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ラスクと初めての魔法

 びっしょり濡れたまま町中を歩くのはいささか勇気がいる。すれ違う人の目が気になるものの、今は我慢。


「ちょっと、イル! なんでびしょ濡れなのよ!?」


 目的地に向かっていると後ろから声をかけられた。聞き覚えのあるその声にちょうど良かったと言わんばかりに振り返る。

 赤のウェーブがかったロングヘアの美少女が買い出しに行ったであろうバスケットを手にして、困惑の表情を浮かべていた。


「リリーフ! 良かった、今からお店に向かおうと思ってたの。川に落ちちゃったからタオルを借りようと……」

「川に落ちたって大丈夫なの!?」

「大丈夫大丈夫。ちょっとした不注意だったから」

「……事故なのよね?」

「もちろん」


 へへ、と申し訳なさそうに笑いながら心配する彼女に誤解のないように伝える。

 彼女は私の友達であるリリーフ。二つ年下の十九歳。年上である私の方が怒られるくらいしっかりしていて、曲がったことが大嫌いなベーカリー屋の看板娘。

 この町、スタービレ内では一、二を争うほどの美少女ではないだろうか。むしろ王都に住む人にも負けないと言っても過言ではないはず。

 町外れの家に住む私にとっては町の人達との交流はあまりなく、友人と呼べるのも彼女しかいない。

 髪も美しくて、幼い頃に亡くなった母譲りの真紅の髪はいつ見ても見惚れてしまう。

 対して私は栗毛のミディアム。毛先は左右に下ろすように分けて結んでいる。芋っぽい、と言われても不思議ではない。


 そんな彼女と共に実家兼職場のリリーフのお店にやって来た。

 一階がお店となるベーカリー・リーベで二階が自宅。

 ベーカリー屋はリリーフと、彼女を男手ひとつで五年以上育てている父のクラフトさんと二人で切り盛りしている。

 常にお金のない私に余り物のパンをくれたりする優しい人達の家。

 リリーフがお店の扉を開けると、訪問者を告げるベルがチリンチリンと鳴り響く。

 中はパンの焼ける匂いでいっぱいだった。嗅覚がより一層敏感になる。


「いらっしゃーい! おっ? イルじゃ……って!? なんでびしょ濡れなんだ!? 雨かっ!?」


 店奥から出て来たのがリリーフの父親、クラフトさん。

 赤茶色の短髪で口周りに髭を生やしている。見た目も頼りがいのある逞しさ。腕力にも自信があるので本当に素敵な人である。


「違うわよ、パパ。うっかり川に落ちたんだって」

「何っ!? 大丈夫か!? 風邪引く前に早く着替えさせねぇと!」

「わかってるわ。だから上に上がるわね」

「おう。買い物もありがとな」


 レジ台の上に買い物した品物が入ったバスケットを置き、自宅に繋がる階段を上り、お家にお邪魔する。

 ゆっくりして行きな、と伝えてくれるクラフトさんに私は慌てて頭を下げた。

 何度か遊びに来させてもらったことがあるリリーフの部屋にお邪魔してタオルを借り、服は全て脱いでリリーフの服を貸してもらった。

 さすがに下着は借りられないため、リリーフがご丁寧にドライヤーで乾かしてくれる。


「そ、そこまでしなくても……」

「何言ってるのよ、びしょびしょの下着なんて着たくないじゃないの」

「まぁ、そうだけど……」


 温かいコーヒーまで用意してもらい、何だか申し訳なくなった。


「ところで、今日は仕事じゃなかった?」


 ぎくり、と肩が跳ねる。


「あー……お昼にクビになりまして……」

「ええっ!? 今度はどういう理由!?」

「姪っ子さんが働きたいからって言って……だからもう人手がいらなくなったみたいで……」


 あそこの洋服店はリリーフからの紹介で働かせてもらった所。今から一週間前のことだったので少し言いづらい。


「ハァ!? あそこの奥さん、長期の働き手が欲しいわって言ったからあんたを紹介したのに! 姪が戻るからもういらない。はい、さよならってわけ!? あったまきた! 明日から他のお客さんに言い触らしてやるんだから! 人を使い捨てするようなお店だって!」

