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牢獄での再会と解呪魔法

『フェーデ。実は私ね、女神の力で人間になったの。そして誰も非難されることなく好きな人と結婚したわ』


 シンシアが行方不明になって10年弱。その頃にはすでに彼女のことなんて忘れてしまったフェーデは魔界から抜け出し、人間領土にてエリクシアを集める活動を始めていた。

 戦争を終結させてしまったアイントラハトには何か考えがあるんだと信じて。再び人間との戦争を始めてもらえるように、そして彼の手助けになるように、憎い人間の命を利用し続けていたある日のことだった。

 たまたま訪れたスタービレにて再会したのだ。親友ごっこをしていたシンシアと。

 最初こそは魔王族の証である黄金色の髪ではなかったので違和感しかなかったが、顔は変わらなかった。行方不明の彼女との再会に驚く間もなく、よくよく見ればシンシアの隣には人間の男と幼い娘の姿があり、まさかと思ったのもつかの間、シンシアから衝撃的なことを耳打ちで語られたのだ。


 は? と思った。よりにもよってクズな人族に成り変わったなんてフェーデにとっては有り得なかったから。こっちは人間を捨てて魔族になったのに。クズ共と同じ人種が嫌だったのに。

 たかが人間の男と添い遂げたいがために誇り高き魔族の身体を、生まれ育った魔界さえも捨てたというのか。なんて愚かな女なんだ。

 こんな奴アイントラハト様の血縁者に相応しくない。魔族より劣る人間に成り下がったなんて彼に報告するまでもない。

 そして何より「私、今幸せなの」という雰囲気が気に入らなかった。魔族だと幸せになれないと? 所詮は偽りの身体じゃない。色々言いたい言葉があったがフェーデは必死に飲み込んだ。


 そのまま彼女と永遠に別れたら良かったのにフェーデには出来なかった。何の不満はなかったはずなのに魔界を捨て、種族を捨て、人間如きのために自分を変えたシンシアが憎くて憎くて仕方なかったから。

 シンシアを貶めたい。どうにか出来ないものかと悩むフェーデはあるとき、エリクシアであるジャグから提案された。


『お前の呪詛魔法を使えばいいじゃないか。何か贈り物にかけてやるといい。ただし強力なものはすぐに発覚する恐れがあるので初級呪術程度のものをおすすめしよう。初級とはいえ、年月をかければ次第に呪いの力は大きくなるだろう』


 魔族になってから使用出来るようになった呪詛魔法。フェーデはジャグの言葉を聞いて早速シンシアにプレゼントとして懐中時計に呪いを刻んだ。

 不幸になればいい。さっさと死ねばいい。そんな憎悪に渦巻く感情で呪詛をかけた懐中時計は持ち主に不運を招く呪いの品となる。

 結婚祝いだと言って渡せばシンシアは何も疑うことなく喜んで受け取った。ちょろい女と思わずにはいられない。


 それからは呪いの効果を確認するために間を空けて近況を尋ねたりした。最初は効果が目に見えずに苛立ったが、一年、二年と経てばシンシアの口から「運が悪かったみたい」や「ツイてなかったの」と話が聞けるようになってからフェーデはほくそ笑んだ。

 けれど呪物を使うまでもなかったわね、とも思った。なぜならシンシアは人目を避けて生きているようだったから。

 フェーデと落ち合うときだってシンシア一人じゃなく、夫レスペクトも一緒だった。最初は旦那に疑われているのかと思ったフェーデだったが、どうやらそうではなく妻を気遣っている上での行動だと理解したのはシンシアと話をしてから。


『人間になったけど、いつか魔族だってバレるんじゃないかって思って周りの目が怖いの』


 魔族だった頃の名残りのようで一人じゃ外に出ることも出来ない。常に旦那か娘がいないと恐怖で足が竦むのだと。

 それを聞いたフェーデは魔城で引きこもって外に出ることのない箱入りのお姫様のままだと感じた。

 愚かな甘ったれた妹君。結局勢いで魔界を抜け、人間になっても覚悟が全然足りていない。幸せなのは最初だけだった。けれどもう遅い。アイントラハト様を裏切った罰はその命をもって償えばいい。

 そう思ったフェーデはそれ以降シンシアと顔を合わせなくなった。あとは呪いの力に任せようとして。


 それから時が流れ、シンシアが夫共々落石事故に巻き込まれて亡くなったと知ったのは新聞を通じてだった。隅っこに簡潔に書かれているだけのとても小さな記事。

 裏切り者の憎い女が死んだことによりフェーデは歓喜し、あの女の親友ごっこも終えたと清々した。存在するだけでも腹立たしいシンシアはもう死んだ。あの女に使う時間もこれ以上無駄に消費しなくて済む。……そう思っていた。






