チラシ配りと次に作るスイーツ調べ
翌朝、七時営業の商業ギルドに合わせて向かうと既に掲示板前は人が集まっている。
吟味したのちに貼り出されている紙を取って受付に向かう人や、合う仕事がなかったのか、溜め息を吐いて帰る人もいた。
私もどんな仕事があるのか、ざっと見ていく。
皿洗い、給仕、荷物運び、などなど色々な仕事が募集されていた。これは地道に一軒一軒仕事を探すよりとても早く見つかりそうだ。
飲食店などは昼食や夕食のピーク時が一番人手が欲しいらしい。募集日数は一日と書いてはいるが、もちろん、長期も大歓迎とのこと。
「ううむ……」
長期契約のお仕事を見つけて安定したい所だけど、こうも沢山の種類があると悩んでしまう。
とりあえず最初は色んな仕事をやってみて、合う職種を探すのもいいかもしれない。……うん、今までと変わらない気もするけど、仕事は見つけやすくなったから良しとしよう。
そういうわけで悩んだ末に決めた仕事の貼り紙を手にして、受付へと向かった。
「すみません、こちらのお仕事をしたいのですが」
「あ、イルさん。おはようございます。早速お仕事開始ですね」
受付を担当したのは、昨日思い切り謝罪をしてくれたあの女性だった。胸のネームプレートを見れば名前はレアーレと言うらしい。
「こちら、チラシ配りのお仕事で間違いないですか?」
「はい」
「では、こちらの業務内容をご確認いただきまして、問題がなければサインをお願いします」
差し出されたのは詳しい業務内容や食事の有無といった仕事に関する注意事項、契約内容に関するものだった。
業種や賃金、求められる要素などは貼り紙に大体書かれているので問題はない。
業務時間は九時から十六時。ノルマ制ではなく、休憩も好きな時に一時間取ってもいいので自分のペースで出来そうだ。
食事なしで四千ゴールド。
直接お店で募集している所に比べたら安い方ではあるかもしれないが、商業ギルドへの手数料も支払っているので仕方ない。こちらもすぐに仕事を手に出来るので有難いことである。
書類を確認してサインをすると、ギルドカードの提示を求められ、レアーレさんに差し出す。
恐らくギルドカードが本物かの確認作業だろう。すぐに返却され、仕事に必要なチラシが入った大きな鞄を渡された。
「配布場所はお任せとのことですので、イルさんの自由にお配りして大丈夫です。それでは、受付は以上となりますので終了時刻になりましたらまた報告にいらしてください。その際に終了登録と報酬金をお渡しします」
「はい。ありがとうございました」
早速、斜めがけの鞄を掛けて商業ギルドを出た。
チラシの内容は王都にサーカス団が来ているのでその宣伝チラシである。
これには私も普通に興味があるので気にはなるが、今は娯楽のお金すらもないのでいつの日か行けたらいいなぁ。
一先ず、人通りの多い場所でチラシ配りだ。
「やっぱり人が多いといえばここかな」
スタービレの町で人通りが多いのは、やはりお店が密集した商店街。道幅は広くはないけど、活気があるので買い物や娯楽目的の人は大体ここに集まっている。
仕事開始の時間までまだ一時間以上あるのでその間は通りをフラついてみた。
お給金を受け取ったら食材を買わなきゃ。スイーツも色々作りたいし、出来るところから始めないと。
「あ、クラフトさんのお店だ」
クラフトさんと看板娘のリリーフが働くパン屋さん、ベーカリー・リーベが見えてきた。
最初は仕事探しに難航する私に仕事を与えようとしてくれたのだけど、さすがにそこまでお世話になるわけにはいかないので丁重にお断りさせていただいた。
ただでさえ、パンをくれたりするのに甘えられない。
もちろんお仕事を見付けて、お給金が出たときはちゃんと買いに行かせてもらってるのでずっと貰ってるわけじゃないんだけど、クラフトさんが優しすぎるのだ。
「やっぱり朝方は混んでるなぁ……」
ベーカリー・リーベは外まで人が並んでいて、忙しそうである。朝は焼き立てパンが沢山並ぶし、朝ご飯にはちょうどいいんだよね。
お金を受け取ったらパンを買いに行かなきゃ。
そんなふうにあちこち見て回っていると仕事始めの時間になったので、お店の邪魔にならないように向かい合う店の真ん中でいくつかのチラシを抱えた。
「よし、早速お仕事開始っ」
行き交う人にチラシを渡して行く。サーカスのチラシだからか、受け取ってくれる人が多くて順調であった。