「待って待って! そこまでしなくていいから! また新しい仕事探すし! ねっ?」


 さすがにそこまでするのは悪い気がする。もしそんなことになってしまえば、噂好きの奥様方により町中に広まるだろう。

 白い目に見られること間違いなしなので、居心地の悪いものになるはず。少ない期間とはいえ、やはり働かせてもらった恩もあるわけで……。


「あんたねぇ……そんなだから使い捨てされるのよ。少しは文句言うべきなんだから」

「まぁ、これは私の運が悪かっただけだから……」

「……イルがそう言うならもう何も言わないけど」

「ごめんね」


 そう。悪いのは洋服店の奥様ではなく、運の悪い私のせい。


「ちゃんと今日の分のお金は貰ったの?」

「うん、それはもちろん」


 さすがに川に落としてしまったとは言えなくて、それだけは打ち明けずに心の中に秘めた。


「また、人手が欲しい所があったら紹介するからね」

「ありがとう。私も早く次の仕事探さなきゃ」


 暫くして身体は温まり、下着も乾いたので、これ以上世話にならないように帰宅の準備をする。

 リリーフは服も乾かそうとしたけど、さすがにそれは悪いので残りの濡れた衣服は自宅に持って帰ることに。

 湿った服を抱えて階段を下りると、クラフトさんが声をかけてくれた。


「おっ。もう帰るのか?」

「はい、お邪魔しました」

「それなら……ほら、これを持って行きな」


 棚に並ぶパンを一つ、トングで掴んで紙袋に詰めると、それを私に差し出す。


「わ、わ、すみません! いつもありがとうございます!」

「ははっ、いいってことよ。いつも娘と仲良くしてくれてるからな。あぁ、あとは廃棄品で悪いがこいつも受け取ってくれ」

「こんなに……! ありがとうございます!」


 別の袋には時間が経って硬くなったバゲットとサンドイッチを作る際に切り落とされるパンの耳が入っていた。

 バゲットは大きいサイズと小さめのサイズの二種類があり、私が貰ったのは小さめのサイズ。

 ちなみにサンドイッチは茹で卵を潰してマヨネーズで和えた卵サンドが目玉。要望があれば耳付きのサンドイッチも作ってくれるし、食パンも売っているのだけど、もっちりしていて美味しい。


 再度お礼を伝えると、リリーフが扉を開けてくれたので紙袋を二つ抱える私は店から出た。


「クラフトさん……本当に気前が良くて、優しくて、格好いいね」

「ちょっと、まだ人の父に惚れてるわけ?」

「だって素敵な人だから」


 クラフトさんの笑顔絶やさない顔を思い出しては顔が赤らむ。

 あの人は昔、川に入水自殺をしようとした私をその身一つで助けてくれた。それが出会いである。

 命を絶とうとした私を怒ることもなく、ただ優しく諭して、その後は彼の店に連れられ、パンをご馳走してくれた。

 町の人と交流のなかった私としてはそれが酷く嬉しくて泣いてしまい、そこでリリーフとも知り合う。

 今では大切な友人になるのだから、きっかけとなったクラフトさんには感謝と芽生えた恋心で胸がいっぱいだ。


「いつか、私がリリーフのママになるかもしれないね」

「嫌よ。ママって呼びたくないんだけど」

「そんなぁ……」

「それに、パパはうちのママ一筋なんだから」

「うぅ」


 確かに。クラフトさんは愛妻家である。病気で亡くなった奥さんをずっと想っているのだが、その一途さがまたいいんだけど。


「頑張らなきゃだ……」

「無駄な努力よ」


 友人の冷たい言葉が胸に刺さりながら、お店を後にして家へと帰る。

 道中、いただいたばかりのパンを食べながら帰ろうと、クラフトさんが直々に商品棚から選んでくれたパンを取り出した。

 出来たてだったようで、とても温かいそれはバターロール。

 卵で艶出しされ、こんがりと焼き上がる表面は美しくて溜め息がこぼれるほど。

 早速、一口頬張る。ふわっとした食感を噛み締め、次いでバターの香りが鼻を掠めた。


「美味しいっ」


 本当ならばこんなに美味しい物にはちゃんとお金を支払いたいのに、極貧なばかりに甘えさせてもらってばかり。

 このままではクラフトさんを好きになる資格すらない。ちゃんと自立しなければ。


「そういえば、リリーフに話してなかったなぁ……レシピブックのこと」


 川に落ちたあとの話をしてなかったけど、正直に女神様からの加護を受けたと言って信用してもらえるのかというのもあり、口には出来なかった。自分でもまだ半信半疑なところもあったし。