「こんにちは、フェーデ」


 今度はその娘に全てを狂わせられるだなんて思ってもみなかった。


 魔城の地下牢にておそらく面会に来たであろうイルの姿を見たフェーデは彼女を視界に入れただけで頭に血が上る。


「何しに来たのよ! 死ね! このクソアマ!! 錠に繋がれてる私を見て笑いに来たってわけ!?」

「……相変わらず口の悪い方ですね。イルさん、やはり静かにしてもらうように猿轡でも噛ませておきましょうか?」


 眉を顰めながらイルに提案するアドラシオンだが、イルはずっと変わらぬ重い表情のまま首を横に振った。


「いいよ。このままで会話出来るかはわからないけど話はしたいから」

「ふざけんじゃないわよ! こっちはあんたに話すことなんて何もないわ! クソったれ! 人間でも魔族でもない半端者がっ!」


 枷や鉄格子に阻まれ、さらには魔力さえも封じられて殺したいのに殺せない。憎くて憎くて仕方ないフェーデが出来ることはただ口汚く罵るだけ。

 勝者のようにもう全てを片付けたと言わんばかりに自分を見下ろすイルのその目も気に入らなかった。


「どうせあんたもいつか呪いで死ぬのよ! それとも自分で不死の呪いでもかけるつもりかしら!? どっちにしろ不幸で哀れな運命を送るしかないのよ! あんたも! 私も!」

『あぁ、あぁ! 愚かなフェーデよ! 哀れなのはお前の方だ! 不憫で不遇で不幸なフェーデ! お前のかけた呪物はすでに解呪されているのだ!』


 まだフェーデの中に存在するカースドエリクシアのジャグが彼女の体内で叫ぶ。解呪されたと聞いてフェーデは目を大きくさせた。


「なん、ですって……!?」

「ジャグの言う通りだよ。私は自力でフェーデがかけた呪詛魔法を解呪したの。解呪魔法で。もちろんシャイの分も」

「何よ、何よ何よ何よっ! 自慢しに来たわけ!?」

『ああ! もう黙れフェーデ! 俺を消しに来たに決まってるだろう!』


 ジャグを消しに来た。それを聞いてフェーデは言葉に詰まる。呪いの生気の水となった彼はフェーデを呪い続けながらも不死の呪いをイルに仕掛けられたことにより永遠の共存を果たすことになった。

 つまり呪いとなったジャグは解呪魔法によって消すことも可能である。


「あんな女の解呪魔法で消えるような奴じゃないでしょ、あんたは!」

『あぁ、そうだな。お前の身体を奪わせてくれたらどうとでもなる! しかしお前は明け渡すこともせず、俺はずっとこの身体に入ったままで何も出来ないのだ! それにいつまでイルを下に見ている! 何度も言っただろう! お前よりもイルの方が優れてるのだと! また奴はレベルを上げているのだ! この俺を解呪で抹殺させることが可能なほどに!』

「カースドエリクシアの方がよくご理解していらっしゃいますね。イルさんはこの世のために今ここでカースドエリクシアを消滅させてくれるそうですよ」

「はあ? ふざけんじゃないわよ! そんなこと許すわけないでしょ!」

「おや。あなたを殺して身体を奪おうとしていた彼の肩を持つのですか?」


 確かにジャグはフェーデの身体を乗っ取るために呪い殺そうとしていた。それは事実だし、フェーデは今でも彼に身体を明け渡すつもりはない。そうすれば不死の呪いはジャグの力により解除され、再び身体を蝕まれ死へと至るだろう。

 けれどジャグと過ごした期間は短いものではない。例えジャグの目的のために作られた偽りの関係性だとしても。

 こうして牢屋にいる間も互いに罵り合い、貶しあっていたが、一人で獄中にいるよりかは遥かにマシだ。


「あったり前でしょ! 喋り相手がいなきゃ退屈で死にそうなのよ!」

「別によろしいのではありませんか。どうせ解呪をすればあなたも死罪となるのですから。どちらにせよ死ぬんですよ、あなた方は」


 にっこりと笑いながらフェーデの刑罰を告げるアドラシオン。別に驚きはしなかった。ジャグをイルに憑依させないために押さえつける役目として生きながらえているだけだったから。

 しかしジャグの存在が消えると不死の呪詛も解かれ、刑を執行出来る。どう足掻いてもフェーデは死から逃れられない。


『あぁ、イル! 慈悲深きイルよ! どうか考え直してはくれないだろうかっ? どう見てももう俺は無力だ! 悪いことすら出来ない弱者と成り果てた哀れな存在にどうか恩情をかけてくれ!』


 消滅すると理解したジャグはイルに懇願する。自分の身体から発してる声が憎い相手に向けて助けを乞う。それが酷く許せなかった。情けないとも思ったフェーデだったが、生き残るためなら何でもやった過去の自分のようにも思えてしまう。

 けれどフェーデはもう生に執着するのも疲れた。敬愛するアイントラハトには見限られ、さらに死罪だと突きつけられる。

 どうせ死ぬのならジャグに身体を差し出すべきか。そう考えるまでに至ったフェーデは最後に悪足掻きをしようかと企んだがすでに遅かった。


「ディスペル」


 アドラシオンの隣に立つイルの表情は相変わらずでフェーデに向けて手を伸ばし、躊躇うことなく解呪魔法を放った。それもそうだろう。イルにとってフェーデとジャグは抹殺すべき敵なのだから。そう思ったフェーデはイルの解呪魔法を避けることも出来ないまま身に受けた。