中には親子連れが受け取って、「行きたいねー」と話しながら帰って行ったり、老紳士が「昔、婆さんと観に行ったものでな」と話してくれたりもした。
そして、お昼の十二時を迎えた頃。
「サーカス団の公演お知らせでーす! よろしくお願いしま、あッ!?」
慣れてきたから油断したのかもしれない。あちこちに向かう人に合わせて動いていたので、足が縺れてしまい、バランスが崩れて倒れてしまった。
べしゃり。何とも情けない音で転けてしまうが、正直言ってしまえば日常茶飯事なので仕方ない。
それよりもその衝撃で鞄に入っていたチラシが地面にばら蒔いてしまった。
「やってしまった……」
急いで散らばるチラシ達を掻き集めると、残り一枚が風に飛ばされてしまう。
「あっ!」
慌てて手を伸ばすけど届かなくて、そのチラシは一人の少女の手によって掴まれた。
「もう、何やってんのよ」
「リリーフ!」
チラシはリリーフが取ってくれたため、一枚も無駄にすることがなく終わって、胸を撫で下ろす。
チラシ一枚とはいえ、商売道具を傷つけてはいけない。
「あはは、ごめんね。そして、ありがとう、リリーフ。助かったよ」
「チラシ配りよね? 次はすぐに仕事が見つかったのね」
「うん。昨日ね、商業ギルドに行って登録したの」
私の口から商業ギルドという言葉が出たことに驚いたのか、リリーフは瞬きを繰り返した。
「……そう、ギルドにね。……大丈夫だったわけ?」
「大丈夫。もう大丈夫だよ。ギルドの人に優しく教えてもらったし。気を遣ってくれてありがとう」
「……そんなことより、仕事中でしょ。休憩は取ったの?」
「あ、まだなの。ちょうどいい時間だから今から休憩しようかな」
「じゃあ、少しだけ付き合ってあげる」
「ほんと? リリーフ、お仕事は?」
「あたしも少しだけ休憩なの。外の空気を吸いに散歩してるだけだから」
それなら少しだけ一緒にいようという話になり、近くのベンチに座る。
「商業ギルドに入ったなら確かに前よりかは仕事は見つかりやすいはずだから、さすがにもう金欠はなくなるわね」
「うん。ちゃんと貯金したいしね」
「そもそもあんた二十一よね? 十六から商業ギルドに登録出来るのに両親が亡くなるまでずっと町で仕事を探してたの?」
「いや~私ね、ほんとは王都で……出来れば稼ぎのいいお城で働きたくて勉強してたの。お父さんとお母さんを楽にさせたくて。だから亡くなるまで働いたことなかったの」
「なるほどね。今も王都を目指してるわけ?」
「あー、ううん。目的は二人を楽にさせたいだけだったから今は別に……かな」
「夢もないの? 若いのに」
「リリーフの方が若いのに……」
年下にそう言われるとは思わなかった。本当にリリーフは十九歳とは思えないほど面倒見がいい。
「あ、でもね、目的は出来たよ。これ、見て」
ちょうどいいからリリーフにレシピブックのことを話しようとして、本を取り出すようにレシピ本を手の中に出現させた。
「……え? ええっ!? あんた、魔法使えたの!?」
「あ、いや、これは女神様からのご加護で……」
それからリリーフに説明をした。ステータスを見せて自分の運が-100だということ。女神イストワール様にプレゼントを授けてくれたこと。レシピブックの力のこと。
「まぁ……言いたいことはわかったわ。イルの運が最悪なのも頷けるし」
「うん。それは自分でも否定はしないかな……」
「変な押し売りじゃないみたいで安心したけど」
「私そこまで騙される性格じゃないんだけどなぁ」
「それで昨日作ったお菓子がそれなのね?」
お昼に食べる用として朝早くに作ったラスクを指差すリリーフに大きく頷いた。
「リリーフも食べてみてよ」
「それじゃあ、ひとつ……うん、確かにラスクだわ。ちゃんと美味しいけど至ってシンプルね」
バケットタイプのラスクをひとつ取って口に頬張るリリーフを見て、不味いと言わないか心配だったけど、美味しいという言葉が聞けて安心した。
「ラスクはうちでも廃棄になるパンでよく作ってるのよ。だからあたしも小さい頃からよく食べてるわ」
「そうなんだ、ラスクって美味しいね。あ、そうだ。昨日それで覚えた魔法なんだけど、見てて……ファイア」
「!」
試しにリリーフの前で人差し指を立て、覚えたばかりの火魔法を見せる。ポッと灯る様子を見た彼女は少し驚いたあと、クスリと笑った。
「凄いじゃない。魔法は適性があるから誰でも出来るわけじゃないし、適正のある人は大体冒険者になる人が多いのよね。イルはそれ以上のことが出来る可能性があるわけか」
