フレジェとみんなでお茶会
挨拶回りを終え、迎える最後のお茶会。いつもは家の中でスイーツとお茶を楽しんでいたけど、今日は少し趣向を変えて家の外でお茶会を行う。
レイヤと共に家のテーブルと椅子を外へと運び、さらに作っておいたフレジェをセッティングをしていると、リリーフがやって来た。
「ふーん。今日は外なのね」
「そうなの。暖かくなってきたしね」
たまにはこういうのもいいよね。そう話しながらリリーフが持ってきてくれた紅茶の準備をする。
デジールはまだ来ないかなぁと思ったそのとき、私の意思が通じたのか「イル!」と彼の声が聞こえた。
アドラシオンと共に転移魔法でやって来たであろう魔王様の姿を確認すると、なぜか顔面蒼白の表情でこちらに向かって来たと思ったら私の両腕をガシッと掴んだ。
「そなた、町を出るという話は誠なのか!?」
なんで話してもないデジールがそのことを知ってるの!? 魔王様の情報網凄くない!?
「ど、どうしてデジールがそれを!?」
「そんなもの監視花━━」
「デジール様」
何か重要なことを語ろうとしていたデジールの話に割り込むかのようにアドラシオンが彼の名を呼ぶ。それを聞いてハッとしたデジールがコホンと咳き込むと、取り乱していた様子は少し治まった。
「あ、あぁ、すまんな。それは風の噂で聞いたものだ。いや、それよりもだ! イル、そなたがいなくなったらもう余はイルの作るスイーツが食えなくなるではないか! せめて魔界に移住するのはどうだっ? 父上も喜ぶぞ!」
また腕を掴まれ、そのままガクンガクン揺さぶられる。待って待って強い強い! 頭がぐわんぐわんするから! 確かアイントラハト様にも以前こんなことされた気がする! さすが親子!
とにかくデジールの手を止めさせようとしたらレイヤが間に入った。
「落ち着けデジール。イルが話せなくなる」
デジールの手を取って私から距離を取らせる。ふぅ、と一安心したのもつかの間。
「イル……どういうこと?」
腕を組み、不機嫌そうな顔で睨むリリーフに私は冷や汗を流す。話すタイミングがズレてしまった! こんな形じゃなくてちゃんと話す場を設けようとしていたところだったのに!
「ち、違うんだよリリーフ! 隠してたとかじゃなくてこれから話そうとしてたとこで!」
「後とか先とか今はどうでもいいわよ! なんであんたが町を出るのかってことよ!」
バンッとセッティングしたテーブルに手を叩きつけるリリーフの様子を見るとかなりご立腹の様子。ひとまず話をしなければとリリーフには正直に説明をした。
最初こそは「あんたの意思で他人を巻き込んでるんじゃないんだから胸を張りなさいよ!」と言われてしまったが、それを気にして呪いに飲み込まれる可能性を語ればさすがのリリーフも口を噤んだ。
ドキドキしながら彼女の反応を待つと、リリーフは深い溜め息を吐いてから椅子に座ろうとする。その様子を察知したアドラシオンが素早く彼女の元へ動き、椅子を引いて座らせた。……驚くべき速さである。
「なんであんたはそんな急なのよ……。せめてひと月後とか、一週間後とかあるでしょ」
「その間に何かあったら嫌だから早い方がいいと思って。ごめんね、急で」
「……いつ帰ってくるのかわからないのよね?」
「うん。解呪魔法を得るまで続けるつもりだから……。でも長くなりそうならたまには顔を出すことにするよ。ほら、転移魔法持ちだからすぐに帰れると言えば帰れるし」
「そう思うと急に身近に感じるわね」
「もうちょっと寂しさに浸ってほしいな……」
