22 しゃーないなぁー
カジュはダイニングの床で薬用に黙々と粉を挽いていた。二人が帰ってくると当たり前に「おかえり」という。
リリーはカジュが毎日用意している瓶入りの山葡萄のジュースを持ってきて、テーブルでそれを飲み始めた。
そしてフォレストは採ってきた薬草を手際よく片付けるとリリーの横に座りカジュに唐突に聞いた。
「どうしてこの俺がお前がマクリルだと気が付かなかったんだ」
カジュは慣れたもので視線も寄越さず大様に答える。
「は? んなもん、お前が鈍感だからじゃねーの」
粉の状態を触り確かめているカジュはもちろんテンションの変化は無く、リリーは今は会話に加わる気はないようでジュースを楽しんでいて、その横でフォレストだけが黒いオーラを発していた。
「そんな筈あるまい! 隠しているわけでもなく、封じているわけでもないのは分かる。だからこそ俺はお前の能力値を大したものじゃないと判断したんだ。お前一体何をしている」
スキュートがやたらと知ったかの顔をするのがいまいち気に入らないフォレストは、この際トコトン分からないことを聞く構えだった。
しかし、そんなことはリリーだけで十分なカジュは腰を据えているフォレストに嫌な予感を感じていた。説明できないことを何一つ無いが、きちんと納得させるように話すのは骨が折れ、面倒くさいから。
「……一応ご主人様ポジションのオレに普通そんな事聞くか? 別にいいだろ、そんなことどうだって」
「主人だとは思っていない、ただ契約しているだけだ」
「オレだってお前達を従えてるなんて思ってねーよ、あくまでもそういう世間体だってことだろ。お前達のご主人様だなんて気色悪い」
「お前が言ったんだろう」
不毛な会話に溜息が出そうなカジュは早く会話を終わらせたい。
「だからどうでもいいことは聞くなっていってるだろう」
「仮にも使役主の力を知ろうとして何が悪い」
そしてそれをフォレストが許すはずもなく、カジュはさっき主人じゃないと言ったくせに、使役主と認識はあるのかと突っ込まずに、なんとかはぐらかせないか考えた。
「……めんどくせーな」
「面倒でも言え」
「そんなの大魔道師だからだろう」
皮肉も込めたが、フォレストには通じなかった。
「冗談はいい、精霊なんかの適当な情報では余計面倒だ」
カジュは、おしゃべりな精霊たちを思い浮かべ、頭が痛くなった。奴らは面白がる癖があって話を盛りがちだとカジュは思っている。嘘ではないが、大袈裟なのだ。
「冗談って……あー、まーそうか。オレの力が正確に測れないのはこの森のせいだ」
大魔道師だと胸を張って大声で言いたいなんて、これっぽちも思っていないカジュだが、それなりに修行はさせられてきたからちょっとはちゃんとしてると主張はしておくことにした。
「また森か、やはり何か特殊な作用がある場所なのか?」
「いや、もともとはいたって健全な普通の森。多少他より色々と条件が良い土地ではあるけど、それをオレがおかしくしてんの。この森全体にオレの魔力で結界はったり、魔力を散らしてたり、あれこれしてるからそれでその中にオレがいても気配が薄れて感じるというか、だからお前がオレの力を見誤るのも当然のこと」
やっとカジュは立ち上がり、片付けをしながら話す。
そのカジュが当たり前のように話す内容はどう考えても簡単にできることではなく、流石のフォレストもそこはスルーできなかった。
険しい表情になり、カジュの動きを目で追う。
「そんなことをしてお前は大丈夫なのか? 力が枯渇したりはしなのか?」
カジュの力の安定が即ち自分達の安定である。そこが崩壊すれば、フォレスト達はまた元の生活に戻り、命が危うくなる。
その心配がカジュにもきちんと伝わっていて、コップを持ってテーブルの二人の向いに座ると、リリーが飲んでいるブドウジュースを注ぎながら、はっきりとその心配を否定した。
「ここに関してはグレン……レッドドラゴンに力借りてやってるから平気だ。それに普通で間違いない森は確かだけど、オレやドラゴンと相性がいい場所みたいでさ。いるだけで力がわいてくる感覚みたいのがあるんだ。だからこの場所にしたところあるし」
「初めから目をつけてたわけか」
「こうなる計画立ててたみたいに言うなよ、あくまでも成り行きだったんだから」
「成り行きでこれだけの土地を封じているほうが気がしれん」
「あー、そう言われればそうか」
それもそうかとカジュは笑った。悪魔に常識を教えられる自分を笑う。
「お前一体どんな育ち方したら、それほど間抜けな人間になれるんだ」
「悪魔に言われたかねーけど、魔術師になること以外に何も教わらなかったんだから仕方ねーだろ。物心付く前のことは覚えてねーし」
「お前の両親は魔道士なのか? それで英才教育か」
「……いやーどうなんだろ。今は調べようと思えば調べられるけど俺にその気が無いからなー」
片付けをし終えたカジュは腰を伸ばしたり、腕を伸ばしたりしている。
「自分の両親を知らないのか、お前孤児なのか?」
「さあ? 家族がいたことは間違いなんだけどなー、どうやってあそこに行く事になったのかはオレもまだ知らない……てか知りたくないから分からん」
「あそことはどこだ」
カジュは、ちょっと顎に手をやり考えた。か
「国立の魔術研究所だっけ、なんかもっと格好良さげな名前付いてたけど覚えてない。そこで育ったから魔術に関してはまさに英才教育だろうな」
