を使って的を当てるゲームをしたりして楽しんだ。
そうしているうちに私が出場する料理大会が迫ってきたので急いで特設会場へと向かった。
料理大会にはメイン、デザート、その他の三種類の部門がある。プロアマ問わずなので誰でも参加出来るのだが、やはりプロの優勝が多い。
しかし、たまにプロを負かすようなアマチュアもいるのでそのときの盛り上がりようはとてつもないものだ。
もちろん私はデザート部門の出場。せっかくだから優勝を目指したいところである。
料理は全て出来上がった状態での審査となるので予め別室で準備をしなければならない。
レイヤとリリーフと別れて、審査までに一人で作る私は他の参加者が集う別室の調理場で作業を始めていた。
「あ、ザーネさん」
「こんにちは、イル様」
パティスリー・ザーネの店主であるザーネさんを見つけたので声をかけると、彼はぺこりと頭を下げて挨拶をしてくれたので私も「こんにちは」と返す。
調理場は私の知らない人達ばかりだったので顔見知りの人がいるおかげで少し安心してしまった。
「ザーネさんも出場するんですね」
「はい。旦那様に宣伝も兼ねて出場したらどうだ? と仰っていただきましたので」
「そうなんですね。頑張ってください」
「ありがとうございます。イル様も健闘を祈ってます」
お互いに励ましあい、それぞれの作業場に着く。ショートケーキを作るため料理を開始した私はレシピ通りに作り、滞りなく時間内に完成する。
レスペクトであるカトブレパスのミルクを使った生クリームなんだし、そんな高価な材料も使っているのだから優勝に近いはず! 高くて美味しい物は審査員だって大好きだろう。
しかし、私はそこでハッと思い出す。ザーネさんの存在を。
ちらりと彼の出品料理を遠くから眺めると……ショートケーキを作り上げていた。
ま、まずい。これはまずい! 出品料理が被っているだけじゃなく彼の腕はピカイチなので明らかに味の差が出てしまう。
私のバカ! ザーネさんが出場する時点で彼が自慢のショートケーキを出すってことに気づくべきだったのに!
いや、まだ諦めてはいけない。私は素人だし、もしかしたら甘めの審査だってしてくれる可能性があるかもしれないし!
『デザート部門の優勝はザーネ! 素材だけじゃなく技術も素晴らしく、審査員みんな納得の満点でした!』
結果発表を伝えるマイクを通した司会者の声が特設ステージから響いた。
甘かったのは私の考えだったかーー!! うん……仕方ないよね。そりゃあザーネさんの特製ショートケーキに勝てるはずがなかった……。
舞台上でドキドキしながら結果を待ったけど、やはりという結果だし、不正も何もないという証拠でもあるのである意味安心だ。
それに私のケーキを食べる審査員の人達もみんな美味しいって言ってくれたから私としてはそれが嬉しい。そのあとに食べたザーネさんのショートケーキには大絶賛だったけど、仕方ない。相手が悪かった。
ステージの上には優勝したザーネさんが花束を貰い、賞品の授与が行われた。優勝賞品は秋の味覚山盛りセットとのこと。いいなー。
そう思いながらデザート部門を終えた私はステージを下りた。
「イル、お疲れ様。優勝じゃなかったけど、頑張ったんじゃない?」
「残念だったけど、審査はいい感じで良かったな」
リリーフとレイヤが私を出迎えてくれた。優勝を逃したけど、それでも二人は私を称えて励ましの言葉をかける。なんだかそれが凄く嬉しかった。
「イル様」
そこへ、花束を抱えたザーネさんもやって来た。相変わらず表情は無を貫いている。
「ザーネさん! 優勝おめでとうございます!」
「いえ、イル様の提供してくださっているカトブレパスのミルクのおかげです」
「そんなことないですよ。同じショートケーキを作った私とザーネさんでは仕上がりが全く違いますし、そこはザーネさんの実力です」
「それでも、あなたのおかげなのは変わりありません。ありがとうございます。それで……お礼、と言うほどのものではありませんが、こちらを受け取っていただけますか?」
そう言って彼は花束から花をいくつか抜き取り、私へと数本の花を差し出した。花に詳しくないのだけど、赤ワインのように人目の惹きつける濃い赤、深海のように飲み込まれそうな深い青、雪のように汚れの知らない純白の花がとても綺麗である。
「わぁ、いいんですか? ありがとうございますっ」
「いえ、これからもよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるザーネさんはそのまま花束を抱えて帰って行った。
「あの人が新しく出来たっていう洋菓子店の店主か」
「優勝したのに威張り散らさないのね」
「ザーネさんはそういう人じゃないよ」
しかし、これはいい宣伝になっただろうな。次の日からは人が殺到しそうだ。
そのあと、その他部門でクラフトさんが出場するとのことなので応援観戦することになり、クラフトさんは無事にその他部門優勝を勝ち取り、私の中では本日一番の盛り上がりだった。
「あやつ、デザートを作れるのか。チョコレートデザートも作れるのではないか?」
「それはどうでしょうか。高級材料だと仰っていましたし」
時は少し遡り、イルがデザート部門でショートケーキを出品したときのこと。
クレープ屋台にてイルから逃げ出したフードを被る少女と青年の二人組はステージに立つ彼女の様子を見ていた。
「それよりも、なぜ先程彼女が近くにいることをあなたが気づかなかったんですか。鼻だけは異様に利くのが取り柄でしかないと言うのに」
「鼻だけが取り柄なわけなかろう! あれは甘い物の匂いが強くてあの娘の匂いが霞んだだけだ」
「はぁ……いざと言うときは使えない君主で困りますね……」
「お主はもう少し余への態度を改めんか!」
「では、態度を改めようと思われるように努力なさって下さい」
「うぐぐ……」
魔族の王、デジールは綿あめを食べながら側近であるアドラシオンの無礼な態度に激怒する。
本来ならば王に不躾なことを口にする配下は首を切られたり側近から外すこともあるのだが、アドラシオンが相手ではデジールはその権限を発揮出来ない。
なぜならアドラシオンは元々前魔王に仕えていた男で前魔王の命令により、デジールの側近として傍にいる。そのため彼は側近でありながら監視役であり、教育係も兼ねていた。
「まぁ、いい。余はあの人間にチョコレートを使ったスイーツを作ってもらうよう頼んでみることにしよう」
「……人間に頼むつもりで?」
「魔界には作れる奴なんぞいないからな」
「でしたら優勝した人の方がいいのでは? あちらの方はその道のプロのようですし」
「あの者は……無愛想で好かん。それにあの娘は研究対象でもあるし、顔見知りだからな」
「あぁ、相手を見て選んだということですか。せこくてとてもいいと思いますよ」
「せこい言うな!」
周りから見るとフードを被った二人はあからさまに怪しい存在ではあるが、仲の良さそうな雰囲気にも見えるため、町の人達はあまり彼女達を気にすることはない。
まさか自分の元へ魔族の二人が向かうなんてこのときのイルは思いもしなかった。