さすが逞しいリリーフである。一生の別れじゃないもんね。むしろこのくらい軽い気持ちの方が気楽かもしれない。……なんて思っていたけど、彼が黙っていなかった。
「余は認めておらぬぞ! そんな放浪の旅をするくらいなら魔界で過ごしてはどうだっ?」
「あんたはただイルのスイーツを食べたいだけでしょ。我慢を覚えなさいよ」
「うぐっ」
リリーフの厳しい言葉によりデジールは意気消沈した。彼女の言葉はデジールにはよく効いているので改めて魔王様を虜にするリリーフの存在は偉大である。
『デジールも旅するー? るー?』
そんな中、プニーが口を開く。それを聞いたデジールがまるで雷に撃たれたかのようにハッとした。
「な、なるほど! 余も共にすれば良いのだ━━」
「デジール様。ご自分の職務をお忘れですか?」
「ぐっ、アド! なぜ貴様はいつもいつも余の意に反することばかり言うのだ!」
「当然のことを言ったまでです」
確かにアドラシオンの言い分はもっともというか、魔王様が私の旅路についてくる方がよっぽど大問題である。
「それにリリーフさんよりイルさんを取ると言うことですか?」
「そんなこと何一つ言うておらんだろう!」
くわっ! とアドラシオンに噛みつくデジール。でも私についてくるとリリーフに会える方が少なくなるからすぐに考え直したのか、唸りながら「イルのスイーツを我慢せねばならんのか……」と呟いた。とても残念そうだ。私よりも私の作ったスイーツへの未練しか感じないけど……まぁ、そこがデジールらしい。
「さすがに職務放棄を選ばなかったようだな、デジールよ」
その言葉を聞いてみんなの視線が声の主へと向ける。いつの間に訪れたのか、先代魔王様であるアイントラハト様の登場に一同が驚いた。気配なく現れるのだから本当にびっくりする。
近くで興味なさそうに伏せていたレスペクトもこのときばかりは警戒心を強めてガバッとその身を起こすくらいだ。
「ち、父上!? なぜここに!?」
「アドから話を聞いてな。我が姪に挨拶をしに来た」
な、なんと恐れ多いこと! あわあわしていたらアイントラハト様が私の前へと歩み寄る。お、おっきい……。
「色々と手を尽くしてはいるものの、フェーデはいまだ呪術を解くつもりはない。我が不甲斐ないばかりにお前には余計な苦労をかけさせてしまったことを改めて詫びよう。何かあればすぐに我へ頼るがよい。多少なりとも力になれるだろう」
「そ、そんな! アイントラ━━いえ、伯父様にはすでに色々とお力添えしてくれてますし、そこまでお気遣いいただかなくても……!」
むしろバチが当たる! 両手と首を横に振りながら遠慮をするが、アイントラハト様は納得しない表情でポンッと頭を撫でた。
「お前が我に気を遣ってるではないか。我が妹の大事な忘れ形見なのだから力になるのは当然のことであろう。そこは素直に頷くものだ」
「は、はい……」
なんて頼りになる言葉なのか。さすが魔族を束ねる血筋の人は違う。
すると彼は「そうだ」と何かを思い出したようで懐から何やら手紙のような物を取り出し、それを私に差し出した。
「これは?」
「グランミシオンからの手紙だ」
それを聞いてピシッと固まる。国王様からの手紙だって……?
よく見てみれば封書にはグランミシオン陛下の名前が記されていた。
「お前が旅に出ると聞いて一筆したためたそうだ。共に挨拶に向かおうと誘ったのだが、あやつはあれでも忙しいらしくてな」
「わ、私のためにそこまで……」
思わず手紙を持つ手が震える。旅に出るってだけなのに想像以上にとんでもないことになってきたよねこれ? そもそも早い。お偉いさん達に話が行くの早すぎる!