「うーん……でも、私も冒険者になりたいわけじゃないしなぁ」
「まぁ、お菓子を作って食べるだけで魔法や身体能力が上がるなんて凄いんじゃない? 女神様からのご褒美なんだから出来るところまでやればいいわよ」
「そうなんだけど、次は何を作ればいいかなって思って。やっぱり材料を揃えるだけでも大変だから最初は少ない材料で出来る物がいいんだけど、これ分厚いから探すのが大変で……」
「因みに今ある材料は?」
「えっと……卵と牛乳、かな」
「……本当に何もないのね」
調味料とかもちゃんとあるよ! って、説明するが、リリーフの憐れむような視線は変わらなかった。
すると、レシピブックが突然パラパラと捲り始めた。初めてラスクを作った時のように。
「わ、また!」
「本が勝手に……」
そのまま様子を見守ると、やがてプリンと書かれたページで止まった。
「プリン……」
「イル。材料を見て」
リリーフに言われて指を差す材料の文字を見ると。そこには今の私にはちょうどいい数であった。
「卵と牛乳、それに砂糖だ!」
「それにしても凄いわね、このレシピブック。材料を言うと自動的にレシピを検索してくれるんだもの」
「あ! なるほど! そういうことだったんだ!」
確かラスクを作るきっかけになった時も、今ある材料を口にしていたはず。だからラスクのページを開いてくれたんだ。
「凄い! リリーフってば頭いいね!」
「ちょっと考えたらわかるでしょ」
「このレシピ本もオススメを教えてくれるから偉いなぁ~」
「じゃあ、次作るのが決まったところだし、あたしはそろそろ戻るわ。プリン、あたしの分もよろしくね。じゃ」
「うん! ありがとう、リリーフ! 任せてー!」
ベンチから立ち上がるとリリーフは手を振って自分のお店に帰って行った。
……ん? 今、サラッとプリンを強請られてしまったような。リリーフ、食べてくれるんだ?
そうとなればやる気が更に湧いてきた! 休憩が終わったら午後もチラシ配りを頑張って、お金を貰って、買い物してプリン作りしなくちゃ!
午後のチラシ配りは午前中ほど受け取る人が少なくなった。それもそのはず、午前中に受け取った人が殆どなので、周りは既に手にしてくれた人ばかり。
これは場所を変えた方がいいのかもしれないと考えて、次は町の外付近の馬車待ちの人達に配っていく。
馬車に乗る人は王都に向かう人も中にはいるので、興味を持った人はすぐに受け取ってくれた。
そうしている間に終了時刻の十六時になり、四分の一ほど残ったチラシを鞄に詰める。
最初は半分も配れるだろうかと思ったけど、想像よりも捌けて良かった。
いそいそと商業ギルドに戻るとちらほら終了報告の人で受付が少し混雑をいていたため、私も列に並び順番が来るのを待つ。
「あ、イルさん。お帰りなさい。それでは作業道具などをお預かりします」
「はい。お願いします」
受付のレアーレさんにチラシの入った鞄を返すと、中身を確認し、ギルドカードを作った時に使ったあの鉱石を再び取り出して、手を当てるように言われる。
青白く優しい光が放つも、その光はすぐに治まった。
「はい。終了報告完了です。お疲れ様でした」
「あ、今ので終わりなんですね?」
「はい。こちらの鉱石は人の基本的な情報をインプットし、データ化することが出来る物でして、ギルドカードにもこの鉱石が使われていますので、自動的にリンクし、登録した情報や職歴を更新することが出来ます」
「へぇー。そんな凄い物だったなんて……」
魔道具になるくらいなのだから、やはり便利な物だ。私のような町外れの田舎住まいみたいな人間にはこの手の話は疎くて仕方がない。
「因みに終了報告のときに手を当てることで、ちゃんと仕事をこなしたのかその身が一番理解してるはずなのでその情報を得て判断しております。なので嘘発見器としても活躍してますね」
「わ、私は大丈夫ですよね? ちゃんとお仕事したんですがっ」
「もちろんです。虚偽の報告をした際には赤く光りますので」
「良かった~」
「では、お給金のお支払いをさせていただきます」
そしていよいよ支払われるお給料。レアーレさんがゴールドの入った麻布を用意した。
「四千ゴールドです。お受け取りください」
「ありがとうございます」
「それではまたお待ちしております」
ペコッと頭を下げるレアーレさんに自分からも頭を下げて、お給金を頂いた私は買い物をするため、急いでギルドを出て行った。