 痛みなどはない。ただジャグを身体に取り込んだ際に受けた重苦しい感覚が消えたのだ。跡形もなく。ジャグの呪いが消え去ったのだと体感で理解する。

 こんなにもあっさりと、淡々と消されたもう一人の存在。フェーデは悔しさに震えた。


「……消したの?」

「それはフェーデが一番よくわかるんじゃないかな。私が解呪魔法を使用したのだってよく聞こえたでしょ?」

「……んの、クッソ野郎!! 言葉くらい交わさせることすら出来ないわけ!? 私から全てを奪って満足なの!? 絶対殺す! ぶっ殺す!! 死んでもあんただけは何が何でも殺してやるわ! 正義の味方気取りのクソアマがぁぁぁぁ!!」


 腹の底から叫ぶフェーデの罵詈雑言。何もなくなった自分に唯一残されたジャグさえもいなくなってフェーデの目にいっぱいの涙が溜まる。


「ジャグはそんなに大事な存在なの?」

「あんなクソ紛い物でもいないよりマシなのよ! 私に色々与えてくれたんだもの! あんたなんかよりも遥かに大事な存在よ!!」

『……クソ紛い物で悪かったな』

「っ!?」


 解呪したはずのジャグの声が自分の身体から聞こえてきてフェーデは驚いた。ディスペルによって抹殺されたはずのジャグがなぜまだ存命しているのか。

 もしかして解呪魔法はパフォーマンス? いや、確実に魔法を受けたはず。その証拠に呪術の影響から解き放たれた感覚もあったのだから。


「どういうことよ……」

「ジャグの呪いの部分を取り除いて、意識だけは残しておいたの。同時にフェーデにかけた不死の呪いも解呪したよ」

『呪いもエリクシアの力もなくなった。本当の紛い物となったのだ……』


 カースドエリクシアですらなくなったジャグはもはやフェーデの身体に取りつくだけの生命体でしかない。無力化したからなのか、彼の声はすでに覇気はなかった。


「……なんの真似? 聖女様気取りなわけ? 気色悪い!」

「何をしても悪態つくのは変わらないようですね。イルさん、本当にこれでよろしかったのですか?」

「うん。ちょっとしたお礼みたいなものだから」

「はあ? あんたなんかに礼をされる覚えはないわよ!」


 意味がわからない! そんな態度を示すとイルは口を躊躇うことなく開いた。


「お母さんの最期まで親友としていてくれたことに」

「は……?」

「だって親友のフリをしていたって言った方が絶対母は傷ついたもの。一番の親友として信頼してたあなたに裏切られることがお母さんをもっとも苦しめることが出来たのに。でもそのおかげでお母さんはフェーデの親友のまま亡くなった。傷つかずに済んだんだよ」


 何を言い出すのかと思えば。そのまま耳を傾けて話を聞けば吐き気がしそうである。別に深い意味なんてない。ただそういう手に気づかなかっただけ。


「深意なんてないわよ! たまたまタイミングがなかっただけでしょ! 勝手にありがたがらないで!」

「そうだね。結果的にそうだっただけなのかもしれないけど、私はそうしてくれて良かったと思ってるよ」

「っ! あんた! そうやって私を馬鹿にしてるのね! ふざけんじゃないわよ!」

「……フェーデって本当に()()だよね」


 はぁ、と溜め息をついたイルはアドラシオンに「もう大丈夫だよ、ありがとう」と告げた。そしてそのままフェーデの前から立ち去る。


「上から目線なわけ!? 本っ当に! 母親と同じでムカつく! 早く死ねばいいのよ! 不幸な目に遭って死ねっ!!」


 その言葉を聞いたイルはピタリと足を止める。そしてフェーデの顔を見ることなくぼそりと呟いた。


「不幸なのはフェーデの方だよ。自らそうなる道にしか進まないんだから」

「━━っ! 何も知らないあんたが私を憐れむな!! 馬鹿女っ!!」


 フェーデはイルがいなくなるまで暴言を吐き続けた。いなくなってもしばらくは悪態つく口の動きは止まることはない。


「はー……はー……」


 牢獄に入ったせいですっかり体力もなくなっていたフェーデはすぐに息を切らした。それでも恨みつらみは一向に発散されない。


『……相変わらず語彙が貧困だな』

「ジャグっ……! あんたはまだ私を馬鹿にするわけ!?」

『勘違いするな。俺は最初からお前を軽侮している』

「何よっ! やっぱりあんたはさっさと消えてしまえば良かったわ!」

『全くだ。まさか無力化され留まることになるとは。俺も消えることなら消え去りたい。だがそれが出来ないのだから最期の瞬間までお前と運命を共にしなければならない。お前も諦めろ』


 最期の瞬間まで。刑を執行されるまで二人は表裏一体のままということ。少なくとも一人で刑を迎えるわけではないのだと思うとフェーデは心が少しだけ軽くなった気がした。


「そうね。……あんたと一緒なら悪くないかもしれないわ」


 そう口にしたフェーデは疲労のあまり静かに目を閉じて眠りについた。


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