ひとまず中身を拝読しなければ……何が書かれてるのかドギマギしながら手紙を開けた。
『アイントラハトから話は聞いた。堅固な呪術を解呪するための旅路だそうだな。優秀な治癒士でも歯が立たないそなたの呪いを自力で解呪しようとするその心意気は感服の至りだ。そなたならば各地で何かしら戦果を上げるだろう。その報告を楽しみにしてるとしよう。聖女の称号や爵位が必要になればすぐに儂の元へ来るがいい』
……遠回しに事件があったら解決してくれって言われてる気がする。いや、手に負えるのなら頑張りますけど……しかし聖女も爵位も結構です。お願いですから祭り上げないでください陛下。
「どうせグランミシオンのことだ。聖女や爵位をやると書いてるのだろう。自分の子と番いにさせたいと考えてるのかもしれん」
あぁ……なるほど。平民だから聖女の称号か爵位があれば王族に輿入れするのもなくはないのか……って、違う! 話がぶっ飛びすぎる! 国王の子ってことは王子でしょ!? ただの、ただの人間なんです私は! 全部女神様やら魔族の血やらでなんかこう強くなっちゃっただけで心は昔と変わらずただの一般民なんです!
「まぁ、お前は魔王族に属するのだから爵位が欲しいのなら魔界に籍を置けばよいがな」
爵位は求めてないんです……元より平民として生きてきたので今さら魔王族になるつもりもないのですが。
「国王だろうと魔族だろうとイルを誰にも渡すつもりはない」
恐縮する私に目が鋭くなったレイヤが口を挟んだ。宣言とも言えるその言葉に嬉しさで胸の鼓動が速くなる。
「……ほう?」
あ、待って。アイントラハト様の表情が少し歪んだ。怒らせちゃいけない人を怒らせてはいけない!
「あ、あの! レイヤが言ってるのは結婚的な意味であって変な意味は全くなくて━━」
「やぁ、盛り上がってるね」
その声を聞いて、嘘でしょ? と思った。今度はドルックさんがやって来たのだ。こんな慌ただしい中でさらに人が増えるの!? いや、それよりもどうしたらいいの!? いくら魔族関連の話を彼にしたとはいえ新旧魔王様と対面しちゃったんだよ!? デジールだけは慌てながらアドラシオンの後ろに隠れるけど、多分もう遅いよ……。
「ド、ドルックさん!? どうかしましたかっ?」
「もちろん最後に一目イルくんに会いたくてね。それに君を慕う者が集まるだろうと思ってちょっと挨拶を、ね……」
そう言って彼は恐ろしいほどの笑みを魔族組に向けた。それは挨拶じゃなくて圧力をかけてるのでは……?
「アドも父上もなぜ身を隠さんのだ! あの者にバレてしまうではないかっ!」
「デジール様、彼はとっくに存じておりますよ。私達のことを」
「!」
アドラシオンの言う通り。なのでデジールが今隠れてもドルックさんはもう全て知っている。私が話したのもあるけど、彼の情報網によりすでに把握されていた。ギルド長の力なのだろう……隠し事が出来ない。
「その者、覚えてるぞ。我がフェーデ捕縛のために親衛隊長として身を扮していたときに怪しんでた者だろう」
「怪しさ満点だったからね。むしろあれで扮装したとよく言えたものだ」
「グランミシオンやアドから話は聞いていたが、さすが白獅子。我が姪を気にかけるだけはあるようだ。一度は手合わせしたいものだな」
「元魔王と殺り合えるのは腕が鳴るなぁ」
こ、怖いっ! 何だかお互いバチバチしてるよね? お願いだから二人で争わないで! 辺り一面焼け野原になりそうだから!
一触即発になりそうな雰囲気に慌てていたらリリーフが「次から次へと厄介なのを呼び寄せるわね、あんた」と呆れ気味に言われてしまった。え、私のせいなのこれ!?
