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薬師と悪魔と  作者: 雉虎 悠雨
第二章
19/24

19 襲来

「失礼します。先ほど報告が入り、フォームタ国が何か大掛かりな術を仕掛けている模様です」

「で、何をするって?」

「どうやら転送する気ではないかと」

「転送先の正確な位置は?」


 カジュが聞けば、いつもの報告の彼は珍しく苦虫を噛み潰したような表情になった。


「それが位置は定め切れていないそうで」

「は? そんな適当にドラゴン送ろうとして大丈夫なのか? ただでさえ制御できてねーくせに」

「もう破れかぶれなんじゃろ」


 グレンはもはや愉快そうだ。

 とてつもない混乱の中にあるはずなのに、できる限り情報を集めてくれた彼は頷きながらも言葉を続けた。


「その様です。ただこの王都とその周辺に来るようにはしているだろうと、現地にいる我が軍の魔道士方はおっしゃっています」

「来るかなー」

「お前分からんのか?」


 グレンに聞かれたマクリルは珍しく目を見開いて驚きの表情をして固まった。


「……どうしたのだ?」

「…………オレに分かるわけねーじゃん」

「「え?」」


 今度は逆にグレンと男が驚いた。


「マクリル様にも分からないことがお有りなんですか」

「当たり前だろ、オレのこと何だと思ってんだよ。どこのどいつがどんな陣描いてるかも知らねーし、その場凌ぎの適当な術がどうなるかなんて考える気もねーよ」

「それでは結果を待つしかないのお」


 がっかりした様なグレンの言い様にマクリルはまた珍しくそれが癪に障った。


「分かったよ! 考えればいいんだろ」


 そう言ってあれこれ手を尽くし始めた。


「意外に単純よのお」


 グレンと男は小さくクスクスと笑った。まるで世界の状況が幻想の話であるかように穏やかな空気が流れていた。

 マクリルは暫く複雑な方法で情報を集めたり、地形や空気を読んだりして一つの結論を導き出した。


「出現するのはハディスの森が有力だと思われる」

「遠くは無いが、何故そこなのじゃ」

「あそこは森としては至って普通だけど、磁場が特殊で空間の重なりも複雑なんだ」

「複雑ならば繋げるのも苦労するのではないかえ?」

「意図して繋げるのは難しい、だけどあっちは本当に投げやりに術を仕掛けてるらしくてそういう雑さがハディスの森と引き合ったようだ」

「……お前どうやってそれを知った?」

「お前らが調べろって言ったんじゃねーか」

「ある程度予想を立てるだけかと思ったんじゃ、どうやって知った?」

「向こうに行ってる奴にちょっと繋げる方法があるんだよ。実際使うことは稀だろうと思ってたけど有事に備えておくのもオレの仕事の内だからな」


 グレンは本当に呆れていた。そこまでものぐさだと、ため息も出る。


「それならば始めからそれを使え」

「いろいろ面倒なんだよ、備えるだけなら簡単で、使うとなると大変なんだよ。今回オレは正確な命令は受けてない。ドラゴンを止めろって言われてるだけだからな、この城をドラゴンから守ることくらいが仕事だと思ってんだよ」


