スコーンと謎の少女からの謎の種
その日は朝から旦那様宅に生クリームを届けた。旦那様の専属パティシエさんがレスペクトから取った高品質と言われる生クリームを使って商品用のスイーツを試作するため。
お店のオープンはまだ少し先なんだけど、お店が完成したら生クリームの配達はそのお店に変わるわけである。
レスペクトの生クリームは美味しいからね、そんでもって旦那様のお気に入りのパティシエさんが生み出すスイーツなら流行るだろうなぁ。
安定した収入も得られるし、あとは不運さえ解消してくれたら問題ないんだけど。
……さっきも打ち水しているご婦人の水を盛大にかかってしまってびしょびしょになってしまったんだよね。ウォーターアブソープションで服は乾かしたけど。
「早く帰ってリリーフとのお茶会の準備をしないと」
本日は私の家でリリーフと女子会を開催する。いつも私が彼女の家に遊びに行ってお茶をするのだけど、今回はリリーフがうちに来てくれるのでちょっと張り切ってしまうのだ。
だから急いで帰宅するため足にハイスピードの魔法をかけようとしたときだった。突然目の前にフードを被った人がこちらに向かって走って来たので、慌てながらも避けようとしたが時すでに遅し。
「わっ!」
そのままぶつかってしまい、後ろへとすっ転んでしまった。
「い、たた……」
勢いよく突っ込んで来た人に押し倒される形になったのだけど、衝突した人は何も言葉を発しないまま、鼻をひくつかせてからゆっくりと起き上がる。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
普通はこちらがそう声をかけられるべきだけど、何も言わないわけにはいかないので、私も身体を起こして目の前の顔も表情もフードに隠されている人物に声をかける。
「そなた! よくぞ身を挺して余を守ってくれた! 褒めてつかわそう!」
「へ?」
無言のままと思いきや、大げさなくらい大きな声で恐らく……お礼? ともとれる言葉をいただいた。でも、守ったつもりは全然ないのでお礼を言われるようなことはしてないんだけど。
見たところ顔も表情も見えないが、声と身長的に十代半ばくらいの女の子と予想する。
しかし……なんだろう、このお偉いさんのような物言い。そしてどこかわざとらしく、この台詞を言わなければいけないという演技っぽさも感じる。
目の前の相手を不思議そうに見ていると、彼女がポケットから何かを取り出して、私の手を取り、それを握らせた。
「褒美として花の種をやろう。そなたの庭に必ず植えるがよい! 絶対にだぞ!」
「えっ、花の種? 一体なんの……」
「ではな! 心優しき者よ!」
「ちょっ、あのっ!?」
詳しいことを聞こうとしたらなぜか逃げるように立ち去ってしまった。一体あの少女はなんだったのだろう。
残されたのは私の手の中にある花の種らしきもの。よくわからないまま、まぁいっか、と口にして急いで帰宅することに決めた。
イルがその場から離れるのを狭くて薄暗い建物の隙間から確認する一人の男がいた。そんな彼の背後に瞬間移動をするかのごとく現れたのは先程イルと衝突した少女である。
「どうだ、アドよ! 余の完璧なる演技の素晴らしさ! 女優になれるのではないかっ?」
フードを脱いだ少女は美しいほどに輝く金色の長髪に血のよう赤い目をして自信満々の笑みを男に向けていた。
「とても素晴らしかったですよ。あまりにも棒読みで胡散臭いくらいのぶつかり方。普通ならあそこまであからさまには出来ませんので、わたくしはハラハラ致しましたが、そこまで自信を持てるのはもはや清々しいくらいです」
対するアドと呼ばれる男は控えめな笑みを浮かべて、少女に向けて優しく拍手をする。
彼は執事服を身に纏い、モノクルを装着し、長い髪は銀色でその瞳は少女と同じ赤い目をしていた。
そんな遠回しに謗る男の物言いに少女は頬を膨らませる。
「褒めてないな貴様」
「察していただき何よりです」
「貴様はもっと主人に対する態度をどうにかせんか!」
「努力は致します。努力は」
「……まぁ、いい。目的は達成したのだからな。あとはあのスターサーベイランスの花が咲けば良いだけであろう」
「スターサーベイランス……またの名を監視花。先程の人間の女性を監視するためとはいえ、しっかり花咲くまで世話をしなければ意味を成しませんけど、成功しますかね?」
スターサーベイランスとは表向きでは黄色い星の形をした花を咲かせる植物だが、実は魔力を注ぐと花を通して映像や音声を拾うことが出来る言わば盗聴カメラのようなもの。
人間の住む世界では手に入ることがまずないその植物は魔界にしか存在しない。だから人族でも知る者はあまりいないという。
「絶対にと言い付けておる。問題ない」