「そ、それよりもせっかく皆さん集まってくれましたからケーキ食べましょ! 私、フレジェを作ったんです!」
険悪な雰囲気にしたくはないので強引にお茶会を始めることにした。
ケーキを切り分けてみんなに配り、甘い物を食べて親密になればいいなという僅かな期待を抱くが、はたしてどうなるかな……。
私も自分の分のフレジェを手にしていざ食べ始めようとするとリリーフがぼそりと呟いた。
「これで解呪魔法を覚える可能性もあるわね」
「俺としては早いに越したことはないからその方がいいとは思うけど」
「そうだね。でもみんなに挨拶したばっかだし、旅に出る前に覚えたらそれはそれで困るというか……」
盛大にお別れの挨拶をしたのだからそんな空気の読めないことはしたくない。そう思いながらフレジェにフォークを入れて口に運んだ。
イチゴの断面が美しく、上部のイチゴジュレも綺麗な色合い。さらにカスタードとバタークリームを合わせた濃厚なクリームを一緒に食べると甘酸っぱいイチゴとよく合い美味しかった。
そしていつものあのレベルアップを知らせる音が聞こえ、画面が目の前に現れる。
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レベルアップしました。ディスペルを覚えました。
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ちょっと待って。思わず固まってしまう。何かの見間違いかもしれない。震える指で魔法詳細へとタッチする。
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・ディスペル
解呪することが出来る。
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「なんで今なの!?」
頭を抱える私に他のみんなが私のステータス画面を覗き込んだ。しばらくしてから堪えるような笑い声から吹き出すような笑い声などが聞こえてくる。
「あははっ! イル、あんた本当に運がいいのか悪いのかわからないわね!」
「リリーフ、そんなに笑わなくても……」
「だが、望んでた魔法を得られたのはラッキーだと思う。イルも大好きな町から離れずに済んで良かっただろうし」
「……でもね、レイヤ。私、みんなにお別れを言ってきたところなんだよ。結構しんみりしたあとでやっぱり旅に出るのをやめましたなんて空気が読めなさすぎるというか……」
「問題が解決したって説明すればいいじゃないか。何はともあれイルくんが町から出ないと聞いて喜ぶ者は僕を含め沢山いるんだしね」
ドルックさんの清々しい笑顔を見ればその言葉に嘘偽りがないということはよく理解出来た。そりゃあ私も嬉しいと言えば嬉しいのだけど、さすがにタイミングっていうものが……。我儘を言いたくはないのだけど、せめてもっと早く覚えてほしかった。
「良かったではないかイル! 町を出て行かずに済むのならまたいつも通りの日常が送れるのだろう? 余にまた美味いスイーツを食わせてくれるのだろうっ?」
「おめでとうございます、イルさん。あとはその解呪魔法でフェーデの呪術を解くことが出来るかということになりますが、今のあなた様ならば容易だと思います」
「我も同感だ。今初めてお前のステータスを確認したが、レベル100とは恐れ入った」
……ハッ! 私、とうとうレベルが三桁になってしまったの!? もはや化け物級じゃないかなっ!? もうこれ以上レベルは上がらなくてもいいんですけど!
『イル、良かったねー。ねー。またみんなと一緒だね! ね!』
プニーの言う通り良かったと喜ぶべき所なんだけど、やはり私としては複雑である。出来ることなら時間を巻き戻して挨拶回りをなかったことにしたい。恥ずかしすぎる! タイミングが悪いのも不運のせいだよね!?
『……まったく、空気の読めん従者だ』
レスペクトには呆れられてしまった……。でも私のせいじゃないと思うんだけど。呪術のせいで辱められてるんだよ、きっと。
うぅ、みんな喜ばしいと言わんばかりの空気だけど私としては穴があったら入りたい気分だ。
「イルーー!!」
すると今度は遠くから私の名を呼ぶ声が聞こえた。遠くからというか空からと言うべきか。上を見上げると翼を持った子どもが一直線にこちらへと向かい、私の前で豪快に着陸した。
「ル、ルヴァ!?」
「今日は当たりの日じゃのぅ! 美味そうな匂いがしたからもしかしてと思ったが、今日はいつもより人数が多いようじゃな。儂の分はあるのか?」
また増えた。そう思わずにはいられない。……しかし、君はダークドラゴンの長なのになんで邪竜であることを隠そうとしないのか。いや、この面子だからいいのかと判断したのかもしれないけど。
恥ずかしさのあまり穴に入りたかったというのに、そんな暇さえ与えないルヴァンシュの登場により、私は彼の分のフレジェを用意するのだった。
『お前の周りは本当に騒々しいな』
そうぼやくレスペクトの言葉に私は心の中で何度も頷いた。