 町から外れた場所にあるため、比較的に安く購入することが出来たと言われる中古の一軒家。

 一年前までは家族三人仲良く暮らしていたのに、両親は共に落石事故に巻き込まれて亡くなった。

 だから、一人で一軒家は寂しい空間である。


「ただいま」


 リビングダイニングの壁棚に飾ってる写真立て。一家揃っての家族写真に向けて声をかけた。

 そして、クラフトさんから頂いた廃棄品……というのも申し訳ない素敵なパン達を確認する。

 これだけあれば今日の夕飯と明日の分は持ちそうだ。


「あ、そうだ」


 まだ一度も開いていないことを思い出したため、レシピブックを出して、ただの本のようにも見える真っ赤な表紙を捲る。

 そこには沢山のスイーツの作り方が載っていた。本当に沢山の種類だ。

 王都に売られていそうなケーキや、見たことのない甘味の数々は眺めるだけで心が躍る。

 綺麗で、美味しそうで、こんなスイーツが作れるなんて、と思うも、深い溜め息を吐き捨てた。


「でも、こんな贅沢品を作れる道具もなければ、材料も持ち合わせてないからさすがに作れないか。あるのはパンの耳とバゲットくらいだし……」


 夢のまた夢。そう思い、レシピ本を閉じようとしたら急にページがひとりでに捲れ始めた。


「えっ!?」


 風が吹いてるわけでもないのに勢いよくパラパラと動く本はやがてとあるページで止まった。


「ラスク……」


 開かれたのはラスクのレシピページ。材料はパンの耳やバゲットなど。ちょうど手持ちにある物が記載されている。


「あとはバターと砂糖くらいか。それならまだあるね」


 キッチンにある冷蔵庫を開けて中を確認する。中身はそんなに物は詰まってはいないけど、最低限の調味料はあった。


「……作り方も簡単そうだし、作ってみようかな」


 せっかく頂いたレシピブックなのだから使わなきゃ損である。

 腕を捲り、母が使っていたエプロンを身に纏う。手もしっかり洗って準備も万端な状態に。

 使い古したフライパンを手に取ると、コンロに火をつけてからフライパンを置き、バターを入れて熱していく。

 溶け出したところでパンの耳を少しと切り分けたバゲットを数枚投入した。

 フライ返しを使い、水分を飛ばすように炒め続けると、カリカリになってきたのがわかる。

 そろそろ頃合いかなと思い、砂糖を入れて混ぜ合わせた。バターの香りと砂糖の甘い香りが絡み合い、とてもいい匂いで気づけば完成していた。

 お皿に盛ってみると軽い焦げ目が付いていて、白かった部分は柔らかい狐色に焼けている。


「美味しそう……」


 出来たてのラスクをまずはひとつ摘んでみる。細長いパンの耳から食べると、サクッといい音が鳴った。


「美味しい~」


 思わず頬に手を当てるほど。バターで焼いて砂糖を絡ませただけなのに簡単なおやつが出来上がってしまった。

 次にバゲットの方を食べてみる。こちらも同じ味なのだから美味しいのだが、パンの耳とはまた違った軽い感じがする。

 そのまま次に手を伸ばそうとしたら突然ピロンッという音と共にメッセージが書かれた画面が現れた。


========================================


レベルアップしました。ファイアを覚えました。


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「……はっ! これがレベルアップ! そして魔法!?」


 思わず心が弾む。本当にレベルが上がっているのか気になり、試しにステータスを唱えて確認する。


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イル (21歳)


レベル  1

体力   19

魔力   5

攻撃力  5

防御力  4

素早さ  8

運    -100


魔法一覧


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 わ、わ、ちょっとだけ能力値が増えてる。レベルも1になってる。何故か運だけはそのままだけど……。

 あ、でも、魔法一覧って言うのが増えてる。さっき覚えたのが載ってるのかな? どうやったら詳細が見れるんだろ。ステータスと同じように唱えたらいいのかな。


 ……魔法一覧。


========================================


魔法一覧


・ファイア


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 おぉ、やっぱり出た。でも、ただ魔法名が書いているだけでどんな魔法かまではわからない。

 まぁ、ファイアというくらいなので火魔法なのは理解出来るけど、威力とかどんなふうに出るのかによっては家が火事になりかねない。

 これも唱えたらいいのかな。……ファイア。

 ……。

 …………。

 あれ? 何も起こらない。

 詳細とかないのかぁ。それはちょっと残念だなぁ。

 溜め息をついて、恨めしい目でファイアの文字を指先でつんと突けば、突如画面が変わった。


「えっ!」


========================================


・ファイア

火を起こすことが出来る。


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「こ、これは、魔法の説明文! うわぁ、とても有難い! 良かった! しかも、火なら結構生活でも使えそう!」


 安心した私は初めて覚えた魔法ということもあり、興奮を抑えつつ、人差し指を立ててみる。


「……ファイア」


 ボッ、とマッチほどの小さな炎が指先に灯った。

 指先から発火しているのに不思議と人差し指は熱くない。むしろ温かい。

 その火種を息で吹きかけてやるとすぐにその火は消えた。


「す、凄いっ! 魔法が使えた!」


 女神様からのプレゼントは本物だったし、これからもスイーツを作り続ければもっと魔法が使えるはず。

 そう思うと俄然やる気が湧いてきた。

 一先ず、出来たラスクを食べ切ることにして次の仕事先を探さなければ。


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