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穴に落ちた先とミニドラゴン

「いやああああぁぁぁーーーー!!」


 岩穴に響く自分の声。穴上には手を伸ばしてくれるが遠ざかる友人達。重力に従ってただただ下に落ちる私とプニー……って、叫んでる場合じゃない!


「えぇっと、フロート!」


 一緒に落ちるプニーを胸に抱えて自分に浮遊魔法をかけると、身体は落下するスピードを止めた。浮遊したまま辺りを見回すと、ちょうど真下にはゴツい感じの岩があり、あと数秒遅かったら確実にぶつかっていたと思われる。

 九死に一生を得た私はごくりと息を呑んで浮遊していた身体を降下させ、ゆっくりとその岩に着地した。


「し、死ぬかと思った……プニー、大丈夫?」


 一応落ちたときのことを考えていたとはいえ魔法発動の判断が遅かったなと少し反省しながら、怖い思いをさせたかもしれないプニーの様子を確認する。


『面白かったよー! よー!』


 両手の上のスライムは興奮するようにびょんびょんと身体を激しく伸び縮みさせる。

 ……どうやら本人は楽しんでいたようだ。なかなかの大物感である。いや、スライムなら高い所から落ちても平気なのかもしれない。このプルプルボディは無敵な気がする。


「イルーー!!」

「イル、大丈夫なの!?」


 頭上に響く友の声にハッとした私は慌てて上を見上げて手を振る。


「大丈夫だよー! すぐそっちに戻るから待っててー!」


 高さ的には10メートル以上はある、かな? まさか人生で二度も高い所から落ちるとは思わなかったなぁ……。


『イルー。外が見えるよー。よー』


 するとプニーが指を差すように身体でその場所を示す。

 彼の言う通り、そこには外の景色が眺めるほど大きな横穴が空いていた。

 月もよく見えるし、岩山の洞窟の中にしては月光のおかげでとても明るい。

 その光景を眺めていたら、岩と岩の間に蕾む植物が一本生えていることに気がついた。


「これってもしかして……」


 噂の精霊花じゃないだろうか? 月の光にも当たってるし、この場所なら朝日だって浴びることも出来る。

 蕾の状態じゃわからないけど、もしかしたらリリーフならわかるかも!


「フライト!」


 飛行魔法を使って身体を浮かせ、プニーと共に落ちた穴へ向かって飛んでいく。


「リリーフ! レイヤ!」

「「!」」


 にょきっと穴から顔を出した二人は驚いた表情を見せていた。私の方から待っててと言ったけど、飛んで帰ってくるとまでは思っていなかったのかもしれない。


「あんた、とうとう飛行魔法まで使えるようになったわけ……? さすがにそこらのレベルの高い魔法使いよりヤバいわよ」


 確かに覚えてる魔法の数とか種類を考えると、もはや普通ではない自覚はある。あるのだけど、私が魔法を好き勝手選んでるわけではないから……。それに今はその話は置いてほしい。


「そ、そんなことより、下で蕾のままの植物を見つけたの! 精霊花じゃないかなって思うんだけど、確認してもらえないかな?」

「それ本当!?」


 一気にリリーフが食いついてきた。あまりの迫力に返事をすることも忘れて、ただこくこくと頷くしか出来なかった。


「それなら見に行かなきゃいけないわね! けど、この穴の中に飛び込むのはちょっと……」

「私がフライトをかけるから一緒に降りようよ。レイヤも」

「俺も……飛ぶのか? 本当に落ちたりしないのか?」

「うん、大丈夫だよ。ちゃんと浮くし、私が上手いこと二人を動かすから」

「わかったわ。じゃあ、お願い」

「じゃあ、俺も」


 二人とも現場を見てくれるようなので、私は嬉々として二人に飛行魔法をかけてあげた。飛行魔法を私が二人に使用するからその操作権は使用者の私に委ねられる。初めてだから上手く出来ればいいけど……。

 本当ならリリーフ達で好きに飛び回れるようにするのがいいのだろうけど、その場合は私の使用出来る魔法を共有するためにシェアをかけなきゃいけない。

 しかし、共有出来てもその人に魔力がなければ意味がない。レイヤはともかくリリーフは魔力ゼロの珍しいタイプの子。魔力がなければ魔法を扱えることが出来ないので私の魔力で運ばせてあげなければ。