「……我が主ながら能天気で笑えてきますね」
「フン。そう言うのは結果を見てからにしておけ。余が絶対にと言ったのだから言われた通りにするであろう。皆そうしておる」
「それはあなた様が何者かを存じ上げているだけであってここは魔界ではありません。そもそもあなたの正体を隠すためにそのフードを被っているのでしょう。人は我々を恐れるのですから」
「……そうであったな」
男の言葉に少女は自身の格好を思い出し、悔しそうに唇を噛んだ。
「上手いこと植えてくださるといいですね」
「そうしてもらわねば困る。カトブレパスの中でも凶暴な奴を使役しておるのだ。詳しく観察させてもらわんとな」
「しかし、本当に彼女がカトブレパスを従魔に? そのようには見受けられませんでしたが」
「もちろんだ。カトブレパスの臭いがしたのだから間違いない」
「相変わらず犬のような無駄にいい鼻ををお持ちで」
「本当に腹立つ物言いしかせん奴だな貴様は。余は魔界の王であるぞ!」
「もちろん存じ上げていますとも、デジール様」
左手を胸に当てて、いけしゃあしゃあとお辞儀をする男にデジールと呼ばれた少女はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「というわけで花の種を貰ったんだけど……」
レスペクトに例の花の種を見せながら事の経緯を話してみたんだけど、軽く溜め息を吐かれてしまった。
『……怪しさしかないな』
「一応、鑑定してみたんだけど、なぜか出来なくて……なんでだろう」
念のためにアプレイザルを使用してみたんだけど、鑑定出来ませんと表示されてしまって結局なんの花の種か情報を得ることが出来なかった。
『鑑定されないように魔法で封印か何かされているのだろう。怪しいと自ら言ってるようなものではないか。破棄するべきだ』
「……でも、そんな危ない物とは思えないからせっかくだから植えてみるよ」
『毒草だったらどうするんだ』
「触らないようにはするから」
『お前は何もわかってないな。毒草の中には触れずとも香りだけで毒症状になるものだってある』
「う、でも解毒魔法あるから! せっかくお礼にいただいた物なんだし、捨てるなんて勿体ないよ! カルティベーション!」
『……言うことを聞かん従者め』
はぁ、と今度は呆れる溜め息を吐き捨てられる。えへへと申し訳なさそうに笑いつつ、庭に一箇所だけ耕作する魔法をかけるとボコッと鍬を振ったあとのような、土を柔らかく耕した状態が出来上がった。
早速、いただいた種を撒いてウォーターで水遣りをする。
「一体何が咲くのかな~」
「イルー来たわよー!」
ジッと種を撒いた場所を見つめていると、リリーフが遊びに来てくれた。もうそんな時間だったのか。
「リリーフ、いらっしゃーい! 来てくれてありがとー!」
友人が来てくれた嬉しさに喜びが全面に溢れながら彼女を家に招いた。
ダイニングテーブルに予め作っておいたスコーンを準備する。
材料は軟質小麦粉、膨らまし粉、塩、バター、砂糖、卵黄、牛乳。
軟質小麦粉と膨らまし粉をふるいにかけ、サイコロ状に切ったバターを入れると両手で擦り合わせるように混ぜていく。
砂糖、牛乳を投入しさらに混ぜてひと塊になったら防乾燥シートを包んで冷蔵庫に休ませる。
一時間ほど寝かせた生地を麺棒で伸ばしてコップの縁を使い、型をくり抜く。
天板に生地を並べて表面を卵黄で塗り、あとは石窯で焼けば出来上がり。
ふっくらと膨らみ、腹割れをするスコーンに添えるのは生クリームとブルーベリージャム。紅茶と共に用意すればお茶会の始まりである。
「スコーンだなんてお洒落な物を作ったのね」
「お茶会っぽいでしょ?」
「そうね……おまけに生クリーム付きだし、むしろ贅沢だわ……」
確かにそうかもしれない。でも、せっかく手に入るのだから食さねば勿体ないので、お先にスコーンをいただいた。
ホロホロとした食感で口の中の水分が一気に奪われそうになるも、紅茶と一緒に飲めばそれもまた美味しくいただける。
生クリームとブルーベリージャムと共に食べればまた格別で、まるで貴族のアフタヌーンティーを楽しんでいるみたい。
「美味しい! アフタヌーンティーセットみたいに並べてみたかったなぁ」
「そうね、その方が優雅ではあるかも。まぁ、美味しくいただけるのならなんだっていいわよ」
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レベルアップしました。シェアを覚えました。
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ピロン、とレベルアップを知らせる画面が目の前で知らせてくれる。リリーフもわざわざ席を立ち、覗き込んだ。
「シェア、ってなんだろ?」
