ドライフルーツのクグロフと精霊花探し
「精霊花?」
ドライフルーツのクグロフを食べるレイヤが呟く。
軟質小麦粉、硬質小麦粉、ドライイースト、卵、バター、ラム酒漬けしたドライフルーツを使ってアッシュさんが作ってくれたクグロフ型を使用して出来上がったもの。
ラム酒に浸したドライフルーツがまたいい味を出していてとても美味しかったし、山の頂上には粉砂糖を散らしてるいるので雪山のように見えて見た目もいい感じだった。
山のような形に見えるクグロフだけど、よく見ると王冠のようにも見えなくもないよね。それはそれでまた新しい発見である。
クグロフを食べた私は防音魔法であるサウンドプルーフを新たに使えるようになった。
そして夕飯後のスイーツとしてレイヤとプニーに提供し、レイヤに今夜の私の予定を話した。
「うん。リリーフのお母さんであるソレイユさんの命日が明日だからそのお花をお供えしたいんだって。だから夜中から朝方にかけてリリーフと一緒に精霊花を探すの」
「なんで夜中に……?」
精霊花を知らないレイヤのために説明をした。
精霊花とは普通の花とは全く違うものだ。花だけど普段は蕾のまま。その状態で夜の月の光を浴びて開花する力を蓄え、夜明けの太陽の光を浴びると宝石のように輝く花を咲かすのだ。
しかし、朝日が昇りきると再び蕾に戻ってしまうため、開花時間はほんの僅かなのだが、開花したまま精霊花を摘むと一週間は輝いた状態で咲き誇るという不思議な花。そのため精霊の魔法がかかった花だと話題になり精霊花と名付けたそうだ。
どうやらソレイユさんは生前から精霊花が好きだったようでリリーフはその花をずっと供えたかったらしい。
しかし、精霊花は貴重なもので入手困難とされている。ごく稀に花屋に入荷されているときもあるが、綺麗に咲いた状態を保つのは一週間ゆえにタイミングが合わない。
そんな中、リリーフは精霊花が咲く場所があるという噂を常連客から聞いた。いや、正確には『夜明けくらいにまるで宝石のように輝く花を見た』という情報である。
その人は精霊花の存在を知らない人だったらしく、その特徴からして精霊花のことだと理解したリリーフが詳しい場所を尋ねたのだと。
常連客は冒険者だったようで、依頼の最中に見かけただけなので細かい場所までは覚えていないが『シュピラーレ山』という場所のどこかにあると聞いた。
シュピラーレ山はスタービレより南西に約五、六キロほどある岩山で初級レベルの魔物の住処でもあるが、魔物含め採取出来るものはあまり価値がないものばかりで初級冒険者でもわざわざ行くことのない所と言われている。
おそらく冒険者はそのことを知らなかったと思われるので初級レベルの冒険者なのだろう。
しかし、岩山であるその場所はどちらかといえば緑が少ないので精霊花のような貴重なものがあるとはとてもではないが思えない。
でもリリーフはそれに賭けたいらしく、一人では不安だということもあり私に同行をお願いしたのだった。
もちろん断ることなんてしなかった。断ってもリリーフなら一人で突撃しかねないのでいくら初級レベルの魔物がいようとも魔物退治すらしたことのない彼女を一人で向かわせるのはさすがに心配である。
そういうわけで本日の夜中にリリーフとシュピラーレ山へと出発することになった。
「夜明けの僅かな時間しか咲かない花、か。だから夜中に出発なのはわかったが……色々危ないんじゃないのか? そもそもクラフトさんが夜中にリリーフを送り出すなんて許すとは思えないな」
「そこはね、私の家に泊まるって嘘をついたみたいで……」
「そこまでするのか」
「リリーフだからね」
まぁ、私も最初はレイヤと同じことを思ったし、クラフトさんが許してくれないと思うから考え直したら? と言ったけどこういうときのリリーフは頑固なのでクラフトさんには内緒で精霊花を取りに行くという案を無理やり通すことになった。
「……わかった。じゃあ、俺も同行する」
「えっ? そんな、レイヤがそこまで付き合うことはないんだし、夜通しの作業になるからレイヤは寝てていいんだよっ」
「夜遅い時間に女性を外に出す方が心配で眠れなくなる」