 再び穴の中へと潜り、宙を漂う二人も同じように穴へと通ってもらう。そして操作しやすいように二人を先頭に向かわせる。

 怖がらせないようにスピードを出し過ぎず、だからといってフロートのようにゆっくりにはならないように。

 そうして下へと降り立つと、先ほどの生えていた精霊花の場所へと指を差す。


「ほら、あそこ一輪だけ蕾の花があるでしょ?」

「本当だな。種が岩場に入って育ったのか……?」

「見たところ確かに茎の形とかは似てるわね。私も蕾の状態を知らないから何とも言えないけど、朝日が出るのを待ったらはっきりするでしょ」


 やっぱり待たないとわからないようだ。どちらにせよ朝日が昇らないと花が咲かないし、摘むことも出来ないので私達はそのまま待機することにした。


 しばらくしてから外へ続く大穴から見える空に光が射し込み始めた。

 陽の光は岩山の洞窟の中にもしっかり届き、一輪の蕾んだ植物にも注がれる。


「あっ」


 誰が言ったか。もしかしたらその場のみんなが口にしたのかもしれない。それだけその花へと集中していたのだ。

 それもそのはず、花弁の膨らみが少しずつ綻び始めていた。まるで花の卵が孵化するかのように一枚ずつ花弁が開く。

 花びらは赤とピンクのグラデーションで今目の前に見える朝焼けと同じ色合いだ。その花びらの中心部には月の光を吸収したような丸い黄色の玉石のようなものが宝石みたいにキラキラと輝いていた。

 普通の花とは違う。そう言いきれる自信があるくらいにその花は美しかった。


「これだわ……間違いなくママの好きだった精霊花……」


 写真と見比べるリリーフがそう呟く。確かに目の前の花と似ている花を写真の中のソレイユさんは手にしていた。


「リリーフ、早く摘まないと朝日が昇りきっちゃうよっ」


 と、思わず開花する瞬間を目撃して感動してしまったが、そんなことをしてる場合ではない。朝日が昇りきるとまた蕾に戻ってしまうので、そうなると明朝またここへ足を運ばなきゃいけなくなる。

 リリーフを急かすと彼女もハッとして「そうねっ」と告げると、持ってきていたポケットナイフで手早く茎を切った。

 たった一輪とはいえ、それだけで価値のある精霊花を手に入れることが出来たリリーフはとても嬉しそうだった。美人さんだから精霊花を持っているだけで絵になる。

 それにしても改めて近くで見ると本当に宝石が咲いたような花だ。


「良かったね、リリ━━」


 その言葉の途中、私達の前に強い風が吹いた。というより黒い何かが横切ったような……。


「ああっ! 精霊花がないっ!!」

「えぇっ!?」


 まさかの精霊花紛失。でもさっきまで確かにリリーフの手の中にあったのにいつの間に!?


「おい、あそこを見ろ! トカゲみたいなやつが持ってるぞ!」


 レイヤの視線の先を追うと、大穴の外で宙を舞う翼を広げたトカゲがいた。……いや、トカゲというよりあの翼の形などから察するにドラゴンのように見える。おそらく幼体の黒いドラゴン。

 もしかしてさっき私達の前を凄い勢いで横切った黒い物体はあの魔物なのでは……?


「ちょっとあんた! それ返しなさいよ! あたしが先に取ったのよ!」


 もちろんのことだが、リリーフが怒る。そりゃあ自分で入手したのを横からかっさらわれたのだ怒らないわけがない。

 しかし、リリーフが怒鳴っても小さなドラゴンはキュイキュイとなんだかせせら笑っているようだった。


『鈍臭いニンゲン~。これは俺サマのなんだからお前らにあげるかよーっだ』

「何言ってるのかわからないけど物凄く馬鹿にされたのはわかるわ!」


 どうやら相手は人語は喋れないタイプの魔物だ。言語理解スキルがあるおかげで私には訳されて聞こえるけど、これをリリーフが聞いたらブチ切れちゃうかもしれないし、聞こえなくて良かったかも。