「何かを共有するってことでしょ。調べなさいよ」
ごもっともです。すぐに魔法詳細を確認してみようと、指でタップする。
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・シェア
発動者と同じ魔法、スキルなどを共有することが出来る。
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「えーと……例えばリリーフにシェアをかけたら、リリーフが私の覚えてる魔法が使えるってこと?」
「そういう意味ではあるけど、あたしの魔力はからっきしないからどの道魔法は使えないわよ」
「……ちょっとも?」
「まったく。魔力ゼロよ」
「それって……結構珍しくない?」
「そうね。魔法の適性がない人でも少なからず魔力はあるらしいけど、魔力ゼロなんてあまりいないらしいわよ」
それは知らなかった。でも、確かにリリーフは魔法よりも物理って感じだもんね。
「……あんたの考えてることがよくわかるわ。まぁ、どちらにせよ魔法の適性もないんだから魔力があってもあまり意味ないから別にいいけど」
「でも、ある日突然目覚める人もいるからリリーフも絶対に適性がないとも言えないんじゃないかな?」
「どっちでもいいわよ、そんなの。今の生活でも問題ないんだし」
確かに……魔法を使えない人の方が多いのが当たり前だから適性がなくても生活には問題ないもんね。冒険者を志す者でなければ適性があればラッキー程度だろう。
でも、せっかくだからリリーフにも魔法使ってもらいたかったなぁ。残念。
「!」
そこでふと思いついた。スキルも共有出来るのならリリーフも私と同じスキルを使えるのではないだろうか。スキルは取得するだけで効果が出るので魔力は関係ないし。
ならば早速試してみようと思い、私はリリーフの手を掴んだ。
「? どうしたのよ?」
「シェア」
にっこり笑いながらシェアを唱えると、私からリリーフに力が流れるような感覚が伝わった。
「え、ちょっと何してんの? 意味ないわよ」
「リリーフ。私が覚えてるのは魔法だけじゃなく、言語理解のスキルもあるんだよ。だからレスペクトと会話してみようよ!」
「は? レスペクトってカトブレパスのこと!? ちょっ、聞いてるのイル!?」
善は急げ。リリーフの手を掴んだままお茶会を中断して、外へ飛び出した。
本日もレスペクトは木の下で身体を休めている。少し離れた所では彼の住む家になるはずの工事中である牛舎が少しずつ形になっていて、すでに半分くらいは出来上がっていた。
「レスペクトー!」
『……騒々しいな、なんだ?』
「あのね、この子私の友達のリリーフって言うんだけど、さっきシェアを覚えたから彼女に魔法をかけて、今私が覚えている言語理解を二人で共有してるの。ちゃんと魔法が成功しているか試させて!」
『相変わらず唐突な娘だ。私で実験しようとするな』
「……まぁ、ちゃんと聞こえてるから魔法は成功してるわよ」
おぉ! ちゃんとリリーフにもレスペクトの言葉がわかるみたいだ。なんだか、ちょっと嬉しい。親しい者達が会話出来るんだもの。
「改めまして、リリーフと申します。あなたの話は色々と伺ってはいますが、今はイルの従魔として彼女の世話をしているとか」
「世話って……」
『あぁ、その通り。私はカトブレパス。名はレスペクト。……イルにしては随分まともな友人だな』
「私も十分まともだと思うんですが……」
「まともな人はカトブレパスに直談判して生クリームを手に入れるなんて危険なことしないのよ」
……一人と一匹の視線が私へと向けられる。呆れているようだ。なぜ?
「あたしも普段から目を光らせてますけど、ちょっと危なっかしい所がありますのでレスペクトも彼女を注視していただきますよう、よろしくお願い致します」
『ならばちょうどいい話がある。その娘、先程怪しい者から無理やり受け取らされたいかにも何か秘めてる謎の花の種を植えたようだ。こちらの注意も聞かずにな』
「げっ」
レスペクトがリリーフにチクった! その話を聞くや否や、リリーフは眉を寄せてこちらに詰め寄って来る。うう、綺麗な顔が台無しだ……。
「あんたね~~! どうしてそう後先考えずに疑おうとしないの!?」
「い、いや、疑うときは疑うよ!? でも、花の種だから多少危なくっても大丈夫かなって……」
「この馬鹿イル!!」
必死に弁明するが、リリーフには伝わらなくて説教を食らってしまうことになった。
植えた花の種を捨てなさいと言われたが、せっかく植えたから様子だけ見させてと何度もお願いをして、最終的にはリリーフとレスペクトも折れたようで盛大な溜め息を吐き捨てられた。
……この一人と一匹を引き合わせてはいけなかったのかもしれない。