「大丈夫だよ。危険な魔物はいないし、夜は寝てる魔物ばかりだからレイヤが考えてるような危ないこととかないから……」
「イルが大丈夫でも、俺が大丈夫じゃない」
……レイヤからどことなく感じる圧。それに逆らえず私は小さく「ご、ごめんね、お願いします……」と返すしかなかった。
レイヤに気遣ってゆっくり寝てもらうつもりだったのに。逆に気遣われてしまった。
それにしてもレイヤも心配性になってきたなぁ。いや、当然のこと、なのかな? でも、そんなに心配されることでもないんだけど……。
『おでかけするのー? のー? 僕も行くー! くー!』
予想していたけどプニーもついて行くことになった。プニーだけ家に取り残すわけにもいかないのでレイヤが同行するならば彼も連れて行かないわけにはいかない。
その後、レスペクトにも説明しに行ったんだけど、彼も行くと言い出したのでさすがにそれは難しかったため、レスペクトには残ってもらうようにお願いした。
シュピラーレ山は場所によっては足場が悪い所もあるみたいだし、身体の大きいレスペクトには大変と判断したから。
そのせいで物凄く機嫌悪くさせてしまったんだけど「レイヤとプニーも連れて行くから大丈夫だよ! ねっ?」と説得するがさらに彼を怒らせてしまったようだ。二人の実力くらい認めてあげてもいいんじゃないかな……。それとも仲間外れにされるのが嫌だったのかも。
今度はレスペクトにも同行をお願いするから。と伝えると彼は渋々納得してくれたので何とか邪視を発動させずにすんだ。
しばらくしてからリリーフが家にやって来て、精霊花採取の準備と軽く仮眠を取ってから日付が変わった一時間後に厚手のローブを纏い、シュピラーレ山へと出発した。
1月の寒い夜の中を歩くわけで道は多少雪が積もっていたりする。風邪をひかないためにもみんなに耐寒魔法であるコールドレジスタンスをかけておく。
小さなランタンの灯りと澄んだ空の星の光を頼りに歩くこと一時間半。雪が積もった岩山が見えてきた。シュピラーレ山だ。
実際に目にするのは初めてだけど、岩道はなかなかに急なようだ。しかし、ここは初級冒険者向けということもあり、整備をされているのでわざわざ大変な道を選ぶ必要はないだろう。
ただ岩山のあちこちに空洞のような穴がいくつもあるので迷路のようではあるかもしれない。
「……精霊花見つかるかなぁ?」
「見つかるのかなぁ、じゃなく見つけるのよ」
「リリーフってば凄い自信……」
逆に言えば見つかるまで諦めないという強い意志を感じる。そんなやる気満々のリリーフを連れてシュピラーレ山へと足を踏み入れた。
いくら強気のリリーフでも普通の女の子で冒険者でもない町娘。このような岩山に来るのも初めてだろうし、私が守ってあげないと━━。
「ぅ、わっ!?」
ツルッと雪解けの岩道で滑ってしまった私は早速尻もちをついてしまう。
「イルっ、大丈夫か?」
『大丈夫ー? ぶー?』
「あんた……ほんとやらかすわね」
手を差し伸べてくれるレイヤの手に掴まって身体を起こした私はリリーフから冷たい視線をいただく。……わざとじゃないんだけどなぁ。
そんな感じで幸先は悪いけど、私としてはいつものことなので気を取り直して精霊花探しを開始した。
しかし思っていたよりも岩道が滑りやすく足場が悪いので進みも悪くなる。
唯一良かったのはスライムやワームなどの魔物を見かけても向こうから逃げていくので襲われる心配がないことだ。
「思っていたよりも全然魔物が寄ってこないね?」
「……隣の男が魔物を見かける度に睨みを利かせてるからでしょ」
「戦わずにすむならいいことじゃないのか?」
『レイヤ、すごーい! い!』
どうやらレイヤのおかげらしい。そんなに睨んでいたなんて全然気づかなかった。彼なりに私達を守ろうとしているのだろう。やっぱりレイヤは頼りになるなぁ。
「……えっと、イル。どうかしたのか?」
気づけばレイヤをジッと見てしまったので彼は少し狼狽えているようだった。
「あ、ううん。レイヤは頼りになるなぁって思ってただけだよ」
「そ、そうか……そんな大したものじゃないけど……」
照れているのか合わせていた視線が逸らされる。暗い中でもなんとなく顔が赤くなっているような気がした。