『じゃあな~鈍臭ニンゲン~!』


 キュイキュイと笑い声を上げながら精霊花を手にしたミニドラゴンは逃げ出した。さすがにこれを見逃すわけにはいかない。


「! 待って! フライト!」


 飛行魔法を使って私はドラゴンを追いかけようと大きな横穴から飛び出した。


「イル! 相手は魔物だぞ! 深追いするな!」

「大丈夫っ。やれるところまでやるだけだから!」

「イル! 大丈夫なら絶対に取り戻して! 相手が格上じゃないって判断出来るなら絶っっ対に取り戻してあのトカゲを丸焼きにして食べるわよ!!」

「リリーフ、落ち着いて……」


 悔しさと怒りが合わさったリリーフが怒鳴る怒鳴る。丸焼きにして食べるのはとりあえず置いといて、精霊花を取り戻すことに集中しよう。


「そこのミニドラゴン待って!」


 相手はパタパタとゆっくり飛んでいたためすぐに追いつくことが出来た。

 ミニドラゴンは私に気づくと、ビクッと驚く様子を見せる。多分、私が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。


『な、なんだ、こいつ飛べるニンゲンかっ!?』

「その花返してっ! それはリリーフのお母さんのために捧げる大事な花なの!」

『くそっ! 何言ってるかわかんねーし! ついて来るんじゃねぇよニンゲン!』


 あぁ、ダメだ。相手は人語を理解出来ないから話し合いは出来そうにない。

 しかもスピードを上げて逃げるのだから私はさらに追いかけるしかなかった……けれど、そこまで速いわけではなさそうなのですぐにドラゴンの前へと先回りすることが出来た。


『な! 俺サマのスピードに追いつけるのかこの鈍臭ニンゲン!』

(多分、私の方が速いと思う……)

『イルー。これ、ブレンダーしてもいい? い?』


 肩の上に乗っかったまま一緒について来たプニーがムスッとした声色でそう言うのだけど、慌てて料理以外はやめておこうねっ! と優しく宥めた。

 さすがに攪拌魔法なんてしたらとんでもなくグロテスクなことになってしまう。それを見た日にはぶっ倒れる自信しかない。


『こうなったら、先制攻撃だ! ダークミスト!』

「! ウィンドウォール!」


 しまった! 先手を打たれる! そう思って咄嗟に風の防御魔法を唱える。ミストと言うのだから霧系統の魔法だけどその攻撃効果は未知数だ。

 不可視の風の防御によって押し返し、霧散させようと思ったのだけど……。


「……」


 ミニドラゴンの口から吐かれる黒いミストはとても小さく、こちらに向かうほどの勢いはなかった。おそらくこれがもっと大きかったら暗い霧に包まれて目くらましにはなっただろう。

 私は防御魔法を解いて静かに呟く。


「ウィンド」

『わわわわ!』


 小さな風を吹かしてダークミストとやらを晴らした。念のため、相手のレベルを確認しようと私は続けてアプレイザルを使用する。


========================================


・ダークドラゴン Lv.18


闇魔法を得意とするドラゴンの一種であり、ドラゴンの中でも最強最悪の邪竜とも呼べる存在。身体は鋼のように硬く、呪術にも長ける。


========================================


 種族としてはとんでもなく危ない相手だけど唯一安心出来るのはレベルだろうか。幼体っぽいし、レベル差があるから大丈夫な気がしてきた。


『小癪なニンゲンめ! その肉を食ってやる!』


 今度は口を開けて突撃し始めてきた。仕方なく私は目くらましをさせる。


「フラッシュ」

『うぎゃああああっ!!』


 閃光魔法を発動すると、ダークドラゴンの子どもは眩しさに動きを止める。その隙に次の魔法を。


「スリープ」

『ぐぅ~……』


 睡眠魔法をかけると簡単に眠り、落下するミニドラゴンを抱えてその手から精霊花を取り戻す。なんというか人騒がせなドラゴンである。

 ひとまずその子を抱えてレイヤとリリーフの元に戻り、近くの岩場の上にミニドラゴンを乗せてそのまま寝かせてあげた。


「トカゲの丸焼きにするわよ。イル、火を出して」

「落ち着いて、リリーフ! トカゲじゃなくダークドラゴンの子どもだよっ! それにちゃんと取り返したからこのままにしてそろそろ帰ろっ! ねっ?」


 精霊花を取り戻したのにリリーフはまだご立腹のようだったので必死に宥めて、下山するようにも促す。

 それが効いたのか、リリーフは渋々と了承してくれたので私達シュピラーレ山をあとにした。


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