「あまりまともな子ども時代ではないのはよく分かった」
そこでふとどういうわけかカジュはこの悪魔達に自分の過去を話しておきたいと思った。
楽しい話ではないことは重々承知のうえで、しかも日ごろなら決して言いたくもないことなのに今話しておこうと思ったのは、フォレストの使役主と言われた一言かもしれない。
「そのさナンチャラ研究所、そこでさー俺が親元から離されて一番初めにされたことなんだか分かるか?」
それは悪魔にとって見れば大したことではないと十分理解していたがそれでも言いたかった。
「忘却の魔法をかけたんだ。たかだか五年ぽっちの記憶だぞ。物心がやっとついたかどうかって時なのにそれを全部消そうとしたんだ」
しかし術に対する耐性を持って生れていたカジュはその術に完全に掛かることはなかった。それでも防御することを知らなかったために記憶は封じられてしまった。
「親っていう存在すら分からなくなった。周りにいた大人に魔道士としての教育を叩き込まれて、それだけ。親代わりなんて親切な担当者もいなかった」
だから愛情を知らなかった。忘れさせられた。
「だからなんて言い訳でしかないけど、言われるまま何でもした」
「大魔道士の誕生か」
「さあな、マクリルがそう呼ばれるようになったのがいつからかは知らん。興味どころか関心すらなかったんで、自分がしてることの意味さえ考えたこと無かった」
「それだけ聞けばただのバカだな」
カジュはさすがに渋い笑みを浮かべた。
「オレもそう思う、でもなーさすがにだんだん疑問が湧いてくるんだ。成長してくると自分がしていることの意味を知りたくなってくるだろ、いわゆる思春期ってやつ?」
そんな時、二匹の竜に出会った。
そして魔術士を辞めた。
「よく辞められたな、大魔道士とまで言われたヤツを国がみすみす逃がすか?」
「簡単だった。辞めさせなければドラゴン共を止めないって言っただけ」
「噂通りに実際お前が止めたのか?」
ドラゴン一匹が暴れただけで国の一つや二つ簡単に壊滅すると言われている。それが一度に二匹。
それを止められるという人間がいるのなら誰だってどんな願いでも聞き入れるはずだ。
「噂は本当だったのか……」
「そうでもないぞ、あいつらほとんど自滅したって感じだな」
「ドラゴンどもが自滅?」
「ドラゴンじゃなくて国家って言えばいいのか」
「どういうことだ」
「レッドドラゴンの方は知っての通り国軍所属の魔道士七人でなんとか繋いでた。もう一匹は他国のヤツが頑張ったみたいだ」
「繋ぐ!? 人間がドラゴンを使役していたということか? そんなことできるのか」
「できてたなー」
「お前が呼び出したのか?」
「いやいやー、そこまで俺は無謀じゃないさ。元からいた奴は昔捕まえられたとかで、もう一匹は捕まえたのはどうやら隣国のヤツでこの国を襲わせるために唆したんだと」
「ドラゴンが唆されるのか?」
「まだ若いのだったからな。それにこの国いるレッドドラゴンが気になってたから自ら進んできたといっても間違いではないな」
「それで二匹のドラゴンが戦うことになるのか」
「うーん、正確にはレッドドラゴンにはあまり戦う意思は無かったな。止めるためには仕方なくで、操られてるもう一体の方は隣の国の奴らが攻撃してやろうってけし掛けたみたいな」
「それで戦うことになったわけか」
「いやー、ドラゴンを思い通りにさせるのってやっぱ大変だったんだよなー。この国のレッドドラゴンは繋いでるだけで城の加護を担わせてただけだから何とかできてたけど、思い通りに何かさせるとなるともっと大変だからホワイトドラゴンは暴走したと。だから結果、ドラゴンは二匹とも暴れることになり、国は壊滅の危機に陥ったんだ」
「要するに人間どもが自滅したということか」
悪魔らしい薄ら笑いを浮かべるフォレストの横でボーっと話を聞いていたリリーがふと顔を上げた。
「ねーカジュ。レッドドラゴンさんは初めからカジュが捕まえたんじゃないんだよね、どうしてお友だちになったの?」
「友達って言うか、ドラゴンを繋いどくっての簡単じゃなかったんで七人で漸くって感じだったんだ。その中で大きく力を担っていた二人が耐え切れずこの世を去った。だから抜けた穴を埋めるためにマクリルはドラゴンに引き合わされた。それでマクリルは一人で二人分を見事埋め合わせた」
事も無げに言うカジュに、反射的とでもいうスピードでフォレストが反論する。
「やれと言われてもできることとできないことがあるだろう」
「できちゃったんだから、俺って凄かったんだな」
「すごーーーい」
リリーは素直に拍手喝采するがフォレストは納得していない素振り。
カジュはあくまでとぼけたように言葉を続けた。
「でもなー、その時はすっげー辛かったぞー。自分の力も暴走しそうだし、もちろん術自体の制御もしなくちゃならんし、常に体がはち切れそうっていうのか、メシもまともに喰えないし、眠ることも難しくなった」
「そうまでしてなぜ」
フォレストには本当に分からなかった。そしてカジュにも明確な答えは持っていなかった。
「できないとは言わせてもらえなかったんだろうな、それにそれまでの訓練でも似たような感じだったからそんなもんだと自然に納得してたんだ」
この事実しかカジュの中になかった。
あの時はやるとか、やらないとかの選択肢があることすら意識になかった。
それが芽生えたのはその後赤龍と過ごす日々からだったから。