 心外だと言わんばかりに捲し立てると、グレンは笑顔で宥めてからマクリルに確認を取る。


「なるほど、それでこれからどうする? ハディスの森からここまでの間は放っておくのかえ?」

「うーん、一応被害が減るように道は作るか。こっちから森に行くのも大変だからな。何か餌になるようなものがあればいいんだけど」


 マクリルとグレンは報告に来る男を避難させて、城の庭で城下を見下ろすように待ち構えた。


「これほど見晴らしの良いところにこの城は建っておったのだな」

「オレもあんまり気にしたことなかったけど、こうやって見るといろいろ見えるもんだ」

「こちらの方向から来るのか?」

「そうそう」


 暫くして遠くの空に小さくそれは現れた。


「来た」


 マクリルはすっとグレンの前に立った。グレンは渋い顔を見せる。


「お前死ぬぞ」

「そっちこそ」

「我は……大丈夫だ」

「強がるなって。それにレディーは守るもんだって男のセオリーだろ」

「お前、気づいておったのか」

「アイツの目的はどういうわけかグレンだけだ。フォームタ国からは違う命を受けてるはずなんだけどなー」

「知っておるのか?」

「まーね、魔道士も情報が大事ってことさ」


 一直線に飛んできた白竜は、何重にも張られたバリアもシールドも物ともせずに突っ込んできた。その勢いで前線にいた兵士と魔道士達は一瞬で半数以上飛ばさせてしまった。


「マクリル、あやつらに無駄だから退けと言ってやれ」

「それこそ無駄無駄、こっちの言葉なんかに耳貸す連中じゃねーよ」

「本に言葉使いが悪くなったな、誰の影響なのか」

「さあね」


 そう言っている間に白竜は一人残らず蹴散らして、マクリルたちの前まできていた。


「どけぇぇぇー」


 地を震わすほど低くとどろく声だった。


「わー、アイツもしゃべる」

「もう少し緊張感を持て」

「えー、ちゃんとやるから大丈夫だって」


 飛行するとき以外では見ることが無かった杖をまともに構えている姿をグレンははじめて見た。


「本気らしいな」

「さすがにな、勝てるかどうかは五分五分」

「我を守るのではなかったのか」

「はい、頑張ります」


 マクリルは構えた杖から次々と攻撃を繰り出した。

 かわされるものもあれば命中するものもあった。しかしどんな衝撃も白竜は何も感じていないかのようにそのまま突き進んでくる。


「あやつも何かされておるな」

「そ、みたっい、だなッ」


 間髪いれず攻撃しているマクリルはどうしても普通に会話は難しい。それでも呪文を唱えない魔道士など珍しいので、話せているだけで十分すごかった。


「どうする、殺せそうか?」

「いやいや、殺さないって。正気に戻して話聞いてみる」

「お前こそ正気か?」

「あはは、さすがにこんな時に冗談言わないって」

「ならばどうする気じゃ」

「アイツの思想にもぐってみる」

「できるか?」

「できるけど、その間俺の体無防備だから後頼むな」

「は!?」

「じゃあ行って来る」


 返事も聞かずに、マクリルは呪文を唱え始めた。

グレンはそのことにも驚いた。


「おい!」


 そしてマクリルはばったり倒れてしまいさらに驚いた。

 目の前に迫った白竜とやむを得ず戦うことになったグレンは、白竜を殺さぬよう、そしてマクリルを殺されぬよう相当気を遣いながら戦った。

 当然自身も傷ついたし、辺り一面酷い有様となり、無事な建物など一つもなくなった。

 そしてこう着状態となったとき、マクリルがすくっと起き上がった。

 そして何も言わず巨大な魔法陣を描きだした。

 当然それを阻止しようとする白竜をグレンは必死に止めた。

 そしてしばらくして描き上がった陣の真ん中でマクリルが叫んだ。


「グレン! ここに来い!」


 風よりも速く飛びマクリルの元に行く。もちろん白竜も着いて来た。

 マクリルの呪文を唱える声が響いた。

 グレンは時が止まったような空間にいた。


「ここは?」

「異次元っていうのが正しいかな。少し怪我させちゃったな、大丈夫か?」

「問題ない。それで、あやつは?」


 マクリルは治癒魔法をグレンに掛けながら、何故かニヤけている。


「置いてきた、向こうでは天まであるような壁ができてるはず」

「それでは何の解決にもならないではないか」


 グレンは対象的に訝しげに眉間にしわが寄った。けれど、マクリルは変わらず軽い。


「平気、平気、こっちに何時間いたって向こうでは数分のことだから」

「なぜわざわざ……」

「それがさ! 聞いてよ!」


 あっという間に傷を直したマクリルは喜々としてグレンの前に立った。


「なんだ」

「アイツがグレンに一直線なわけ分かったよ」

「なんだ」

「好きなんだって」

「は?」

「だから恋だよ、恋!」

「会ったことも無い、それにあやつはドラゴンでも相当若い」

「恋に歳なんて関係ないっていうだろう。どっかでお前を見かけたみたいだ、好きになっちまったもんはどうしようもないってことじゃない?」

「それがなぜ襲ってくることになる? ドラゴン同士の求愛でもそんなのはない」


 マクリルはそこで漸く表情が曇った。


「あー、そこを人間に付け込まれたみたいだな。初恋なんて盲目的だろうしなー、お前に会わせてやるってだけで、人間の仕掛けた罠に嵌ったみたいだ」

「ドラゴンのくせにだらしない」

「若いってことはどんな種族でも一緒ってことだな」

「おぬしが言うな。それでどうするのだ」

「アイツに掛けられた術を解いてやればいいだけだ、それで攻撃が止む」

「…………いや、あやつの心はどうする」

「は? それはグレンとアイツの話だろ。自分でどうにかしろよ」

「面倒だ、お前がどうにかしろ」

「やだね、自由になるってのはそういうもんだ」


 その時、急にマクリルが作った空間が歪みだした。


「やばい、外の奴らが余計なことを」


 呟きと同時に元の場所に戻っていた。ところが白竜の姿が無い。マクリルとグレンはあたりに目を凝らし、気配を探る。

 ハッとして二人同時に空を見上げた。

 そこには固まったままの白竜の姿があった。

 宙にいるにも関わらず翼は全く動かさず、瞳はもう何かを映しているようには見えず、僅かに痺れたように震えていた。


「何が起こっている」

「余計なことをしてくれた、これじゃアイツを救えるかどうか」

「どういうことじゃ」

「人間共が術の掛け合いをしているんだ、取り込もうとしたり、それを阻もうとしたり、相手に攻撃をするように命令したり双方が持てる術を総動員してる。あれじゃ、いくらドラゴンでも神経が崩壊する」

「そうなればこの地はもうなくなるな、どうする」


 マクリルはほんの少しの間だけ迷った。それでも結論は一つしかなかった。


「…………別に放っておいてもいい」

「そうか」


 そう言って不思議と穏やかに笑っていた赤竜は、大きな顎でマクリルの頭に優しく触れると音も立てずに大きく飛び立った。


「グレン!」

「我も人間を助けるわけではないぞ、同族を見捨てることはできぬだけじゃ」


 向かう先は激しく激しく攻撃が飛び交う白竜の元だった。



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