「いいから早く行くわよ」
「え、ちょっとリリーフ待ってってば!」
どこか呆れるような態度のリリーフが先に進み始めたので慌てて私も追いかける。
岩山を探索をしてしばらく経つのだけど、いまだ精霊花が見つかる気配はなかった。
所々苔などは着生しているようだけど珍しい植物が育つような環境には見えないし、リリーフが聞いた常連客の話は本当なんだろうか? まぁ、精霊花とは言っていないので何かの見間違いは有り得そうだけど。
ただでさえ迷路のように分かれ道があったりするので調べる所が沢山あるわけである。
ひとまず行き止まりになるまで進み続けては戻り、別の道に行くというのを繰り返していたらいつの間にかシュピラーレ山の頂上まで辿り着いた。
明るい月と星が雲に阻まれることなくその存在を誰かに示すように美しく輝いている。思わず見とれてしまうが目的を忘れてはいけないのですぐに精霊花がないか辺りを探してみた。
「うーん……ないね」
『お花見つからないー。いー』
「はぁ……どっかの分かれ道にあるのかもしれないわね。ちょっとだけ休憩しましょ」
さすがにずっと歩きっぱなしで疲れたリリーフが近くの岩場に座り込む。
私は休憩のためにと持ってきた温かいコーンスープが入った水筒を取り出し、マグカップに注いでみんなに配った。
しばらくスープを飲んで身体を休めているとリリーフがぽつりと呟く。
「さすがに疲れるわね」
「まぁ、冒険者以外の人が来るような所じゃないし」
「そういえば……リリーフは精霊花を見たことあるのか?」
「写真でしか見たことないわ。ママの写真に一枚だけ精霊花と一緒に写ってるのがあるの」
そう言うとリリーフは持参してきたようで懐からその写真を取り出した。
リリーフと同じ赤い髪で快活そうな笑みを浮かべる女性の手には精霊花と思われる花が一輪。綺麗にラッピングされていた。
「凄く嬉しそうな写真だね」
「そうね。パパがママに精霊花を渡してプロポーズしたあとの写真だから」
「プ、プロポーズ!?」
え。何それ。クラフトさんがプロポーズした日の写真なの!? う、羨ましい! 私もクラフトさんにプロポーズされたい!
「イル……言いたいことが顔に出てるわよ」
「え! や、だって羨ましいから! いつか私にも同じことをしてくれないかなって考えちゃうでしょっ?」
「考えないわよっ。あんたがいくらパパのことを想っても無駄なものは無駄なの!」
ひ、酷い……そんなにはっきりと言わなくてもいいのに。相変わらずクラフトさんへのガードが固いんだから。
「そろそろ行くわよ。夜明けはもうすぐなんだし」
休憩を切り上げようと立ち上がるリリーフは写真を再び懐へと戻した。彼女の言う通り日の出はまだだが、空の色が微かに明るくなっている。
「さっきは暗がりであまり見えなかったが、どうやらこの先もまだ道は続いてるようだが確認しておくか?」
レイヤがまだ調べていない岩道を指差す。確かにそこは調べていない所だ。
てっきり崖だと思って近づいていなかったがよく見れば段差があり、下に降りられるようになっている。
リリーフが「もちろんよ」と答えてもう少し頂上となる岩山を散策することになった。
正直なところ、足場が先ほどよりも悪くてゴツゴツしているので歩きづらい。
「二人とも、この辺りは穴がいくつかあるみたいだから気をつけた方がいい」
「聞いたイル? あんた気をつけなさいよ」
「まるで私がやらかす前提で言わないでっ」
『何かあったら僕がイルを守るー。るー』
「ありがとう、プニー……」
肩の上に乗るプニーが頼もしいことを言ってくれたので頭を撫でておいた。でも落ちたら守るどころではないかもしれないのでそのときは私が魔法でどうにかしなければ。
そう思った矢先だった。強い突風が吹いてきたのだ。
「わ!」
ビュウウウッ! 強く吹く風に堪えていたが、足がふらつく上にまた滑ってしまった私はバランスが崩れて後ろへ倒れた……が、そこはついさっきレイヤが注意してくれた岩穴のひとつだった。
「あ」
「「イル!!」」
二人の声が重なり、私へと手を伸ばそうとするが届くことなく私はプニーと共に穴へと落ちてしまった。




